モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
バハルス帝国
その噂は隣国である帝国にも届いていた。リ・エスティーゼ王国で、大改革と呼ばれるほどの粛清が始まったという噂は。
曰くランポッサがとうとう貴族の横暴に耐えかねて、己の沽券を誇示せんと立ち上がった。曰く民草を守るため、国内の腐敗を全て駆逐せんと義憤に燃えている。
いくつもの噂と真実が飛び交い、それを聞いた帝国貴族は浮き立った。王国内でそのような行動を国王がとれば、たちまち内紛になると睨んでいたから。
漁夫の利を狙えば、労せずして己の新たなる領土が手に入るやもしれない。特に帝国からもっとも近い王国領土であるエ・ランテルは、ランポッサの直轄領。内紛となれば中央政権から完全に切り離され孤立し、落としやすくなる。だから帝国の有識者たちはその時を待ち……内紛は起きなかった。
ほとんどの王国貴族は表面上沈黙を貫いた。あまりにも不気味な沈黙。ある意味王の独断とも言えるそれに対して、貴族らは表立った反発をしなかった。
……原因はたった一つ。国王ランポッサが自領から招いた、桁違いの力を持つと言われる魔法詠唱者『王宮筆頭魔導師』モモン・エモット。彼を恐れて。
最初は帝国の貴族は王国の貴族を嘲笑った。なにが王宮筆頭魔導師だと。我が国の宮廷主席魔術師の物まねではないか、そこまで王国は臆病者の集まりかと揶揄した。それに凄腕? あんな魔法後進国の凄腕など、良くて第三位階程度に違いない。我が国の大英雄フールーダの足元にも及ばないだろう。
その嘲笑う声が止んだのは、大量の暗殺者や殺し屋が送り込まれて誰一人帰ってこなくなってから。帝国内には、王国貴族とパイプを持つ者も多数いる。彼らを通じて、帝国の殺し屋も派遣してほしいと依頼が来ていた。仕方ないとどこかの伯爵はその頼みを多額の金銭と引き換えに引き受け、当然のように失敗した。
殺しの依頼を受けた暗殺者は雑魚ばかりではない。元オリハルコン級冒険者だったワーカーといった、人類の頂点側に立つ凄腕も混ざっている。それでもなお、モモンは死ななかった。
モモンの強さを示すエピソードとして、少し前に起きたという、王国の小都市で起きたモモンと謎の魔法詠唱者の衝突もある。小都市一つが瓦礫の山になったというほどの魔法対決。これは嘘くさい噂話だと思われているが、実際には違うと詳しい者は知っている。
フールーダの薫陶を受け、当人も第二位階魔法が使える間者が対決後の都市を訪れて、崩落し破壊されつくした都市を確認しているからだ。
そして最後の極めつき。とうとう内戦が勃発し、貴族連合軍七万人の軍勢が王都を目指し進軍。それをモモン単独であっさり壊滅させてしまった。しかも死傷者0で。
貴族連合軍の野営地を観察していた間者により、どうやら病気を蔓延させられた結果瓦解したことは判明している。それなら、まぁ、一人でも七万人をどうにかできる……のか? みたいな空気が帝国の皇帝や貴族らの間では広がった。
と同時に、もしも王国を敵に回したら、帝国内でもそれをされるんじゃないかという恐怖も広がった。病気の治療が可能な神殿勢力との付き合いに、力を入れる者らも増えていった。
そして、それらとは別に、モモンの魔法詠唱者としての力に着目する者も。
「お前はどう思う? このモモンなる人物、第六位階に到達してると考えるか?」
「なんともとしか言えませんな。魔力系であれば私の目で見れば判別は可能ですが、信仰系や精神系相手ではとても……調査によれば、件の人物、エモット公は、スレイン法国で修練をしております。となれば、使う魔法は信仰系と考えるのが常識かと。それでは、私の目も役に立ちますまい」
バハルス帝国首都アーウィンタール。そこの皇城で、六代目皇帝エル=ニクスは隣国に出てきた人物であるモモンについてフールーダに尋ねていた。魔法詠唱者としての立場からすれば、モモンとはどのような人物なのかを。
