ユニークスキルのせいでハーレムを作る事が確定した哀れな中年冒険者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第19話 時の凍結と、魔女の覚悟

 土曜日の夕暮れ時。

 西新宿の空は、茜色と深い藍色が混じり合う、美しいグラデーションを描いていた。だが、その穏やかな世界の光景とは裏腹に、D級ダンジョン【打ち捨てられた王家の地下墓地】の内部は、ひんやりとした石と、乾いた土の匂いに満ちた、永遠の夜に包まれていた。

 佐藤健司(35)率いる、あまりにも歪なパーティは、この日三度目となるダンジョン周回の、その最終盤に差し掛かっていた。

 

「――陽奈、右翼から回り込め。輝、お前は左翼の骸骨メイジを先に潰せ。俺が正面のナイトのヘイトを取る!」

「はい、健司さん!」

「りょーかい、ボス!」

 

 佐藤の、もはや手慣れた指揮。それに、二人の少女が完璧なタイミングで応える。

 陽奈が放つ、十三本の氷の矢が、美しい扇を描いて骸骨の軍勢の右翼を凍てつかせ、輝の神速のダガーが、左翼で忌々しい呪文を唱えようとしていた魔術師の喉笛を、音もなく掻き切る。

 そして、その中央を、佐藤が巨大な革の盾を構え、まるで重戦車のように突き進んでいく。

 彼らの連携は、もはやただの寄せ集めではない。

 数々の死線を(主に佐藤の胃を犠牲にしながら)共に乗り越えてきた、一つの完成された「チーム」のそれだった。

 彼らのレベルは、陽奈のアイスによる経験値100%アップのバフのおかげで、すでに14まで上がっていた。

 

 その、あまりにも安定しきった、しかしどこか退屈な「作業」の時間。

 その中で、一人だけ、全く違うゲームに興じている者がいた。

 兎月りんごだった。

 

「…うーん、渋いなあ…」

 彼女は、後方で戦闘の喧騒をBGMにしながら、その手に持つ星のワンドを、まるでテレビのリモコンでもいじるかのように、気楽に、そして延々と振り続けていた。

 スキル【空詠唱(ヴォイド・チャント)】。

 MPをわずかに消費するだけで、何も起こらない。ただ、彼女のユニークスキル【気紛(きまぐ)れな奇跡(きき)ルーレット(ルーレット)】を、高速で回転させるためだけの、素振り専用スペル。

 彼女の視界の隅には、スロットマシンのリールのように、目まぐるしく回転する魔法のアイコンが表示されていた。

 

【大ハズレ】

【大ハズレ】

【大ハズレ】

(…ちぇっ。やっぱ、ほとんど花しか咲かないじゃん、これ)

 彼女は、内心で悪態をついた。

 だが、彼女は決してその作業をやめない。

 なぜなら、彼女は知っているからだ。

 この、あまりにも不毛な試行回数の、その果てに。

 ごく稀に、しかし確実に、神が微笑む瞬間があることを。

 その、脳が焼き切れるほどの快感を、一度味わってしまったが最後。

 もう、後戻りはできないのだ。

 

 彼女が、この日通算で1万回目となるであろう【空詠唱】を、欠伸を噛み殺しながら唱えた、まさにその時だった。

 彼女の脳内で、これまで一度も聞いたことのない、荘厳な鐘の音が、ゴーンと、鳴り響いた。

 そして、彼女の視界の全てが、まばゆい黄金の光で、白く染め上げられた。

 

(…え?)

 

 彼女の思考が、完全に停止した。

 回転していたはずの、ルーレットのリール。

 それが、まるで運命の啓示のように、一つの見たこともないアイコンの上で、ぴたりと止まっていた。

 そして、彼女の脳内に、直接、無機質な、しかしどこまでも荘厳なシステムメッセージが、響き渡った。

 

「名前: 【(とき)凍結(とうけつ)】 (Toki no Tōketsu)

 

 レアリティ: SSS級(【盟約の円環】による増幅でしか出ない奇跡である)

 

 種別: アクティブスキル / スペル / 法則支配

 

 効果テキスト

【気紛れな奇跡のルーレット】の「大当たり」として、極めて低い確率で出現する。

 

 発動時、即座に効果を発揮するのではなく、『奇跡のストック』として蓄積される。このストックの有効期間は永遠である。

 

 ストックを消費することで、術者を中心とした一定範囲内の時間を完全に停止させる。

 術者と、その『盟約』によって魂が結ばれたパーティメンバーだけが、その停止した時の中を、自由に行動することができる。

 

 その代償として、術者は時を止めた秒数と全く同じ時間、心臓が完全に停止するという、致命的な代償を負う。

 心停止中、術者はあらゆる回復効果を受け付けない。時間が再び動き出したその瞬間からのみ、蘇生や治癒が可能となる。

 

