闇の時代と一杯の紅茶   作:The-Artless-Dodger

13 / 16
クリスマスの一悶着

 

 

 レストレンジ家の苦境について、ピップから回りくどい説明を受けてから数日、エドアルドは彼の言葉が正しい証拠と思われるものを目にした。親愛なる日刊予言者新聞朝刊の二面に、「ハッフルパフが生んだ十の傑物」なる記事が掲載されたのである。すでにご存知の通り、かの新聞社はスリザリンを称揚し、他の寮を貶めることに余念ない。にも関わらず、記者が突然心境に変化を来したらしいのは、一口で言えば妙であった。

 その理由に関しては、貴族のご子息方が親切にも御教授くださった。というのも彼らは、エドアルドやジャックをハッフルパフ領という地方の領主くらいに思っているのか、贈り物をするにも嫌味を言うにも、二人を介するようになったのだ。これは二人にとって甚だ面倒なお役目であったが、一種交友関係が形成されたのは確かであった。

 

 そんなわけで、エドアルドたち三人が広間で新聞を広げ、記者はドクシーの卵でも誤食したのではないかと訝しんでいると、偶然後ろを通りかかったスリザリンの一年生が覗き込んできた。この時のペインティングの逃げ足たるや、いかなるクィディッチ選手でも羨むほどであった。

 

「おや、新聞を読んでいるのか」スリザリン生は鼻で笑う。「しかしハッフルパフの君らが読めるのなんて、せいぜいが文化欄──ああ、それか」

 

 スリザリンの少年は、二人の読んでいる記事の見出しを見ると、クスクス笑った。この笑みは「これから私は人を小馬鹿にします」という意思表示であることをエドアルドは既に学習しており、大変気に入らなかったのだが、それを馬鹿正直に言うほど愚かでもない。スリザリンの少年は、エドアルドの隣に座ると、ローブの裾を払って優雅に頬杖をつき、記事について滔々と語り始めた。

 

「全く、愉快な話だと思わないか? 『ハッフルパフ』と『傑物』なんて、どんなに言葉を弄しても接続のしようが無いってのに、政府の新聞が、こうもあからさまな嘘を書くなんて」

「そうかなぁ」エドアルドは首を傾げた。「常のことだと思うけれど」

 

 スリザリンの少年は、エドアルドの言葉に気を悪くすることなく、カラカラと笑った。日刊予言者新聞が、彼のお仲間に常日頃より少々の便宜を働いていることは、少年自身も当然理解するところであった。もしそうでなければ、彼の成績表にはTの烙印が誇らしげに輝いたことだろう。さらにいえば、彼はスリザリン寮生の中でも、多少はエドアルドたち下々に友好的な部類である。少なくとも、エドアルドの肩をバシバシ叩いたその手を、熱したファイアウイスキーで消毒せずとも、蕁麻疹の症状を来さない程度には。

 

「それを言ったらまずいな、気づいてたのか?」少年はローブのポケットから小洒落た装飾のビスケット缶を取り出した。蓋に描かれた蛇の絵がクネクネ動き、大麦畑を掻き分けて、鳥の巣に迫るところであった。「ほら、これでよしなにしてくれよ」

「はは、どうも!」受け取ったのはジャックだった。一番最初はあれほど毒を警戒していたジャックも、最近ではすっかりこの種の贈賄に慣れていた。貰えるものは貰っておけ、が彼の持論である。

 

 そう、贈賄。デルフィーニ嬢が以前懇切丁寧に教えてくださったことは、どうも正しいようであった。スリザリン寮の一年生は、他寮生に物をくれてやることを以て渡世の糧としているらしい。そこには、いかに多くの動産を動員できるかによって家格を誇示せんとする貴族間の論理と、下賤の民に恵みを与えて自らの心優しきことを教え込まんとする上下間の論理とがあった。後者に関しては、精神面では全く失敗しているのだが、功利主義の面に立てばジャックのような人物が少なくないので、貴族の御子息たちは一向気づかないのである。

 

 ビスケット缶を渡した少年は、話を続ける。

 

