闇の時代と一杯の紅茶 作:The-Artless-Dodger
まず最初に述べておかなければならないのは、ホグワーツの授業がそれほど面白くはなかった、ということである。魔法省の悪しき文書主義がここまで根を張っているということなのだろうか、とにかく教科書を読みレポートをまとめるばかり、杖を自室に置き忘れても、授業が終わり寮に戻った時に初めて、そのことに気がつく有様だった。なるほど確かに、扱う内容は魔法のことである。しかし、魔法について書かれた本を読むことを「魔法の授業」と呼ぶなど、料理について書かれた本の読み合せ会をもって、「料理教室」の看板をさげるようなものではないか、というのがエドアルドの正直な感想であった。
ただ、ホグワーツの名誉のために言っておくが、これが教師たちにとっても不本意であることは、火を見るよりも明らかだった。例えば変身術のミネルバ・マクゴナガル教授などは、生徒たちにこそ杖を振らせることはなかったが、M.o.M謹製の教典を開かせることは決してせず、その代わりに、それらを空き瓶やら壊れた車輪やら、とにかくその種のガラクタに変身させた上で、こう言ってのけたのである。
「さて──皆さんから預かった教科書は、こうして変身したわけですが、私は術を解くつもりはありません。なぜならば、この姿の方がまだ多少は有用であるからです。お分かりですね?」
ここまであからさまな手法は取らないまでも、他の教師陣も時々ささやかな抵抗の意を表明していることに、エドアルドは気がついていた。
そんなわけで、各教科の授業をいちいち詳しく書きなどしたら、この文章全ての品位を堕としかねないので、ただ「つまらない」とだけ述べておく。実際、これで説明は十分なのだ。
従ってエドアルドが期待するべきは、授業以外の時間になる。こちらはかなり良かった。少ない寮生の仲は自然深まり、まるで大昔から友達であったかのような、気兼ねないものとなった。なにしろ、ハッフルパフには一年生が十人しかおらず、他の寮にしても事情はそう変わらない。寝室は二つ、それぞれ五人ずつあてがわれたが、無理せずとも一室に収まってしまう人数だから、時折一年生みんなで集まって、勉強をしたり、その日の辛い出来事──これは、他寮よりもやや多い──を話し合ったりと、楽しみは尽きなかった。
食事に関しては、もし入学式の堅苦しさが以降毎食続くとしたら、やはり屋敷しもべの好意に縋るほかないと思っていたが、要らぬ心配だった。品数は少ないが、美味く、よく腹にたまるものが出され、また時間に追われることもなく、ゆっくり食べられたのである。
しかし、何にもまして愉快だったのは、貴族の御子息連中であった。これがあまりに可笑しくて、上級生にはもう知れ渡ったことであるのだが、初めて目にする一年生らは、最初はむしろ当惑と警戒の念を覚えたほどである。
彼らは、一学期第一日目から、廊下ですれ違うたびに、ハッフルパフ寮生に対して当て擦りを言う。それは例えば、「彼らが魔法薬学の教室とホグズミード駅を間違わないように見張っていなくちゃいけない」とか、「見ろ、二本足で歩いてる!」とか、一体にくだらないもので、エドアルドは怒るよりも、もはや呆れ返るばかりであったが(この点、タバード氏の店での心踊る接客経験のおかげで、彼は他の寮生よりも達観的である)、ジャックは憤懣やる方なく、ペインティングに至っては戦々恐々、庭小人と見紛うまでに縮み上がってしまった。
だが面白いのはここからで、その日の夕食時、彼らはハッフルパフの長机にツカツカと尊大な足音を響かせながら近づくと、嘲笑を放ってみせたまさにその口で、「これは、実家から届いたものだから、諸君も食べると良いよ」などと言うのだ。一体どういった類の心変りなのか、エドアルドには見当もつかない。仰天するあまりお礼も言えず、いかにも高級な包みを受け取るしかなかった。
「おれが見るに、これは毒だな、うん」今や彼らが家となった寮へと帰る道すがら、ジャックは堂々推測してみせた。「連中、おれら孤児を屠殺しようっていうんだ!」
これを聞いたペインティングの反応は、最早いちいち書くまでもないだろう。
「いや、ジャック、いくらなんでもそれは無いと思うよ」とエドアルド。「いくらなんでも、ねぇ」
