“異能なし”の俺が、ヒーローたちを支えるためにできること 作:銀層
俺は看護師。
ただの便利屋みたいなもんだ。
命を救いたくてこの職を選んだはずなのに、現実は患者からの理不尽なクレームの嵐。
職場は女の園。派閥争いに巻き込まれて、気づけば俺は完全に孤立していた。
しかも、ブラック企業も真っ青な激務体制。残業、休日出勤、サービス残業。全部そろってフルコンプ。
唯一の癒やしは、漫画だけ。
家に帰れば、布団にくるまって好きな作品を読むのが日課だった。
そんなある日、疲労でフラフラのまま帰宅途中、信号無視の車に跳ねられて──
……死んだ。
気づけば、俺は知らない場所にいた。
いや、厳密には「知ってる」場所だった。
俺が愛読していた漫画『選ばれし力、英雄に墜つ』の世界。
異能を持つヒーローたちが、ヴィラン、そして地球外の侵略者と戦う世界。
転生だ。俺は好きな世界に転生したらしい。
だが、手放しで喜べる状況じゃなかった。
何せ、俺は異能なしという最悪な状況
新しい名前は──周防まどか。
中身はおっさん、外見は女。どこに需要があるんだよ、これ。
憧れてたんだよ。ヒーローになって、異能でバリバリ戦う人生に。
それが今じゃ、戦うどころか、スタートラインにすら立てない。
せめて、医者としてヒーローたちのサポートができれば……そう思って医大に進んだ。
命を支える立場として、裏方からでもヒーローを支えたかった。
──でも、それも甘かった。
「女の医者なんて、サポートには不向きでしょ?」
「男じゃなきゃ、前線のヒーローが信用しないわ」
どこへ行っても、女ってだけで門前払い。
せっかく取得した医師免許も、ここじゃただの紙切れ。
──大手事務所は、全部落ちた。
書類選考すら通らない。
志望動機も、医療資格も、現場経験も、全部ムダだった。
原因は分かってる。
履歴書の「性別」欄。
そこに書かれた「女」という文字だけで、書類はゴミ箱行きになる。
たとえ中身がおっさんでも、誰もそれを知らないし、知りたくもない。
何より、ショックだったのは──
推しヒーローや、主人公チームに関われないことだった。
好きだった。憧れていた。
命を張って戦うヒーローたち。
その姿に胸を打たれて、医者を目指した。
影からでも支えたい、力になりたい──そう思ったのに。
……こんな形で再会して、近づくことすらできないなんて。
それでも、俺は諦めなかった。
たとえ門前払いされても、ヒーローサポーターとして生きる道はきっとあると信じた。
大手が無理なら、中小事務所だ。
地方拠点でも、無名のチームでも、構わない。
どんなにボロくても、どんなに条件が悪くても、俺は……医者として、ヒーローたちの支えになりたい。
だから今日も、また履歴書を書いている。
名前:周防まどか。年齢:18歳。資格:医師免許(国家試験一発合格)。
──そして、志望動機の最後に、こう書き加える。
『人の命を守る仕事がしたい。ヒーローたちの、最前線の支えになりたいです』
──どうか、誰かに届いてくれ。
~~
氷崎ヒーロー事務所。
……正直、誰それ?ってレベルだった。
原作『選ばれし力、英雄に墜つ』でも、メインストーリーでは名前すら出てこない。細かい設定集の片隅でちょっと言及されてただけの、いわゆる“背景キャラの職場”だ。
ヒーロー登録者は5人。
活動内容も地味で、コンビニ強盗の取り締まりや、火災現場の消火支援がメイン。
特に、「マグマドライバー」っていう好戦的すぎる炎系ヒーローの尻拭いみたいな仕事が多いらしい。
──でも、ここしかなかった。
どんなに小さくても、俺を「サポーター」として面接してくれるのは、ここだけだったんだ。
「なるほどね。医師免許持ってるってのはありがたいけど……うちが出せるの、手取りで二十万ぐらいよ?」
面接官であり、ここの事務所長でもある氷崎美怜は、短く切った髪を耳にかけながら言った。
涼しげな目元と締まった身体。実物を見ると、漫画よりずっと美人だった。
原作でもちょっとだけ戦闘シーンがあったけど、そりゃ強いわけだ。
「問題ありません。私はまず、実績が欲しいので」
「……女だからって、落とされてきたんでしょ。わかるよ。私もそうだったから」
そう言って、美怜さんはほんの少しだけ笑った。
その表情に、思わず胸が熱くなる。
――この人なら、分かってくれる。
そう思えた。
「事務員兼営業の柊です」
隣に座っていた女性が口を開いた。
眼鏡をかけて、ビジネススーツに身を包んだその姿は、まさに“できる女”といった風貌。
「うち、経済状況的に本当にギリギリでしてね。正直、余裕はないです。でも──異能の活用を医学的に高めていきたい、という思いは本気で持っています」
「ありがとうございます……!」
「まずは、筆記試験と二週間の実務で判断させてください。それで最終的に採用かどうかを決めます。いいですね?」
「はいっ!」
……ちゃんと、正面から話を聞いてくれている。
それだけで、今までとは全然違う。
ようやく“スタート地点”に立てた気がした。
ただ、気になるのは──
(……こんな小さな事務所で、筆記試験なんて本当にできるのか?)
と思っていたら、柊さんがスッと紙を一枚差し出してきた。
「問題は、一問だけです」
俺は緊張しながら、その問題文を読んだ。
【筆記問題】
ヒーローA:異能は、自身の周囲に水の球体を形成する能力。これにより、火災現場において消防士とともに消火・救助活動を行っていた。
しかし、救助活動中に幼い子供が焼死する現場を目撃し、軽度のPTSD(トラウマによるパニック障害)を発症。
現在は治療中(2か月)であり、火災現場に赴くことは可能だが、いざ救助に入る段階になると、体が硬直し動けなくなってしまう。
──このヒーローを再び救助活動に復帰させることは可能か?