「しかし、あー……スワッブル? 今回の記事は、いつもの“嘘”とは一味違うんだ。何せ──金を積んだのが、今までこういう『つまらない根回し』なんか全然してこなかった家だもんな。ははは、でも僕からすれば、穢れた金に触れてこなかったせいで、使い道が全然下手なんだよ。そう思わないか、諸君?」

 

 少年は至極快活で、ティーカップを手に持つと中身を一気に飲み干した。

 

「ハッフルパフに入ったってのは、もう覆しようがないんだから、それならばせめてもう少し上等な日用品に金を注ぐのが、良い親ってものじゃないのかねぇ」

 

 ジャックはきょとんとしていたが、タバード氏の店でさんざ貴族連中の接客をしていたエドアルドは、スリザリン生の言葉に察する所があった。確かにデルフィーニ嬢の羽根ペン、インク、羊皮紙の類は、一般的な品物の範疇であり、ローブの仕立てが良いだけに、どこか滑稽な不釣り合いを感じさせた。立派な店構えを整えたのに、扉や窓は隙間風が吹き放題、といったようなものである。ピップ曰くレストレンジ家は冷遇されているとのことであったが、エドアルドはやはり、彼女に対して若干の同情心を抱かないではなかった。

 

 

──────

 

 

 クリスマスが近づくに連れて明らかになるのは、この世の不条理である。家々の窓に橙色の灯がともり、そこかしこから讃美歌が流れ、ブリテン中から悲しみという悲しみが全て消え失せてしまったように見えるこの日も、その光が強いだけに、影の下にしか暮らすことのできない者は一層惨めな思いを噛み締めるのである。いかなサンタクロースと雖も、魔法界を悩ませる孤児たちに、彼らが望んでやまない両親をプレゼントすることは、土台無理な話であった。

 とはいえ、荒れ果てた土地も、耕せば多少は実りが見込めるというものでもある。孤児たちには幸い、孤児学校があった。同じ境遇の子供が集い、互いの傷に布を巻きあって、少なくともベッドの外では朗らかに過ごしてみせるその姿の、なんと健気で逞しいことか! 

 加えて、孤児学校の運営者たる魔法省は、人間というものを紙の上の記号としてしか把握できないという絶望的欠点を抱えてはいるが、十分に大きな文字で「寂しい」と書いておけば流石に目には留まるのか、少しばかりの気遣いは見せた。孤児たちには毎年、ささやかなプレゼントが届く。昨年度は羽根ペンであった。デザインは全員共通で、羽軸には一切の装飾もなく、さながら「各自勉励に努めよ」との訓示の代わりが如き代物だが、その分なかなか丈夫で実用性は十分だった。結果、ホグワーツのおよそ四割にのぼる生徒は、互いのペンが入れ替わっても全く気が付かないという有様である。なにはともあれ、魔法省がこのような気配りをしてみせることは奇跡と呼んでも差し支えないほど稀であるので、クリスマスのありがたさもいや増すというものである。

 

 従ってホグワーツの孤児たちは、クリスマスになれば汽車に詰め込まれ、各々の孤児学校に戻り、未就学の弟分たちと慎ましいパーティを開いて夜を明かすのが慣例である。貴族たちは言わずもがな、彼らの豪奢な邸宅に帰らないという選択肢はなかった。

 その点、エドアルドの事情は多少複雑である。何せ彼は今や、法律上の孤児ではない。そして養父からは、「クリスマス休暇を、わざわざ泥臭い町で過ごすのは馬鹿のすることだ」というありがたいお言葉を頂戴していた。これは、自身の親しみやすさを決して過大評価しないタバード氏なりの、不器用な優しさであったが、それを引っくるめた上で、やはり帰ると言い出せるほど、エドアルドも打ち解けてはいなかった。かくして彼は、ホグワーツ残留組の一人となったのである。

 ただ唯一幸運だったのは、ジャックもまた居残りに加わったことであった。オスバート孤児学校は、とある児童の魔法暴発事故のために全ての蛇口から延々と小魚が湧き出るという災難に見舞われており、とても休暇で帰ってくる生徒たちを迎え入れるようは状況ではないらしい。エドアルドの脳裏には、かのマダム・スクランブルがあちこちで転んでは青痣を拵えている様がありありと浮かんだ。

