カヨコ「……。」(気さくな挨拶) っていうポストを見た瞬間に溢れた妄想 作:KNa\
これは7月11日までのやつ。
街中を散歩していた時の事、私は向かいから便利屋の人達が歩いてくるのに気がついた。
隣をすれ違うすこし前に、チラッとカヨコさんと目が合った。
私はたまに、彼女と喋ったりする事がある。まだ関係は浅くて、知り合い程度だけど。でも挨拶くらいはしたいなと思って、少しだけ小さく手を振った。
なにか反応を期待した訳じゃない、気づいて無視するのもなぁって、思っただけ。
便利屋の人達と一緒だし、声をかけて足を止めるのも悪いな、ともちらっと考えたけど。手を振った事に、挨拶以上の意味は本当に無かった。
だから、彼女が私に向けて手を振り返してくれたのにも、深い意味は無い。
無いのだ。
……すれ違いざまの挨拶を交わして直ぐに、彼女は他の3人と共に歩いて行った。
私も、数秒後には歩き出す。
歩き出して数歩、私はまた立ち止まって、振り返った。離れていく彼女の後ろ姿が見える。
くしゃりと、何かが胸の中で擦れるような気持ちが湧いて、私は無意識に取り出したスマホのモモトークを開いて……閉じた。
「交換してないや」
私は彼女の連絡先を知らなかった。いや、まぁもし知っていたとしても同じ事をしただろうけど。
私は貴方を見て、こんな気持ちになりました!
そんな事を本人に対して伝えるのか?いやいや、余りにも小恥ずかしい。しかもそれが、不快とは程遠い感情なら余計に、だ。
自他の区別の薄い子供の頃ならいざ知らず、友達でもない知り合い相手にそんな事を。
「うっ……」
友達でもない、そんな自分の思考が思ったよりも深く刺さった。
・・・
……猫仲間としてカヨコさんと話すようになったのはここ最近の事。
私には、散歩のついでに街中の猫スポットを回る趣味がある……いや、どちらかと言うと猫と会うついでの散歩、かもしれないけど。
とにかく、散歩中に猫カフェや猫屋敷、公園や住宅街……猫の声に誘われて、たまに裏路地なんかにも入ったりして、街中の猫と会える場所を探すのだ。
彼女、カヨコさんに出会ったのは2、3か月前。確かその日はあまり眠れなくて、気分転換出来でも、と思って夜の散歩へ出た日だった。
その日もいつもの様に、散歩をしながら野良猫スポットを回っていた。
けれど間が悪いのか運が悪いのか、一度も猫に会えなくて、残念な気持ちで散歩を続けていた。
とぼとぼと少ししょげながら歩いていた私は、目に入った近くのコンビニへと寄る事にした。
コンビニののぼりにあった『期間限定にくきゅうまん』が目に入ったからだ。
猫に会えなかった寂しさを、小腹を満たして少しでも誤魔化そう考えてた気がする。
ただ、私は入ってすぐにそのコンビニから退店した。
目当ての『 にくきゅうまん』は、既に売り切れだったからだ。
随分前に来た客が買っていった分で、今日は最後だったらしい。仕方ない事とはいえ、その時の私の気持は沈みきっていた。今日は運が良くないなぁ。とか、そんな事を考えていた気がする。
店の外に出た私は、駐車場の車止めに腰を下ろしてスマホいじりを始めた。猫に会えなかった事に加えて、慰め目的の商品も見事に空振りだったものだから、少々不貞腐れていたのだ。
夜中のコンビニの駐車場は閑散としていて、聞こえてくる音のはそう多くはなかった。たまに通る車やバイク以外は、時々吹く風がのぼりの旗を揺らす音くらいで、誰かお客さんが入ってくる事もなかった。
だからスイスイとスマホをいじってても気づけたんだと思う、コンビニ近くの路地からの小さな声に。
「にゃーにゃー、にゃ、にゃ〜」
「……猫?」
耳に届いた音は直ぐに脳で変換される。
散歩の一番の目的とも言える猫。今日はもう会えないなと、諦めていたその声が聞こえてきた瞬間に、体は直ぐに反応した。
「猫がいる?」
そう言って、すくっと立ち上が……ろうとして、たたらを踏む。
「あいたた……」
無理な姿勢で腰を下ろしていたせいで、だいぶ血の巡りが悪かったようだ。正座よりはマシ程度に足が痺れている。
立ち上がりで躓いてしまったが、そのおかげで少し落ち着くことが出来た。
路地から聞こえていた声は、甘えるようなか細い声だ。
鳴いていたのは恐らく子猫。立ち上がったままの勢いで向かっていれば、大きな音を立ててしまっていたかもしれない。猫を怖がらせる訳には行かないのだ。
足をぷらぷら振ってから、気を取り直して路地へ向かった。できるだけ音を立て無いように気をつけて。
