カヨコ「……。」(気さくな挨拶) っていうポストを見た瞬間に溢れた妄想   作:KNa\

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吐き出し始めたのが7月7日、吐き出し終えたのが7月23日。

これは7月19日までのやつ。


第2話

 

 

 

たしか、そう。次に話したのは。

 

 

私は彼女と話をする為に、意識的に散歩を増やしていた。彼女の動く時間帯が分からないので、昼と夜の両方で……ただ、結果としては空振り続きで、全然彼女と会うことは出来なかった。

 

 

次に話せたのは、連日の散歩に疲れ始めた日の夜中、5日目だったような?

 

 

あの日は休みだからと、殊更気合い入れて散歩しようと思って、ちょっと広めに猫マップを回った。もちろんあの日の路地裏も見てみた。彼女も子猫もいなかったけど。

 

 

色々回ってもやっぱり見つからなくて。私は家に帰ってふて昼寝を決行した。連日の散歩と気疲れからか、私が目を覚ましたのは夜になってからだった。

 

 

嫌にしゃっきり目が覚めたせいで、改めて寝直す気にもなれなくて、私はベッドからのそのそ這出た。散歩から帰ってすぐふて寝したから、喉がカラカラになっていた。

 

 

暗くなった室内を、スマホの灯りを頼りに台所に向かう。出しっぱだったコップに水を汲み、冷凍庫から氷を取って、2、3個放り込んでくるくる回す。

 

 

カラコロパキパキと音が鳴り、生ぬるかった水道水は甘露な冷水に早変わり。少し硬めの水を一息に飲み干すと、僅かに残った体の眠気も、体温と一緒にさめていった。

 

 

口に入った氷を噛み砕きつつ、壁際のスイッチで明かりをつける。ベッドに戻って腰かけ、ベッド横のカーテンを開くと、窓ガラスには不機嫌そうな誰かの顔が映る。

 

 

「……つまんなーそな顔」

 

 

ガラス越しの顔をそう評する。そういえばここ最近、あまり猫が近寄ってくれ無かったことを思い出した。

 

 

「そりゃ、こんな顔して撫でられるのは嫌だよね」

 

 

振り返って考える。最近の私は、彼女に会って話す為に散歩をしていた。猫と会うための散歩では無く、彼女を探すついでに猫の元へ赴いていた。

 

 

私は猫好きを自称しながら、事もあろうか大好きなはずの猫を、彼女に会うためのダシ使うつもりだったのだ。

 

 

「あぁあ……ごめんね猫さん、私最低だぁ!」

 

 

猫たちに対する、酷い裏切りである。

 

 

「猫さん達を蔑ろにして話のタネにするとか、失礼すぎる……よし、決めた!」

 

 

ぱちん!と、辛気臭い顔をした自称猫好きの両頬を叩く。じんじんと頬が痛むのを感じながら、乱れた髪を手櫛で整えつつ立ち上がる。

 

 

のしのしとバスルームまで歩き、部屋着を脱いで洗濯カゴへ放り込んだ後、そのまま乾燥機にかけてあった散歩用の服を引っつかむ。

 

 

自室に戻るついでに、バスルーム横の玄関前のラックにかけたウエストバックを回収。棚から適当なハンカチを見繕い、バッグの中身も一応確認。財布、塩飴、ノンアルコールシート、ビニール数組、猫用おやつ……多分大丈夫!

