緑谷出久の息子の英雄譚 作:鬼龍院クマ吉
平和だ。
この世界はどうしようもなく――平和になった。
なったと言っても俺がその瞬間を目撃したわけではなく、少なくとも俺が生まれた頃にはヴィランによる被害は減少傾向にあったし、まぁだからといってヒーローがこの世からお役御免になったかと言われたら、哀しいことにそうではないのだが、それでも市民たちは平穏を享受していた。
その平和が続いた理由、人類の未来の分水嶺を切り拓いたのは――俺の父さんと母さん達だって言ったら、誰が信じるんだろうか。
否、俺が生まれる頃には周知の事実であった。
「
「……ん、今行くって伝えてくれ――母さん」
俺の母さんこと――麗日お茶子。
この世界では、切っても離れる事の出来ない身に宿した異能――『個性』に関する心理学の論文で世界的な賞を受賞した偉大な人でもある。内容は良く知らん。多分、見ても難しくてよく分からないだろう。
現在はヒーローを引退……というよりかは後進育成に力を入れているそうだ。……まったく、人の面倒見たがりな所は
俺は、鏡をまじまじと見つめる。
今日の俺は一味違うぜ。俺は自身の明るいオリーブグリーンの癖っ毛をいつもは乱雑に分けていたが、今日はビシッと決めている。そういうおめかししたかった気分だからだ。
うむ、英雄の息子です、とどこに行っても恥ずかしくない格好だ。
制服のネクタイを締め、身支度を終えて、二階からリビングへと降りると母さんが弁当を準備して待っていた。
……いつ見ても衰えない美貌だ。実年齢と比べてこの若さは――
「――番花?」
……いや、やめておこう。心理学を研究している人間だからといって、流石に心が読めるとは思わないが、母親というのは息子の心情くらいそれとなく察しているものだろう。
「母さん、今日も神がかった美貌だな」
朝から褒め殺し作戦でここは乗り切ろう。
実の親を殺すのは生物学的にはタブーとされているが、褒め殺しなら別に構わないだろう。
「え、急にどしたん? 言われて悪い気はせんけど……」
あ、一瞬で怪しまれた。そりゃそうか、毎朝言ってるならまだしも急に高校生の息子がこんな事言いだしたら怪しむか。
「別に? 毎朝、早起きして弁当を作ってくれる母さんへの感謝の気持ちを表現しただけだぜ」
「……あんた、そういうキザなとこ女の子に見せすぎたらアカンよ? ……もしかして冷火ちゃんにも毎日こんな事言っとるん?」
「言うか!?」
くそぅ。
流石は心理学者だ。相手が一番言われたら嫌なことを正確に抉ってきやがる。……あれ、心理学ってこういうもんだっけ? ま、いいか。
と、くだらない思考に耽けながら周囲をぐるりと見回す。
忌憚のない感想としては、やっぱりか。としか思わなかった。それは落胆の色を孕んだ侮蔑にも近い感情でもあった。
「……今日、あの人は?」
「こら。自分の父親をあの人呼ばわりするもんちゃうで? ……んー、今日も帰ってこんと思うよ。先生のお仕事は休職して、ヒーロー業に復帰してからは事件が立て続けに起きてる場所に出張しっぱなしやもん」
……出張、ね。
父さんの苦悩も、分からないとは言えない。心中穏やかでないのも分かるし、迅速な解決を試みるのも理解は出来るとも。でも、だからこそあんたがいる場所はそこじゃないだろう?