路地の中は薄暗く、ダンボールやゴミ袋が壁際に積まれ、その下には雑多に物が転がっていて足元が悪い。ただ、猫を探す為に奥へと進む必要は無かった。
「にゃあ……ふふ、よく食べるね」
聞こえていた可愛い声の主は、路地へ入ってすぐの所に居たからだ。
……少し、予想とは違っていたけれど。
まず猫はいた、やはり子猫で、3~4ヶ月くらいの子だったと思う。
その子猫は、コンクリートの地面にしかれたダンボールの上で、カフカフ、ちゃむちゃむと音を立てて、小皿に乗った餌を食べていた。
明かりが無いので分かりにくいが、子猫用の餌っぽい気がする。その隣には水の入った深めの皿も置かれている。
そして、それを与えたであろう彼女は、ダンボールから少し離れてしゃがみこみ、子猫の食事の様子を見守っていた。
私に対しては背を向けていたし、足音を殺しながらここへ来たから……というかまぁ、子猫に釘付けになっていたんだろう。私に気付いた様子は全く無かった。
後ろに私がいるとは露知らず、子猫を見守りながら小さく屈んだ体を左右に揺らし、たまに「どうかな、美味しい?」と食事中の子猫へ声をかけている。
子猫はそんな声掛けには反応せず、一声も鳴かずに食事を続けていた。
どうやら私が猫だと勘違いしたのは、目の前にしゃがんでいる彼女の声だったらしい。
猫以外の声に釣られてしまうとは……と、少し恥ずかしくなったが、結果として子猫は見ることが出来てるし、別に良いか、と考え直した。
それに、こんな裏路地まで来てしまうような猫好きに会えた私は、少し嬉しくなっていた。
……ちょっとだけ、キヴォトスでの野良動物ついて話をする。
キヴォトスでは、野良の動物をちらほら見かける事がある。中には誰かが逃がした子もいたりするのだが、殆どの動物たちは人の手を借りずとも、逞しく生き抜く事が出来ている。理由としては、まぁ、治安が悪いからだと思う。
治安が悪くてほぼ毎日、あちこちでドンパチ銃撃戦をやっているのだ。街中で、お店で、公園で……そしていろんな学校で。
そんな事があると、色々なものに被害が出てくる。建物や備品、流れ弾で通行人に……その中には勿論、食べ物なんかも含まれている。
キヴォトスに住む大半の人は、銃で撃たれても痛いで済むが、地面に落ちたり、弾丸で撃ち抜かれた食べ物はそうでは無い。土が着いたり、穴の空いた食べ物は廃棄するのが普通だ。そしてそんな食べ物を、捨てたあと厳重に守ったりはしない訳で。
そんな廃棄物は、野良動物たちにとっては都合が良いものだ。あまり散らかすと難しいが、少し中身をひっくり返した程度なら、ゴミ収集の機械は問題なく回収できる。つまり、よっぽどじゃない限り、野良動物たちがゴミを漁っても、問題が起きたりはしない。
それに、キヴォトスに住む大半の人は、命を奪う行為に忌避感を覚える事が多い。なので銃で撃たれると死んでしまうような野良動物に対しては、割と甘いのだ。積極的に駆除や排除をしないので、結果として野良動物が生き残りやすい環境になっている。
ただ、その分わざわざ野良動物を保護したり、その動物専用の餌を上げたりする人は余りいない。なので目の前の彼女は、その点で言うと動物好き、に分類される人だと思う。
さて、長く語ったが、この時の私には2つの選択肢があった。
目の前の彼女に声をかけるか、かけずにそのまま立ち去るか、だ。
声を掛けたらきっと、彼女は恥ずかしがるだろう。もしかしたら怒ってしまうかもしれない。私だってにゃんにゃん言ってる時に知らない人がいたら気まずすぎる。
じゃあこのまま帰るか?とも、考えたが、そうすると猫を愛でられない。し、彼女と話すことも出来ない。それは少し寂しい。
話すか、帰るかどっちにすれば……だなんて、悩んだフリをしていたが、その時の私にとっては選ぶ方は決まっていた。
「ねっ、猫可愛いですね、野良にぇ……野良猫ですか?」
決していた意で声をかける。
焦って声が裏返ったが、ちゃんと聞こえてたらしい。目の前の彼女は分かりやすく肩が跳ね、ピタッと一瞬、動きが止まっていた。
ぎ、ぎ、ぎ、と音が聞こえてきそうな程ぎこちなく、ゆっくりと彼女がこちらを振り向く。
私はその様子を見て、相当びっくりさせてしまったな、と少し申し訳なくなっていた。
「っ……ぁ」
そんな気持ちは彼女の顔を見たら、直ぐに霧散してしまったんだけど。
振り向いた彼女の目は鋭く細められ、眉間にくっ、と眉が寄っている。小さな口は固く結ばれて、ひと目で不機嫌なのだと分かる表情で、彼女はこちらを睨んでいた。
その瞳に射抜かれて、ひゅっと息を飲む。怖い、その感情ただ1つに、私は全身を支配された。
怖い、怖い、怖い!