 

 

着替えを済ませて台所へ。用意するのは水筒だ。中身は水道水、氷を入れるので美味しさ二割増。準備は万端!と、靴を履いて玄関を出た。

 

 

「あっ、鍵!それにカーテンも閉めてない……あぁもう!」

 

 

戸締りしようとした時に、不足に気づいて家へ戻る。かかとを踏んで靴を脱ぎ、無意味にドタバタしつつカーテンを閉める。鍵は自室の机に無造作に置かれていた。帰ってきてから放り投げたみたいだ。

 

 

「鍵よし、窓よし、電気よし」

 

 

そう小さく声に出し、次こそちゃんと家を出た。

 

 

日は完全に沈んで、一番星も見分けがつかないくらい、多くの光が空に散りばめられている。満ちきらなくても程々に明るい月光と、等間隔に地面を照らす街灯を頼りに、てってこ、とことこ歩き出す。

 

 

自分で作った猫と関わる時のルールを、歩きながら頭の中に浮かべる。

 

 

猫の嫌がることはせず、猫に過剰に関わらず、猫を見下すことをせず。このの3つが私の決めたルールだった。

 

 

ところがどうだ。ここ5日間の私は。不満な顔で猫に構って、何日も続けて会いに行って、その上理由は自分が人と話したいから……?

 

 

「全部破ってる、本当に最悪……!」

 

 

Q.ルールを破って失礼をしたらどうするべき?

A.きちんと相手に謝罪する。

 

 

居る居ないに関わらず、聞いてくれるかどうかは関係無しに、きちんと猫に謝ること。それを今日の目的にする。つまり、謝罪……謝罪……?

 

 

そう、謝罪あんぎゃ、だ。

 

 

猫は頭の良い生き物だ。話しかければ返事はするし、言葉の意味や意図くらいはある程度理解してくれる。

 

 

もっとも、それはここ最近の私の行動が、ある程度はバレている、ということでもある。

 

 

謝罪あんぎゃコレも過剰な関わりじゃない?と言われたらそうなんだけど、だからと言って後でいいや、と放っておくのも違う気がした。

 

 

謝罪は素早く誠実に。猫でも人でも誰相手でも、そこは変わらないはず。

 

 

うん、と首を縦に降って自問を終える。

 

 

「近いのは……二丁目の黒猫達!」

 

 

迷惑、失礼、過干渉、ひっくるめてちゃんと全猫に謝る為、私は謝罪あんぎゃを開始した。

 

 

とはいえ夜と昼、それに日によって会える猫も場所も変わるので、謝罪は数日に渡ることになるんだけど、それはまた別の話だ。

 

 

……ええと、そう、今はカヨコさんに会った2度目の時の話だった。

 

 

その日、謝罪あんぎゃをやると決めた夜。確か4、5箇所目の猫の場所、親分猫の縄張りに向かった時の事。

 

 

昼も結構歩いてたので、そこに着いた時にはもう足がふにゃふにゃ力が抜けていた。今日はここにいる猫達に謝るのが限界かな、と思っていた。

 

 

場所は公園のすぐ近くの空き地。広いところは部室くらいの広さはあるが、入口は通れて人1人分の狭さだ。背の高い草が生えていてアクセスは悪いが、最近の散歩で何度か来ているので、草はある程度踏み固められている。

 

 

とはいえ夜に尋ねるの今日で二回目だ。初めて行った時の様に、威嚇、引っ掻き、噛みつきくらいは甘んじて受け入れるしかない。

 

 

倒れている草を踏み踏み進むと、さふさふと耳障りの良い音を立てる。

 

 

「あれ?」

 

 

普段なら見張り役がフンフン言いながら調べに来るはずなのに、暫くしてもその様子が無い。このまま進んでも良いか迷ったけれど、威嚇されたら謝ってすぐ帰ろうと空き地の奥へと足を進める。

 

 

「お邪魔しま〜す……?」

 

 

一声かけて開けた場所まで歩み出る。ぐるりとみわたすと、空き地には4つの影があった。小さいのが3つ、大きいのが、というか屈んでいる人影が1つ。

 

 

私の声に反応して人影は立ち上がり、その2つの赤色で私を見る。

 

 

月光と、申し訳程度の街頭が空き地の中を照らす。夜空で色を決めたような黒と白の頭髪と、髑髏柄のオーバーパーカー、短すぎるスカートからは、細くて長い足と、雷型の尾が垂れているのが見て取れた。

