ユニークスキルのせいでハーレムを作る事が確定した哀れな中年冒険者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第50話 楽園の余韻と、課長の日常

 月曜日の朝。

 

(…はぁ)

 彼は、心の底から深いため息を吐いた。

 だが、その息遣いは、いつものような、魂が削り取られるかのような重苦しいものではなかった。

 その奥に、ほんのわずかだけ、澄んだ潮の香りと、遠い波の音が、混じり合っているような気がした。

 昨日の、あの狂乱の一日が、まるで遠い昔の夢のように感じられる。

 楽園諸島。

 白い砂浜、二つの太陽、そして、少女たちの、屈託のない笑い声。

 その、あまりにも非現実的な光景が、彼の疲弊しきった魂に、一つの小さな、しかし確かな「染み」を残していた。

 それは、決して消えることのない、温かい染みだった。

 

 彼が、会社の最寄り駅で人の波に吐き出され、その重い足取りでオフィスへと向かう。

 その足取りは、いつもより、ほんの少しだけ、軽かった。

 

 ◇

 

 オフィスフロアに足を踏み入れた瞬間、その空気は、いつも通りの、澱んだコーヒーの匂いと、無機質なキーボードの打鍵音で満たされていた。

 だが、健司の心は、不思議と穏やかだった。

 彼が、自らの部署であるシステム管理課の島へと向かい、その使い古されたオフィスチェアに腰を下ろした、その時だった。

 一人の若い部下が、コーヒーカップを片手に、彼の元へとやってきた。

 入社二年目の、山田だった。

 

「課長、なんか元気ですね。なにか息抜きでも?」

 その、あまりにも唐突な、そしてどこまでも無邪気な一言。

 それに、健司の眉が、わずかにピクリと動いた。

(…分かるのか、こいつ)

 彼は、その完璧なポーカーフェイスの裏側で、わずかに動揺しながらも、その変化の理由を、正直に(ただし、大幅に脚色して)語った。

「ああ、少し楽園諸島に行ってきた。初めてだったが、悪くないな」

 

「楽園諸島!良いですよね!」

 山田は、その大きな瞳をキラキラと輝かせた。

「やっぱり!俺も、先月から『プラス・アルファ・フロンティア制度』で始めて、うちの家族、妻と娘で月1で遊びに行ってますよ!あそこ、最高ですよね!」

 その、あまりにも共感に満ちた言葉。

 それに、健司はただ、曖昧に頷くことしかできなかった。

(…月1?マジかよ、このリア充め…)

 山田の熱狂は、止まらない。

「物価は高いですが、ゴールドですからね。普段のダンジョンで、ドロップ品を売らないで、モンスター素材だけ地道に貯めておけば、それなりに贅沢出来ますし!先月なんて、娘にねだられて、海竜のステーキ、食べちゃいましたよ!マジで、美味かったなぁ…」

 

 その、あまりにもリアルで、そしてどこまでも健全な、兼業冒険者の会話。

 それが、引き金となった。

 健司の周りに、他の部下達も集まってきて、オフィスはささやかな、しかし確かな「楽園談義」の熱気に包まれ始めた。

 

「えー、課長、楽園諸島行ったんですか!?」

 別の、まだ若い女性社員が、その目を輝かせた。

「いいなー!私も、彼氏と行きたいって、ずっと話してるんですよ!」

 そして彼女は、悪戯っぽく、そしてどこまでも核心を突く、質問を投げかけた。

「もしかして、ギルドの子達と、ですか?」

「…ああ」

「うわー!完全に、保護者じゃないですか!笑」

「えー、でも羨ましいです!あんな可愛い子たちと、ビーチでバカンスなんて!」

 

 その、あまりにも的確な、そしてどこまでも健司の神経を逆なでする、賛辞の嵐。

 それに、健司はただ、その死んだ魚のような目で、部下たちの顔を、一人一人見つめ返した。

 そして彼は、その中間管理職としての、完璧なポーカーフェイスの裏側で、静かに、そして深く、戦慄していた。

(…こいつら、俺のプライベート、把握しすぎだろ…)

 彼の、そのあまりにも個人的で、そしてどこまでも不本意な「週末の趣味」。

 それが、今や、この会社の、全ての人間が知る公然の秘密と化している。

 その、あまりにも恥ずかしい、そしてどこまでも面倒くさい現実に、彼の胃が、キリリと痛んだ。

 

「で、どうでした?課長!」

 山田が、その興奮冷めやらぬ様子で、さらに食い下がる。

「ギルド島も、持つ計画でもしてるんですか?」

「いやー、ギルド島は、まだだな」

 健司は、そのあまりにも壮大な野望を、即座に、そして全力で否定した。

 だが、その彼の、あまりにも現実的な回答。

 それが、部下たちの、さらなる熱狂の炎に、油を注ぐことになった。

 

「えー!もったいない!」

「今、ギルド島を持つのが、世界のトレンドですよ!」

「いやー、月詠のギルド島には、一回行ったほうが良いですよ!」

 一人の、特にダンジョンに詳しい部下が、熱弁を振るい始めた。

「温泉と、和風の城郭で、マジでタイムスリップした気分になりますよ!あそこの露天風呂から見る、二つの太陽の夕焼けは、マジで、泣けます!」

「いやー、ドイツのギルド島の城も、一度見たほうが良いぞ!あれは凄い!」

 別の、海外ギルドに詳しい部下が、続く。

「完全に、中世ヨーロッパの古城そのものだ!あそこのビアガーデンで飲む、黒ビールは、最高だぜ!」

「中国のギルド島も、なかなかですよ。水墨画の世界に迷い込んだみたいで。簡単に観光出来ますし、一度は行ってみる価値ありますよ、課長!」

 

 その、あまりにも楽しそうな、そしてどこまでも生き生きとした、部下たちの会話。

 それを聞きながら。

 健司は、その心の中だけで、静かに、そして深く、息を吐いた。

 彼は、そのあまりにも巨大な「格差」を、そして自らの「時代遅れ」っぷりを、必死に隠しながら、愛想笑いを浮かべた。

「…ほう。そんなに、凄いのか。今度、考えてみるよ」

 彼の、そのあまりにも白々しい一言。

 それに、部下たちは何の疑いもなく、深く頷いていた。

 そして、その和やかな(そして、健司にとっては地獄のような)雑談の時間は、始業のチャイムの、無慈悲な音によって、その終わりを告げた。

 部下たちが、それぞれの席へと戻っていく。

 後に残されたのは、絶対的な静寂と、そしてその中心で、山のように積まれた、手つかずの書類の山と、ただ一人、向き合う、哀れな中間管理職の姿だけだった。

 彼は、その書類の、一番上の、一枚を手に取った。

『サーバー増設に伴う、稟議書』。

 その、あまりにも現実的な文字列。

 それに、彼は、ふっと、その口元を緩ませた。

 そして、彼は呟いた。

 その声は、心の底からの、本音だった。

 

「…まあ、こっちの方が、俺にはお似合いか」

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