すぐにでも立上り、走って逃げ出したくて堪らないのに、私の足は、体は、身動ぎ1つ、腰を抜かして倒れることさえ出来なかった。
そんな私とは対照的に、目の前の彼女はしっかり、ゆっくりと立ち上り、完全にこちらへ向き直る。
薄暗く、はっきりとは見えないが、その瞳はどうやら赤色。しかし夜闇のせいか、裏路地の雰囲気のせいか、鮮やかとは言い難い。黒と白の色の髪色は、ここにあって彼女の輪郭をぼやけさせている。
いたたまれない気持で、つい、と目線を下げていくと、左手には何かが入ったビニール袋、右肩にはリュックを下げていた。
オーバーサイズの黒のパーカーには髑髏のような柄、鬼のように短いスカートからは、細く長い足が2本と、垂れ下がった雷のような尻尾が1本、覗いている。
右手からは、細長いシルエットが地面に向けて垂れている。銃に見えない、私は注意深く観察した。
持ち手は短く、握り込めば掌から少しはみ出す程度の長さ。そこから親指側に細長い軸のようなものが延びている。その先端にはふわふわの獣の尻尾のようなものが付いていて、みょんみょんと揺れている。
「……ねこじゃらし?」
目に映ったその獲物の正体が、口をついて出てきた……うん、どう見てもねこじゃらしだ。
???
恐怖に塗れて固まっていた体は、頭から溢れたハテナで上書きされ、今度は困惑によってフリーズしていた。
しかし、溢れたハテナは、恐怖で固まっていた視界と思考を取り払う。
そうだ、なんで私が怖がっているんだろう。
そもそも私がここに来たのは、彼女の声を聞いたからだ。私が猫を見たくてここに来て、猫仲間と話したくて声をかけた。しかも後ろから、不意打ち気味に。
話しかければ彼女が恥ずかしがることも想定していて、睨まれる事くらい考えていたはずなのに。薄暗い裏路地で、後ろから突然声をかけたら、警戒するに決まってるのに。
それなのに、声をかけた私が彼女を怖がる?
ふざけている、なんで被害者みたいな気持ちになっているのか……!
「……怖がらせたみたいだね、ごめん」
そうやって不甲斐なさと、自分への憤りとでフリーズしていた私を見て、目の前の彼女はそう言った。
彼女はくいっ、と右肩にリュックをかけ直し、猫じゃらしを無造作にパーカーのポケットにねじ込んだ後、路地から出ようと歩き出す。
狭い路地道ですれ違った彼女の表情は、怖がられるのは慣れている、とでも言うように、諦めきった目をしていた。
だめだ、違う、貴女が謝る必要なんて無い。
「あ、あの!」
とっさに、今度は裏返らずに声が出た。
呼び止められた彼女は、首だけを傾げてこちらを見る。
やはり少しだけ眉間に力が入っているが、今は睨まれてると言うよりは、訝しんでいるように見える。それでも話を聞いてくれる気はあるみたいだ。
「……なに?」
咄嗟すぎて何も考えて無かったせいで、呼び止めたのに話しかけない人になってしまった。どうしよ、どうしよ……そうだ!