 

 

「……また会うとは、思って無かった」

 

 

そこに居たのは、いつかの……私が5日前から探していたあの日の彼女だった。親分猫はいつもの定位置、横に置かれた土管の上。残りの2匹は、彼女の足元付近に座っている。

 

 

殆ど諦めていた彼女との遭遇。自分が謝罪したかった猫達。目的にしていた2つが同時に目の前に現れ、私は見事に混乱した。

 

 

先に会いたかった彼女、後で謝りたくなった猫達。2つの目的が時間軸で衝突して絡まり前後不覚。こんがらがる口が勝手に言葉を吐き出してしまう。

 

 

「え、あ?貴女にごめんなさいで、親分猫さんがお話します?」

 

「……ごめん、今なんて言った?」

 

 

あまり表情は読めないが、右手の指先でおデコをさわった仕草を見るに、私の混乱発言に困惑しているらしいのは分かる。

 

 

「あぁえと、違くて、違いまして……あ、そう!何でここにいるっしゃるのかなって?」

 

 

まだ少しおかしいが、ちょっとだけ帰ってきたろれつを必死に回して、彼女に質問をし直した。

 

 

「私は……用事の帰りにちょっと寄っただけ」

 

「そ、そうですか」

 

「うん」

 

「あ、あはは……」

 

「……」

 

「……」

 

 

質問はできたし、答えて貰えたはずなのに、かなり気まずい空気になってしまった。元々ここの猫達にごめんなさいして帰るつもりだったし、彼女と会えるとは思って無かった。それに今の私は若干のネガティブモードだ……会話、会話が回らない……!

 

 

「あー……そっちは?」

 

 

夜の空き地に嫌に似合った暗い空気が満ちる中、沈黙を破ったのは彼女の声だった。

 

 

「ほぃ?」

 

 

想定外ばかりで焦っていたから、かなりアホの子っぽい声を出してしまった。彼女にもそう思われたのか、質問をやり直される。

 

 

「ここに来た理由、別に無理にとは言わないけど」

 

 

私はその問いにどう答えるか考える。正直に答えても、嘘をついても彼女は気にしないだろう。この質問も、気まずい空気に耐えかねたんだろうし、私と多分彼女と私の立ち位置が逆なら、さっさと立ち去ってると思う。

 

 

空き地の出入口に私が立っているから、仕方なく話を振った感じだ。本当に理由を知りたい訳じゃない。

 

 

「あー……ここの猫さん達に会いに来たんです、用事があって」

 

 

選んだのは無難な回答。目的はぼかして嘘わ言わずに答える、これが1番楽だと思った。

 

 

「……そうなんだ」

 

「はい」

 

 

何だかザワザワした感情が、胸の中でくるくる回るけど、彼女は納得してくれた。やっぱり答えはこれで良かったらしい。

 

 

「……まぁ、私が言うことじゃないとは思うけど」

 

「へ?」

 

 

適当な誤魔化しを吐いて、上下左右へゆらゆらしていた私の目線は、彼女の言葉に釣られて止まる。目が合った、と思った。

 

 

空き地に注ぐ明かりは、月光と僅かに入った街灯だけ。互いの姿をはっきりとなんて照らしてはくれず、表情の機微なんて読み取れない。それでも確かに、切れ長の鋭い瞳から覗く赤色が、私の瞳を見つめているのだとわかった。

 

 

一拍置いて、彼女が口を開く。

 

 

「……早い方がいいよ、謝りたい相手がいるなら」

 

「へぁ?あ、え?……な、なんでぇ?」

 

 

私は本当に驚いた。まさかここに来た理由を知っているとは、思っても見なかった。だって、分かってたのなら聞く必要も無いはずだ。

 

 

「あぁ、合ってたんだ、そうだとは思ってたけど」

 

「当てずっぽうです!?」

 

