モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
「この茶菓子は美味いな。茶も心に染み入るような味だ」
「殿下のお口に合ったようで何よりです……本当に良かったです」
「世辞ではないぞ? 丁寧に摘まれ、蒸し、燻り、乾燥させる工程で雑な仕事をしていない味だ。茶葉の品質もさることながら、淹れた人物の腕も良いな。中々良い仕事をする使用人を雇っている……どこかの魔法詠唱者のように、雑な仕事をしない良い使用人が」
「……その件については、心中お察しします」
今回用意した茶葉は、パンドラがドルイドの魔法で整えた土を使って栽培したものだ。土の状態を魔法で最高の品質にして、蒸したり乾燥させたりもパンドラが41人の姿を使って練り上げた至高の逸品。他の農作物と違ってパンドラが一から丁寧に作成する必要があり、あまり用意できない最高級品で、特別な用途でない限りはお出しできない代物だ。
茶を淹れるのはセバスかペストーニャ。二人ともテキスト設定で最高の執事やメイドとして設定されているおかげで、この手のスキルが非常に高い。多くの使用人を抱えるジルクニフであっても、満足できるだけの味がちゃんとあるようだ……それ以上に、別の理由で茶が美味くて仕方ないみたいだが。
(国でも有数、どころか最高位の人材がいきなり他国の公爵に対して我が師だからな。ショックで仕方ないだろ、こんなの)
示威目的で探知阻害の指輪を外していた俺も悪いのだが、まさかあのレベルの魔法キチがいるなんて想定外だ。第十位階相手であれば、神と呼んで平伏する魔法に人生を捧げた研究者。靴にキスした理由についても、大体想像はつく。
元々この周辺の人間種は、六大神が助けた人類の末裔だ。そして発展した文化についても、六大神がこちらに持ち込んだユグドラシルの本やリアルの文化が元になっている。なのでリアルの文化がそのまま採用されている例もある。
手の甲に接吻するのは敬愛や親愛の証。では靴、より正確には足の甲へのキスはたぶんだが、あなたには逆らいません。絶対服従しますとかそんなやつ。
それはジルクニフにも伝わっているから、お茶美味しいと無心で飲んでいるところはあるかもしれない。いわゆる現実逃避だ。
「焼き菓子も実に美味だな。非常にサクサクしていて、口当たりの良い味だ……どこかの馬鹿の、サクサク砕けそうな忠誠心と違って、苦みがない」
「そちらの焼き菓子は我が家で一番の料理人が作成したものです……それと、本当に心中お察しします」
これからどんな話をするにしろ、ジルクニフには辛い報告の時間が待っている。
国でも一番の重鎮が、他国の魔法詠唱者に尻尾振ってワンワンしました。私の命令よりも、他国の公爵の御言葉を優先しやがりました。
(嫌だ……俺が同じ立場だったら絶対に嫌だ。前世の時に、一緒に出向した先輩が引き抜かれましたとか上司に報告すると考えたら、胃がはじけ飛んでしまう)
ちなみに最高の料理人とはパンドラの事。41人コピーの無法っぷりはやばいね。
「……あれでしたら、私の方から皇帝に親書を出しましょうか? 我が国は貴国の魔法詠唱者を引き抜くつもりはない。そうしたためて」
「……フールーダはいらぬか?」
「魔法の習得と研究であれば、現段階でも十二分に間に合っていますので」
「フールーダを超える魔法詠唱者にとって、あいつですら不要か……申し出はありがたいが、これは私の口から直接皇帝陛下にお伝えせねばならない故、この場は辞退させて頂こう」
「承知致しました……ただ殿下もその、大変……ですね。主席魔術師殿がああなってしまうとは……」
「そうでもない。しょせん私は、皇位継承権から遠い身上。このぐらいの災難であれば、幾らでも……すまないエモット公。誤魔化したいが、やはりあのたわ……英雄の行いは少しばかり心情に響く」
ぐぬぬするジルクニフに、再度俺はエールを送っておく。そしてもう一つ、ジルクニフの皇位継承権についても大変そうだなと思う。
目の前にいる帝国皇帝の息子ジルクニフだが、彼は長男ではない。パンドラが集めた情報によれば、皇位継承権を持つ者の中で、一番優秀なのは目の前のジルクニフらしい。しかし彼の上には兄が二人いる。ようするにジルクニフは三男だ。
三男坊だからこそ、今回の親善大使に選ばれた側面もある。一番優秀で、なおかつ皇位継承第一位の長男だったら国外に派遣させられるか? 答えは否。絶対に失っては駄目なカードであれば、簡単に切る訳にもいかない。だが立場として、スペアのスペアであれば事情が違う。今回の王国粛清祭の最大要因である俺のところにやったとしても、まだ大丈夫だ。とは言え、皇帝がジルクニフを特別視しているのは伝わってくる。なにせ国内最大戦力のフールーダを護衛につけている。