「えっと、猫!……好き、で、すか?」
「……猫?」
彼女に聞き返されてしまう。唐突すぎた自覚はあったのでもう一度質問し直す。
「は、はい。猫、お好きなのかなぁって」
「……まぁ、好きだよ、猫……なんで?」
好きなのは多分分かるでしょ、何で私に話しかけたの?そう言われた気がした。
「話してみたかったんです、貴女と。猫の話を」
「……他の人探しなよ、猫好きなんて珍しくも無いでしょ?」
こちらを振り向くことを止めて、彼女はそう言う。確かにそうだ、猫が好きな人は沢山いる。野良猫をみて可愛い可愛いと、きゃいきゃい言い合える人は、きっと他にもいる。
でも、違う。私が話したいのは。
「わざわざ野良に猫用のご飯をあげる人、あんまりいないんです」
再び立ち去ろうとした彼女の背に向けて言った。
「可愛いから、甘えてくるから、猫に食べ物をあげる人は居ます」
彼女は振り返らない、でも少しだけ歩を緩める。
「でも、猫が食べれるものを選んでる人は、多くないです」
可愛いから、手持ちのご飯をあげる。甘えられたから、近くのコンビニでホットスナックを買ってくる……人用の味付けで、人用の食べ物を。その中には当然、ネギやチョコレートなんかをあげる人も居たりする。
そういう人が悪いとは言わない。だって野良に餌をあげること自体、人のエゴだ。家で飼えないなら、手を出すべきではない。本当なら野良動物は居ない方がいい。
でもやっぱり、私たちみたいな学生じゃ出来ることは少なくて、目の前の野良猫に手を出さないことは難しかったりする。だから、その中で少しでも猫のことを考えている人が居ることが、私は嬉しかったのだ。
「そんな人だから、喋ってみたかったんです……ど、どうでしょうか?」
恐る恐る本心を伝えた、やはり彼女は背を向けたままだったけど、少なくともそのまま立ち去ることはしなかった。
「……理由はわかった、それが嘘じゃなさそうっていうのも」
「なら、私と──」
「でもごめんね、やっぱり無理かな」
キッパリとした拒絶が、私の言葉を遮った。
「な、なん──」
なんでですか?と、そう問いかける前に彼女は続ける。
「相手を怯えさせてまで、話に付き合わせる趣味は無いから」
言葉に詰まる、やはり私のせいで彼女に気を遣わせていた。
「ぅ、それは私が悪くて……それに、今は大丈夫です!」
私は慌ててそう言った。確かに最初に睨まれた時は怖かったけれど、その後に見た猫じゃらしのおかげで大分平気になっている。そもそもそれも全部私の自業自得だったし。
「いや、いいよ、慣れてる」
彼女はあまり信じてくれていない。それでもさっさと行ってしまわないあたり、少しは伝わってると思って言葉を続ける。
「と、とにかく今は大丈夫なんです!少しでいいのでお話しませんか?」
しつこいくらいに誘っていると、根負けしたのか彼女はこちらを振り向く。再び彼女と目が合ったが、今度は全く恐怖は感じなかった。
「はぁ……なんでそこまで?」
彼女はため息をつき、やれやれと小首を傾げながらそう言った。多分呆れられてそうだけど、別に構わない。
「貴女と猫のお話がしてみたい、本当にそれだけです」
嘘では無い。若干意固地になっているところが無いとは言えないけれど、話したいのは本当だ。
最初に話しかけた時とは立ち位置が入れ替わり、今は彼女が路地の入口にいる。
路地と通りの境目は入る光が少し多くて、彼女の姿が少しだけ見やすくなった。彼女のパーカーの右ポケットからは、猫じゃらしの先がチラリとはみ出している。左手に下げたビニール袋には、猫に与えたご飯のゴミとペットボトルが透けているのが見えて、やっぱりこの人と話してみたいなと、そういう気持ちが強くなった。
そんな時、みゅあぁ、と背後から鳴き声がする。すると、彼女は体を傾けて私の背後を見た。
「あぁ、食べ終わったんだ」
そう言って彼女は、私の隣をスっと通り過ぎてしゃがみこむ。私も釣られて振り向いて下を見る。するとそこには、先程までご飯を食べていた子猫が座り込んで彼女を見ている。もう一度みゅあ、と鳴く子猫に彼女が右手をゆっくり伸ばす。
満腹になったらしい子猫は、差し出された彼女の右手に頭を擦り付けている。片手で子猫の頭を撫でながら、彼女は左手だけでビニール袋を広げて床へ置き、その中にご飯の食べ残しと空いた小皿を片付けていた。かなり器用……というか手慣れた動きだ。
「ん、満腹みたいだね」
甘える声を出しながらヘソ天までした子猫を、彼女は優しい手つきで一通り撫で、そう言って立ち上がった。