「まぁ2割くらいは、確信はしてなかったよ」

 

「ぐぅ……」

 

 

違った、私がカマかけに引っかかっただけだった。

 

 

思わずぐうの音が出てしまったが、8割予想される程度には滲み出てたらしい。なんかこう、謝りたそうな何かが……というか普通に恥ずかしくなってきた。そんなに分かりやすかな、私。

 

 

「……あー、ごめん、茶化した感じになったけど、言ったこと自体は本心だから」

 

 

あぁだのぐぅだの唸って俯いた私に向けて、彼女がそう言った。ちょっと恥ずかしかっただけなのだが、気を遣わせてしまったらしい。そもそも隠し事をしてた私が良くないのだし、実際に彼女のアドバイスは的を射ている。ここに来たのは謝るためだ。

 

 

「いえ、ありがとうございます……そうですよね、早い方が良いですよね」

 

 

私はそう言ってから親分猫の近くへ足を進め、空き地の中央で止まった。立ち位置は丁度彼女の斜め後ろになる。

不思議そうに私に目を向ける彼女の視線を気にもせず、私は私に出せる1番の礼儀をもって、親分猫に向けて頭を下げた。

 

 

「親分猫さんごめんなさい!知り合いの猫さん達に失礼な事ばかりしてました!」

 

「……え?」

 

 

何か聞こえた気がするが、今は謝罪の真っ最中。気にすることでは無い。私は顔を上げ、目線を下げるためにしゃがみ込んだ。すぅ、と大きく息を吸う。

 

 

「最近の私は、自分から猫さんに会いに行ったのにおざなりな対応をして、しかも心配そうにしてくれる猫さんに適当な愛想笑いをしたり、さらに自分都合だったのにおやつも忘れてたり、怖がりな子達がいる場所にも連続で行って、挙句にケアとかもせずにそのまま帰ったり、威嚇されたり噛まれそうになったら拗ねちゃったり、うるさいのが嫌いな子たちが集まる場所にも無遠慮に入り込んだり、撫でられたがりの子を構うのに手を抜いたり、他にも沢山……他の猫さん達にも謝りにいきますけど、親分猫さんの所にも何度か来てたし、その時も挨拶とかもあんまりせずに、本当にごめんなさい……!今日の集まりに来てた黒猫さんと、茶トラさんも、ごめんなさい……!」

 

 

怒涛、波涛の勢い、とはいえ声量には気をつけて、呼吸も忘れて謝った。

 

 

「ふぅ、ひぃ……今日来た理由はこれで……はひ、全部です……」

 

 

そのせいで息も絶え絶えになる。はひはひ言いつつ、地面を見ながら呼吸を整える。

 

 

その時、な゛ぉぉぅ、と、力強い声がした。

 

 

すっと顔だけをあげる。しゃがみこんでいるので、今は親分猫を見上げる形。土管の上に座る親分猫は、少し土色の交じったような銀毛の長毛種。こちらを睨め下す瞳は青と黄色のオッドアイ。普通の猫の一回りも二回りも大きな身体は、まさに親分としての威厳を感じさせる。

 

 

地獄はどうだか知らないけれど、この辺りの猫の沙汰は親分猫が決めている。

 

 

ぬ゛ぅぅ……な゛ぁん

 

 

そんな親分猫が、私の頭へと小槌代わりに前腕を振り下ろす。私はぎゅっと目を瞑って沙汰を待った。

 

 

ぽふっ

 

 

頭の上に感じられたのは、なんだか柔らかな感触だけで、覚悟していたような痛みは微塵もやって来ない。

 

 

「お、親分猫さん……?」

 

 

私がそう問いかけると、頭に乗っていた感触は取り払われて、再び親分猫と見つめ合う時間が訪れる。

 

 