「それ以上の情報は不明か?」
「不明です。我が弟子の1人が見た都市の破壊跡。古きドラゴンとドラゴンが戦ったかのような光景とまで表現されたそれが事実であれば、第六位階では利きますまい……私もまだ見果てぬ領域。第七位階の可能性も考慮しなければなりません」
「第七、か。魔神が使ったとされるほどの、伝説の領域にある大魔法。それに齢12の子供が到達してるやもしれんとなると、背筋が震えるほどの話だな」
その言葉にフールーダも半分だけ同意する。年老いた魔法詠唱者ならまだしも、第七位階とは12歳の子が到達できるような生半可な領域ではない。二百年の時を魔法に費やしたフールーダにしても、到達できたのは第六位階まで。
その子供が天才というのは事実だろうが、都市の半壊については多少誇張されているだろうなとも考えている。しかし正式な間者であり、自分の弟子の1人がもたらした情報にはそれなりの価値がある。聞けばモモンなる少年は、転移魔法を使っていたらしい。これは確定事項だ。
(となれば第五位階。12歳で第五位階に達するほどとなれば、間違いなく才だけで言えば私すら及びもつかない。おそらくあと5年もあれば第六位階に到達し、もしかすると……)
本当に第七に届くやもしれない。
自分すら遥かに凌ぐ才能の卵。そんな人物には、魔法の世界とはどのように映っているのだろうか。会ってみたい。会って話をしてみたい。それが見果てぬ夢に到達するきっかけになるかもしれない。
そうフールーダは心の底から渇望する。生涯を魔法に捧げた信徒として、初めて出会うかもしれない本当の天才。モモンなる少年であればあるいは──
「──ぃ。フールーダ、聞いておるのか?」
「は……申し訳ございません、皇帝陛下。少しばかり思いを馳せていました」
「魔法について研究熱心なのは構わんが、今は公務に集中してくれ……第七かどうかはさておき、リ・エスティーゼ王国が変わったことは事実。変化のきっかけである、エモット公爵については最優先で調べねばならん。そこで、フールーダよ。お前に一つの命を出す」
「なんでしょうか?」
「我が息子であるジルクニフを、親善大使としてエ・ランテルに派遣することを検討している。その護衛として共に王国へと参り、お前の目でモモンを見極めてはもらえないか?」
「親善大使……でございますか?」
「そうだ。エ・ランテルは、仮に王国が我が国と戦となった時の最前線基地となる都市だ。そこに王の懐刀であるエモット公爵を配置したということは、相応の考えがランポッサ三世にはあると考えてもよい。かの国は変革したてでまだ地盤が弱いが、戦力の大部分が公爵にあるなら話は違う。本当に単独で数万の軍勢を落としえるような魔法が使えるならばな。それが真実なのか否かを確かめたいのだ」
「そのためにジルを派遣すると?」
「エモット公爵とジルの年齢は近い。下手な者を寄越すよりは、まだ警戒も薄くなるだろう。それに公爵がどのような人物なのかを見極めるならば、あの子以上の適者はおらん。ジル以上の観察眼の持ち主など、この国にはいないからな」
自分の息子をべた褒めする皇帝だが、その言葉にフールーダも同意する。この国にいないというのは親ばか発言ではなく事実だからだ。フールーダからみて目の前の皇帝も優秀ではあるが、ジルクニフは物が違う。間違いなく天から才を与えられた麒麟児。フールーダもあの子が見極めようとするのであれば、なるほどと納得する。
「名目はどうされるのですかな?」
「新たな領主就任の祝いだ。それに公爵との縁作り。ランポッサ三世とエモット公爵両名にお前の名義で文を送り、近々会うことができないかを伝える」
「ジルの名でなくとも良いのですか?」
「あの子は天才だが、表舞台にたったことがない故知名度がない。お前の名で送る方が、それだけこちらも重要視していると伝わるものだ」
「左様でございますか。長きに渡り帝国に仕えてきましたが、未だに政治には疎く申し訳ございません」