「……そうか――『
それを言うならば母さんも、A組の一員だ。
ここら一帯の見回りは強化してるとは言え、相手のヴィランがどんな個性かもわからないのだ。もしかしたら、鏡を伝ってくる個性かもしれないし、影に潜む個性かも、ルミリオンみたいに透過の個性かもしれない。
あの第二次決戦を生き抜いたA組を襲撃する――そんな相手に、ただの見回りが何の役に立つって言うんだ。
「ウチはええって。頻繁に連絡も取り合っとるし。ちゅうか、あんたも気をつけるんよ。あんたになんかあって、引子ばあちゃん悲しませたら承知せんからね?」
「俺じゃなくて自分のこと心配しろっつーの。母さんってそういう危機意識が緩い所あるぜ? ったく、父さんも母さん置いて出張行くとかどういう神経してんだよ。これだから俺はあの人の事が――」
そこまで言いかけて、一瞬言い淀む。
喉から出そうになった言葉を、圧殺する。
……いやいや、違うな。寧ろ、俺はこの世で父さんの事を最も尊敬している。俺ほど父親を愛してる人間はいないとさえ、断言できる。ならば、その真意を見極めろ。
父さんだって、母さんは大事だ。ならば、なぜその父さん自身が自ら出張に出ているのか、考えろ。
父さんは――きっと俺の事を信じて母さんを預けたに違いない。
だとしたら俺は駄目だ。もっと俺がしっかりしなきゃ――
「――番花。開けて、開けて、開けて。お願い、お願い、お願い」
そう思索してる内にドア越しでも易易と貫通してくる呪詛に、意識を奪われた。朝からホラー展開が始まるとか、レイ子さんが出てたドラマじゃないんだから、いい加減にしてほしいものだが。
……だが、目は覚めた。確かに、俺としたことが少々ナイーブになっていたきらいはあったかもしれない。
学生は勉学もそうだけど楽しむ事が一番の仕事、それが俺のモットーだったはずだ。
「……まぁいいか。んじゃ行ってくるわ」
「はーい。何回も言うけど、気をつけるんよー?」
「はっ、俺を誰だと思ってんだよ」
俺は珍しく丹念にセットした頭髪を靡かせて、キチッと締めたネクタイを輝かせ、一挙手一投足が見惚れるような所作で母さんに流し目を送った。
「あの麗日お茶子と、現代個性教育学の父である『
ここで投げキッスを飛ばす粋さも忘れずに。
俺は前を向き直し、母さんを背に堂々と告げた。
「――緑谷番花、だぜ」
意気揚々とドアを開けて新たな一步を踏み出した瞬間――拳が眼の前にあった。
…………え?
「番花、話長すぎ」
「ぶげらっ!?」
渾身の右ストレートが俺の頬肉を穿つ。
玄関から外界に行ったかと思ったら、いつの間にか玄関に押し戻されていた。頭が痛くなる文章だとは思うが、実際に痛いのは殴られた俺の頬である。折角セットした髪も崩れてしまったし。
「いってぇ……」
俺が沓脱に地面を預けて見上げた人物は、頭部を二色に隔てた秀麗な女性であった。
左側はまるで雪原のような秀麗な白。
右側はまるで烈火のような猛烈な赤。
彼女の名は――
あの轟焦凍の実の娘であり、何の因果か轟家の天稟をその一身に宿した令嬢……いや、じゃじゃ馬娘である。邪邪馬、とも言えるかも。
「あっっつ!? 冷火テメェ! 拳を熱してから俺んこと殴っただろ!?」
というかまず殴るなよ。ジュージューな拳じゃなくてもさ。
しかも親の前で。
……まぁ、母さんは「ほーら、いわんこっちゃない」みたいな表情で笑ってるけど。
「…きょとん?」
「オノマトペを口で言うな! んでもって誤魔化すな!」
「そんな事より番花、学校に行こう」
冷火は俺の意見などお構いなしかのように、手を差し伸べる。
自分でぶん殴っておいて、手を差し伸べるのは些かマッチポンプな気もするけれど。
俺はその手を取らずに、冷火に冷ややかな視線を送る。幾ら俺達が幼馴染とはいえ、流石にやりすぎだろう。ここらで一つ、俺はお灸を据えねばという使命感に駆られた。
「人を殴っておいてそんなことって言うかぁ普通? ……俺も今、行こうと思ってたのによ。おたくがキレ性なせいで只今時間を大幅にロスしてるぜ」
「むっ」
言って冷火は口を窄めると、倒れていた俺の襟元を乱暴に握って思いっきり顔を近づける。
鼻と鼻が次の瞬間には触れそうな距離だ。この至近距離だと、その整った顔がよく見えた。若い頃の焦凍さんをそのまま女性にしたような、そんな美しさだ。
まじまじとこうして見ると……つくづくお父さん似だな。冷火のお父さん――轟焦凍が結婚を発表した時も、顔ファンの女子がそこら中で嘆いていたことを今でも憶えている。いや、正確には俺がその様子を見たわけではなく、昔を振り返る珍映像的なアレで見ただけだけど。
……え? 結婚相手は誰だって? まぁ知ってはいるけど……そりゃあプライバシーの侵害だぜ。
本人が公表を嫌がってるんだ。部外者の俺がバラしたら流石に駄目だろ。
「……おいおい、今頃暴力系ヒロインはウケないぜ?」
「おたくって呼ばれるのやだ。さっきみたいに冷火って呼んで欲しい」
……面倒臭いな、コイツ。父親同士の縁で昔から良く会っていて、その頃から度を逸した不思議ちゃんではあったが、今に至っても全く治ってない。それどころかちょっと悪化している気もするくらいだ。
轟パパ、娘に甘すぎないですか? その溺愛の結果がこれですよ。……ま、冷火が突飛な行動を取るのは俺に対してだけだ。クラスメイトに対しては割と普通に接してるっぽいし、要はそれだけ俺の事を信頼してるっていう証だろう。
この毎朝行われるモーニングコールも、多分……そうだ。
「……うぃ。行きますよ、冷火お嬢様」
「お嬢様は余計」
「……はぁ、早く行くぞ――冷火。」
「……うん、番花」
冷火が満足げに笑ったのを確認すると、制服に出来た皺を適当に直して、今度こそ家を出る。
毎朝、俺達は互いに家が近いのもあって冷火とは一緒に学校へ登校している。確か、受験の時も一緒に行った筈だ。……まぁ、受験当日は色々とトラブルが起きて、最終的には一緒に行けなかったが。
「私は雄英高校首席合格だよ」
「おー、どうしたいきなり」
……急に自慢か?
