冥王星のリング   作:EMM@苗床星人

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◆10 余韻と予感

 

 異形の観客達の興奮冷めやらぬ会場の中、ハンクはロープを飛び越えてヘレナの横に着地すると『Soul Punchモード』を解除する。

 万色の光が尽きたかのように消えて全身の紋様も無くなったハンクはがくりと膝をつく。

 

「あわぁっ……ハンクさん、やりましたねっ! 勝ちましたよ私達!」

 

 ヘレナは慌ててハンクを抱きしめて支えようとするが、彼の体は重すぎてバランスを崩しそうになる。

 ハンクは自力でそれを支えヘレナは慌てたことよりも、勝利の喜びを分かち合うためにハンクを抱きしめる。

 

「あぁ……そうだな、お前のおかげだヘレナ。

試合中ずっと感じてたぜ、お前が調整してショゴ助の肩を必死に動かしてくれてたこと

ソウルパンチが発動した時も、お前がそれを支え続けててくれた事も……」

 

 ヘレナはハンクを抱きしめたまま感極まった温かい涙を流す、右肩に滴るそれを感じてハンクは苦笑いを浮かべてグローブ越しにヘレナの背中を撫でる。

 

「ふぇぇ……ハンクさんが、ハンクさんが魂を燃やしてくれたおかげですぅ」

 

「わかったから泣くなほら、師匠来てんぞ?」

 

 気づくとヘレナの後ろでアルバートとヴェルがニヤニヤと抱き合う二人を眺めている。

 ヘレナはハッと気づくと桃色の髪を赤く染めてハンクの両肩を持って支え始める、支えてたという体にしたいらしい。

 

「よくやったぜヘレナ、お前からあのシステムを提案されたときは出来るのものなのかとヒヤヒヤしたもんだが、お前が実証したんだ

魂の形を、科学で掴みやがった! 誇らしいよ、我が弟子!」

 

「ヘレナちゃんの涙と叫びに応えて変身! 逆転! いやぁいい試合を実況させてもらったよぉにほほ」

 

 ガハハと笑うアルバートと口元を押さえてイタズラっぽく笑うヴェルに、ハンクは呆れた顔で苦笑いを返すが、ヘレナはそれどころでは無く顔まで真っ赤にしてぐるぐるし始めている。

 首元からプシうと熱気を発し、その時ふと感じた覚えのあるテレパシーを感じたヘレナは振り返った。

 

「あ、れ……今のは……?」

 

 振り返った先は、会場そのものから強化シールドで切り離された誰もいないVIP席。

 そのドアが静かに閉まっているところだった。

 

 

 

『……ふん、忌々しい』

 

 ドアを閉めたノイズの手は、微かに震えていた。

 

『魂の力など、再現性のない空虚な妄想だ。

技術は完全にものにしてこそ技術と言える、あれは結果さえ出せればいいという凡愚の発想だ』

 

「あらぁ、それならわざわざ見に来たのは何のためかしらね?」

 

 ノイズは肉声にて唐突に話しかけられてびくりと震え、そちらを振り向いた。

 グラマラスな肢体を黒いチャイナドレスで包んだ、怪しい雰囲気の地球人らしき女性がそこに立っていた。

 

「やっほぅ、来ちゃったわね♡」

 

 その女の姿を今まで直接見たことはない、しかし軽薄な語り口にテレパシー以上の謎の圧を放つそれは霊的スペックの高いノイズのそれを遥かに凌駕しており、それがこの宇宙にいくつか実在する『神』の類であることを嫌でもわからせてくる。

 ノイズの冷徹な思考回路は恐怖に震えながらも確実にその人物の正体を知識から割り出した。

 

『這いよる混沌……CFTCのアヤノ=メイか』

 

「いやねぇ、ただのあなたの会社の大株主でしょ、ね?」

 

 ノイズはジジッと羽音を立てるとアヤノに向き直ってテレパシーを飛ばす。

 

『想像の通りだ、私はヘレナの技術を見に来ただけだ

……だがとんだ茶番だな、あれではヌガーの足元にも及ばん

ソウルパンチとやらを発動する前にKOされて終わりだ』

 

「される前に発動されたら?」

 

 ジジ、ジ、誰もいないVIP専用通路にノイズの羽音がこだまする。

 