「別によい。お前に求められているのは魔法の腕と、魔法研究の知識だ。世には適材適所なる言葉がある」
それから間もなく、王国へと二通の封書が送られた。二つともそこそこ値の張る贈り物付きで。
「これ、間違いなく威力偵察とかの類だよな?」
「100%確実ですね。それだけモモン様について、帝国も重視されているのですよ」
「嬉しくねぇー。帝国にこっちは攻め入る気なんてないから、放っておいてくれてもいいのにな」
「それができないのが政治ですよ、モモン様……よし。こちらに書類を纏めてありますので、目を通しておいてください」
「はいはい」
公爵として働き始めて三か月ほどが経過した。領主に就任したのはまだ寒い時期だったが、すっかり春の風が吹き心地よい季節に俺はパンドラと仲良く屋敷に籠って書類と格闘していた。
領主の仕事の大部分は書類仕事だ。税の使い道を決めたり、人員を配置したりと色々。それだけでなく、新たに王国に創設しようとしている王国軍の募集やスカウト、なんでもござれ。結局就任以来、一日とて休んでいない。飯食って風呂入って寝る以外全部仕事。疲労無効睡眠無効じゃなければ、とっくの昔にブラックアウトしていると思う。
「モモン様。ハーブティが入りましたわん。リフレッシュにどうぞですわん」
「サンキューペス」
屋敷のメイド長をしているペストーニャがお茶を持ってきてくれる。それを一口で飲み干して、すぐにパンドラが要点だけを纏めたあれこれを読んでいく。
(<魔法修正時間延長・時間停止>)
時間が勿体ないので、魔法を使って俺の時間を加速させる。修正内容は、周りの時間を停止させるのではなく、自分の時間を周りが停止していると感じるくらいに加速させることだ。
最終的な効果さえ同じなら、こんな応用も利く。対プレイヤー用の手札の一つで、この方法なら弄るのは自分の時間なので、敵対者の時間耐性に関係なく停止状態と同様の効果を産み出せる。ついでにこうやって仕事にも応用できる。ただし欠点もあり、俺の時間を加速させるので不老パッシブをオンにしておかないと、一気に年を取ってしまう。
「道路工事の予算足りてるのかこれ? 少なくねえか?」
「それで問題! ありません!! 新しい工法を使うので、時間が短縮されて人工が減りますから」
「……あ。あれか。はいはい、それなら了解。でこっちは軍部からの要望? 刀が欲しいのでお金ください? おい、ブレインのやつは今どこにいる? あいつ、この間新しい剣を下ろしたばかりだろうが!」
「エリュエンティウから流れてきた物が欲しいようですね」
「……装備については満足させてやるからと約束していたからな。仕方ない、今回だけは予算組んでやるか」
お金が無限にあればどうでもいいのだが、残念なことにこの世には予算という有限な概念がある。農作物なんかはほぼ無限に生成できるのだが、お金は金属が絡む関係上どうしても上限が出来てしまう。
「パンドラぁ……魔法で金作って、お金増やすのって大丈夫かな?」
「貨幣市場が崩壊するので絶対にやめてくださいね」
「だよな。まずいよな」
魔法で無茶をやれる範囲は決まっている。できることとできないことがある以上は、まじめに書類仕事をこなすだけだ。
ええと、これはザナックの所に送る食糧のリストだな。それでこっちは、法国に送る分。
せっせと仕事をしていると、机の上に置いてある時計が震える。
「もうこんな時間か」
「法国の皆様が来られるのでしたねわん」
「ようやくエ・ランテルの法国支部が建て直せたからな」
昔はエ・ランテルにも法国の建物はあったのだが、デケムがやりたい放題を始めた頃に廃棄され、それ以降廃墟のようになっていた。そこを改修改築工事していたのがようやく終わり、今日法国から数名やってくることになっていた。まぁやってくると言っても、俺が<転移門>で向こうと繋げるのだが。
時間が来たので、屋敷の応接広間で<転移門>を開く。するとそこを通って顔見知りを含めた人影が十数名ほど出てきた。