しかしジャックは、ある経験の面でエドアルドと異なっていた。つまり、一方が養子に取られて以来、貴族に関する幾ばくかの真実を目にしていたのに対し、一方は新聞の書き連ねる虚像を──もちろん全てとは言わないが、それなりに──信用していたのだ。だからこそジャックは、その子息らの言動が腹立たしく、かつ不気味なものに思えてならなかったらしい。
「へぇ、そう? じゃあ、よっぽどタチが悪い魔法がかかってるとか──まさか、花や小鳥が飛び出しておしまい、ってことはないだろうしさ。それなのに、ご丁寧に受け取っちゃって。エド、君を引き取ったのは、心優しきパフスケインか何かかい?」
エドアルドは記憶の中の養父と、ダイアゴン横丁で見た丸々とした魔法動物を比べてみたが、氏の人相が子供たちの間で人気となることは、あまり考えられなかった。
「エド、ジャックの言う通りだよ。あの人たち、その……あまり親切って風じゃなかったもの」
ペインティングは間にジャックを挟みながら、エドアルドに言った。彼にとってみれば、包みの中が何であるにせよ、糞爆弾よりもましなものでありさえすれば、それで良かったのだ。
「うーん」ここまで強硬な反対を受けると、エドアルドとしてもやはり、不安を抱くものである。彼は急に、手に提げた包みを窓の外へ放り投げたい衝動に駆られた。「やっぱり、寮に持ち込むのはまずいかなぁ」
その通りだ、というのが二人の意見だった。しかし下手に放り出し貴族様方の矜持を挫いては、一体どのような制裁が待ち受けているか、分かったものではない。だからエドアルドは、どこかで適当なハッフルパフの上級生を見つけ、判断を仰ごうとした、その時であった。
「別に、何か入ってるってわけじゃないわよ、それ」
背後から聞こえてきた声に三人が振り返ると、そこにいたのはなんと、滅多に姿を見せないレストレンジ嬢その人であった。彼女は持ち前の高潔な無関心を捨て切らないまま、下々に干渉してきたようだった。なにしろ腕を組みながら、エドアルドの困惑した眼を正面から見据えて動じないのである。
エドアルドにしても、お世辞にも居心地の良い相手というわけではなかった。彼女はこの最初の数週間において、上級生を含む全ハッフルパフ生より“近寄りがたい”という称号を得た、名誉ある人物なのである。こうなると彼女の美しい容貌も、気の毒な子鹿たちを蹴散らす先払くらいの意味しか持たなかった。しかし両隣の二人は、レストレンジ嬢の出現に言葉を失ってしまったようなので、ここは不幸にもエドアルドが応対する他なかった。
「あー……つまり、この中は空ってこと? ずいぶんと重いけど」
エドアルドがそう言うと、レストレンジ嬢は不機嫌そうに眉を顰めてみせた。
「へぇ、それなら中に何か入っているってことは、誰に何と言われようともご存知じゃないの? 違うわよ、私が言いたかったのは、あなたたちが新聞を読む人みたいに、あることないこと言っていたような類の“危険物”は、あの連中も仕込んでいないということ」
するとこれに噛みついたのはジャックだった。
「そうは言っても、納得できないな。じゃあなんで、あいつらは突然心変わりをしたんだ?」
「心変わりなんて、してないわ」とレストレンジ嬢。「最初から一緒。あなたたちは蟻のように地面を這いつくばっているから、その通り道に糖蜜ヌガーを置いてやる時には目線が下を向く。それだけじゃない」
あまりの言い様に、ジャックは食ってかかろうとしたが、常に似ず非凡な腕力を発揮したペインティングに取り押さえられた。
「なんなんだ、馬鹿にして!」
しかし怒り狂ったカラスの如き罵倒を浴びても、レストレンジ嬢はどこ吹く風で、説明を強行してみせた。
「見栄のためよ、あとは魔法省での安定のため。それ、安いお菓子じゃないわよ。彼の家だって懐は寒いんだから、捨てでもしたら、呪いの二、三発は貰っても文句は言えないでしょうね」
そう言ったきり彼女は、もうエドアルドたちのことは見向きもしないで、悠々と廊下を進んで行った。
実際、寮に戻ってから数十分間逡巡した後包みを開いてみると、これが確かにただの菓子であった。
「なーんだ」ジャックは身体をソファに沈め、強張っていた顔にニコニコと笑みを浮かべながら言った。「おれは、ちょっと期待してたんだぜ? 中から凶悪な蛙チョコが飛び出してきて、ペインティングの指に噛み付くの」
「やめてよ、面白くない」