(その最大戦力が役立たずになってしまったが……)
俺はフールーダの事は頭の片隅にやる。指示通りであれば、中庭で待機しているあの老人について考える時間ではない。
皇位継承の話に戻すと従来の考え方であれば、次に皇位を継ぐのは長男だ。せっかく優秀な子供がいても、皇位継承権を念頭に置くのであれば少しジルクニフは遠い。
(もっとも、帝国皇帝の息子は大小あれど全員普通に優秀らしいが)
我が国の王位継承第一位だった愚物と違い、向こうの長男はパンドラの話だと非常にまとも。俺を100としたら75ぐらいはあるらしい……それ本当に優秀か? 鈴木悟の脳より計算能力とか上がった感じはするが、それでも俺の脳なんて凡人だぞお前? NPC特有の贔屓目が入ってないか? と思うのだが、これを突っ込んでも意味がないので俺は捨て置いた。
「皇位継承ですか。とても残念な話です。たった少し早く生まれたというだけで、能力が劣っている人物が国を預かる事になる……殿下の御噂はかねがね伺っております。優秀な人物が多いエル=ニクス家の歴史の中でも、飛びぬけた神童がいる。彼が皇帝の座を継げば、帝国は更なる盤石な国家になるだろうと」
「些か過剰な評価だ。私は貴殿と比べれば凡才だよ。たった一人で国の腐敗を正した貴殿に比べたらな。第十位階魔法詠唱者殿?」
「私一人の力ではございません。敬愛すべきランポッサ陛下が御決断し、多くの貴族を正しく裁かれたからこそ、国内の平定は叶いました。平民に過ぎない私が大鉈を振るったとして、多くの者は納得しません。正しき王が正しきを成し、正しき裁きを下した。多くの血が流れ、結果として裁血王となってしまいましたが、それでもかつてのリ・エスティーゼ王国と別れを告げました。これを私一人でなどと誇ってしまえば、自らの実子すらも斬り捨ててみせた我が王に合わせる顔がありません」
「己の息子すらも……か。国王陛下が御心に負われたであろう傷の数々。想像するに余りあるほどだが、それでも王国の明日を願って行われた血の滲むご決断。まことに英断と言うほか無い」
ああ……本当にな。蘇生魔法すら許さない必殺の剣で、己の子供の首を断つ。あそこにはどれほどの決意があったのだろう。仮に俺の身内が国を腐らせたとして、同じ判断が出来るだろうか? 何とも言えない。選べると言える気もするし、やはり無理と答えるしかないような気もする。
だからこそ俺はあの決断に、心の底から敬意を表した。どこまで行っても凡人を超えない俺に対して、これが王であると示したランポッサの意志に。俺がランポッサに敬愛と言うのは、こういった場で口にするだけの言葉ではない。本当の意味で上司として尊敬している。
「英断と言うのであれば、この都市で私とフールーダ、それに近衛騎士を出迎えてくれた軍勢。あれも国王陛下のご指示だろうか? 恐ろしくも、強大な力を持つ軍勢に見えたが?」
「あれらは多くの御家を取り潰した際に没収した財を使い、新たに設立した王国戦士団です。今後長い付き合いになる殿下に、我が国の戦力を少しでも御見せできればと考え、配置させて頂きました」
「王国戦士団……矮小な我が身では及びもつかない力を感じた。時に尋ねたいが、あそこに並べられていた見たこともない……そう、アンデッドのような戦士達。あれらは一体なんだろうか?」
あ、やっぱり気になる? というか、見ただけでアンデッドと分かったか。デス・ナイトなどは見た事が無い人が大半で、その他のアンデッドも、法国で伝説と言うだけあって目撃例の全然ない超級の個体ばかり。中にはソウルイーターだと気づく人もいたが、その人達にはゴーレムだと説明している。
それでもゴーレムではなくアンデッドではないか?……と言う人向けの説明をジルクニフにしておく。
「あれらは私が創造、使役するゴーレムでございます」
「あれがゴーレム? 私は魔法に詳しいわけではないが、フールーダが使うゴーレムを見たことがある。それらは見た目が石や木で出来た存在で、行動も簡易な動きしかしない単純な代物だった。だがエモット公のあれは、私が見る限りもっと高度。あれほどのゴーレムを、貴殿が十位階の魔法詠唱者としても作成可能なのか? それに見た目がなぜアンデッドなのだろうか? フールーダは、あれらを伝説のデス・ナイトやソウルイーターと呼んでいた。わざわざ外見を、アンデッドにする意味がないように思うのだが?」