『何が言いたい?』

 

「あなたがヌガー=クトゥンというサブプランを始める前に挫折したメインプラン、そちらに非常に興味があってねぇ? 今更ながら投資したくて、ね?」

 

 仮にノイズが人間型義体であったなら、彼は目を見開いていたことだろう。

 バイサーの奥の顔のない頭部がわずかに揺らめくと、ノイズは吐き捨てるように返した。

 

『必要ない、奴はヌガー=クトゥンが叩き潰す』

 

「ふふ、じゃあこういうのはどうかしらね?」

 

 そう笑いながら言うアヤノは、懐から何かを取り出すとノイズに投げ渡す。

 ノイズはそれを受け取ると、それをまじまじと観察する。

 

『プラスチックの、10面体……ダイスか?』

 

 ノイズが顔を上げるとそこにアヤノの姿はなく、声だけが大きく反響するテレパシーとしてVIP専用通路に響いてくる。

 

『取引はいつでも受け付けるわねぇ、もし要りそうと思った時はそれを影に投げなさいね? いひひひひ……』

 

 不気味な高笑が、いつまでも響いているようだった。

 ノイズはダイスを鋏で握りしめると、踵を返す。

 

『神でさえも、奴への恐怖には及ばない……いいだろう、万が一だが、その時は利用させてもらう』

 

 

 

「うわっ」

 

 ハンクは会場を出た後に思わず呻き声を上げた。

 何か、変なものが見える。

 いや此処は地球ではなく冥王星、周囲は相変わらずエイリアンだらけの百鬼夜行なのだが……黒いモヤだった人々がやけにはっきり見える。

 半透明の人型をした肉塊だったり取れた首を小脇に抱えてにこやかに歩く半透明の人間の紳士だったり、それまでがモザイクだったかのように黒いモヤ族として捉えていた存在が具体的に見えているのだ。

 黒いモヤ族だったのは元人間だけではなく元ミ=ゴや元深きもの、元ダゴンの使徒らしきものもいるようだ。

 単純に百鬼夜行の密度が倍以上になったのである。

 ハンクの青ざめた顔を見てアルバートがその異常に気付く。

 

「おっ、ショゴ助の影響で年齢に関わらず霊的視力が上がりやがったのか。

そりゃあ良い、見えていた方が安心な奴らもいるからな、奴ら見えないのを良いことにぶつかったことに難癖つけてくる奴らもいるからなぁ」

 

「な、な、な、ナニコレ?」

 

「ハンクさん、悪霊族も見えるようになったんですかぁ!? いいなー私も見たい」

 

 引き攣った顔のハンクの横をヘレナが無邪気にぴょんぴょん跳ねるが、これは見ない方がいいと思うと言うに言えないハンクは必死に首を横に振った。

 アルバートは髭を弄りながら何も知らないハンクに言う。

 

「まぁ昔から悪霊族とはいうが、要は死んだ後も黄泉次元へ逝かずにこの世に残って遊んでる奴らだ、殆どは触れられねえし無害なんだがな」

 

 ヴェルも割って入って補足する。

 

「霊的スペックによってはサイコハッキングやポルターガイストとかの悪戯仕掛けてくる奴もいるからねぇ

ラッキーじゃんハンク、人間じゃ普通修行しないと無理だし、ミ=ゴでも100年待たないと霊的視力って育たないんだよ?」

 

 ヘレナに見えない悪霊が生者をすり抜けるのを良いことに堂々と歩いているのがヘレナにぶつかりかけるのをハンクはヘレナの腰を持って持ち上げて避けてあげてしまう。

 

「ふゃっ!? は、ハンくさんっ!?」

 

「すまねぇヘレナ、いやもう慣れるっきゃねぇのかコレ」

 

 ヘレナはまた顔を真っ赤に、髪を桃色にして抗議するがただでさえ試合後の疲労もあるのにまたもや変貌してしまった世界に青い顔をしたハンクはその余裕もなく震えた声でそう言った。

 

「ガハハワシも見えるようになったばかりはキツかったぜ、慣れるっきゃねぇよこれは」

 

『冗談じゃねえよぉ、触れられねぇってことはぶん殴れねぇってことだろうが

正直冥王星に来て一番ごっそり正気が削れたぞコレ……』

 