 

 クリスマス当日、ホグワーツは深々とした雪に埋もれていた。玄関前には身の丈の半分は積もっており、とても外に出る気にはならない。城の中でも、寮の中や大広間、通行量の多い廊下などは暖かかったが、そこから少し外れると、身体の芯まで凍りつかんばかりで、ただ時々ゴーストが行き交うだけであった。かくしてエドアルドたちは、穴熊の談話室でほとんどの時間を過ごすこととなった。

 朝起きると、すでに上級生たちがソファに腰掛け、暖炉の前にうずたかく積まれた色とりどりの箱を手に取っては、宛名別に分類していた。ハッフルパフ寮に残るのはたった十人であるが、それでも全員分のプレゼントが集まると圧巻であった。実際上級生たちは、この作業をかれこれ半時間は続けているようである。中でも目立つのは、一際小さい箱で、そっくり同じものが八つあった。緑色の蛇革──当然偽物だ──で包まれ、「M.o.M」の金文字がでかでかと刻印されている。何も贈り物の価値を箱の重さで判別すべきとは言わないが、みみっちさと恩着せがましさをこれほど見事に両立して見せた役人の手腕に、エドアルドは感嘆のため息を漏らした。しかし悲しいかな、前述の通り彼は魔法省の基準における孤児には当たらないので、彼の分は無いのである。

 

「やあ、エド、ジャック、メリークリスマス」上級生の一人が人のよさそうな笑顔と共に挨拶した。橙色の毛色のセーターは毛羽立っているが、彼には一向気にした様子がなかった。

「メリークリスマス」エドアルドは挨拶を返した。「ごめんなさい、寝坊しちゃって。手伝います」

「いや、いや、エド」別の上級生はかぶりを振った。「こんな仕事は僕たちがやるからいいんだ。君ら二人の分はそこにあるから、先に開けていてくれよ。ほら、これ以上箱を広げる場所はないから、協力してほしいな」

 

 気遣いをありがたく受け取った二人は、早速自分たちの箱を手に取ってソファに腰掛けた。

 

「ふぅん、エド、お前の方が多いんだな」ジャックは少し不満げだった。「でもおれは、魔法省から貰っているから勝ちだよ」

「うん……今年は何なの?」

 

 エドアルドの問いを受けて、ジャックは慎重に封を開いた。

 

「これは、ティーカップか?」ジャックは小さな真っ白いカップを持ち上げ、ひっくり返した。底面には黄土色のカサついたテープが貼られ、細かい説明文が書き込まれている。

 

「何て書いてある?」

「うんうん、ちょっと待てよ──」まじまじとテープを見つめていたジャックは突然、大口を開けて笑いだした。その拍子にカップが手から滑り落ちたが、柔らかいクッションの上に落ちたので無事であった。「見ろよ、エド! 『注がれた水が、たちまち淹れたての紅茶の色に』──『色に』だぜ、エド! こんなところに魔法を使うくらいなら、ただのカップで良いのにさ」

 

 魔法省が発揮して見せた相変わらずの余計なお世話に苦笑しつつ、エドアルドは自身プレゼントをあげた。

 一つはピップからのもので、時代の異なるデナリウスが六枚、巾着袋に入っていた。袋の素材は何か分からないが、やけに毛羽立っている。タバード氏からのプレゼントは、五本の薬匙であった。重厚な木の箱にきとんと収められており、それぞれ鉄、真鍮、錫、銀、金で作られている。タバード氏の実用主義的性格を遺憾なく表現する品であったが、エドアルドはそこに確かな親愛の情を感じ取り、目頭が熱くなった。

 

 万が一にも暖炉の火が燃え移ったりしないよう、離れた場所にプレゼントを移動させていると、上級生が声をあげた。

 

「やぁ、驚いたな! みんな、見ろよこれ」

 

 上級生は、一際大きな箱を指差した。大きさもさることながら、それに比して小さすぎるせいで添え物感の拭えないクリスマス・カードといい、真っ黒な包み紙といい、死神の衣装箱と言われても不思議に思う者はないだろう、異様な存在感を放っている。しかし真に驚くべきは、その先であった。

