カヨコ「……。」(気さくな挨拶) っていうポストを見た瞬間に溢れた妄想 作:KNa\
これは7月23日までのやつ。
コレが最後。短い。
そこまで思い返しているうちに家に着いた。鍵を開けると、中からひんやりした空気が流れてくる。
私は苦い顔になった。本当は用事が終わったら、すぐ帰ってくるつもりだったから、クーラー付けっぱなんだった……
家に入って鍵を閉め。冷房の温度を26度くらいにしてからお風呂場へ向かう。どうせ夜にも入るから、今はシャワーまでで済ませた。
緩い部屋着に着替え、冷蔵庫から取り出した牛乳を注いで一気に飲む。ぷはぁ!と爽快感を味わいながら、白いちょび髭を蓄える。
テキトーに髪を乾かしてから自室に戻り、ベッドに腰かけて寝転んだ。慣れ親しんだベッドの反発と脱力感。まだ生乾きだけど、少しならと、瞼を閉じた。
暗くなった視界に変わって、耳と頭が動き始めた。すーすーなってる呼吸の音と、風を送るクーラーの音。心地よく眠れるベッドの上なのに、頭の中ちは、今も彼女の顔が浮かんでいる。
「……2週間ぶりで、便利屋の人達が居たからって、遠慮しすぎたかなぁ?」
1人だけの室内、私の声に応える人は誰もいない。
私はビビりだ、再三になるけれど。
それは人間関係にも同じ事で、猫に関わらないときは、知り合い相手でも喋りかけるのに躊躇するくらい。私が彼女に名前を伝えた後から、関係は1歩も進めてなかった。
理由は単純で、会えなかったからだ。あの日以降1度も。今日彼女を見たのは2週間ぶりの事だった。
顔見知りからようやく知り合いになった後の日から、私は彼女と話せてなくて。だから便利屋と、仲間と話す彼女に話しかけるのを躊躇した。
……知り合い程度の私が、彼女達の時間を邪魔をするものじゃないって思って。だから手を振るだけにした。声をかけ無ければ、気付かれなくても仕方ない。便利屋の人と話してたから仕方ないって、思えるから。
「無言だったけど、返してくれたな……カヨコさん」
瞼の裏に映るのは、今日あの時の、彼女の姿。すれ違う時に見せた彼女の顔。
猫に向ける時とも、便利屋の人達を見ていた時とも違う、特別じゃない表情が、とても。
「……初めて見る顔だった」
そう、とても綺麗だと……そう思った。
日の下で見る彼女の表情は、夜光で照らされるより明るくて。細かい動きも良くわかった。
私を見つけた時に、ほんの少しだけ大きく開いた瞼。その後に口角が僅かに上がるのに合わせて細められた双眸。パーカーのポケットから抜き出した左手が、私に向けて小さく振られて。
薄桃色の小さな唇が、言葉を紡がず3度動いた。
私より遥かに大事な仲間達と一緒に居るのに、その中の数秒を私に使ってくれた事が嬉しくて。声をかけられなかったことが悲しくて。
その後去っていく彼女の背を見て。くしゃり、と私の胸が鳴ったのは。
ぱっと目を開いて瞼鑑賞を取りやめた。ベッドに背中を沈ませて、その反動を使って体を起こす。
「髪、乾かさないと……」
自分の中に自覚した。小さく重たい感情から目を背ける為に、私は動き出した。まずはバスルームで、髪のケアでもして置こう。
「うーん……やること無くなっちゃった」
髪を乾かし、食器を洗い、洗濯物を畳んで、冷蔵庫の中を整理したり、ちょっと部屋の掃除をしたり。色々やって時間は潰せたが、もう手頃な作業が残っていない。
手持ち無沙汰になり、何の気なしにスマホを手に取る。どうやら既に夜のようだ。
「……そういえば、またね、って言ってたよね?」
日中すれ違った時の彼女の口は、その動きだったと思う……じゃあね、かもしれないけど、あの場面ではしっくり来ないし。
少し考えて、手に持ったスマホからネットに潜った。考えてる通りなら、多分あるはず。
「……あった、東地区の書き込み」
予想通りの情報が見つかった。不良同士の抗争は解決されて、あそこの治安は正されたらしい。シャーレも抗争の鎮圧に協力したと書いてある……あれ?
