モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
ハムスケをゲットしてから1年が過ぎた。俺は9歳の誕生日を迎え、家族から盛大に祝われた。母からは強くなってエンリを守ってあげなさいと言われ、父からは背が伸びてきたなと言われた。
「にいに! にいに!!」
「にいにだぞ~」
エンリはこの一年で立てるようになり、簡単な言葉であれば喋るようになっていた。子供の成長とは早いもので、なんともほほえましいものだ。
「おめでとうでござるよ、モモン殿」
「お前は変わらんな」
ハムスケは特に何も変わらない。最初のころは見た目で怖がられていたが、今では村に馴染んだのが変化と言ったところだ。
なぜかは分からないが、俺以外にはハムスケは超がつくぐらい怖い魔獣に見えているらしい。目を離したが最後、命を取られると確信できるぐらいには外見が恐ろしいのだとか。住民全員で立ち向かっても虐殺されるくらいの差はたしかにあるが、それ以外はまぁかわいいと言える見た目なのに、価値観が全然違った。
(ハムスターはいないが、ネズミはいる。ネズミのでかい版と同じじゃないかと言ったら、全然違うと言われたな)
どうにも納得はいかないが、それでも村に馴染んだのだから良いだろう。ハムスケが馴染んだのは、なんやかんや言葉が通じるのもでかいだろうが、カルネ村の食糧事情を改善させたのが大きい。
「お、今日の鹿は身が柔らかいな」
「モモン殿の生誕祭でござるからな。それがし、今日は奮発して良さそうな小鹿を選別したでござるよ」
「小鹿か。それ、親鹿は心配してないか?」
「親はそれがしのお腹の中にいるでござるよ」
「ワイルドな答えをありがとう」
表向きの戦力としてペットにしたハムスケだが、防衛以外で遊ばせてるのももったいないので、普段は猟師の真似事をさせている。カルネ村にも猟師はいるにはいるが、近くにあるのがトブの大森林で単独で入るには非常に危険。中に踏み入って獲物を探そうにも、モンスターもいるので当然もっと危険。獲れる肉と言えば、森の入り口近くにまで来た動物のジビエだけだ。
(それに暗いんだよな、あの森。日が当たるルートは問題ないけど、少しでも道をそれたらすぐに真っ暗闇。俺も闇視を切ったら全く見えないし)
道が悪い。暗い。モンスターが出る。ひどい要素しかないのがあの森だ。かつてのアインザックさんやバレアレさん達にしても、あのままだとハムスケのおやつになっていた。
けどハムスケであれば、大森林の中でも問題ない。こいつは元々、森の一角を牛耳っていた強個体。森の中にいるモンスターは10レベル以下ばかりで、30レベルもあるハムスケにとっては自分の庭だ。ちょっと森に突っ込ませたら、すぐに獲物を背に乗せて帰ってくる。割と利便だ。
バレアレさん達は今でもこの森に薬草採取に来ていて、森での道案内にハムスケを借りているのでその利便性は皆が認めるところ。ハムスケへのお礼として、エ・ランテルの品も増えつつある。
俺もハムスケを通じていくつかのお礼品を貰っており、特に助かったのがバレアレさんお手製の文字教習本だ。カルネ村はけっして識字率が良いとは言えず、文字を覚えているのは村長など一部の人間だけだ。村長にしても難しい字となるとかなり怪しい。
バレアレさん達はと言うと、都心部の知識層と言うだけありどんな文字でも読める。なのでハムスケに
「モモン殿が文字を覚えたいと言ってたでござるよ。何か字を覚えられるような教材は御座らんかな?」
と伝えさせたのだ。俺は命の恩人で、ハムスケは貴重な薬草への案内人。無下にされることもなく、子供にもわかりやすいようにとお手製の教科書を書いてくれたのだ。それを使い、俺は王国や、その他の人間の国で使われる共用文字を覚えつつある。
仮にエ・ランテルに赴いたときに、字が読めないから何もできませんじゃ始まらないからな。
字を覚えるのと並行して、俺はもう一つハムスケが来てから始めたことがある。
「セッ! ハッ!!」
「モモン殿! もうちょっと!! 手加減を!! して欲しいでござるよ!!!」
「加減をしたら訓練にならないだろうが」