「お久しぶりです、クレマンティーヌさん。狭い我が家ですがどうぞ」
「こちらこそ、お招きいただき誠にありがとうございます、エモット公爵閣下。閣下とお呼びしても構いませんか?」
「問題ありませんよ。では建物にご案内しますね」
再び<転移門>を開き、支部へと全員連れていく。移動して<転移門>を閉じた途端、クレマンティーヌ他全員が俺の前で膝を突き礼を取り出した。
「輪廻権現様。此度の王国平定、法国を代表してお礼申し上げさせて頂きます。我ら法国が長年放置せざるを得なかったこの国を、御身自ら建て直したこと誠に感無量と言わざるを得ません。御身が示した正しき王道。それをランポッサ三世は歩き始めました……御身が王権を神授したことで」
「私は何もしていない。ただ、ランポッサが自らの手で選んだのだ。そこに王権神授など何もない。何もな……私はクレマンティーヌと話がある。彼女以外はこの施設の掃除や、持ってきた荷物の整理をすると良い。ではクレマンティーヌよ、私についてこい」
「はい。御身の御心のままに」
<転移門>を通って、屋敷へと戻ってくる。場所は俺の私室だ。
「誰もいませんか?」
「いない」
「そうですか、それでは……」
はぁ……と息を吐いてから、クレムは手を挙げて──
「モモンおめでとー! 事実上のこの国の支配者してるじゃん」
「いや、それはおめでとうではないだろ。俺は公爵、あくまでも公爵」
「はいはい、そう閣下しなさんな。それじゃ改めて……大粛清おめでとー!」
「それもおめでとうじゃないだろ。ランポッサさんと一緒に、かなり殺しまくってるからな俺は」
「別にいいんじゃない? モモンが殺したのって、弱いもの虐めしまくってた連中でしょ」
「それはそうだが、ランポッサさんがかなり気に病んでるからな。処刑したことに後悔はないらしいが、自分がやったことは悪だ、悪を滅ぼすために悪になったとメンタルやられてるから、おめでとうとは言い難い」
「そっか……それじゃモモンもメンタルがやられてる?」
「俺の場合は後悔も何も、粛清前から血生臭い道を歩いてるから今更だ」
俺が誰かを殺して後悔するかどうかなんて、それはとうの昔に無くなった道だ。小さな頃から、野盗も亜人もモンスターも異形も、区別なく殺してきた。村を守るためなら必要なことだと信じて。
粛清前から余裕で四桁に上る数を葬ってきた。輪廻権現としてのあれこれを含むなら、数万の命を俺は奪っている。そこに貴族が数十人、悪徳役人を含めたら数百人追加されたところで後悔も糞もない。仮に思うところが出てきても、精神作用無効をオンにしたら心は凪ぐ。
言ってしまえばランポッサとは事情が違いすぎる。人生で初めて大量殺人をした王と、それ以前から今回なんて比じゃない数の命を奪っている俺。言い方は悪いが、殺人で揺れ動く上等な精神はとっくの昔に枯れてしまった。それこそランポッサのように、家族を手にかけるような事態になればまた違うだろうが……
そんな俺の頭を、クレムはなぜか撫でてくる。何事?
「モモンは輪廻権現様として、人類を守るためにその手を血で汚してくれてるものね。えらいぞー」
「そんなもん、六色のメンバーなら全員やってるだろ。クレムだってそうだ。聞いたぞ、この間亜人討伐に参加したって」
「うん、参加したね。でも殺したのは、たったの10体……これでも強くなったつもりだったけどさ。しんどいねー、亜人討伐。緊張しちゃった」
たしかにクレムは強い。14歳ながらも、冒険者換算ならミスリル級以上。オリハルコンの領域だ。生半可な亜人相手では相手にもならない。
「……昔なら、私はつよーい! て気分に浸れたし、血を流すあいつらを見て悦に入れたかもね……でもさ、なんか違うの。これでも六色でやれるぐらいには強くなったけれど、それでも私はたった10体しか殺せなかった……でもモモンは違うよね?」
クレムの猫目がまっすぐに俺を見据える。なんだろう?