彼女の手が離れると、子猫は少しコロコロ転がった後、路地の奥へと歩いて消えていく。それを見送った彼女は、片付け残しが無いかを確認してビニールを結ぶ。
すくり、と彼女が立ち上がり、また私と向き合った。これで目を合わせるのは三度目だ。流石に若干の気まずい雰囲気が湧いている。
「あの子は居なくなったけど……それで?」
今度は路地を出ようと歩き始める事はせず、真っ直ぐ私を見ながらそう言った。
「あ、い、良いんですか?」
「少しならね、まぁ面白い話は出来ないけど」
「いえ、しつこく誘ったの私ですし!……そ、それじゃあ猫の──」
満を持しての猫トークを始めようした直前、どこかで聞いた覚えのあるメロディが、路地に小さく響いた。
「ごめん、ちょっと待って」
どうやら彼女の物だったようで、左のポケットから取りだしたスマホを操作し始める。路地の中では、画面の光に照らされた彼女の顔がハッキリ見えた。何かを見て少し眉を寄せた。怒りといより、疲れ……呆れだろうか?そんな顔をした後、ぎゅっと1度目を瞑り、スマホをしまう。
「……これは戻った方が良いかな」
彼女はため息を付くように、ボソリと呟いて、目を開いた。
「申し訳ないけど用事が出来た、だから帰るよ……ごめんね」
「い、いえ、なら仕方無いです…」
そう謝られたけど、もともと全部私のわがままだ、用事を優先するのは当たり前の話。もともと彼女は私を無視しても良かった。話そうとしてくれただけありがたい……けど。
「……なら、また会ったら、次こそ猫のお話をしましょうね!」
路地を出ていく彼女に向けて、私はさらにわがままを重ねた。用事に向かう彼女はもう止まることはなかった。けれど、ちゃんと聞いてくれている。
「……じゃあね」
チラリと、首を少しだけ傾けて言ったその言葉を最後に、彼女は私の視界から消えていった。それから少しして、私も路地を出た。ちらりと左右を見てみても、既に彼女の背中は無い。
それを確認してから、私は歩き出す。
なんだか今日は、とても良く眠れそうだな。そう考えながら、鼻唄を歌って家への帰り道を進んだ。
・・・
これがカヨコさんとの最初の出会い……だいぶ失礼だな、私。
あれでよく話してくれる気になったなと、今では思う。
色々思い返しているうちに随分時間が経っていたようで、道の途中で立ち呆けていた私の服はじっとり汗ばんでいた。肌に張り付く様な感触がなんだか気持ち悪い。意識したからか喉が渇いて、頭も少し痛くなってきた。
風も吹かない真昼の街中。真上に鎮座している太陽のせいで日陰も無い。真夏と言うほどの気温じゃないけど、流石にこのまま歩くのは危険な気がする。
蒸し上がりそう、あるいは茹で上がりそうな頭で、どこか涼める場所はないかと見回すと、ちょうどいい所にカフェがあった。幸い今日はお金に余裕がある、少し避暑地にさせて貰おう。
カフェにたどり着いてドアを開けると、取り付けられたガラスの棒がカランカランと音を鳴らした。流れ出した冷えた空気が体を撫でて、温度差で鼻がむずむずして、クシッ、と小さなくしゃみがでた。音だけだ。鼻は出てない。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」
中に入って扉を閉めると、店員さんから声をかけられる。「えっと、ひとりです」と答えて、指を1本立てると、お好きな席へどうぞと促された。
落ち着いた雰囲気の店の中。2台のテーブルに4つずつ、店員さんが居るL字のカウンターには、長い辺に4つと角側に1つ、それぞれ椅子が置かれている。
テーブルの方は既に埋まっていて、カウンターの長辺の端っこの席にも一人座っている。私は角の孤立したカウンター席を選んで座った。隣に知らない人が来ないからだ。
安心感を得た私は、席に置かれているメニューを手に取った。良い雰囲気のカフェだけど、思ったよりも良心的な値段だ。これなら小腹も満たせるかな?
ただ、初見のお店で冒険するのは少し怖いので、定員さんに聞いてオススメされた、紅茶とパンケーキのランチセットを頼む。ランチなので少しお安い。好奇心は猫を云々というらしい。私の場合は猫に関しては行動できるが、それ以外だとビビりなのだ。選べるなら安定した選択肢を選ぶ。
頼んだものが届くまで、私は再び彼女について思い返す事にした。初めて会った後、名前を聞き忘れたのに気付いた私は、次に会ったら絶対聞くぞ!と意気込んでいたのを覚えている。
さて、次に話した日はいつだったか。先に届いていたお冷で喉を潤しながら、記憶を辿る。