モモンガさん、転生する 作:一人旅系亜種
13年ぶりの領主の仕事。久方ぶりにやるそれらは、俺にとって非常に新鮮だった。やだ、めっちゃ楽しい。昔は必死でやらないと終わらないよーと嘆いていた仕事量だが、今の俺にとっては大した手間でもない。ちょっと分身したり、<自動書記>の魔法を使ったりすれば終わってしまう。これが最強という意味だ!
というのはさておき、元の時間軸に戻った俺には、この後まっさきに考えなきゃいけないことがある。皇帝暗殺の件だ。
そもそもの発端は、皇后が長男であるレオンに皇位を正しく継がせるために、夫である皇帝をこの世から追い出そうとした事だ。同時に皇后に懐いているレオンが皇帝になれば、母方の貴族はこれ以上ない旨味を親族として吸える。
(このままいけば、皇帝が次代として指名したのは間違いなくジルクニフだったからな。確実にレオンに継がせたいなら邪魔でしかない……夫より子か)
皇帝と皇后については、典型的な政略結婚だ。皇帝の方はきちんとした愛情は持っているのだが、皇后の方にあるのはあくまでも義務的な感情だ。いわゆる仮面夫婦、この場合片方だけだから片仮面夫婦だな。別に旦那が死んだところで、そこまで思い入れもないし……みたいな。
(……そういや、ギルメンから旦那デスノートとか物騒な話も聞いたことがあるな。あれの究極版かもしれん)
しかし皇帝の暗殺となれば大事だ。なにせ皇帝の周りには常に護衛がいて、食事に使われる皿は<解毒>の魔法が使われたマジックアイテム。給仕係には危険や毒物を察知するマジックアイテムが持たされて、万全の警戒態勢が敷かれている。
それでも俺の時に暗殺に踏み切ったのは、あの糸目がいたから。あいつであれば、あらゆる危険を掻い潜ってフールーダも一緒に殺害可能。ついでにジルクニフがあの場にいたのはただの俺を釣る餌で、あいつに罪を着せるつもりがなかった。もしも釣り餌として機能しなかったら、すぐに治療する気だったようだ。ジルクニフに疑いの目が向いたとしても、俺に精神操作魔法を使われたことにすれば、簡単に容疑者は俺だけになる。
この話をした時に奇妙なのは、皇后は一貫してジルクニフを殺害する気が一切ないこと。あくまでも標的は皇帝のみ。なぜなら皇帝はどうでもいいが、ジルクニフはどうしたって愛しい我が子なのだから。
皇后はジルクニフが嫌いという訳ではなくむしろとても好きなのだ。だがレオンとどちらを優先するかと悩んだらレオンの方に軍配が上がる。最大の理由は、ジルクニフが優秀過ぎて苛烈な側面があるから。
(もしあいつが皇帝になれば、母方の貴族は絶対に美味しい想いなんて出来なくなる。だから親族貴族に必死で説得されて、最後には手を血に染めた)
ウロボロスけんはいなくなったが、あいつが下手人になったのはあくまでも偶然の産物。皇后の皇帝暗殺計画は健在だろう。
ではいますぐにこの計画を止めるか? となると、ちょっと問題がある。どうやって、俺がそれを突き止めたんだとか、追及されると説明に困る問題が。
(やっぱりジルクニフに誕プレと評して、何かしらのマジックアイテムを渡しておくか。それか皇帝が亡くなったとしても、俺がフールーダの誼として蘇生させるか)
方法は幾らでもある。使える手札は大量に。
「そろそろ行くか」
集中して仕事をすると、時間がいつの間にか過ぎてしまう。時計を見たら、フールーダとの約束の時間が迫っていた。
俺は<転移>でフールーダが待つ研究室に到着。
「お待ちしておりました、我が愛しい師よ! 御身がお越しになるのを、首を長くしてお待ちしておりましたぁ!!」
「……フールーダ。前から言うように……いいか。フールーダはそれでいいよ」
なっつ。このやり取りも懐かしすぎる。こうやって喋って動いている姿を見るのは、本当に久しぶりなのだ。なにせ最後に見たのは手足と顔が破壊された、屠殺直後の獣みたいな姿。当時はちょっと大げさすぎてうざいなーとか考えていたけれど、これはこれで俺の生活のアクセントになりうる存在。貴重だ。
「それでは、さっそく今日の講義を始めようか」
「お願いいたします」
ちょこんと椅子に座ったフールーダの前で、俺はチョークを手に黒板と向き合って魔法とはそも何かを書き込んでいく。13年前であれば、俺がフールーダに教えていたのは法国が研究してきた結果そのものだ。