「前にさ、私の友達が遠くに引っ越した話をしたの覚えてる?」
「だいぶ前だな。デケム討伐の時ぐらいか?」
「そんなに前だっけ? ま、時期は何でもいいや。とにかく友……だち? は修道女として、辺境の村に派遣されてね。そこで六大神様の教えを布教してた」
「辺境か……」
「そ、辺境。亜人に襲われてもおかしくないような、辺境。その子がいた村は襲撃された。襲撃されて、何もなく亜人らは殲滅された。たった一人の英雄によって」
「……俺か」
「そだよー。その子に久しぶりに会ったら、ずっとモモンの話をしてた。輪廻権現様がいかにすごいかの話。数十はいた亜人が、黒いローブが歩くだけで死滅していく。主をほめたたえよ……だってさ」
クレムが俺の手をとって眺めだした。
「この手はどれだけの亜人を倒し、私達を救ってくれている? 私達が一人の亜人を倒す間に、数百数千の亜人を死へ誘う……自分でやるからこそ分かっちゃう。どうして、神官長や六色聖典がモモンに畏怖と敬意を払うのか。絶対なる力の化身。いと高き深淵の君……その気になれば、一人で世界を変えうる真正なる神」
「お、おい。クレム?」
「御身の手は血で汚れて等いません。我らか弱く脆弱な種族に、明日の光を齎してくださった崇高なる手。我らが自らで染め上げねばならない手を、代わりに染めてでも成してくださる神に敬意を。王国で流れた血は決して無駄ではありません。我らが背負わねばならなかった咎。それを御身に負担させてしまったこと、甚だ恥としか言い表せません。願わくは、次こそは御身と共に歩む権利を頂ければと祈らずにはいられません……はーい、ここまで」
厳かな雰囲気はどこへやら。クレムの態度はいつもの緩い感じに戻っていた。
「どう~? びっくりした?」
「あ、ああ。けっこう……クレムもとうとう、神官長達みたいになってしまったかと」
「なるわけないじゃん。そーいうの、モモンが好きじゃないの知ってるし……でも、感謝してるのは本当だよ。友達を助けてくれてありがと」
「……どういたしまして……さっきの」
「さっき?」
「御身と共に歩む権利と言ってたやつ。あれはもう歩いてるだろ。今回の王国騒動だって、かなりスレインに協力してもらったし。証拠集めとか、文官とか、七万人治療とか」
「最後のやつは凄かったね。亜人やエルフ国との戦争よりも、治療師が動員されたから」
「いや、ほんとにあれはすまん。病気の付与は今後は控えておくよ」
あれはマジでやばい。お手軽国破壊魔法過ぎる。危険すぎるのと、その気になれば低位階魔法でもテロできる性質だから、俺自身で封印したほどだ。
「そっか、もう共に歩いてるんだ。そっかー……それなら、嫁入り修行とかも頑張った甲斐があったかな」
「はは、クレムもそういうのするんだな」
「当たり前じゃん。神様への嫁入りなんだから、きっちり躾けられるっつうの」
「はは、そうか神様にか……あい?」
なんつった今。神様? カミサマ・なんちゃらさんという事か?
「誰に嫁入りするって?」
「だから神様。目の前にいる」
クレムの指先を追っても、誰もいない……うん。誤魔化すのはやめよう。どう見ても、俺を指さしている。
「……はい。クレムさん。恥を忍んでお聞きします。どういうことでしょうか?」
「え? どういうことって……そういうことだよ?」
わっかんねえよその言い方じゃ。俺は男女の機微とかに疎いから、そういうことじゃ伝わんないの。
しかしまずいぞ。なぜかは分からないが、クレムが俺に嫁入りすることになっている。なぜだ? 誰かの攻撃か? ワールドアイテム? 超位魔法? 始原の魔法? くそ! 全部怪しいぞ!!
(<魔法修正効果時間延長・時間停止>!)
周囲一帯の時間を停止させ、俺は私室を出てパンドラのもとに向かう。パンドラ~! お前の知恵を貸してくれぇええ!!!
