冥王星のリング   作:EMM@苗床星人

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◆4 肩の中の友人

 

 冥王星、工場街のミ=ゴ達の朝はバイオスーツの手動洗浄から始まる。

 

「ん~ん~♪ふんふふ~♪」

 

 

 『鼻歌』と呼ばれる宇宙の窮極の中心に響く蕃神のフルートの音色を思わせる肺胞生物系独特の演奏方法は、肉声の仕様になれる訓練になるからとアルバートに勧められたものだが

これが中々洗浄中の集中力維持にはもってこいで、会社の事務仕事中にもつい鼻歌を奏でながら作業してしまい怒られてしまうほど癖になってしまった。

 

「ふはんっ、は~ん、ふんふん、むぐるぅなふ~♪」

 

 シャワーをかぶりながら念入りに頭部センサー……は今は着脱式なので後回しにして、テレパシー増幅機の機能を持つ髪を洗浄液でしっかり根元まで洗い、次は体を洗おうと台座に置いたスポンジに指を置きコンソールを開いて硬さを調節。

 洗浄液を染み込ませて肌に添わせるが

 

「ふんふ~♪痛っ……んー、皮膚強度が思ったより貧弱だなぁ。よく生きてけるよ地球人」

 

 スポンジを固く設定しすぎたのか、コンソールを開きなおし軟らかめに設定して慎重に軟らかい全身を洗う。

 脆い、だがそれだけ繊細な爽快感がヘレナを陶酔させ、髪をピンクに染めた彼女は恍惚を鼻歌に変えて歌い始める。

 シャワーを止め、これだけは殊更不便だとレオタードを始めとした外部スーツを着用する—―要は重ね着である。

 ヘレナの髪の色は青くなり、冷静な思考が駆け巡る。

 

『テレパシー共鳴装置のサーバーメンテナンスのためちょくちょく地表区画にに出るヴェルがジャケットまで重ね着しているのはわかるけど、よく考えたらよく似た霊長類型のアルバートがバイオスーツまんまだし、私がそこまで重ね着する必要はないんじゃ……?』

 

 —―ここの宇宙人は化け物と扇状的な露出狂しか居ねえのか?—―

 

 

 そこまで考えたところで、ヘレナの菌糸網に先日のハンクのテレパシーがフラッシュバックし、何故か思考がフリーズする。

 ヘレナの髪はピンクに染まり、また青に戻る。

 

『……やっぱり、するか重ね着……うん。』

 

 そうテレパシーで一人ごちると、ヘレナは昨日のレオタード姿の上にとりあえず簡素な上着を羽織るのだった。

 

 

 

『てけりり!てけり・り!』

 

「ふっ……!!ふっ……!!」

 

 トライスクラップ社ビルのガレージに併設された社員用ジムにて。

 ハンクの肩でずっと黙っていたといわんばかりに、その右肩の中身からヨタカの雛のようなアルタイルの鳴き声が続く。

 ハンクはそんな肩に負荷をかけながらプルアップバーをゆっくりと上下させていた。

 最初のうちは元気に鳴いていたアルタイルだが、徐々にその鳴き声から覇気が失せていくように感じる。

 反してハンクはテンションを上げているのか肩の光は緑だがアルタイルの体力によって明滅していた。

 

「っし、もうワンセットだショゴ助!!」

 

『てけりゃ!?』

 

 ハンクの要求に、まだやるのかと抗議するかのようなアルタイルに、ハンクは肩を叩きながら言う。

 

「おうこら、最初のやかましさはどうした?不意打ちとはいえボクサーをノックアウトしたんだ、根性見せやがれ」

 

「良いぞぉ、その調子でどんどん虐めろ!」

 

 ハンクの前に座るアルバートがホロコンソールに表示されるアルタイルのコンディションを確認し、ハンクにゴーサインを送る。

 ハンクがニッと笑って再びプルアップバーを持ち上げ始めたころ、ヘレナが駆け足でガレージに駆け込み息を切らす。

 

「すいませぇんっ……はっ、遅れましたぁっ」

 

 その格好はレオタードをワンピース型のものに変え、上着のデザインと合わせたコーディネートになっている。

 

「ヘレナ!今日から未来のチャンプのトレーニングだっつーのに何ちんたらしてやがる!!」

 

「ぅひっ……し、仕方ないじゃないですか!このスーツ調整に時間がかかるんですよぅ!!」

 

 アルバートの怒号ともいうべき 責にビクッと肩をすくませるが、髪を赤くし頬を膨らませて抗議する。

 アルバートは「あぁ?」と怪訝な顔をするが、気を取り直して手元のホロコンソールをヘレナに投げ渡す。

 非実体だがコンソールのデータははキャッチした瞬間ヘレナのスーツに同期され、操作権限を得たヘレナはさっそく内容をチェックして目を丸めた。

 

「す、ストレス値がとんでもないことになってるじゃないですか!!すとっぷすとっぷ!!」

 

 慌てて制止するヘレナにハンクは不満げにバーを下す。

 

「なんだよヘレナ、ショゴ助の心配かよ。ガキを心配する親御さんか?」

 

「どういう例えですか、良いですかアルタイルは最高級品だって昨日言ったじゃないですか!