それを俺なりにアレンジして、本当に漏らしてはいけない秘密だけを添削したあれこれを教えたりしていた。
しかし今の俺が教えるのは、もう少し踏み込んだ領域。この世界に存在する、大魔法基盤が絡む魔法の深淵とでも呼ぶべき何か。かつては始原の魔法が刻まれ、今はワールドアイテムにより位階魔法に書き換えられた法則そのもの。
頭に流れ込んでくるのは、魔法とは何か? そも位階とは異界であり、始原とは自然そのもの。およそ人の意識で踏み込んではいけない、あまりにも深い底なし沼。そこに俺は当然のように足を入れて、魔法の沼から知識を汲み上げる。組み上げる。沼が人如きが理に触れるなと手を形作りこちらの意識を沈めようとするが、邪魔なので蹴散らしておく。あっちいけ、しっしっ。こっちは世界法則の妨害に構うほど暇じゃない。忙しいんだ。
(ああ……駄目だ。組み上げたはいいが、これはまだフールーダには早すぎる。もっとグレードダウンして、人間の概念に置き換えないと頭がパンクして破裂する)
意識するのは、リアル世界のプログラマー。この世界に刻まれた位階魔法とは、ユグドラシル運営に雇われたプログラミングの達人達が、0と1を繋ぎ合わせて出力したもの。それがワールドアイテムにより、どのように法則に刻まれて形を成したのかを逆算し、新たに形を成させる。
「──よ。──師よ」
「と、こうやって……どうした、フールーダ。質問か?」
「いえ……お恥ずかしながら、今日の講義が……かなり難解なものでして」
「難解?」
俺は黒板を見る。そこには俺の字がびっしり書かれていて、改めて自分で内容を精査する。難解?
「内容が難しくて、ついてこられなかったか?」
「はい。師にこうして一対一で学ぶ機会を貰いながらも、理解できぬ我が浅薄さが恨めしいばかりです……時に師よ。今までの魔法講義や談義も素晴らしいものでしたが、今日は一段と複雑で真理に挑むかの如き。何かあられましたか?」
おっと、グレートダウンしたつもりだったが、それでもフールーダ級の魔法研究者ですら、読み解くには深すぎる内容だったか。いかんいかん、人の感覚に調整しなおさないと。
もっと簡素で分かりやすく……どうだ!
「これならどうだ?」
「……お、おおおおお!!! なんと!! では蘇生魔法とはつまり……魂の枠組への繋がりを理解することで、位階の範疇に囚われない? ……そういうことでございますか、師よ!! これは蘇生魔法が、蘇生される方に選択権が存在する法則そのものに対する、真っ向からの挑戦状ですぞ!?」
「面白いだろ。まだ私の中でも仮説段階に過ぎないが、ここを突き詰めれば信仰系魔法詠唱者でなくとも、魂の領域に手が出せるようになる」
これならどの魔法系統に適性があるのか関係なく、回復役などのあれこれをもっと多岐にわたる形で調整が利く。フールーダに教えつつ、並行分割した思考で大魔法基盤に触れて組みあげた魔法理論だが、フールーダ、つまり人間でも理解可能な術式に仕上げたので、他の魔法詠唱者でも利用可能な形にまで持っていけるようになるだろ、たぶん。
うんうんと自画自賛していると、何やらフールーダの様子がおかしい。ふるふると震えて、目から雫が垂れていた。うわぁ懐かしい。フールーダ名物、魔法に感激してからの感涙だ! すっげぇ帰ってきた感がある。
「……師よ。今日はまた、なぜこれほどまでに魔法の深淵に踏み込んだ知識を、私に授けてくださったのですか?」
「なに、いつも教えているのは、フールーダであれば自力でたどり着ける程度の知識だっただろ? そろそろ、単独では不可能な、次のステージに進んでもいいかと考えただけだ」
「そうでございましたか。師を魔法の神と信仰しておりましたが、とんでもない。これほどの魔法理論を編み出す叡智。あなた様は魔法の深淵をのぞき込んでいると思っておりましたが、違いました。あなた様こそ、魔法そのもの。理としか言えませぬ」
魔法そのものと言われても、なんだか困る。直接魔法の元になるあれこれを見た上で、俺は好き勝手に弄くり回しているだけだ。純粋な才能で到達したわけではなく、必要だからと使いまくった
とはいえ、これがフールーダの役に立ち、ひいては人類圏の魔法発展に繋がるのであれば、考えた甲斐があるというものだ。
「そうだ。フールーダに一つ聞きたいのだが、お前から見て皇后とはどのような人物だろうか?」
「どうされましたか、師よ? あの方のことなど……」