「……なるほど。そういうことですか」
「どういうことだ!?」
「モモン様は法国に向かわれた際、必ずクレマンティーヌ様を付き人としてご指名されていた。それは事実ですね?」
「ああ」
「モモン様はスルシャーナ様の御生まれ変わりですが、同時に今は人間種の男の子です。しかも記憶が殆どないので、力がある以外には普通の男の子としか言えません。男の子が、常に年齢が2歳しか変わらない女の子をずっと指名していた……モモン様。どう考えても、懸想されているようにしか見えません」
「な、なんだと!!」
「それにモモン様から、クレマンティーヌ様が一番だと発言されているのですよね? どう見ても、モモン様からの愛の告白と受け取られても仕方ありませんよ?」
「なんだと!!!!」
「これでモモン様が普通の人間なら問題ありませんが、法国が信仰する大神格の一柱がモモン様です。モモン様が懸想された清らかな乙女がクレマンティーヌ様……国の威信をかけてでも、クレマンティーヌ様をモモン様に娶って頂けるように神官長様達は動きますよ」
「ば、馬鹿な! それはクレムの想いを蔑ろにしているぞ!! 人様の一生を左右するのに、神がどうかなんて馬鹿げている! すぐに法国に行き、撤回させるように──」
「お待ちください、モモン様。これはおそらく……とはなりますが、クレマンティーヌ様も、モモン様のことを悪いようには思っておりません。むしろ好意を抱いている。私はそう確信しています」
「そ……根拠がないだろ?」
「ありますよ……乙女はどうでも良い男に、自分の髪など触らせません。どうでもよい男性を、自分の私室に招きベッドに座らせるなどありえません」
「なんだと!?」
「そもそもモモン様がみる限り、クレマンティーヌ様の周囲に男性の影はありましたか?」
「いや……無かったな。あってもクアイエッセさんとか家族ぐらいだ。修道女だし、そんなもんかと思っていた」
「……いいですか、モモン様。落ち着いて聞いてください。それはモモン様以外の男性が、絶対にクレマンティーヌ様に近づかないように厳命されていたからです。神が懸想している乙女なんて、スレイン法国では最重要人物ですよ。縁談話などが持ち込まれることも一切ありえません。それは法国内の信仰において、絶対にしてはならない禁忌です」
「では……もしも俺が違うとか断ったら?」
「下手をすれば、クレマンティーヌ様が疑われかねません。何か神の勘気に触れたのではないかと。どこかに嫁入りするのも難しくなります。一度神の御手付きになった女性と見られますので」
「だが……その……そうだ! クレムは非常にいいところのお嬢さんだ! そうなれば、お相手にも相応の家柄が求められる! そうだな!?」
「モモン様……ご自身の立場を振り返ってみてください」
「……スレイン法国六大神、スルシャーナの生まれ変わりです。リ・エスティーゼ王国ヴァイセルフ王家の遠縁、エモット公爵家の当主です」
「モモン様の御立場ですと、むしろお相手の方がよほどの家柄を求められますね。六大神とは法国における本当の頂点。この国で言えば王であり、隣国で言えば皇帝そのもの。王国内のお立場だけでも、たった一家しかない公爵家です。法国であれば大貴族か神官長ら十二人の血筋。王国内であれば、四大貴族か王家筋。モモン様の身近で言えば、ラナー様やルイセフ様ですね。ウロヴァーナ家でギリギリ家柄が及第点、ヴァイセルフ王家のラナー様でようやく釣り合う。クインティア家は格落ちですが、モモン様側が好意を持っているので問題なし……とまぁこんなところですね」
俺は口を開き、そんな馬鹿なと呟いてしまう。いや、別にクレムが嫌いとかではないのだ。むしろ可愛いとすら思うよ? 思うけれども、それが嫁入り……結婚云々は早すぎないか?
「……パンドラ。王国の平均結婚年齢って何歳ぐらいだ?」
「貴族であれば当主になる男性で20歳。貴族に嫁ぐ女性なら16歳ですね」
「……俺、まだ今年で13歳だぞ? 気が早すぎないか?」
「それだけスレイン法国も急いているんでしょうね。なにせ500年ぶりに人類に協力してくれる善神がモモン様ですから」
……法国の事情や、クレムの想い……は当人に聞かないと不明なので後で聞くが、これ俺が断ると血の雨が降りそうなことは分かった。
とことこと私室に戻り、時間停止を解除する。
「その……クレム。嫁入りの件は理解した。だが……クレム自身はどうなんだ?」
「どうって?」
「……お、俺が悪いように思っていないのはそうだが、クレムがどう思っているかを知りたいなー……と思ってな。そ、その……俺の方は一番と言ったことがあるかもしれないが、そういえばクレム側から言葉は貰った覚えがないなー……なんて」
く、この言い方はまずかったか? この発言にキョトンとした後、クレムがにやぁと笑う。おい、なんだその邪悪な嗤いは。悪の化身か!?