まぁ、冷火くらい実力と態度が釣り合っていたなら、自慢も様になるというものだが。
「番花は、次席合格」
俺に指を指して、ふふんと冷火は鼻を鳴らした。
というか、色々と入試制度の改定が行われた今現在の試験であっても、冷火の殲滅力に勝る“個性”は存在しない。
轟冷火の個性――『氷結業火』は、当時の轟焦凍を遥かに上回る範囲と威力を出せる。
その練度も英才教育のお陰あってか、『燃える氷柱』や『凍る火球』、また心臓を炉心代わりにすることで、都市を壊滅させる事も出来るとか(本人談)。……それって確かめたのだろうか。めちゃくちゃ怖い。
「まぁ悔しいことにそうだな。けど俺は体育祭と学園対抗戦*1でお前をぶっ飛ばして優勝だぜ?」
どっかの氷炎将軍も裸足で逃げ出しそうな彼女の強さだが、狭いリングの中じゃ俺のほうが強い。
体育祭では辛勝だったけれど……その半分くらいは宮沢のせいだったけれど、しかし勝ちは勝ちだ。
因みに彼女は左右で髪の色が別れているが別に意味はなく、右から火炎、左から氷結を放出することも出来る。実際に耐寒装備を装着した生徒が、普通に業火に焼かれたのを見たことがある。
初見殺しだ。先入観って、怖いな。
「うん。つまり、私達は強い」
さっきからやたらと強さを強調してくるな。雄英高校で首席合格した冷火に文句を付けれる奴なんて一人もいないはずだが。
俺は冷火の発言を不審がり、眉を少し顰める。
「強いから何だっていうんだ?」
と、問う。
待ってましたと言わんばかりの妙に自信あり気な表情を浮かべる冷火を見ていると、逆に不安になってきた。
「私達には、“責務”があると思う」
「……なんじゃそりゃ」
責務、俺がこの世で二番目に嫌いな言葉だ。因みに一番目は責任で、三番目は自責だ。
どうも責という言葉は好きになれない。漢字に貝って入ってるからかな。俺は寿司屋に行ってもサーモンとエビしか食わないタイプの人間だから嫌いだ。
……いや、真面目な話、責任感のある大人には憧れるが、責任感のある人間に成りたいっていうのは希少じゃないか?