ハムスケとの訓練だ。ハムスケのお墨付きで、俺には才能があると言う設定になっている。その才能を開花させるために、森の賢王と共に実戦式の稽古をして実力を積み重ねようとしている。周囲にはそう思われるようアピールしているのだ。
始める前の時点からハムスケより俺の方が実力は上だが、それは内実の話。表向きには俺は才能があるだけの、まだまだ未知数な少年Mだ。それなのにいきなりすごい動きをしたら、それはもう不自然だろう。
なのでこの一年間、最初は超手加減を。訓練によりメキメキ上達していると言うことにして、ひと月ごとに段階を踏んで調整し、今は60%ぐらいまでは能力を表向き開放できるようになった。
それがどれくらいなのかも、バレアレさんの護衛として付いてきたアインザックさん達で確認してみることにした。
「どうですか、アインザックさん! 俺、強くなりましたか!」
「いや……強くなりすぎだろ」
「え?」
「アインザックが、模擬戦とは言え9歳に膝をつかされるか」
「今のどう見る?」
「どうもこうも、オリハルコン以上は確実だろ」
「アダマンタイト級一歩手前……だよな」
「たった一年、森の賢王のもとで学んだだけでこれとは。成人するころには、英雄は確実」
「早熟の天才って可能性も……」
「今が天井だとしても十分だろ」
やっべと俺は汗をかく。6割ぐらいなら大丈夫だろうと高をくくっていたのだが、皆さんの反応を見る限りそれでも強すぎるらしい。オリハルコンは確実で、もしかしたらアダマンタイトに届く……かも。それがミスリル級冒険者一同の判定だ。
いきなり上げすぎたかと内心めちゃくちゃ焦るが
「モモンくん……冒険者をやらないか? 我が組合は、いつでも歓迎する準備ができているぞ」
「あ、こいつ勧誘し始めた」
「組合が歓迎、ですか?」
「ん、そういや言ってなかったか? 今の組合長はもうけっこうな年だから、あと数年で引退の話が出てるんだ。そこで、次の組合長に推薦されたのがアインザックなんだよ」
「そうなんですか!?」
「そうだ。とは言っても、すぐに組合長になれるわけではない。今の長が引退するまでの間補佐をして冒険者組合の仕事を学び、引継ぎ作業をしなくちゃいけない。そうなると、私は冒険者を引退だ。それで少し悩んでいたんだがな」
「俺には良い話に思えるんですが、何か悩む要素があるんですか?」
「前に冒険者は稼げるって話をしたのを覚えてるかな? あれは嘘じゃないが、全部が全部真実と言う訳ではなくてな。私たちのようにミスリル級ともなれば、依頼金だけで食っていける。けど銅や鉄はそうはいかない。まともに食っていこうとすると、依頼金だけじゃ足りないんだ」
「そのせいで冒険者の成り手はかなり少ないのよ」
「それもこれも、この国の貴族どもがケチすぎるのが原因だ。帝国なんかじゃ、国から支援金や報奨金なんかの補助があるらしいのに、王国にはそれがない」
「モンスター退治をしないと困る人が多いのにね」
「成り手がいないのに引退したら、困る人はもっと増えるのよね」
はぁとアインザックさん達はため息を吐いてしまう。つまり人手不足な状態だから、ミスリル級なこの人たちが引退すると、困る人がたくさん出てくるのだ。
「アインザックさん達は、困っている人を見捨てられないんですか?」
「あまりしたくはないな。私達がいないと、モンスターに襲われて死ぬ人らがいるならば」
「でも、ハムスケの時のように、命を落とす危険性もあるんじゃないでしょうか?」
「あの時は本当に済まなかったでござるよ」
ハムスケが申し訳なさそうに首を項垂れさせている。自然の摂理では負ける方が悪いのだが、カルネ村で一年も過ごせば人間の価値観も理解してくれる。ハムスケなりに、本当に済まなさそうだった。
「そういうこともあるな。でもよ、それ以上に困っている奴らがいるんだ。俺らは、そういうのを見過ごしたくないから冒険者をやってるとこもあるんだ」
「そうだな。人を助けて、ついでに金が稼げるんだ。言う事なしってやつよ」
「困っているなら……」
俺はその言葉に思うところがある。前世に絡む記憶であり、俺にとっての原点と言える言葉。生まれ変わってから9年も経つので、最近は記憶も薄れつつあるが、それでも未だに思い出せる背中と言葉。困っているなら助けるのは当たり前。それを思い出させる言動に、ちょっとだけ俺はしんみりしてしまう。