 フレーバーテキスト

 全てを投げ打ってこそ、時は支配できる。

 

 その一瞬は、汝がためではない。

 愛する者の、明日への一秒を稼ぐために。

 

 さあ、覚悟は良いか、魔女よ。

 自らの鼓動と引き換えに、神の領域を覗く覚悟は。」

 

「……………」

 

 静寂。

 彼女の周りで繰り広げられていたはずの、激しい戦闘の音。

 仲間たちの、怒号や悲鳴。

 その全てが、まるで遠い世界の出来事のように、彼女の意識から消え去っていた。

 彼女の心は、ただ、目の前に表示された、そのあまりにも荘厳で、そしてどこまでも残酷なテキストに、完全に囚われていた。

 彼女は、まさに心臓が止まりそうになるほどの衝撃に、その場で立ち尽くしていた。

 

(何、このスペル…。見たこともない…)

 彼女の、探索者としての全ての知識と経験が、警鐘を鳴らしていた。

 これは、異常だと。

 これは、この世界の理から、逸脱していると。

 SSS級(【盟約の円環】による増幅でしか出ない奇跡である)。

(健司さんの、スキルのせい…?あたしの、このクソスキルが、こんな化け物に…?)

 ストックの有効期間は、永遠?

(つまり、一度手に入れてしまえば、いつでも、好きな時に、この力を使えるってこと…?)

 全てが、規格外のスペルだった。

 だが、彼女の魂を、最も強く揺さぶったのは、そのあまりにも暴力的な性能ではなかった。

 その、フレーバーテキスト。

 その、あまりにも詩的で、そしてどこまでも彼女の心の最も柔らかな部分を抉る、神の言葉だった。

 

『全てを投げ打ってこそ、時は支配できる。』

(…全てを、投げ打つ…)

『その一瞬は、汝がためではない。』

『愛する者の、明日への一秒を稼ぐために。』

 

(…愛する者…)

 彼女の脳裏に、一人の男の顔が、浮かび上がった。

 英雄ではない。

 天才でもない。

 ただ、いつも面倒くさそうに、しかし決して自分たちを見捨てることなく、その大きな背中で、全ての理不尽から守ってくれる、不器用な中年の男。

 佐藤健司。

(…愛する人、健司さんの事…。愛するというまでではないけど、多分、そういう意味よね…)

 彼女の、そのふわふわとした、そしてどこまでも快楽主義的だったはずの心の中に、これまで一度も感じたことのない、温かく、そしてどこか切ない感情が、静かに芽生えていた。

 そして彼女は、その力の、本当の意味を理解した。

 これは、ただの強力なスキルではない。

 一つの、あまりにも重い「覚悟」を、術者に要求する、究極の切り札なのだと。

 

(…将来の、パーティの致命的な危険のための、スペル…)

(使い所を、間違えたら、みんな死ぬ…)

 その、あまりにも大きな責任の重圧。

 それに、彼女の華奢な肩が、わずかに震えた。

 だが、その震えは、すぐに止まった。

 彼女は、ゆっくりと、その潤んだ瞳を上げた。

 その瞳には、もはや恐怖の色はない。

 ただ、自らの運命を受け入れた、魔女の、静かな、そしてどこまでも力強い光だけが宿っていた。

 

(…ええ。でも、覚悟は、あるわ)

 

 彼女が、その静かな決意を、その魂に刻み込んだ、まさにその時だった。

 遠くから、一つの不機きな声が、彼女を現実に引き戻した。

「おーい、りんご!何してるんだ、いくぞ!」

 佐藤健司の声だった。

「そうですよ、りんごさん!早く行きましょう!」

 陽奈の、明るい声も聞こえる。

 二人は、すでにこの広間の戦闘を終え、次の部屋の入り口で、彼女を待っていた。

「…ええ。わかったわ」

 彼女は、そう言って、その生まれ変わった魂と、そしてその魂に宿った究極の切り札と共に、仲間たちの元へと、その一歩を踏み出した。

 

 彼女のARウィンドウの隅には、一つの小さな、しかしどこまでも荘厳な、凍てついた時計のアイコンが、静かに、しかし確かな存在感を放って輝いていた。

 それは、絶対的な勝利の約束であり、そしていつか訪れるであろう、自己犠牲の、静かな予言でもあった。

 彼女が、このスペルを使う時、一体何が起きるのか…?

 その答えを、まだ誰も知らない。

 ただ、運命の歯車は、確かに、そして大きく、回り始めていた。

 一人の、気まぐれな魔女が、その手にした、あまりにも重すぎる神々のサイコロと共に。

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