数秒、あるいは数十秒経って、ん゛なぁぁう、と親分猫が一声鳴いた。そのまま、たとっ、と軽やかに土管から飛び降りると、周りにいた黒と茶トラの猫さん達を引連れて、空き地の奥の草むらへと消えていった。

 

 

「い、行っちゃった……」

 

 

猫たちが去っていった場所をぼーっと見ていると、少し後ろでわしゃ、と草の踏まれる音がする。振り返れば、彼女がそこに立っていた。しゃがんだままなせいで、親分猫よりも高くにある彼女の顔は、上からの光で影になっててよく見えない。

 

 

「……猫達だったんだね、謝る相手」

 

 

感情が読み切れず固まっていた私に、彼女の方から声をかけてきた。そういえば2割は分からないって言っていた気がする。私が猫達に謝りたかったとは思ってなかったみたいだ……それはそうか、分かってたら逆に怖い。違う、今はそうじゃない。私は彼女にもぺこりと頭をさげる。

 

 

「えぁ、はい。おかげで謝れました、ありがとうございます……!」

 

「あぁ、うん、どういたしまして……かな?」

 

 

お礼を言われた彼女は戸惑ってるが、すぐに動けたのは間違いなく彼女のアドバイスがあってこそだ。あそこで言ってくれなければ、今でも私は謝罪の踏ん切りが付かなかったかもしれない。そう思うと、彼女には改めてお礼が言いたい。

 

 

と、そこまで考えてはっと気付いた。

 

 

……私、彼女の名前聞いてない?

 

 

あんなに話したがってたのに、今更それに気付くとは!とにかく名前を聞こうと、立ち上がろうとしたら足がもつれた。

 

 

ぺそっ、と膝から転げてしまう。ちょっと痛い。

 

 

「ちょっ、大丈夫?」

 

「ぅ、すいません……すぐ立つので」

 

 

疲労と自分の情けなさが重なって、少し声が震えてしまう。私は慌てて立ち上がろうとしたが、近くに寄っていた彼女に優しく抑えられた。

 

 

「いいから、落ち着いて……少し傷見るよ」

 

 

私が何か言う前に、彼女は素早く動き始めた。いつの間にかスマホを取りだし、ライト機能で光源を確保。カバーを付けたまま口にくわえて両手を空けると、汚れも気にせずに片膝を地面に着け、私の足や腕を見る。

大きな傷は見当たらなかったが、両膝と左掌に、少しの擦り傷があった。

 

 

「ちょっと我慢して」

 

 

傷を確認すると、彼女は肩に背負ったリュックを地面に置いた。中から絆創膏とウェットティッシュを取り出して、すぐさま傷の処置を始める。かなり慣れているらしい。

 

 

テキパキ迅速な処置を受けている間、私は、あ、絆創膏ウェーブキャットだぁ……可愛いなぁ、とかそんな事を考えていた。

 

 

「はい、終わり。帰ったらほかの傷も無いか確認して」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

お礼を言うのとほとんど同時に、するりと肩と手に腕を回された。身長的には少ししか変わらないのに、特に負荷も感じずにふわっと優しく抱き起こされる。

 

 

私がふらつかずに立ったのを確認した彼女は、地面に置いたリュックを手に取った。底の方を軽く手で払って右肩に背負うと、私の方を見てこう言った。

 

 

「それじゃあ、私も帰るから、貴方も気を付けてね」

 

「えっ」

 

 

おもわず驚いた声が出たが、それはそうだ。そもそも彼女は、用事を済ませたついでに空き地に寄ったらしい。猫達も居なくなった今、もうここに用事は無い。それなら帰るのは普通の事だ……けど、そうなんだけど!