 汗をだらだらかきながらハンクは心の中で文句を言うがヘレナの手前、これも肩の代償と思うしかないのかと無理矢理納得せざるを得ないハンクであった……。

 

 

 

 場面は夜、工場街のスポーツバー『エイドリアン』に移る。

 店内にはバーベキュー用の電熱板と、何の肉かはわからないが焼肉ようと思しき肉と合成野菜が並べてある。

 

「っつぅ訳で……」

 

「「『かんぱーーーい!』」」

 

 ジュゥゥ、と合成肉の焼ける音と煙が溢れ出し食欲を刺激する。

 整体骨格パーツの医療ギプスに身を包んだハンクを中心に、アルバートは豪快に宴の幹事を務めている。

 

「今日はワシの奢りだぁ、好きなだけ食えぇ!」

 

『おいちゃん太っ腹ぁ!』

 

『わーい』『わぁい』

 

 グリムの甲殻類型の弟たちが喜びながら鋏で焼肉をつまむが、一人ピンクのワンピース型アウタースーツに身を包んだ少女の人間型に新調した一体がトングの持ち方に苦戦している。

 ハンクはそれに箸を出して手助けしてやると、少女はにこりと笑顔を浮かべて『ありがとう!』とテレパシーを送る。

 そんな微笑ましい光景を頷き見つめるヘレナだが、ハッとしたようにマツ=チャンに向き直る。

 

「……まともな服もデザインできるんじゃないですか!」

 

『しないとは言ってないデース、てけり、り?』

 

 とぼけるマツの様子にワハハと笑う一行はバーベキューパーティを堪能する。

 

「なぁ、これ何の肉?」

 

「ゾスモグナと呼ばれる冥王星で品種改良された地球海牛の近縁種でございます、肉質を改良し殆ど牛のそれと変わらないものとなっております」

 

「あぁ……やっぱ海牛なのな?」

 

 シス=ラグの答えを聞きながらハンクは周囲に漂う海牛のような生き物の霊に冷や汗を垂らし引き攣った顔をする。

 牧場などでバーベキューイベントがあったりそもそもハンクは地球にいた時牧場を営んでいたため周囲に牛が見える中でといったことに忌避感はないが……

 なにせ周囲に漂っているのは明らかに今食われる肉の持ち主である。

 

「まぁこうなってる以上食わねえと逆に失礼か、頂きますっ」

 

 いい匂いなので食用が勝り食べるとこれが意外に美味しい。

 ハンクは目を輝かせながら手を合わせて周囲の海牛に感謝するのだった……。

 

「しっかし厄介なシステムだなぁソウルパンチってぇのは、ピンチにしか反応しねぇのかい?」

 

「それが俺にもわかんねぇのよ、それならグリムとのスパーリングでも出ておかしくなかったはずなんだがな?

まぁ車もバイクも肩もじゃじゃ馬なくらいが乗りこなし甲斐があるってもんだ」

 

「なにがぁじゃじゃ馬ですかぁもう、私だって必死にサポートしてるんれふよぅ」

 

 グリムと言葉を交わすハンクの背中に、合成酒で顔を赤くしたヘレナが寄りかかってきた。

 

「おっ、どうしたヘレナ、もう酔っちまったのか?」

 

「へへへ、涙に応えてくれたって……ハンクさんはやさしいれしゅ……」

 

 実際ベロンベロンに酔っているヘレナの言い分は微笑ましいが、ハンクはその言葉にハッとさせられる。

 実際、はっきりとハンクが発動のきっかけにできたのはあの時のヘレナの叫びだった。

 初めて見た時は化け物だと怯えていたし、彼女の技術や観察眼は人間のそれと比べ物にならないが……今や彼女はハンクのかけがえのないパートナーとなっている。

 先にも言った通り、ハンクは少し嬉しくなってヘレナの頭をワシワシと撫でる。

 

「んん……ハンクさぁん、私、私ね?言いたいことがあるんですけどぉ」

 

「HAHA何だよヘレナ、何だって聞いてやるぞ?」

 

 甘えるようなヘレナの言葉にハンクは笑って答える、すると今度はヘレナがスルッとハンクの首に手を回して、上気した赤い顔をハンクの耳元に寄せて息を吹きかけるように甘く囁いた。

 

「今夜ぁ……一緒に部屋で話したいことがあるんです……」

 

 

「「「・・・!?」」」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ヘレナの声はか細く、しかしその言葉を宴会に参加したほとんどのミ=ゴが聞き逃さず縁も酣な会場が一瞬にして凍りついた。

 ヴェルは思わず懐のマイクを手に取り実況を開始する。

 

「あーーーっここでいきなりゴングも鳴らさずヘレナ選手直球火の玉ストレートぉ!ハンク顔面正面いやさ耳元からこれをくらい目を白黒させているっっっ!!