こんなに酷使したらアルタイルが潰れちゃいますよ可哀そうに……っていうか何ですかショゴ助って!!」

 

「昔拾った犬の名前で日本人の友人に考えてもらったネーミングのひとつにタ=スケってのがあってだな

まぁその犬はすぐに里親に渡っちまったんだが、スケってのはヘルパーって意味もあるらしいぜ?

俺の肩を助けてくれんのにいい名前だろ?」

 

「確かに……ってじゃなくってぇ!!」

 

 ヘレナの話を遮り、アルバートが冷静に意見する。

 

「へれな、此処はハンクのほうが正しい。確かにショゴスOSにこれほどの負荷を連続してかけんのは通常使用ではあり得んことだがアスリートの肉体的ストレスとしちゃ許容範囲内だ

むしろショゴ助の場合ずっとトレーニングを続けてきたハンクにゃ急速に追いつく必要があるぞコイツぁ……」

 

「続けてきた……って、ぇえ?」

 

 ニヤリとするアルバートの言葉に再びコンソールを見たヘレナは髪を紫色にして愕然とする。

 ハンクの右腕と肩周りの筋肉は熱を帯びて温まった状態に近くなっていたが、その予想馬力がとても5年前に引退したとは言えないスペックをしていたのだ。

 おそらくヘヴィ級というには若干足りないためブランクがあったというのは本当なようだが、こんな結果は5年間ちゃんと養生していたボクサーには到底あり得ない。

 

『……って嘘、ということはこの人。痛いから引退したのに、その痛みを引きずったまま 減らすだけ でずっと鍛える行為はやめていなかったってこと?』

 

 痛みという概念は本来ミ=ゴには存在しない、生物としての根底として菌類の群体であるミ=ゴには本来個を守るという必要が存在しなかったからだ。

 それはバイオスーツの技術を得て宇宙に進出してからも同じで、他種族の模倣と多様性獲得の一環としてそれを徐々に手にしてきたのである。

 

 しかし、人類は違う。前カンブリア紀の古から天敵から個を守り逃げるために発達させた脳幹というOSを持ち、故に個として完成した自我を持つ脊椎動物群にとって痛みは死の次に忌避すべき危険信号だ。

 故に逆転して考えればミ=ゴは痛みに弱いし、痛みへの体制を身につけた個人とは最早ーー

 

「ーーーーーっ‼︎」

 

 ぞわ、とヘレナの背後を冷たくか細い触手が撫ぜたような寒気が襲った。

 肩はすくみ上がり、髪は青紫色に沈む。

 それを分かっているかのように、アルバートは大きく暖かい手でヘレナの背を軽く叩きながら続けた。

 

「わかるか、ヘレナ。コイツが魂ってやつだ。ただの精神・霊的エネルギーとして悪霊や神格がもてはやしてきたエネルギーと解釈されてきたコイツは、その実本来の生物スペックを覆すポテンシャルを引き出せる鍵になる

ショゴスOSも同じ、起源もこいつら地球人と同じとくりゃ、虐めて鍛えて生体的スペックを引き出してやれば軽い神話生物よかいくらでも強くなる事ができる!」

 

「でもショゴスはあくまで人体にとっては異物……それを私たちが数値的にコントロールできるショゴスの側から調整すれば—―ハンク・グリフィンはいくらでも強くなれる……!!」

 

 ヘレナにとってまるでそれは狂気的な試みへの誘い、しかしハンクは膝を叩いて笑いだす。

 

「HAHA!前に嫌いな奴から『トレーニングのし過ぎ』とか言われたが、コイツぁ最高だ!