 

 

「……なにかあるの?」

 

 

もう少し話たいから、話す理由を探しています。とは流石に言えない。なにか無いか考えて、前あった日の最後を思い出した。確かまた会ったら話をしたい、とは伝えていたはず。

 

 

「……あ、お話!次にあったらお話をって──」

 

「いや、怪我してるんだからちゃんと帰って」

 

 

苦し紛れの理由は見事な正論で撃沈した、正論すぎて今度はぐうの音も出せない。

 

 

「はぃ……」

 

 

しょもしょもと、小さな声で返事をした。怪我もそうだけど、今日はかなり疲労が溜まっている。仮に彼女が話を了承しても、今は猫談話に裂ける元気が残っていない。

 

 

私は、空き地を出ようと歩き始めた彼女の背を見送るしか──

 

 

「……名前」

 

 

そうだ、まだ。

 

 

「せめて名前を、聞いていいですか?」

 

 

まだ名前を聞いていない。その事を思い出して私はそう言った。世間話は難しくても、名前を聞くくらいの元気は残ってる。これくらいなら彼女も断ったりはしないはずだ。

 

 

「名前くらいなら、別にいいか……」

 

 

その目論見は成功した。鬼方カヨコ、という名前らしい。

 

 

「鬼方カヨコさんですね……次からは、カヨコさんって呼んでもいいですか?」

 

「……好きに呼んでいいよ」

 

 

嬉しそうな声を出してしまったのが、自分でも分かる。全くの偶然だったけど、半ば諦めかけていた猫仲間との繋がりが出来たのだ。これで喜ばないのは嘘だと思う。

 

 

「はい、次は絶対お話しましょうね、カヨコさん……!」

 

「うん……うん?そっちの名……あぁ、いや、わかった、次ね」

 

 

少し何かを言い淀んだカヨコさんだったが、そのまま飲み込む事にしたようだ。くるりと体を翻して、今度こそ空き地の出口へと歩き去っていった。

 

 

ソレを見送って、私も自分の荷物や、スカートの汚れなんかを確認してから空き地の外へと出る。

 

 

来る時はほとんど見上げなかった空を見た。夜はもうすっかり更けてきていて、月もほとんど真上まで登っている。少しの雲もない澄み渡った夜の快晴は、今の心と、リンクしたかのように感じられる。

 

 

その日もまた、とてもよく眠れた……主に疲れと、充足感で。

 

・・・

 

確か、それが2度目の──

 

 

「お待たせしました、パンケーキランチセットです」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 

カウンター越しに声をかけられ、意識が過去から引き戻される。慌てて返事をして、パンケーキセットを受け取った。もしかして声をかけるまで待たせてしまっただろうかと、スマホを見る。

 

 

頼んでから、大体15分弱くらい経っていた。事細かに思い出していたにしては短い気もする。もっと長く、具体的には描写に7日くらいはかけたような?

 

 

……私の時間感覚は置いておいて、今は目の前のパンケーキだ。美味しいものは、美味しいうちに食べないと。

 

 

目の前には分厚め二枚積みのパンケーキ。上に乗せられた一欠片のバターが、焼きたての熱でとろりと溶けて、茶色い部分に艶を出す。横から見えるのは淡い黄色のふわふわ生地。フォークの背で押してみると、ふるりと感触が返ってくる。金属越しのフォークでコレだ。口に入れればもっと柔らかに違いない。

 

 

別分けされたお皿にはフリルレタスが敷かれていて、その上に片面焼きの目玉焼きが1つと、カリカリのベーコンが2枚乗っている。隣にはちょこんと小さなシロップポット。中身は琥珀色の液体、私が選んだ蜂蜜だ。ちなみに一緒にでてきた紅茶はアイスティー。ガラスコップに氷と一緒になみなみ入っている。

 

 

「いただきます」

 

 

両手を合わせてからフォークとナイフを手に取った。最初は何もかけず、パンケーキを崩れないよう切り取って、ぱくりと一口。バターと生地の塩味と甘さ、焼きたての匂いが口の中に広がる。

 

 

「んむ、おいしい」

 

 