エドアルドは二人の言い合いに笑いながら、包みに目をやった。とろりとしたチョコレートに色とりどりの粉がまぶしてあり、それが数秒ごとにチカチカ光るので、まるでホグワーツから見える夜空のようだった。他の二人も、これには感心しきりだった。
「にしても、スリザリンの連中にだよ。これを綺麗って思える感受性があったのは、朗報だな」
ジャックの貴族に対する反感はこの域にまで達していた。彼は、やや前のめりなのが欠点だ。エドアルドは、この数日のうち幾度となく、彼がグリフィンドールに組み分けされなかったことを不思議に思った。すると毎回、ジャックは自分と一緒にいたくてハッフルパフを選んだのではないかという、赤面してしまうような暖かな自尊心に行き着くのであった。
「分からないよ、ジャック」エドアルドは我からの気恥ずかしさを振り払おうと試みた。「僕らが綺麗だと思ってるものを、彼らはあまり好ましく思ってなくて、ちょうどお似合いの人に下げ渡したのかも」
「ははは! そりゃ、あるかもな。だってエド、眼鏡に手垢が付いてりゃ、ゴブリンの金細工だって銅の削り屑だもんな」
灯火が真鍮製の油皿をぱちぱち言わせるのを聞きながら、穴に籠ったハッフルパフ生の穏やかな夜は過ぎていった。
──────
エドアルドにとって、数少ない楽しめる授業は、魔法薬学であった。あの養父との心温まる日々を思い出すというだけではない。魔法薬学の授業は、一体なんの気まぐれか、実践形式であったのだ。しかし生徒たちをできる限り退屈にさせようという魔法省のお節介は余念がなく、この教科のコマ数は大変少なくて、初めて授業が開かれたのは入学式から二週間が経ってから、という有様である。もっとも、エドアルドの養父はこの事態をお喜びであるに違いない。魔法薬学の授業が少ないということはそれだけ、将来の商売敵が育ってゆく可能性も減るのだから。
一回目の授業の日。薄暗い教室にハッフルパフ生とグリフィンドール生がひしめき合って、大鍋を杖で突いてみたり、後ろの棚にある色々の瓶を開ける開けないの押し問答を続けていると、部屋中の埃が舞い上がるほどの勢いで扉が開いた。みんながびっくりして後ろを見ると、開いた扉から老いた魔法使いがのっそりと現れた。
腹も胸もかなり肉付きが良いが、歳のせいで若干弛んだ印象を受ける。全体として幸福そうでかつ人が好さそうで、頭は全く禿げ上がっている。薄暗い地下牢でも灯りに困ることはないだろう。服は相当に古いと同時に上等であったが、ただ、顔に比べて小さすぎる銀縁眼鏡だけは真新しい品のようだった。
「さーて、さてさて?」老魔法使いは眼鏡を太い指で上げたり下げたりしながら一年生を見回した。「今年も優秀な金の卵たちのご登場かな? ふむ、教科書は全員忘れていないようだ。結構、大変結構!」
老魔法使いは満足げに頷くと、杖を一振りし、黒板に「ホラス・スラグホーン」と書いてみせた。
「それでは最初の授業であるからして、自己紹介から始めよう!」スラグホーン教授はニッコリ笑うと、教室中を見回した。「私はご覧の通り、ホラス・スラグホーン。ホグワーツで教鞭を取ってから、もう随分と長くなる──しかし、実際の授業で教鞭なんていう野暮なものは使わないから安心して構わないよ。他の授業では、まぁ君らの買った杖は、せいぜい栞程度にしか働かんだろう。この教室でも、杖は一切使わない。ただ、君らが今さっきまで興味深げに突いていたその美しい大釜に、神秘というべき材料の数々、適切な加減の火、そして少しばかりの才能を使う! 本を読むだけじゃないことに驚いたかな? これは魔法省の中に、私だけが特別の授業をすることを認めてくれる元教え子がいるからだが、そんなことは気にかける必要のないお話だね」
そうは言いつつも、スラグホーンの笑みはますます深まり、少なくとも彼自身は相当気にかけていることを、如実に表していた。
「そう、君たち初々しい新入生の中に、輝かんばかりの才能を見出す喜びは、ベゾアール石の大物を運良く発見した時のそれに等しい! ああ、気の毒な山羊のように、君らを腑分けなんてしないから、安心しておくれ」
グリフィンドール生の中からは控えめな笑い声が上がったが、ハッフルパフ生の多くはむしろ震え上がっていた。
自身の冗談が新入生たちに及ぼした対照的な効果は気にもとめず、スラグホーンは大きな腹を両手で抱き上げ気合いを入れた。