 

「読むぞ──『ハッフルパフ寮生諸君へ。メリークリスマス。ベラトリックス・レストレンジ』だってさ! 信じられるかい?」

 

 当然、答えは否で一致した。一体この世に、レストレンジよりも記念日に浮かれるという行為が似合わない家があるだろうか。特にエドアルドとジャックは、ピップからの手紙を読んだ──というより、聞いた以上、事の異常さをはっきり認識していた。

 ハッフルパフ寮生たちは、上級生も含め、この奇妙な贈り物に全く参ってしまった。ジャックに至っては、恐るべき呪いの危険があるので、即刻燃やしてしまい、全てを忘れて大広間でパーティを楽しむに如かず、といういつぞやと同じような意見を具申した。しかし上級生は一年生より遥かに肝がすわっているので、「まぁ、贈り主の名前が本当とは限らないから」の一言で片付け、自らが代表して斥候を務めようとした。

 

 だが、ペーパーナイフが包み紙に切れ込みを作り始めたまさにその時、扉の開く荒々しい音とともに、デルフィーニ嬢が猪突猛進談話室に入ってきた。その顔には一切の表情も浮かんでいない。エドアルドたちが驚きの声を上げるよりも先に彼女は杖を振り、黒い箱を抱えていた上級生はけたたましい音と共にソファの向こう側へと姿を消した。そしてこの細身の一体どこにそれほどの力が隠れていたというのか、彼女は箱を片手で持ち上げ、暖炉の中に投げ込んでしまった。

 

「おい、なんてことするんだ!」

 

 黒い包み紙が焼け焦げ縮れてゆくのを見て、急に惜しくなったと見えるジャックが猛然と抗議した。しかしデルフィーニ嬢は、意に介した様子もない。ただ腰に左手を当て、右手で杖を弄びながら、ジャックを睨む。

 

「なんてことないわよ。カードは読んだのでしょう? なら当然、あなたたちでも理解できたと考えて良いわよね、あの邪魔なだけの品物は、レストレンジ家の物だってことを」

「ああ、そりゃ理解したさ」こういう場面では、ジャックは容易に引き下がらない。「あれは貴女のお優しいお母様が、おれらに贈ってくださった物だって。それをあんな風に、先輩をふっ飛ばして、奪って、燃やして! そりゃお前の家の財産だったのかも知れないけれど、一度宛名を書いたのなら、おれらの物だぞ! それともお貴族様の間では、他人に渡した菓子折りを勝手に開けて食うのが礼儀か? 少なくともスリザリンの連中は、ビスケットだってチョコレートだって、くれると言った物はくれるだけの分別が──」

 

 全てを言い終わらぬ内に、再び杖が空気を切る音が聞こえ、ジャックの体もまたソファの後ろへ飛んでいって見えなくなった。エドアルドたちはこの突然の凶行に声もなく、彼女が入って来た時と同様の勢いで出て行くのを見守る他なかった。

 談話室に静けさが戻って優に五分が過ぎた頃。ようやくエドアルドは金縛りのような沈黙から解放され、ジャックたちの無事を確かめた。ジャックは床で体を奇妙な形に曲げ、伸びてしまっていたが、軽く頬を叩くとすぐに目覚めた。しかし当然、怒りは凄まじいものがあった。

 

「おかしいだろ、あの女! どんなヒステリーだ?」

 

 これだけ大声を出せるならば十分と確認したエドアルドは、次いで暖炉に足を向けた。包み紙も箱もすっかり燃えつき、灰の小山と化している。その表面を撫でる炎の中に、チラチラ光る何かが見えた。目を凝らすとそれは、幾本かのナイフであった。魔法の炎に包まれたそれらは、既に半ば融け始めており、ぐんにゃり曲がったり互いにくっついたりで、どの種のナイフかは知る由もない。しかし、果物ナイフやペーパーナイフではないようである。エドアルドは、談話室を出て行く際にチラリと見えたデルフィーニ嬢の顔が、あれほどの羞恥と怒りに満ちていた理由が、分かるような気がした。

 

 





薬匙ってすぐ劣化してしまう印象があります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。