「……なるほど。フールーダ様であれば、デス・ナイトを目撃したこともありますか……ここだけの話をさせて頂きます。あれらは私が魔法で創造したもの。これに間違いはありません。ではなぜアンデッドの外見になるかと言えば、あれらはスレイン法国の六大神が一角、闇と死の神スルシャーナ様の御力を使っているからです」
「スルシャーナ? 我が国で信仰される四大神からは省かれた神格だな?」
「はい。光と闇の神は、王国と帝国では信仰対象から外されました。その片方である闇の神は死と破壊の力を司ると言われ、私はその神に近い力を保有している……とは法国で学んだ際に教わりました。私であれば、神の力を再現できると。あれらのゴーレムは、かつて多くのアンデッドを自らの眷属として使役した、スルシャーナ様の力を模倣して創り出された秘術による再現物です」
「なんと!? ではアンデッドの形を取っているのは、スルシャーナが使役したのがアンデッドだから……なのか?」
「そうです。少し物々しい外見ではありますが、アンデッドのように生者を憎み人に仇なす存在ではありません。伝説のアンデッド達の力を再現し、人類の今日と明日を守護する神の使徒。法国では眷属と呼ばれている魔法生物達です」
俺は館で働いているエルダーリッチをこちらに来させて、ジルクニフに向かって深いお辞儀と挨拶をさせる。最初はエルダーリッチの見た目に驚いていたジルクニフだが、人間のように喋り人間のように振舞い、生者に対して憎悪の様子を向けないことからゴーレムだと納得してくれたようだ。
……いいぞエルダーリッチ666号。賢者な振る舞いをしてくれることに感謝だ。
エルダーリッチなど魔法詠唱者は、設定として魔法を覚えられる分他のアンデッドよりも賢さパラメーターが高く設定されているので、こんな時の説明に使いやすい。
「伝説のアンデッドに匹敵するゴーレムを作成する秘術……詳しく知りたくなるものだな」
「残念ながら、この秘術に関しては術者の技量が重要になりますので、殿下や主席魔術師殿が知り得たとしても再現は不可能だと思われます」
「なに、そんな反応をしてくれるな。それほどの秘術であれば法国や貴殿の秘匿事項であるだろうし、第十位階に到達した者でないと不可能なのであれば、手に入れたところで無用の長物だ。気にしないでくれ」
「そう言って頂けると幸いです」
納得はしてくれたのか、ジルクニフは何度か頷いてくれている。うんうんと頷いたあと──
「これをあいつに話したら、どんな反応をするだろうか……」
「それは、非常に愉快なことになるかと思われます」
「エモット公もそう思うか? ……すまないが、あいつには私から話す故、エモット公は聞かれても秘密としてはくれないだろうか?」
「勿論です、殿下」
俺とジルクニフはふふふ、はははと笑う。あいつと言うだけで名前を挙げていないが、その人物は名前を言わなくても俺とジルクニフの間では伝わる。なにせとんでもない感情を、俺とジルクニフの心に置いていったからな。
お互いに少し含み笑いをした後、本当の意味で本題に入る。
「強大なゴーレムを使役し、当人も他を寄せ付けない強靭な魔法詠唱者……エモット公は、それこそ歴史に名を残す英雄なのだろうな。二百年前に魔神を討伐した、十三英雄のような」
「お褒めに与り光栄です……と言いたいところですが、私など今年でようやく13になるような若輩者。英雄などと呼ばれるには、経験がまだまだ足りてはおりません。宮廷作法などにも疎く、未知と未経験に苦しむ日々です」
「ご謙遜を。あいつなど250年生きながらも、無礼を働く愚か者だぞ? それと比べれば、エモット公のなんと話しやすいことか……エモット公は確かにまだ13歳。私の一個上でしかない。だがこの先、それだけの力を持つならば、多くの困難を乗り越え、数多の難事を解決してしまうことだろう。人々は必ずこう言うようになる。彼こそが英雄だ。彼のもとであれば良き日々を暮らせるに違いない……偉大な魔法詠唱者であれば、より上の地位も狙える。公爵以上の」
そう来たかー。滅茶苦茶突っ込んできたな。ジルクニフは俺に、どうして王位を盗らないのかと裏の意味も込めて聞いている。確かに今はまだ若く、元平民でしかない。だが家系図を弄った事で、俺には玉座につける正式な権利が手に入っている。なにせ王家筋なのだから、俺が玉座に座ったとてそこまでおかしなことではない。
「ご冗談を。先ほど申し上げたように、宮廷作法に疎い私には辺境での領主ですら荷が重い。この国全てを観られるほどの慧眼は持ち合わせてはいません」