「そこでモモンくんだ。君であれば、すぐにでも頭角を現してアダマンタイトになる。その頃には私も組合長だ。エ・ランテル冒険者組合は、いつでも君の登録を待ち構えているぞ!」
「お、推薦の話を受ける気になったか」
「お前さんが引退するなら、私たちも引退だな、これは」
「テオは引退したらどうするんだ?」
「実は魔術師組合から、冒険者としての経験を活かして講師でもしてみないかと打診があってな。引退したら、それをしてみてもいいかもな」
「ほーん。お前さん達は自分の進路が決まっているんだな」
俺を余所にアインザックさん達は話をしている。それを聞きながら、俺は困っている人かともう一度呟いた。
バレアレさん達がカルネ村を去ってから一週間後。俺はと言うと、ハムスケの背に乗って大森林を散歩していた。ハムスケと一緒であれば、森に出かけても良い事になっている。俺は村の誰よりも強くなった……と両親には見えている。それでも子供の事が心配なので、一人での外出は良い顔をしてくれない。しかし見た目はファンシーなハムスケに乗るのはどうもなぁ……と思うのだが、今の俺はまだ9歳の子供。別にでかいハムスターに乗っていても、そこまで違和感もないかと諦めてハムスケを乗りまわしている。
「多いで御座るな。これで何体目で御座るか?」
「14体。カルネ村の近くで、ここまでゴブリンが湧くなんてあまりなかったのにな」
カルネ村までは来ていなかったのでアンデッド防衛ラインには異常が無かったが、ちょっと森に入るとすぐにモンスターが湧いてくる。その数が妙に多いとハムスケ、及びバレアレさん一行から聞いていたので、俺は見回りとして大森林を散策しているところだ。ここにモンスターが多くなりすぎると、カルネ村に向かってくるかもしれないからな。
今の俺なら村の中でパンチキックでモンスター退治をしても問題ないが、単純に侵入する数を許し過ぎると漏れてしまう可能性も高い。そうなる前に中位アンデッド軍団で数を減らすつもりではあるが、もしもはあり得る。なので、こうやってこちらから出向き数を間引きするのも必要になってくる。
「モモン殿は今のところ平気でござるか? ……と聞いても仕方ないで御座るな。それがしより普通に強いで御座るし」
「今のところ怪我もないな。怪我をしても、バレアレさんが村に置いていってくれるポーションも持たされてるから、問題はない」
ハムスケの背に括り付けてある、アインザックさんが職人に頼んで作ってくれた専用の鞍と、それに取り付けた革袋を叩く。今の俺はモモンガパワーはあるものの、インベントリのような利便な物はないので、こうやって荷物は普通に持ち歩く必要がある。ハムスケに運搬させられるので多少荷物が増えても問題ないが、それでも大量には持ち運べない。
とはいっても、俺が森を散策する上で必要な品物は少ない。これが普通の人間であれば、安全な水に安全な糧食。毒消しポーションやらと必要になるが、俺はアンデッドの飲食不要や毒無効などの特性がパッシブスキルとして使えるのでそれらは必要ない……両親が心配して弁当を持たせてくれたが。腐ったら不味いので、それはすぐに食べてしまった。固いパンだが愛情は詰まっていた。
それらの代わりに、傷を負ったら駄目だからと回復ポーションは袋に三本詰めてある。この世界のポーションは青色で、ユグドラシルのものと違い時間経過で腐ってしまう。
「ま、水や草みたいな生ものを使うんだから腐るわな」
「何の話でござるか?」
「ポーションの話だよ」
製法や材料が違うのだから、必然ポーションの色だって異なる。当たり前の事だ。しかしこの腐るポーションにしても、普通であればカルネ村の住民に手が出るような金額ではない。バレアレさんのような職人が手ずから一本一本作成するのだから、当然のように単価が高くなるのだ。
しかもそんな高価なものであっても、俺には使えない。なにせ俺には、アンデッドのデメリット特性がある。ポーションを使うと、俺はダメージを負ってしまうのだ。一度試しにと数滴掌に垂らしてみたら、一瞬だが手を熱湯につけてしまった時のような痛みが走った。