こぉれぇはどう返すのかぁーーー!!!」

 

「おいおいおい早すぎんだろ、ノイズの野郎になんて言やぁいいんだ」

 

 ノリノリのヴェルに、逆に珍しくアルバートが顔を青くして頭を抱えている。

 流石にライバル兼元親友の娘の急激な成長に老体はついていけず、その背中がやけに小さい。

 

『にいちゃーんハンクさんヘレナと帰っちゃうのー?』

 

『まだ食べたーい』

 

『シッ、今はただ見守るのみだ』

 

 弟たちを手で制してから、有性バイオスーツに縁のないグリムも腕を組んで見守っている。

 シス=ラグは空気を読んで店内に流れる音楽を柔らかなジャズに変えた。

 

 そして肝心のハンクは、目を見開き真っ赤な顔になってヘレナの方を見ている。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と、心臓の鼓動が早鐘のように鳴り響き、右肩のショゴ助の光がハンクのテレパシーを拾い桃色に彼女の上気した顔を色っぽく染め上げる。

 

「ヘッ……へ、ヘレナ!? いきなり何を、おいおめえら見てんじゃねえ!!」

 

「よそ見しちゃやーですよぅっ」

 

 周囲でガン見するミ=ゴたちを手で払う仕草をするハンクだが、より深く抱きしめてくるヘレナの柔らかい感触にハンクの体はガチガチに固まってしまう。

 ハンクは何とかヘレナに向き直ると、慎重に口を開いて尋ねた。

 

「ヘレナ……本気、なのか? 酒の勢いで、後悔しねえか?」

 

「私はいつでも……本気ですよぉ?」

 

 ハンクは瞑想し、深呼吸して決意を固めると、二度目を開けてヘレナを見つめる。

 

「いいぜ、行ってやろうじゃねぇか……」

 

 周囲の発光粘菌が、ミ=ゴたちの熱狂で桃色に染まりかけたその時……!

 ハンクの目の前にホロコンソールが提示されて、ハンクは目を丸くした。

 

「はいっ、ソウルパンチモードのスムーズなサンプリングを視野に入れた新しいトレーニングプランです!

これの打ち合わせがしたくってしたくって……私も試合からずぅっとあの発動までの時間が気になっててぇ」

 

「ヘレナヘレナ? ちょっと待ちなさい」

 

 ヴェルが素の口調でヘレナを、目が点になって凍るハンクから引き剥がし、自分の前に立たせる。

 

「え、意味わかってるヘレナ? このタイミングでハンクを部屋にあげるってのはねぇ……ごにょごにょ」

 

 酔っていた恍惚に薄ら笑っていたヘレナは非常に小さい声で耳打ちするヴェルの言葉に、次第に真顔になり、青ざめ、ボフッと真っ赤になった。

 

「ばっ……!! わ、わわ私菌類ですよ!? 元々無性なんです、そんな欲求ありませんよぉ!!

あっ、あ、あああ!! 私ってばなんてことを……その、ハンクさんごめんなさいいいぃぃぃぃっ!!!!」

 

「良いって良いって気にすんなぁ……?」

 

「ふぅぅ、安心したような残念なような……」

 

 ひたすら謝り倒すヘレナに若干萎れた顔で返すハンクに、残念半分安心半分なアルバートら工場街のミ=ゴたちのテレパシーで色とりどりの光を取り戻す周囲の発光粘菌。

 頭を下げて誰にも見えないヘレナの顔は真っ赤に染まっているが、その瞳は潤んで迷い揺れていた。

 彼女は誰にも聞こえないほどのか細い声で、静かに呟いた。

 

「そんな欲求はない……その筈、なんです……」

 

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