「さて! 出席を取ってから授業を始めることとしよう。失礼、えー……」スラグホーンは眼鏡を取って、名簿を斜めに傾けた。「失礼、視力がめっきり衰えていてね。私もそう若くはない……だが、セブルスは自分よりも腕の劣る人間がこの職につくことを頑として認めない。全く、彼の凝り性にも困ったものだ」
エドアルドは、今の所判明しているスラグホーン教授の欠点は、喜びの表情を全く隠しきれない所だと感じた。
とは言えど、老化が彼の身体を少しばかり錆びつかせているのは事実のようだ。名簿を読み上げてゆく内に、声の中にゼイゼイ言う苦しそうな呼吸が混ざり始めた。おまけに、三回に一回は生徒の家名に思い当たる節があるらしく、一度立ち止まってあれこれ質問するので、体力を余計に浪費している。
そしてその目がレストレンジ嬢に差し掛かった時──蝋燭の火を吹き消したように、スラグホーン教授の目がどんよりと暗くなった。
「ああ、左様……うむ、デルフィーニ・レストレンジ……うむ」
彼はもごもごとそれだけ呟くと、教室の中で最も注目に値するべきレストレンジという姓を素通りして行った。一体どういうことだろうかと、みんながレストレンジ嬢の方を伺ったが、彼女はつんとすまして地下牢の壁に掛けられたツノガエルの標本を眺めていた。しかしエドアルドは、青の混じった髪の毛に隠された耳が、真っ赤になっているのに気がついた。
スラグホーンはと言えば、レストレンジという名など口にしたこともございませんといった風に、名簿を読み進めていた。
「ええ、そして……エドアルド・スワッブル──おや?」
自分の名前を読み上げた瞬間、スラグホーン教授の口が止まったので、エドアルドは慌てて顔を上げた。
「はい、先生」
「ふむ……ミスター・スワッブル、私の記憶違いでなければ、君の髪の毛はつい先ほどまで真っ黒ではなかったかね?」
スラグホーン教授の言葉に、エドアルドは前髪を引っ張って目の前に下ろしてみた。するとそこには、羽ペンを洗った後の水のように、薄灰色をした髪の毛があった。
「すみません先生、僕、変わっていたことに気がつかなくって。七変化なんです、だから、時々ひとりでににおかしな色になることが──」
エドアルドは、自分が教授の朗読に飽き飽きして、勝手に杖で遊んでいたと疑われているのではないか、と想像し、必死に弁明した。だが次に発せられたスラグホーン教授の言葉には、少しの怒りも含まれていなかった。
「ほほう……ほっほう! 七変化とは! 中々お目にかかれない、天与の才能だな! エドアルド、君はそれをご両親から受け継いだのかね? それとも、君が初めて?」
スラグホーン教授の、このご時世において多少配慮に欠けた質問は、エドアルドの胸をどくりと脈打たせた。
「いえ、知らないんです。僕、孤児学校の出身で」
「ああ」スラグホーン教授の顔が、心からの同情とバツの悪さに染まった。「そうか……迂闊なことを聞いてしまった。しかし、ミネルバがありし日のように、幼い生徒たちの好奇心を掻き立てる授業ができないのは残念だ! 七変化の持ち主は、変身術に抜群の適性を見せることが多い──」
スラグホーン教授はしきりに首を振りながら、「惜しい、なんとも惜しい」と繰り返した。
たっぷり時間をかけて出席を取り終えると、教授は全員を見回した。
「さぁ! もうすでに諸君らは、教壇の上に並んでいるこの小瓶たちが一体どういった効能を持っているのか、気になって仕方がないようだね、ん?」
彼は、自身の身体が生徒たちから小瓶を隠していたなどとは、夢にも思っていないのである。
「左から万能解熱剤、キャベツ食い虫に対して一際の効果を持つ殺虫薬、十分間カナリアのさえずりしか出せなくなる薬、おできを治す薬──一学期の終わりまでに諸君は、これらを一目で判別でき、適切な使用方法を知っており、また教科書を横に開いて置きさえすれば、いくらでも煎じられるようになっていなければならん」
スラグホーン教授は、再び新入生をぐるりと見回すと、説明を続けた。
「なに、そう心配せんでもよろしい。難しいものではないからね──ただ! 魔法薬学は繊細な科目だ、一つでも私の話を聞き逃していたのなら、すぐに目に見える形で現れてしまう。声どころか身体全部がカナリアになってしまうのが嫌だったらば、きちんと指示に従うこと!」