「なに、私は将来を誓い合った人物がいる身。政略結婚にしろ、恋愛結婚にしろ、上流階級の夫婦がどのような人物なのかを知ってみたくてな。皇帝陛下などは、妾も多数おられる。そのような人物の正妻は、長年共にいる者からみれば、どう見えるのか気になったのだ」
本当は全然理由が違うが、元は平民出なので上流階級の夫婦間とかを今後の参考にしたいのだと俺は誤魔化して説明する。それを聞いて、そうでしたかとフールーダは答えた。
「俺は魔法の神かもしれないが、恋愛の神ではないからな。この国で一番のお偉い方々である皇帝一家を、もっとも間近で見て来たお前の意見が聞いてみたくてな」
「……難しいご質問です。私も魔法に生涯を捧げた身であり、妻や子を持つことはとうの昔に無駄として削ぎ落とした魔法の門徒。夫婦の仲とおっしゃられても、どう答えれば師の役に立つのか、皆目見当がつきませぬ」
「無駄ではないだろ。今のお前には無限の時間がある。その時間の中で、時には魔法以外に目を向けてみるのも悪くないぞ?」
「そうなのですか?」
「ああ、ふとした生活の中から、これは! と思う答えとは見つかるように出来ているのだ。今のお前は老人ではなく、若い肉体を持つ男性だ。この国一の英雄なのだから、相手もすぐに見つかるだろ……で、皇帝の事となると、やはり難しいか?」
「……仲がよろしくはない、としか」
「そう申し訳なさそうにするな。ただの興味本位の質問だ。答えられない質問をした、私の方が申し訳ない」
まぁ、これで皇后をどうするのかの答えがすぐに出るとは思っていない。じっくりと考えていくさ。
俺はフールーダに別れを告げ、エ・ランテルに戻ろうとして、ああそう言えばと踏みとどまる。
(帰る前に、ついでだからあれをやっておくか)
フールーダとした魔法談義のおかげで、やっておかなければいけないことを思い出した。まずはもう一度大魔法基盤に干渉し、僅かながら残っている
じっくり探すこと数時間。数時間と言っても、時間加速をしているので実際の時間は一秒もかかっていない。
「あった! これだ!!」
位階魔法の書き換えによる影響で酷く損傷しているが、間違いなくこれが探していた術式。ユグドラシルからデータを転移させた魔法の残骸だ。
酷く損傷しているせいで判別し難いが、別にこの魔法を使いたいわけではないのでどうでもいい。俺が知りたいのは、これが実際どんな作用を齎した結果、データ転移を可能とし、どこに経路を作り出したのかだ。
(頼む頼む頼む! これで駄目なら、ウロボロスを切るしかないんだ。あまり使いたくはないから、こっちでどうにか頑張らせてくれ!)
その願いが通じたのか、どこを視れば経路が発見できるのか判明した。
「んっと……この辺か?」
俺は魔眼で虚空を凝視する。視ようとしているのは、通常の目では見つけられない
そちらに<上位転移>で移動してみると、そこは廃墟となった城跡だった。ボロボロになった古城で、もう誰も住んでいないのか気配はない。
「ここは……そうか。ここで、ワールドアイテムを呼び出す儀式魔法が使われたんだな」
この魔眼は、元は千眼千視さんのタレントだったもの。ウロボロスでこれでもかと強化した結果、過去視すらも可能としている。俺が視るのは過去の映像だ。ここで起きた出来事。
『ツアー! 止めるな!! これは必要なことなのだ!! この世界の竜を滅亡に追い込む、滅びの悪魔を止めるためには!!!』
『だが……父上!! これは禁忌だ!! 私達竜王にも触れてはならない、不可侵の!! 何が起きるのか──』
『二度は言わんぞ!! いずれ来る……赤い目をした魔王を止めるためには……新たなる力が必要なのだ!!?』
『父上ぇえええ!!! 駄目だぁ!!!』
遠い昔のこと、ツァインドルクスとの会話を見る限りでは、彼の父である竜帝は、ドラゴンを滅びから救おうとしたようだ。
「未来視の魔法か。滅びを回避するために、足掻こうとした……」
皆考えることは変わらないな。自分達が死なないために、全力を尽くそうとしている。素晴らしきかな、生命が足掻く世界! ……これは恰好つけすぎだな。
それにしても赤い目? 俺は殆ど砕けているが、かろうじて一部が残っているくすんだ鏡で自分の顔を見る。そこにいたのは、赤い目をした人間だった。
「俺がいつか滅ぼすのか? 竜たちを……」
