ユニークスキルのせいでハーレムを作る事が確定した哀れな中年冒険者が挑む現代ダンジョン配信物   作:パラレル・ゲーマー

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第9話 制服と、世界の値段

 翌日の日曜日。

 西新宿の空は、久しぶりに雲一つない、突き抜けるような青空が広がっていた。

 だが、佐藤健司(35)の心は、その晴れやかな空とは裏腹に、どこか重く、そして面倒くさいという感情の雲に覆われていた。

 今日は、陽奈と二人で、装備を買いに行く約束の日だった。

 

(…はぁ。なんで俺が、女子高生の買い物に付き合わなきゃならねえんだ…)

 

 彼は、タワーマンションの広すぎるリビングで、淹れたてのコーヒーを啜りながら、心の底からそう思った。

 だが、彼の脳裏に、昨日のあの光景が蘇る。

 レベルアップの黄金の光に包まれ、心の底から嬉しそうに飛び跳ねていた、あの無邪気な笑顔。

 そして、その笑顔の裏側にある、SSS級とD級という、あまりにも歪な力の共存。

 そうだ。

 これは、ただの買い物ではない。

 この、あまりにも危険な「バグ」を抱えてしまった少女を、守るための、そして導くための、兄として、そしてこのパーティの唯一の大人としての、最初の「仕事」なのだ。

 彼は、観念したように深く、そして重いため息をつくと、その重い腰を上げた。

 

 ◇

 

 上野、アメヤ横丁。

 日曜日のその場所は、もはやただの市場ではなかった。

 一つの、巨大な「祭り」の会場と化していた。

 JRの高架下。太陽の光がほとんど届かない薄暗い一角。

 そこは、ありとあらゆる人間の欲望と、熱気と、そして喧騒で、飽和していた。

 ベンダーたちの怒号。

「さあ、買った買った!今日採れたてのゴブリンの耳だよ!一個500円!値上がり御免!」

 探索者たちの、真剣な値切り交渉の声。

「オヤジ、このレアアックス、もう少しどうにかならねえか?こっちの懐も、寂しいんだよ」

 そして、そこかしこから漂ってくる、得体のしれない食べ物の匂い。

 串焼きの香ばしい醤油の香り。

 謎の緑色の液体の、甘ったるい匂い。

 そのあまりにも猥雑で、そしてどこまでも生命力に満ち溢れた光景。

 それに、陽奈はその大きな瞳をこれ以上ないほど見開いていた。

 

「わあ…!すごい…!ここが、アメ横…!」

 彼女は、まるで初めて遊園地に来た子供のように、きょろきょろと周りを見渡している。

 その、あまりにも無邪気な反応。

 それに、佐藤は少しだけ、口元を緩ませた。

 

「…おい、陽奈。あんまり、はしゃぐなよ。ここは、お前みたいなひよっこを狙ってる、ハイエナだらけの場所だ。スリとか、詐欺とか、気をつけろ」

「は、はい!」

 陽奈は、こくりと頷くと、兄である健司の服の袖を、きゅっと強く握りしめた。

 その、あまりにも健気な仕草。

 それに、佐藤の心臓が、わずかに、しかし確かに軋んだ。

(…やめろ。そういうのは、やめろ。俺の心の平穏が、乱れる…)

 

 彼が、その内心の葛藤と戦っていた、その時だった。

 彼の目の前に、一つのあまりにも見慣れた、そしてどこか懐かしい光景が飛び込んできた。

 一つの露店の前に、ひときわ大きな人だかりができていた。

 その中心で、一人の威勢のいい、しかしその目の奥が全く笑っていない商人が、声を張り上げている。

 

「さあ、来たよ来たよ!冒険者学校の新入生さん、いらっしゃい!あんたたちのための『制服』、ここに用意してあるぜ!」

 

 そのあまりにも商魂たくましい口上。

 その彼の目の前に、山のように積まれているのは、二つの小さな箱。

 その中身を、佐藤は誰よりもよく知っていた。

【清純の元素】と、【元素の円環】。

 

「さあ、買った買った!これさえあれば、あんたも今日から一人前の冒険者だ!さあ、悩んでるそこのお嬢ちゃんたち!あんたたちもどうだい!」

 その商人の声に誘われるように、彼女たちと同じ冒険者学校の制服を着た新入生たちが、その露店にむらがっていた。

 彼らは皆、希望に満ちた目をしていた。

「…すごい。本当に、制服みたいだね」

 陽奈が、感心したように言った。

 二人は、その行列の最後尾に並んだ。

 

 やがて、彼女たちの番が来た。

 商人は、その人の良さそうな、しかしどこまでも計算された笑顔で、言った。

「へい、らっしゃい!お嬢ちゃんたちも、制服かい?今なら、セットで14万円!破格の値段だよ!」

 14万円。

 その数字に、陽奈は少しだけ顔を青ざめさせた。

 だが、佐藤は動じない。

 彼は、インベントリから、昨日ギルドで申請して受け取ったばかりの【雷帝ファンド】の軍資金…100万円が入った封筒を取り出すと、そこから28万円を抜き取り、カウンターの上に置いた。