鍛えりゃ鍛えるほど強くなるなんて言われたのはボクシング始めたばっかりの頃くれえだ、再出発にゃ丁度いい!」

 

 ハンクの言葉にヘレナの髪は赤……いや朱に染まり、彼女は思わず己の両手を強く握りしめていた。

 そんなヘレナを見てアルバートは頷くと、よっこらせと重い腰を上げてガレージの外へ向かっていく。

 

「んじゃ、ワシはちょっくら行ってくるから。ハンクのトレーニングはヘレナ、お前が主任技術者を任せる」

 

「わ、私が!?アルバート師匠、どこ行くの?」

 

 ヘレナの驚き混じりの問いに、アルバートは心底から面倒くさそうな顔をして振り返り言いながら出て行った。

 

「野暮用 。」

 

 

 

 冥王星の工場街は相変わらず賑わっている地獄の坩堝だが、灰色のジャージを着たまま走るハンクにとってそんなことはどうでも良かった。

 走っても、もう肩が痛まない……何処まででも走っていけるような開放感がそこにあった。

 

「……HAHA、犬か俺は」

 

 自嘲気味に呟くと、並走してヘレナが飛んでくる。

 昨日は飛べなかったようだが、羽を振動させて昨日のヴェルと同じように飛んでいるのに反作用を周囲に感じさせない。

 こうしてみると改めて異様な技術だと、ハンクは思った。

 

「ハンクさん、ペース早すぎです!バテちゃいますよー!?」

 

「そりゃあ良い!どこまで走れるか見てみてえんだ!」

 

 注意したらさらにペースアップしたハンクにヘレナはギョッとしつつ、ため息をついてそれを追いかける。

 するとハンクの気配に気づいてか、工場街のあちこちからゼンマイ頭の宇宙人たちが顔を出してテレパシーを投げかける。

 

『おぅい地球人ー!冥王星まで何の用だー!?』

 

『良い質問だ、ちょっと銀色蟹野郎のベルトをもぎ取りに来たんだよ!』

 

 ハンクが咄嗟に肩に念じて、テレパシー装置を起動し応答する。

 

『あんたハンク・グリフィンだろ!?地球の電波拾って見てたんだアンタの試合!!』

 

『地球人チャンプ⁉すげぇ、冥王星きてたの!?』

 

『冥王星でもっとおもしれえもん見せてやるよ!』

 

 ハンクがそう言って手を振り上げると彼の肩が緑に光り、それを見た地球を知るミ=ゴ達は歓喜に沸き立った。

 

『すげぇ!地球のチャンプが、傷を癒して冥王星に降り立ったぞ!!』

 

『いあ!いあ!ハンク!!』

 

『違う、彼を称える言葉はこうだ!!』

 

ミ=ゴの中から、羽音を振るわせて放つ肉声で、彼のかつて聞きなれた声援を放つものが現れ始めた。

 

「Soul Punch! Hank's Fire!!」

 

 その声援に続くもの達が増えるたび、街の灯りとハンクの肩の輝度がどんどん上昇していくように見えた。

 そんな様子をヘレナ達よりも上空を飛びながら眺めていたヴェルは興味深そうに見つめていた。

 

「へぇ、輝度89%……いい調子じゃん、もっともっと輝いておくれよっ」

 

 オレンジに薄く光る街並みの中に、燃えるように光る列が生まれる。

 それは、ハンクの再燃した熱に周りも巻き込まれて燃え盛っているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 企業区画、ノイズコンツェルン本社。

 本社ビル一階の自動ドアが開き、冷たい青い灯に彩られた大企業のロビーに、お世辞にも似つかわしいとは言い表せない白い巨体がノシノシと歩いて入ってきた。

 その巨躯を見てビクりと一瞬慌てたロビー受付の画一化された甲殻類型ミ=ゴは、アルバートが片手をあげて敵意がないことを軽いテレパシーで伝えると、ホッとした様子でテレパシーを送ってきた。

 

『念波照合完了しました、トライスクラップ社C.E.O.アルバート=ウィル様ですね?

社長にお会いしたいとのテレパシーを受信しましたがアポイントメントを取っておりますでしょうか?』

 

「いいや、時間かかるならここで待ってるつもりだぜ」

 

 アルバートはそういうと冷たい床にドシンと尻を突いて座り込む。

 受付ミ=ゴたちが困った様子で互いの顔を見合わせていると、その場を貫く冷たく真っ直ぐなテレパシーが響いてきた。

 

『その必要はない』

 

 ロビーの台座型社内電送機がパシッと放電で瞬き、中から現れたのは白磁の甲殻類型スーツを着た先鋭的デザインのミ=ゴ。

 ノイズコンツェルン社長、ノイズであった。

 

『87600時間前のコンペディションぶりだなぁ、ヒマラヤの山猿

今更あのコンペの結末に異議でも唱えにきたか?それとも、CFでもせびりに来たか?』

 

「ビビり屋ノイズ、お前こそ気にしすぎだろ。

あのコンペで勝のに使った政治手腕ってやつがワシに無かっただけだし、あの頃のスーツの性能は確かにお前の方が優れていたと認めているよ

どちらかと言えば後者に近えな……お前の事だ、ワシらの動きはもう把握してんだろう?」

 

 アルバートが気軽に返す言葉に、ノイズはジジッ‼︎と、羽音を苛立たしそうに奏でる。

 

『地球人のボクサーか、お前らしい切り札だな

見世物としては申し分なさそうだが……』

 

「お前んとこのヌガー=クトゥンと、ワシんとこのハンク・グリフィンでタイトルマッチを組ませてやっちゃくれねぇか?