この脅し文句に無垢な子羊たちは身を縮こまらせた。しかしエドアルドは、養父の事前授業からして、「身体全部がカナリアに」なるような魔法薬がいかに難しいかは理解していたので、あまり響かなかった。万一そのようなものを発明してしまうような“失敗”をすれば、教授は怒るよりもむしろ手放しで喜ぶにちがいない、と考えたのだ。
「では早速実習を始めよう。君たちも、杖の代わりに羽ペンを握る授業には飽き飽きだろう。もっとも、この授業では杖ではなく匙を握るのだがね……教科書の十九ページを開いて!」
折り目一つ、手垢一つ付いていない教科書をめくる音が教室中から聞こえる。開いてみると、そこには万能解熱剤の調合方法が書かれていた。
エドアルドはざっと見開き一ページに目を通し、顔を上げる。どうにも簡単そうだという印象が拭えなかった。当然、一年生の最初の授業で扱う内容なのだから、相応のものが選ばれているに違いない。しかしそれを差し引いても、タバード氏の個人授業と比較してしまえば、どちらが勝つかは一目瞭然であった──なにしろ彼は、合法的に出回っている薬の煎じ方は教えすらしなかった。
そういうわけで、スラグホーン教授が教室を歩き回り、出来不出来を検分し、教科書の指示に従うのが苦手らしい生徒に助言をし、いくつかの致命的な失敗を事前に防ぎ止めている間、エドアルドはゆったりと調合することができた。大鍋の中で液体が揺らぐ静かな音と、下着にまで染み付くだろう冷たい匂いは、懐かしく感じられた。
炭が爆ぜ、魔法薬がグツグツ煮え始めると、四方八方から色々な匂いが漂ってきた。チョコレートの匂い、真新しい皮革の匂い、あるいは百味ビーンズをごちゃ混ぜにしたような匂い──エドアルドの薬品は麻黄の香りであった。彼の大鍋を覗き込んだスラグホーン教授は、パチンと指を鳴らそうとしたが、太すぎて出来損ないの音を立てた。
「ほっほう! これはこれは──それでは今年のベゾアール石は君ということだな、ミスター・スワッブル! 自分自身のみならず、薬草やら何やらをも上手に変身させるとは。大いに結構!」
スラグホーン教授は胸ポケットに忍ばせていたメモ帳にエドアルドの名前を書き付けて、上機嫌で教室を去っていった。ハッフルパフ生たちは、同胞が教授に褒められたことに、小さな顔いっぱいの笑みを綻ばせた。エドアルドにとっても、ここまで喜ばれるのならば、猛暑の中の特訓に耐えた甲斐も感じられるというものだ。しかしその時、いつの間にやらエドアルドの後ろに立っていたデルフィーニ嬢がふん、と鼻を鳴らした。
「ふぅん、あなた、それで得意げなの?」
エドアルドは振り返り、嘲笑を浮かべるデルフィーニ嬢の目を見つめた。ハッフルパフ生たちは緊迫した対決を前に、先ほどまでの笑顔はどこへやら一目散に逃げ出した。
「どういうこと?」エドアルドの声は存外冷えていた。
「どういうことも何もないわよ。あのお気楽そうな先生も、あなたのお友達も気づいていないようだったけれど、一年生が魔法薬の調合にそんなに手慣れているなんて、おかしいでしょう?」
「要するに?」
デルフィーニ嬢は再び鼻を鳴らした。
「つまり、あなたのその腕は、十中八九違法な研ぎ石を使って磨かれたってこと! 違う?」
「それは──」エドアルドは悩んだが、ここで隠すのも臆病である。何より彼には勝算があった。「それは、うん。そうだよ。それがどうかしたの?」
「どうかしたの、じゃないわ」デルフィーニ嬢は大きく腕を広げた。「ということはあなた、そのご立派な魔法薬も、私たちのおかげってことね。貴族がお目溢しして、時々買ってあげるから、あなたとその家族は愉快に暮らして行けるのよ」
デルフィーニは雌のカモメのように得意げな顔でそう言い切った。しかし今度は、エドアルドが──彼にしては珍しく──意地悪を言う番である。彼は気が立っていた。
「うん、そうだね。ねぇ知ってる、ミス・レストレンジ? 首斬り人が食いっぱぐれない理由ってさ、死刑囚がゾロゾロ行列を作っているからなんだよね。全く、僕も感謝しないと!」
デルフィーニ嬢の白磁のような顔が、一瞬で真っ赤に染まった。彼女は口をぱくぱくさせたが、エドアルドをキッと一睨みし、荒々しく教室を飛び出していった。残されたエドアルドは、言いすぎたかもしれないと少し案じたが、しかし報復を恐れることはなかった。この二週間で明らかになったのは、デルフィーニ・レストレンジが学校内の何処からも孤立しているという状況であったからだ。このことについては、次回において語られることとなるだろう。