「…これ、頼む」

 その、あまりにもあっさりとした支払い。

 それに、商人は驚いたように目を見開いた。

 そして彼は、ニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「…へっ。兄ちゃん、羽振りがいいねえ」

「ああ」

 佐藤は、そう言うと、その二つの小さな箱を受け取った。

 そして、そのうちの一つを、陽奈へと手渡した。

「ほらよ」

「え、いいんですか!?」

「当たり前だろ。お前も、パーティメンバーなんだからな」

 その、あまりにも不器用な、しかしどこまでも温かい一言。

 それに、陽奈の瞳がわずかに潤んだ。

 二人は、その場でその「制服」を装備した。

 陽奈の首元で、【清純の元素】が静かな輝きを放つ。

 そして、その指に【元素の円環】が、ぴったりと収まった。

 その瞬間、彼女の全身を、青白いオーラが、ふわりと包み込んだ。

 

「わあ…!」

 陽奈が、感嘆の声を漏らす。

「これが、【元素の盾】…。すごい、なんだか体が軽くなったみたい…」

「ああ」

 佐藤は、頷いた。

「これで、お前も少しは死ににくくなっただろ」

「うん!」

 陽奈は、最高の笑顔で頷いた。

 そして、彼女は一つの事実を思い出し、その大きな瞳をキラキラと輝かせた。

「健司さん、知ってますか?」

「なんだ?」

「このセット、冒険者学校や冒険者がみんな装備するから、“制服”セットと呼ばれてるんですよ」

 彼女は、まるで秘密を打ち明けるかのように、声を潜めた。

「みんな、お揃いなんです」

「へー、知らなかったな。そんなに有名なんだ、このセット」

「はい!講義で習いましたが、このセットが発見されたのは、ダンジョンが出現してまだ2ヶ月くらいの頃で。黎明期には1000万円で買い取りされて、公式探索者ギルドが出来るきっかけになったらしいですよ」

 その、あまりにも壮大な歴史の物語。

 それに、佐藤はただ感心するしかなかった。

「へー、それは知らなかったな。25歳の時だったけど、ダンジョンに興味なかったしな」

 彼は、遠い目をした。

「確かに言われれば、同期達が騒いでた記憶があるわ」

 

 その、あまりにも穏やかで、そしてどこまでも平和な会話。

 それを、彼の視界の隅で聞いていたピンク色のタコが、割り込んできた。

 

「健司の知識は、古いッピ!」

 フロンティア君が、呆れたように言った。

「今の子供達は、ダンジョンの前と後でどう変わったか、中学生で習うッピ!僕のデータベースには、その最新の情報も、完璧にインプットしてあるから、今から授業して上げるッピ!」

「いや、遠慮しておく」

 佐藤は、即答した。

「**そうッピ?**残念だッピ」

 フロンティア君は、心底残念そうに、そのピンク色の体をしぼませた。

 

 ◇

 

「制服」を手に入れた二人が、次に向かったのは、マーケットのさらに奥深く。

 いかにも怪しげな空気が漂う、一角だった。

「次に、戦士向け初心者向け装備HP耐性5%と、魔術師向けHP耐性5%装備を買いに行く」

 佐藤は、そう宣言すると、一つの古びた防具屋の前で足を止めた。

 店主は、カウンターの奥でうたた寝をしている、一人の親父だった。

 佐藤は、その親父を起こすと、単刀直入に言った。

「オヤジ。レベル5向け、戦士と魔術師の装備を一式ずつ。指輪1スロット、頭、手、足、胴体、ベルト。それと、ライフフラスコ、マナフラスコ、水銀のフラスコ。全部、揃えてくれ」

 

 その、あまりにも的確な注文。

 それに、親父はニヤリと笑った。

「へっ。兄ちゃん、分かってるじゃねえか」

 彼は、店の奥のガラクタの山から、いくつかの装備とフラスコを見繕ってきた。

「ほらよ。装備は全部で6部位で3万円。フラスコは1個1000円で、5千円。合計3万5千円だ。どうだい?」

「買った」

 佐藤は、即決した。

 そして彼は、そのあまりにも安い値段に、思わず呟いていた。

「…意外と、安いんだな」

 

 その一言。

 それを、フロンティア君が聞き逃すはずもなかった。

「当たり前だッピ!」

 彼は、得意げに言った。

「**装備品は、B級に上がるための装備ぐらいから、急激に値上がりするッピ!**B級向け装備にもなれば、一部位30万円くらいが、相場だッピ!」

「30万円もするのかよ!?」

 佐藤が、驚きの声を上げる。

 だが、フロンティア君は、さらに衝撃的な事実を告げた。

「だが、心配ないッピ!今のこのゴールドラッシュの時代なら、F級でも、エッセンスのおかげで1日頑張れば、日給18万円は硬いッピ!」

「へー、探索者が高級取りなのは知ってたが、F級までそこまで稼げるのか」

 佐藤は、感心したように言った。

「肉体労働だから、疲れるだろうけど、夢があるなぁ。子どもは、探索者に成りたがるんじゃないか?」

「そうだッピ!」

 フロンティア君は、胸を張った。

「子ども達の夢の職業、ぶっちぎりで8年連続1位だッピ!」

 そして彼は、この新しい時代の、あまりにも輝かしい未来を、高らかに宣言した。

「超豪華タワマンに住んで、ダンジョンを冒険する。これが、新しい時代のスタンダードだッピ!」

 

 その、あまりにも力強い、そしてどこまでも希望に満ちた一言。

 それを聞きながら。

 佐藤健司は、ただ一人、自らがすでにその「スタンダード」のど真ん中にいるという、あまりにも皮肉な現実に、乾いた笑いを浮かべることしか、できなかった。

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