同じ100年前の地球調査隊のよしみでどうだ……」

 

『コ・ト・ワ・ル・!!』

 

 ジジジジッ‼︎と拒絶のテレパシーと共にアルバートの豪快な肉声を遮るほどの羽音が鳴り響き、受付ミ=ゴ達が恐怖で触覚に青紫の光を灯して抱きしめ合った。

 眉ひとつ動かさずに、老練としたイエティは言葉を投げかける。

 

「は、相変わらずだなお前ぇは。そんなに怖いかよ、地球人が」

 

『常識で考えたまえ、ヌガー=クトゥンは我々ノイズコンツェルンの広告塔だぞ?

汚らわしい地球人の血で汚すのも惜しいと言っているのだ』

 

「お前はどうなんだよ『ビビり屋』、お前の技術で……地球人のボクサーを潰せるかも知れねぇんだぜ?」

 

 アルバートの笑みに、テレパシーでしか言語化できない何かが混じる。

 

『……何を言っているか分かっているのか?』

 

「ワシらは100年前の地球で人間を見てきた

お前は探索者の脅威と恐怖を、ワシは狩人の誇りと魂を見てきた

同じさ、ワシらは方向性は違えど正気定義摩擦を起こしちまっているのさ

地球人という、神話生物に対してな?」

 

 アルバートの言葉に、ノイズは菌糸網の奥底に過去の恐怖をフラッシュバックする。

 眼前に迫る、猛犬の手綱を持って、狂気に震える瞳を無理にこちらに向けるギラついた視線、涎が垂れた口から、狂気そのものというべき執念を叫ぶ老人の姿。

 

ーー絶対に、絶対にお前達の存在を、白日の元に晒してやるぞ!!ーー

 

ーー我が魂を、燃やし尽くし削りきってでもぉ!!ーー

 

 ……鋏が震える、テレパシーに火花が走る、菌糸の焼ける匂いがする……膝をついたノイズに、受付達が駆けつける。

 

『社長!』『どうされましたか!?』

 

『医療班、警備班、至急……』

 

『いや良い……構うな、必要ない』

 

 ノイズを心配し、アルバートを通報しようとした受付を鋏で制し、ノイズはテレパシーを落ち着かせてアルバートを目のない顔で睨め付ける。

 

『なら代償は高く着くぞ、お前も狂気の奈落に堕ちる事になる』

 

「上等、どっちの狂気が勝つか賭けてみるのも悪かねぇな?」

 

 数秒の静寂ののち、ノイズの触覚がため息を吐くように項垂れる。

 

『昔から言ったら聞かんゴリラが……

良いだろう、だがその前に深淵共和社の烏合と試合を組んでもらう。

流石にノーネームを我が社の看板に並べる気はないからな?

一度でも敗退すればトライスクラップ社の看板を維持できない程の請求を喰らわせてやる』

 

「丁度いい、いい復活試合を見せてやるよ」

 

『私は試合を見ん』

 

 踵を返してノイズは電送機に向かうが、アルバートに背を向けたままテレパシーを飛ばす。

 

『私の放蕩子株はどうしている?』

 

「放蕩どころか、真面目すぎて苦労してるぜ

あいつにも見せたぜ、地球人の魂……その端だけだが

お前に似て頭の回転の速いあいつはすぐに気付いて恐怖してたが……

すぐにあいつは憧れに転じたぜ?」

 

『……だからアレは凡愚なのだ』

 

 そう言い残すと、ノイズは電送機のスパークに消えていった。

 

「いいや、案外ああ言うのがお前の恐怖を理解できるんだぜ……ノイズ」

 




次回 イエティに絡まれる


【挿絵表示】


脳内再生しながら書く際ハンクの居る空間だけは洋画で再生されていて
なので具体的なビジュアルは好きな洋画俳優を割り当ててね!っていうメタモン系主人公。
画像は基本的なビジュアルがこんな感じということで……
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