“異能なし”の俺が、ヒーローたちを支えるためにできること 作:銀層
火の粉がちらつく現場。立ち込める煙、焦げた空気。
この日、水鏡 真琴は――“現場”に立っていた。
「……本当に、今日から現場に戻るとは思ってなかったよ」
防火スーツに身を包みながら、彼女はぽつりとつぶやいた。
目の前では、建物の外壁からまだ煙が漏れている。隊員たちが指示を飛ばし、ホースの水音が響いていた。
俺は彼女の隣に立ち、ヘルメット越しに彼女を見つめた。
「……まさか、あのスナイパー練習が、こうやって消火活動に繋がるなんて思いませんでした」
真琴は少しだけ、唇をかみしめるように笑った。
「……あのとき、“ただの訓練”だって自分に言い聞かせてた。だけど、今思うと、ちゃんと“意味があった”んだなって」
彼女の言うとおりだ。
焚火サイズから、キャンプファイヤー、そして中型火災シミュレーター――
段階を追って火と向き合い、狙って消す精度を上げていった日々は、すべて今日に繋がっていた。
(あの時、彼女が言ってた“筋トレみたいな気持ちよさ”……それが、今のこの冷静さに繋がっているんだな)
「水鏡、そっちの区画、頼む!」
隊長の声に、彼女は一度だけ深くうなずき、水球を静かに展開した。
《アクアドーム》
空気が一気に冷やされ、半透明の水の球体が彼女を包む。
「行きます」
短く息を吸って、真琴は前へ出た。
水球を操作しながら、正確に延焼ポイントに水を浴びせていく。
“ジュッ……!”という音と共に、炎が一つ、また一つと沈んでいった。
その姿は、訓練のときよりも遥かに落ち着いていて、堂々としていた。
「……すごい。綺麗に、そして正確に」
後方支援の消防士の誰かが、ぽつりと呟いたのが聞こえた。
彼女がそれを聞いていたかは分からない。
でも、きっと――その言葉は、彼女の心に届いたはずだ。
やがて、最後の火が沈み、煙が静かに消えていく。
彼女は、アクアドームを解除し、深く息を吐いた。
「……終わった、んですね」
「はい。……水鏡さん、お疲れ様でした」
彼女は少し驚いたように目を見開き、そして……ほんの少しだけ、泣きそうな顔で笑った。
「ありがとう……」
その声は、小さくて、でもしっかりとした――“ヒーローの声”だった。
~~
火災現場での消火活動を無事に終えたその翌日。
氷崎ヒーロー事務所の応接室には、落ち着いた空気が流れていた。
「……お疲れさま、水鏡さん」
そう声をかけたのは、事務所長・氷崎美怜。
机の上には、簡易的な報告書と、印鑑の押された採用通知が置かれていた。
「あなた、もう立派に“現場”に戻れてるわよ。昨日の活動記録も確認したけど、動きに無駄がなかった」
「……ありがとうございます」
水鏡真琴は、静かに頭を下げる。
その声は、以前よりもほんの少しだけ――自信を帯びていた。
「で、正式に伝えておくわね。……あなたを正式採用とします。これからは、うちの事務所のヒーローとして胸を張って働いてちょうだい」
「……はいっ!」
抑えきれない笑みがこぼれた。
その瞬間、横にいた柊も小さく拍手を送った。
「長かったですね、水鏡さん。でも、本当に頑張ってた。ちゃんと見てましたよ」
「ありがとうございます……本当に、たくさん支えてもらって……!」
言葉の端が震えていた。
けれどそれは、迷いの震えじゃない。ようやく、“居場所”を手にした人間の、心の奥底からの安堵だった。
「さ、今日からは“仲間”として、がっつり働いてもらうわよ?」
「はい。もう、逃げません」
そう言って顔を上げた彼女の瞳は、真っ直ぐに未来を見据えていた。