「へぇ……気になるんだー、私がどう思ってるのか?」
「ま、まぁな。これから家族になるんだ。やはりどう思われているのか、そう……そうだ! 俺の一番にどう思われているのか、気になるのが男心というものだろう!?」
やはり苦しいか? どう聞いても俺の言動は不自然だ。くそ、頑張れ俺。思考を加速させ──
「く、クレム?」
なぜかクレムが俺の首に手を回し、ギュッと抱き着いてきた。何事? 体重をかけてどうやら押し倒そうとしているようだが、俺の現在のレベルは83。モモンガパワーも合わせたら183だ。筋力はセバスには僅かに劣るが、80レベルの近接系アンデッドと同等かほんの少し上回るレベル。
ようするに、戦士職換算で80レベル相当ぐらいにまで身体能力は上がっている。ユグドラシル時代に<完璧なる戦士>を使った時ぐらいの能力値だ。クレムが強くなったとは言え、もはや俺を押し倒すのは絶対に無理。だが行動を見る限り、どうやら俺を寝かせたいらしい……体から力を抜いて、ベッドに倒れてみた。
「んー、モモンのそういうところ、好きだよー……」
「そ、そうか。好きと言われて、悪い気はしないな」
「……私の答えはねぇ……モモンと同じ。これが初めて出会った男なら、神様でもふざけんなよ何が嫁入りだよって反発したけど、モモンならいいかなーって」
「なんとも……言えない答えだな」
「そっかな? でも本音だよ。強いだけの馬鹿も嫌だけど、別にモモンは馬鹿じゃないからね。でも馬鹿じゃないだけで、私に簡単に力負けするような弱いやつも嫌だからさ」
「俺なら違うと?」
「嫌いじゃないし、むしろ好きかなー? 馬鹿じゃなくて、その上で私より絶対に強い相手。なら文句なんてないよ。これ以上の嫁入り先なんて考えられないもの」
聞く限り嘘はついていない。確かにこの世界の男のモテ条件が、物理的に強いことというのは聞いた事がある。その辺に人間にとっての脅威が転がりまくっているから、どうしても生物として強い個体に惹かれやすいとか。確かに俺は周辺国家では強い方だから、その分魅力的に映るのだろうか?
(だが男がモテる条件と言えば、リアルでは金や地位や顔の良さだった。顔は……まぁ自分では普通だと思う。地位については……あれ? ひょっとしてけっこう上等なのか? では金……あるな)
おかしい。否定しようと材料を並べたはずなのに、なぜか俺にはモテる要素が揃っている事になってしまう。そんな馬鹿な。
「モモンはいやなのかなー? 私が嫁入りするのは」
「嫌なんてことはないが……だが俺なんかでほんとに良いのか?」
「モモンは卑屈なぐらい謙遜するよねー。モモンレベルでなんかなんて言ったら、世の男の大半は何になるんだよ。虫かなにか?」
「そこまで評価してくれるのは……悪い気分じゃないな。うん」
……どうやら俺も腹を括らないといけないらしい。クレムは既に決心しているようだ。なんだっけ、据え膳なんちゃらとか聞いた事はある。
「それじゃ……実際に結婚するのは俺が成人してからの話になるから、相当待たせることになる。それでもいいか?」
「別にいいんじゃない? 私も成人してからの話になるだろうから」
「では……末永くよろしくお願いします?」
「なんで疑問形なのかなぁ? ……よろしくお願いします……変な挨拶だねこれ」
こうして。まだ12歳なのに、俺の結婚相手が決定した。そう言えば貴族って、側室とかあるんだっけか? まさか増えたりしないよな? 俺個人としてはキャパオーバーだぞ? でも家同士の繋がりとか考えたら、なんか増えそうな気がする……前世童貞だったのにな。今は結婚相手が最終的に何人になるのか考えないといけないなんて、変な気分だ。
前回後書きが長くなるから乗せてなかったモモンステータス
HP60(+48)=108
MP124(+65)=189
物理攻撃35(+47)=82
物理防御70(+51)=121
素早さ40(+41)=81
魔法攻撃力90(+61)=151
魔法防御力95(+65)=160
総合耐性94(+48)=142
特殊100(+49)=149
戦士職としては80レベルぐらい。武技があるから実際には90相当。物防が高すぎてセバスパンチでも簡単にダメージが通らない。魔防に至っては要塞。