それとも別の何かがくるのだろうか? なにせ俺には、ドラゴンを滅ぼしたい理由なんてない。ツァインドルクス相手には、今すぐぶっ殺しに行こうみたいな感情など抱いてない。むしろ俺はあいつに対して、ひたすらどうでもいいとしか思わない。嫌いですらない、無関心だ。これからもユグドラシルが云々と言って、世界盟約を後生大事にすればいいのではないだろうか。
もっとも、その世界盟約とやらも、今日から必要では無くなるだろうが。
「魔法の発動地点だから、痕跡が良く残っているな。ここであれば、問題なく経路を見つけやすい……ああ、あった」
俺の目には、はっきりとした糸が見える。その糸は宙に伸びていて、途中から穴のようなものの中に消えていっている。
「あれがユグドラシルと、この世界を繋ぐ経路だ。あれがある限り、転移は終わらない。ユグドラシルから、こちらにワールドアイテムやプレイヤーが流れ込んでくる」
タレントによる始原の魔法行使を行えるように準備する。今の俺であれば、ワイルド・マジックで、ワイルド・マジックに干渉することが出来る。俺が干渉して封じるのは、ユグドラシルとこの世界を繋ぐ通路だ。ここを閉じてしまえば、現在ワイルド・マジックによりこちら側に呼び出されている最中のデータ達が来ることは無くなる。
「……俺が死んだことでナザリックの転移時期がズレて、そのせいで引き起こされるかもしれない11回の揺り返し。これをどうにかするのは、当事者である俺の責任だからな」
これを封じる事で、転移途中だった人物やギルドがどうなるのかは不明。全員死んでしまうのだろうか? それとも転移するまでは時間が無限に引き延ばされているだけで、ワイルド・マジックさえ無にしてしまえば、サービス終了による強制ログアウトでいつもの日常に戻っていくかもしれない。
俺は封じようとして、少し考えてしまう。これが向こうと繋がる穴なのであれば、これを辿れば地球に行くことが可能なのか? 向こうに行けば、懐かしき友に会えるかもしれない。
「愚問だな。俺はモモンだ。向こうに行けるか不明で、行けたとしても帰れるかも不明。それに俺の居場所はここだ。ここに俺の居場所がある……封鎖」
糸がバラバラに千切れて、跡形もなく霧散していく。同時に大穴は完全に閉じて、魔眼で見ても空には何もなかった。澄み渡る空が無限に広がっているだけだ。
ふぅ、と俺は息を吐く。これでユグドラシルとの繋がりは完全に断たれた。その結果に俺は頷く。これでいい。これでな。
俺は穴がもう一度開いたりしない事だけ確認してから、帰路についた。
「おかえりー、モモン。お邪魔してるよー」
「よ、クレム。この時間なら、いつもは教会の方じゃなかったか?」
「早引けー。モモンとイチャイチャしようと思って」
「とんでもねえ理由で仕事早めやがったなこいつ」
そう言いつつも、俺はクレムの隣に座る。あー、癒し。13年ぶりの癒しだわ。
「ん? あれれ?」
「どうした?」
「なんだかモモン、変わった? この間会った時よりも、少し体ががっしりした気がする」
「鍛えてるからな」
「そっかな? なんだかこう、根本的にもっと違うような……ま、いーか。モモンはモモンだもの」
ていていと突いてくるので、俺も脇腹を突き返しておく。おらー、逃げるな。
「あら、楽しそうね二人とも」
「お? アンリじゃん、どうしたんだ?」
「モモンに用事があって来たんだけれど、不在だったから待たせてもらっていたわ。何時に帰ってくるのかは分かってたから……でも少し遅かったわね? フールーダとの魔法談義が盛り上がった?」
「そっちは予定通りに終わったよ。遅れたのは、ちょっと用事を済ませてたんだ」
「用事? なにそれ」
俺がやる用事って、それはお前──
「少し世界を救ってたんだ」
前話の感想見てて
あれ?これで完結?ってくらい収まりよくて
というのがありましたが……うん(実はプロット前話までしか組んでない。鈴木悟がモモンとして転生しエンリに指を握られて始まった物語を、モモンがオーバーロードとして戻ってきてエンリを抱きしめ〆て完で考えてたので)
だったんだけどそれだと残りの9回来るのとかどうなるんだ? と思ったのと、せっかくなので今のモモンがどんな感じなのかを描写する回として今回の話を少年編の〆として書いてみた。
次回が原作時間軸まで進んだお話。モモンが23になった時の世界がどうなったのかを書いて完結です