俺には肉体ペナルティ耐性もあるので見た目に分かる傷は負いにくく、痛覚も一定以上は遮断される。それでも痛みは多少ある。そんな体質なので、ポーションは使えない。俺がHPを回復させたかったら、<致死>などの負エネルギー魔法を使うしかない。そんなもの習得していないので、現状俺が回復しようと思うと、負の攻撃魔法を使うアンデッドを召喚してフレンドリーファイアさせるしかない。
「このポーションは、お前が怪我を負った時用だな」
「そうなるでござるかな。モモン殿よりも、それがしの方が怪我をする可能性は高いでござるからな」
それからも森の散策兼間引きは続いていく。その途中、暇になった俺はふとハムスケに問いかけてみた。
「ハムスケは、何か夢とかしたいこととかってあるか?」
「藪から棒になんでござるか?」
「暇だから、何か話をしようと思ってな」
「モモン殿にとっては、その辺のゴブリン共の退治では暇で御座るか。そうであるな……それがしの夢となると、やはり番でござるな。逞しい婿殿に娶られて、その御方の子を産むでござるよ」
「そう言えば、前にもそんなことを言っていたな」
「そう言うモモン殿はどうなので御座ろうか?」
「俺か。俺はそうだな……」
夢。そう問われると、あまりないのだ。楽しい事は好きだ。冒険をするのも好きだ。しかしそれらは趣味であって、夢と問われると違う気もする。前世では俺のような下層の人間が夢を持つなんて烏滸がましいことだったので、何かを夢見た事もない。
だからあえて何かと問われたら
「たっちさんみたいになりたい……かな?」
「誰でござるか?」
「昔、森で迷子になった俺を、魔獣から助けてくれた人だよ」
「なんと! モモン殿ほど強い人間が、誰かの助けを必要としたのでござるか!」
「俺にだって、もっと幼く弱かった頃があるからな。その時の俺は何も出来ず、死ぬのを待つだけだった。けれど、通りすがりのその人は何の見返りもないのに助けてくれた。誰かが困っていたら、助けるのは当たり前! 人によっては青臭いなんて斬り捨てる言葉を、馬鹿正直に掲げてな」
利益も何もない。見捨てたって誰も何も言わない。当時のユグドラシルではそれが当たり前だった。そんな中でかけられた言葉と、俺を守るように立ち塞がった白い背中。あれに憧れた時期もある。しかしリアルの俺は大した人間じゃなく、どこにでもいる一般人だった。たっちさんのような、選ばれたエリートではなかった。けれど、今の俺なら。前世の頃とは違い、超人のような力を持つ俺なら。あの日憧れた背中を持てるのだろうか。
そう言えば、たっちさんは変身ヒーローに憧れていた。俺もまた、たっちさんに憧れていた部分があるのだろうか? 今となっては前世のことなので、もはや遠い過去の出来事だ。言葉は思い出せても、たっちさんがどんな声だったのかはもう思い出せない。たっちさんだけでなく、ギルメンの皆も記憶から薄れつつある。
「困っていたら助けるのは当たり前でござるか。それがし、200年森で生きてきたでござるが、森にはそのようなきっぷのいい御仁はおらなんだでござる。モモン殿がなりたいと思うのでござるから、それはよき御仁なのであろう」
「ああ、凄い人だったよ」
「そうでござるな。そういう意味では、モモン殿も素晴らしき御仁で御座ろう」
「え? そうなのか?」
「そうで御座ろう。あの時、アインザック殿やバレアレ殿を助けることに、モモン殿が言う義務などないでござるよ。それでも飛び込んできたのであれば、それは勇気と呼ぶべき行為では御座らんか?」
ちょっと驚く。そう言われてみれば、別に俺にあの人達を助ける意味なんてない。あの時、たぶん30レベルぐらいの不確かな情報で俺はハムスケに挑んだ。きっちりとした情報収集をせずに戦ったのだ。それは必勝法とは言い難く、行き当たりばったりの戦法でしかない。
なので
「そうか。あの時の俺は、たっちさんみたいだったのか。そうか」
「嬉しそうでござるな。声が弾んでいるでござるよ」
「そう聞こえるか?」
たっちさんのようだ。そう言われた俺は、少しにやけていたかもしれない。少しだけその余韻を楽しんだあと、精神作用無効を起動して平常に戻る。あまり浮かれていると、戦闘に支障が出るからな。