「動物の保護って作戦じゃ無かったっけ……?」
少し首を傾げたが、知りたい所は分かったので気にしない事にした。
記事の日付は一昨日の物。ここ2週間散歩中に会わなかったのは、多分コレにかかりきりだったのが原因なんじゃないかと思う。
「てことは、今なら散歩したら会えるかも……?」
はやる気持ちに身を任せ、私は散歩の支度を始める。部屋着を着替えて、バッグの中と持ち物を確認し。クーラーを消して玄関に立つ。
「鍵よし、窓よし、電気よし!」
いつかのように声に出して、私は家を出る。昼にも歩いていたから、疲れないようにゆっくり足を動かす。会えるかどうかは別として、向かう先は決めていた
「着いた……流石にもう別のになってるな」
たどり着いたのはコンビニエンスストア。この辺りは夜中は人通りが少ない。お店のライトに照らされて、はためくのぼり旗には、おすすめ商品の画が乗っている。
「期間限定モモフレンズスイーツ祭……ウェーブキャットロールケーキ?」
本来の目的では無いけれど、この商品は少し気になった。私はコンビニの中に入って……すぐに外に出る。目当てのウェーブキャットロールケーキは売り切れていたからだ。
「前もあったなぁ、こんなこと……」
とぼとぼ歩いて、本来の目的地であるコンビニ近くの裏路地へと向かう。薄暗い路地を入口から覗き込むと、少し奥に屈みこんだ人影が1つ見えた。
すすす、と足音を殺して人影へ近寄る。その足元にはダンボールが敷かれ、その上に成猫が乗っている。皿に乗せられた猫用餌と、水が入った深めの皿も、同じくダンボールの上。
小さく息を吸ってから、しゃがみ込む人影へむけて声をかけた……勿論、言葉を噛んだりしない。
「……可愛い猫ですね。野良猫ですか?」
ふふっと、小さく笑い声。目の前の人影はこっちを振り向いて立ち上がる。
「うん、この子は野良猫だよ……ちょっと前ぶりだね?」
「はい、ちょっと前ぶりですね、カヨコさん」
はたして、目の前にいたのはカヨコさんだった。日中に会った時とは違って、路地の中では彼女の顔はよく見えない。 それでも、彼女がどこか悪戯っぽく笑っているのは私にも分かった。
「まさか、ノってくれるとは思わなかったです」
「……まぁ、今は機嫌が良かったから、かな」
そういう彼女は、再び猫の近くにしゃがみこむ。私もそれに習って、少し間を空けて彼女の隣に並ぶ。拳2つ分が今の私と彼女の距離感だ。
……嘘だけど。路地が狭くて、これ以上空けられないだけの話だ。その偶然の距離感に甘えて、猫を見ながら彼女と話す。
久しぶりだからか、いつもより喋ることは多かった。猫のこと、例の作戦のこと、協力してくれたシャーレって所の話。殆どは私が聞いて、彼女が答える形だ。
んなぅぅ……けふ
ご飯を食べ終わった猫が、一声鳴いてげっぷした。皿の中には餌は一粒、欠片も残っていない。随分食べるようになったなぁと、微笑ましく思ってしまう。
「食べ終わったね」
「そうみたいです、片付けましょうか」
私たちが片付けているうちに、猫は食休みとばかりにくてんと寝転ぶ。
ころりと寝転がる猫は、ボーナスタイムですよ、とばかりにこちら見ながらお腹を向けた。
「これは、撫でていいやつですかね?」
言いつつ、ゆっくり手を伸ばす。鼻の辺りに指をやっても嫌がる素振りは無い。
「許してくれるみたいだね」
「それでは、失礼して……」
そのまま掌をお腹へ移動させる。ほに、というお風呂上がりのほっぺたみたいな感触と温かさが手に伝わる。そのまま優しくさりさり撫でると、猫の呼吸も手に触れて、自分の頬も柔らかく緩む。
「幸せの感触です……」
私がお腹に浸っている間、カヨコさんの方は猫の顎下を摩っていた。猫なで声を出してやろうという手つきだ。
2人して無言で猫を堪能して数分。幸せの塊は、なぁん、とひと鳴きして、路地の奥へと去っていった。
「行っちゃいました……」
「行ったね」
名残惜しくも、猫からのサービスタイムは終わってしまった。荷物を確認して、私と彼女は路地から出る。
「……今日は楽しかったです、猫さんにも触れましたし、久しぶりにお話出来て」