他のおかずと一緒に食べるのを想定してか、味は思ったより濃ゆくない。

ただその分優しい甘さと香り、食感はよくわかる。ふわふわもちもち、端っこ部分が少しサクサク。溶けたバターがじんわりとパンケーキに染みている。

 

 

次は蜂蜜を少しだけ、ほんのちみっとかけて食べる。

 

 

「……はちみつバター本当に美味しい、ほんとに」

 

 

優しい味に慣れた舌に、蜂蜜の甘みがよく刺さる。シロップ用だからなのか、口に含んだ時の香りは強すぎなくて丁度良い。花っぽいのに、バターの香りとも不思議と合っている。噛み締めた時の少しねっとりした食感も、良いアクセントになっている。

 

 

「パンケーキの優しい甘さも好きだけど、蜂蜜の甘い!って感じのも好きだなぁ……」

 

 

次はおかずに手をつける。目玉焼きとベーコン、そしてレタスをナイフで切りわけ、パンケーキに乗せて口へ運ぶ。

 

 

しゃむり、とレタス。ちゃむり、と目玉焼き。じゃくり、とベーコン。そしてふわもちパンケーキ。

 

 

瑞々しさのあるレタスと、目玉焼きのペトリとした触感。そしてベーコンの肉の旨みが、柔らかいパンケーキで上手くまとまっている。一緒に食べるのが前提なだけあって、一緒に食べた時の満足感が期待以上だ。主食としてのポテンシャルは高い。

 

 

美味しくてぱくぱく食べてしまった。レタスと目玉焼きはぜんぶお腹に消えて、ベーコン半分とパンケーキが半分残っている。

 

 

口をリセット、という訳でないけれど、少しの区切りに紅茶を飲む。

 

 

甘いような、酸っぱいような、私の語彙力だと表せない香りと一緒に、冷たい紅茶が喉を通ってお腹に落ちる。

 

 

「ふぅ、冷たい飲み物ってそれだけで美味しい気がする」

 

 

口に残ってた後味も一緒にお腹に流した後、私は残ったパンケーキにベーコンをのせて、その上からはちみつを回しかけた。勿論、かけすぎには注意している。最後の最後ではちみつの甘さ全部負けました。という失敗はしたくない。

 

 

「……!」

 

 

口に入れた一瞬、言葉がでてこなかった。甘さと、しょっぱさと、あぶらっこさと、ジューシーさがパンケーキに染み込んで、口のなかで集合している。人が美味しいと感じる味が、一口にまとめて飛びこんでくる衝撃。噛んだ時、呼吸した時、舌で転がした時に、再び美味しいが口の中を駆け回る。

 

 

「美味しかったぁ……ご馳走様でした」

 

 

最後の一口まで、しっかり味わって食べ終えてから手を合わせた。確かな満足感を感じつつ、会計をお願いする。……店員さんの顔がなんか、こう、優しい目をしていた気がするけど、気の所為だと思っておこう。

 

 

……色々と声に出てたかもしれない。

 

 

「またいらしてくださいね」と笑顔で言う店員さんに、私はぺこりと頭を下げた。

 

 

ドアを開けてカフェの外に出ると、外のむわっとした空気が再び私の体を包み込んだが、店に入る前のような頭痛は感じない。やはりカフェで休憩したのは正解だったみたいだ。

 

 

お腹がいっぱいという訳じゃないけど、少し腹ごなしでも、と考える。つまりは散歩。となればいつもの通りだ。私は猫マップを頭に浮かべ、近くに猫はいたかしらと、そう考えながら歩き出した。

 

 

てくてく、とことこ。

 

 

散歩中はいつもなら猫のことを考えながら歩いている。いつもなら。

 

 

ただ今日の私は少し違うらしい。すれ違った時や、カフェの待ち時間と同じように、頭の中には彼女のことが浮かんでいた。

 

 

「……カヨコさんの名前はあの時聞いたけど、私が名乗ったのいつだったっけ?」

 

 

私は記憶を手繰り寄せる。

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