「今はそうかもしれない。だが十年後であればどうだ? エモット公が敬愛する正しき王の下で、正しきを成せる公爵が眼を光らせることで貴族を統括し、国全体の発展を促せる。十年も経てば、エモット公は23歳か。ランポッサ王が玉座に座られたのが21の時のこと。その時であれば存命の第二王子よりも、力を持つエモット公の方が民にとっては信頼厚いのではないだろうか? 正当性という意味では、実にあるように思えるのだが?」
「それはありえません。ザナック殿下の今までの姿は仮の姿。真の姿は、ジルクニフ殿下にも負けぬ爪持つ竜です。私などよりも、よほど国を発展させられるような。ザナック殿下はランポッサ陛下に負けず、民を想う統治の出来る御方。私のように戦うしか能のない軍人と違い、戦争なども好まない優しい御方です」
「……今はそういうことにしておこうか」
ふふっと笑うジルクニフに、俺ももう一度ふふっと笑う。今の会話の真の内容は、俺に野心があるのかを確かめたかったのかな? もしもここで、ザナックを立てないような阿呆であれば……それか少しでもそれもいいかもしれないなと、裏の意図に気付かない輩であればまだ御しやすいと考えたかもしれない。
それに野心があるかどうかを確かめたいのは、俺が領土拡大などに興味があるのかどうかも確かめられるから。領土拡大となれば、対外的に俺が狙うとみられる可能性があるのは帝国だ。なにせ法国は魔法を学んだ恩のある国であるのに対して、帝国はそうではない。
それが今回の親善の最大目的。とにかく俺がエ・ランテルにいるのは、もしかしたら帝国への領土侵犯が目的にあるかどうかを確かめたいから。ランポッサが何を思考し、どんな思惑があるのかを確認しないといけない。
なので俺は話に乗っかり、ザナックがちゃんと王位を継ぐことと、特に戦争の意図なんてないことを伝えておく。
「……エモット公は戦いしか能がない、か。では第二王子と違い、戦は好ましいと思っているのか?」
「お戯れを。戦など国が疲弊するだけです。手を取りお互いに協力できるのであれば、その方がよほど互いに利益を最大に追求できます。王国は大陸全土からすれば、非常に小さな土地なのですから」
「ふっ、違いない。私たち人間の国は、巨大とは言い難いからな」
俺とジルクニフは、あ、やっぱりそういう性格かと笑い合った後──
「エモット公とは、今後長い付き合いになりそうだ」
「こちらこそ、ジルクニフ殿下とは交流を続けていきたいですね」
グッと手を握り合っておく。今後も人類圏存続を頑張りましょうね。ワンオペ阻止は俺の命題ですので。
「ところでエモット公に聞いておきたいが、粛清のコツなどはあるだろうか?」
「コツですか……あまり血を流し過ぎては駄目……ですかね? 文官が減り過ぎると、業務内容が一極集中して膨大になってしまうので」
「それは、なんだか実感のある助言だな」
はい。とても実感のある言葉ですよ。皇帝が選ぶであろう真の後継者と、その後継者がやりたいであろうこと。それを一足先に実行したのが王国なので、どこまで粛清していいのか参考になりますよ、ほんとに。
そうして含み笑いを交わしていたら、神よぉおおおおおおおおおおお! とデカい声が届いて俺とジルクニフは真顔になる。
俺ここにいるよ? なんで?
俺に聞くな。とりあえず見に行こうか
秒でアイコンタクトを済ませてから、中庭にダッシュで向かう……あ、ジルクニフが足遅い。仕方ないので拾い上げて疾走。
「これが第十位階魔法詠唱者の力!」
どちらかというと、高レベル戦士職の身体能力です。筋肉は全てを解決するってセバスが言ってました。ツアレニーニャちゃんがそれに影響されて、力こそ正義なんですねマスター・セバス! とかなってます。あの師弟コンビ妙に相性がいいんだよな。
庭に着いた俺とジルクニフが見た光景はお前……となる光景だった。
「神よぉ!! 新たなる魔法神よ!! 御身も天上におわす偉大なる神!! 私は御身にも敬意と敬愛を払わせて頂きます!!」
「モモン……このお爺さんはなんだ?」
「病気なんです、その人」
「身体か?」
「心です」
エリートプレイヤーの脚に縋り付き、涙を流すフールーダがいた。俺は思わず心の病気と言ってしまったが、ジルクニフにはこの言葉だと心証が良くなかっただろうか?
まずいですかね?
心ではないな。どちらかと言えば頭だ
おかしいな。俺より辛辣な言葉が出てきてしまった。
おばあちゃんが言っていた……前日が忙しくて0時の投稿が無理なら12時に更新すればいい。そして16日の0時にもう一度更新すれば、毎日の更新と同じだとな