「そう、それなら良かった」
言葉と共に並べた肩は次第に離れ。お互いの帰り道へと別れていく。いつも通りの終わり方だ、それで良い。
「……カヨコさん」
それで良かった、以前までなら。
「ん、何?」
彼女は応えようとして振り向いた。首だけを傾けるのではなく、体も私に向けてくれる。
知り合いから、もう一歩だけ踏み出したくて呼び止めた。けれど、吐き出したかった言葉がふやけて喉に詰まる。
「ぁ……いや、あの……」
「……ゆっくりで良いよ、ちゃんと聞くから」
裏路地よりも幾分明るい表道は、彼女の表情も照らして見せる。眉尻を少しだけ下げ、軽く肩の力を抜いて、首を傾ける……今日の昼にも見た顔だ。便利屋68の人達と一緒歩いていた時の、気安い相手に向けていた顔。
些細な気付きが、私の背中を少し押した。スマホを胸元に握って、お願いする。
「……あの、私と……」
「うん」
「れっ、連絡先交換しませんか……!」
言った。言えた。言ってしまった。
唐突すぎないか。怪しすぎないだろうか。思考がぐるぐる回る。
ひと月に片手より少ない数しか会わなくて、聞かれるまで名前を名乗らなくて、接点といえば猫好き程度。
なのにいきなり連絡先を交換したい、だなんて。厚かましいと思われないか?嫌われたりしないだろうか?
脳内にゅーろんは自己嫌悪、頭蓋のしなぷすに羞恥心。鼓膜を叩く心拍に体内時計が揺らされて、返事を待ってる3秒にも満たない時間が、会わなかった2週間より永く感じる。
「あれ、まだだったけ?……はい、コレ」
そんな私の葛藤なんてなんでもないように、彼女はスマホを取りだした。向けられた画面には、友達登録用のQRコードが浮かんでいる。わたわたしながら手元のスマホで読み込んだ。
「あ、ありがとうございます!……と、登録しました!」
「うん、こっちも確認した」
ちらっと片目で画面を見ると、モモトークに新しいアイコンが追加されている。1度目を瞑って今度は両目で。やはり変わらずアイコンはあり続けた。
両手に持ったスマホを再び自分の胸元におしつける。硬い感触が伝わって、ようやく現実味が湧いてきた。にへ、とだらしなく歪みそうな口を、私は頑張って閉じ続けた。
「……そんなに嬉しかったの?」
口角の緩みは隠しても、私の心象は挙動でバレている。いや、改めて頬に手を当てたらゆるゆるだ。全然隠せてない……まぁでも、構わないか。嬉しいのは事実なのだし。照れる表情は隠さずに、私は正直に心を伝える。
「はい。私、友達少なくて……カヨコさんみたいな、優しい猫友達ができたの、すごく嬉しいです!」
「そ、そう……ありがと」
まっすぐ伝えたら、今度は彼女が照れてしまった。夜遅くの路地裏前で、2人してもじもじ立ち止まっているのは、傍から見たらおかしな光景かもしれない。
……近くには誰もいないから、別にそうでも無いかもしれない。
「時々、モモトーク送ってもいいですか?」
浮かれ気分のまま聞いてみる。彼女は少し申し訳なさそうに答えてくれた。
「別にいいけど……あんまりモモトーク使わないから、返信遅いよ」
「大丈夫です、ゆっくり待ちます」
私は即答した。そんなもの、いくらだって待っていられる。
それに実は私もモモトークの頻度は高くない。すぐ見て、すぐ返して欲しいとかは思わないので大丈夫です。そんな感じに伝えてみた。彼女もそれならいいけど、と納得してくれたみたいだ。
スマホをしまい込んで、もう一度だけ目を合わせる。
「次に会っても、お喋りしましょうね!」
「まぁ、会ったらね」
「はい、ではまた!カヨコさん……!」
「……うん。じゃあ、またね───」
次を約束して別れを告げる。最後に、互いの名前を付け加えて。
・・・
私の話はここで終わり。
年の離れた猫友達。それが彼女との関係に落ち着いた。私はやっぱりビビりだから、これ以上は踏み込めなかった。
気付かれてない私の心を、彼女に伝えて、話せなくなる方が耐えきれない。
会って、話をして、またねと言える。ソレだけで。
本当に私は満足なのだから。