可能であると判断する場合、その方法を記述せよ。
(……この問題、ただの試験問題じゃない)
そんな直感があった。
異能の内容も、状態の描写も、やけに具体的だ。
下調べしてきた限り、この事務所には“水系”の能力を持つヒーローがいる。設定
つまり──
(おそらく、実際に起きてることだ。たぶん、この事務所の誰かの事例……)
となれば、これはただの学力テストじゃない。
現場で一緒に働く人間として、どう向き合うか。その姿勢を見られてる。
俺は、一呼吸置いてから口を開いた。
「すみません。いくつか、確認してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
氷崎美怜が頷く。その声色は柔らかいが、眼差しは試すようにまっすぐだ。
「まず、本人に復帰の希望はありますか?」
「もちろんある。自分でも、早く戻りたいって言ってる」
(……意思あり。回避性じゃなく、恐怖反応の制御不能か)
「日常の業務は、通常通りに行えていますか?」
「そこは問題ない。PTSDを抱える前と、勤務状況は変わっていない」
「……火に対しては? 日常生活での調理などは……」
「そこまでは確認してないな。ただ、救助現場以外で火を見てパニックになったことは、今のところ聞いていない」
「……なるほど」
言葉を選ぶように、柊さんが小さく補足する。
「本人が我慢しているかどうかまでは、私たちにも分かりません。ただ、表面上は業務も訓練もこなしている。それだけは事実です」
(……やっぱり、この事例は「実在」してる)
火災現場“だけ”で体が動かなくなる。
でもそれ以外は普段通り。勤務も継続している。
それってつまり──“自分で制御しようとしている”ってことだ。
けれど、限界のラインだけは、越えられない。
それは、誰よりも“ヒーロー”であろうとしている証拠だ。
俺は、自然と背筋を正していた。
「ありがとうございます。それで、十分です」
改めて問題用紙に視線を落とす。
──今から書くのは、正解を出すための答えじゃない。
たったひとりの、傷ついたヒーローを“支えるための提案”だ。
俺は、ペンを走らせる。
願いを込めて、一文字ずつ──
【解答】
彼女を救助業務に“完全に”復帰させられるかどうかは、現段階では断言できません。
ただ、本人が強く復帰を望んでいる以上、その思いを無視すべきではないと私は考えます。
支援の道は確実にあります。そのためのアプローチを以下に記します。
① 子どもを助けられなかったという責任感を、少しでも和らげること
彼女が見たのは、あまりにも残酷な現場です。
「自分のせいで救えなかった」という思いが心に支配されていると推測されます。
まずは、実際に救助された側。つまり、彼女の行動で救われた人たちの声を届けること。
「あなたのおかげで生きている」と直接伝えられるだけで、心は大きく変わります。
もちろん、その人選は慎重に行うべきです。彼女にとって無理のない形で、少しずつ伝えることが望ましいです。
② 火災現場が“常に危険”という思い込みをほぐすこと
彼女の中には、「火災現場=子どもが死ぬ場所」という強いイメージが刻まれています。
それを、「準備さえ整えば、安全に支援できる場所だ」と置き換える必要があります。
そのために、火災現場での動きや安全ルートを、医療やヒーローの知識を持ったスタッフと一緒に確認していく。
“火の中に入っても、自分は大丈夫”という実感を、段階的に与えていくことが大切です。
③ 「救助」に戻る前に、まずは「消火活動」から慣らしていくこと
彼女はすでに現場に出ることができています。
ならば、いきなり救助ではなく、まずは消火支援など“間接的な活動”から再開するのが良いでしょう。
それでも火の熱や匂いに触れるため、負担がゼロではありません。
ですが、その中で「自分はまた動ける」と感じられる経験を少しずつ積ませていくことで、
“怖い”という気持ちを、“乗り越えられる”に変えることができるはずです。
進行中も、心の状態について定期的な評価と相談の場を設けていくことは必要です。
彼女が持っている力は、火災現場にとってかけがえのないものです。
けれど、ヒーローである前に、彼女もひとりの人間です。
だからこそ、支えていくことが必要なんだと思います。
沈黙が落ちた。
俺が答案を提出すると、美怜さんと柊さんはそれを静かに読み始める。
やがて、最初に口を開いたのは柊さんだった。
「……とりあえず、解決案も出せてますし。仮合格でいいんじゃないでしょうか」
「断言しないで、でも希望を捨ててない。長期戦の覚悟が見えてる。──そういうの、私は好きだよ」
美怜さんが小さく笑う。
その笑みには、どこか懐かしさのような温かさがあった。
「二週間の試験採用、やってみてもいいかもですね」
「……ただし」
柊さんの眼鏡がキラリと光った。少しだけ真剣な口調になる。
「この解決案に沿って支援するなら、私たち事務所側も動かないといけませんが……よろしいですか?」
「動くよ」
美怜さんは即答した。
その目はまっすぐで、冷たさすら帯びた凛とした強さがあった。
「そのための事務所だからな。彼女がまた“助ける側”に戻れるようにするのは、ヒーローとして当然だろ? ──消防士側も、彼女の復帰を強く望んでるし」
その言葉に、胸が熱くなる。
ここは大手事務所みたいな華やかさはない。
でも──ちゃんと、人を見て、支える気持ちがある。
(……やっと、俺の居場所が見つかるかもしれない)
そう思えた。