何も自分から余計な荷物を増やさなくてもいいだろうに。
クラス委員長の俺が言えたことじゃないけど。
むぅ、そういう考え方が、俺がプロヒーローの皆さん方から子供だ餓鬼だの言われる原因なんだろうな。
まったく、優秀な大人しか周りにいないというのも考えものだ。
「貴方はあの緑谷出久から、私は轟焦凍からその才能を受け継いでいる」
「………………まぁ、そうだな」
俺は少しだけ蕪雑な思考を巡らせて――直ぐに打ち切る。俺の脳内連載は比較的、厳し目だ。
俺は刹那、間を開けてから冷火を肯定した。
「私達は、弱きを挫き、強きを助けなきゃならないってこと」
「逆だ、逆。弱いものに追い打ちかけてどうすんだよ。あと、強いやつに更に加勢もすんな。……いや、長いものには巻かれろ、なんて言葉もあるにはあるが」
「とにかく、私達にはその責任がある」
そこそこある胸を張った冷火に、俺は顰めた眉の彫りを更に深める。
「……そうかね? 貰った強さに責任なんざ感じなくていいと思うぜ。そんな事ばっか背負い込んで考えて生きていたら、寝覚めが悪くなっちまうだろ。生きてくのには、必要最低限の道徳さえありゃ十分よ」
「流石、番花。考え方が根無し草」
「おいおい、あんまそれ褒め言葉に使う奴いないぜ?」
「……ん、でも確かに一理ある。ちょっと考えすぎてたかも」
冷火がなぜ唐突にこんな話をしだしたのを、俺は理解不能と切り捨てることは出来なかった。恐らくは、万夫不当で傲岸不遜な不思議ちゃんの彼女だとしても、責任というものを感じ始めたお年頃なのだろう。
もしくは、プレッシャーか。まぁどちらも似たり寄ったりで、嫌な言葉には違いない。
「まぁ、最近妙に物騒なんだから用心するに越したことは無いがな」
「ん、それって、番花のパパが捜査してるっていう……」
……そう。
呆れ返るくらい平和になったこの世界に――再びヒーローが必要とされる世の中になりつつあった。
オールマイトの意思を継ぐ者を名乗るダークマイトに感化されたレインボーマイトや、それに触発されたオーロラマイトを父さん達が倒して、一躍有名になったのは、この世界にいて知らぬ輩はいないだろう。
……馬鹿馬鹿しい話だが、本当だ。
だが、父さんが本格的に有名になったのは、やはりあの日にしか考えられない。
……父さんが英雄と呼ばれることになったあの日。
数十年前に現れたというAFOに匹敵する
因みに、さっき『輩』なんて物騒な言い方をしたが、それは俺なりの配慮である。
最近活発になってきた人権集団による活動の一環で、『人間』という言葉が禁止指定を受けそうになってるのだ。爬虫類や獣人、不定形な方に配慮した結果らしいが、まじで面倒臭いことこの上ない。
俺は人の前に立つことが多いので、意識しなければならない立場にあるのが辛いところだ。適正な呼び方は『ヒト』らしい。
どうでもいい話をしてしまった――閑話休題。
なんと今現在、世間にはヒーロー飽和社会を叫ばれつつあるというのに、驚くことに
組織として挙げられるのは、主に三つ。
一つは新興宗教である――『
一般的にはカルト宗教とされているが、実際に『籠目の庭』という宗教法人は存在しない。幾つもの宗派に分かれて、名前を変えてこの世に浸透しているのだ。その信徒の数は、とある県と同程度と言われている。都市伝説の中では公安や、有名企業の社長なんかが信者なんていう話もある。眉唾な話ではあるが。
一つは死柄木弔の意志を継ぐと豪語して設立された新たな組織――『真・
こっちも言わずと知れた大組織だ。ただ、在籍しているのは玉石混交で、テレビを点けて逮捕のニュースが見えたら大体この組織だと思ってもらって構わない。
半グレ連中や多国籍のマフィアやギャングを纏め上げているせいか、組織としては過去の
流石に人員の幅が厚いせいか、幹部が今までに一人も捕まっていない事が特徴……いや、壊理さんに一人、倒されてたな。逆に言えば、幹部の一人しかやられていないのだ。その全貌は深海と言ってもいいほど底が見えていない大組織、もとい悪の秘密結社的なアレだ。
この組織の存在が発覚した時、俺にですらまともに怒ったことの無い父さんが、今までに無い位の形相でテレビを睨みつけていたから良く覚えている。
最後の一つは――『シャンデリア・ファミリー』。
構成員不明。活動不明。情報不明。名称のその他一切が不明。
そもそも存在するのかさえ――不明。
故に、民衆からも都市伝説の様な存在として扱われている。
それからも俺は冷火と他愛もない話をして――そうこう話している間に雄英高校に着いたみたいだった。
また冷火の口から、幼少期の俺との出会いを聞かされるのは正直辛かったので早く着いて助かった。
「もう学校なんだから責任だの何だのは忘れろよ。学生は楽しむことが本業だぜ」
「……そうなんだ、初めて知った。やっぱり、番花といると退屈しない」
冷火は妖艶に、唇に人差し指を当てて、首を傾げながら俺に微笑む。昔はクスリとも笑いもしなかったのに、成長したもんだ。
階段までの道中、俺達が歩いていると一年生の教室から生徒がぞろぞろと出てきて黄色い歓声を上げ始める。
俺達のファンだろう、まったく人気者は辛いぜ。
「えっ!? アレ、番花先輩と冷火先輩じゃん!? な、何で一緒に歩いてるの!?」
「馬鹿、あのお二方は雄英トップツーのお方よ! 何故一緒に歩いてるかなんて明白じゃない!」
「い、淫靡〜ッ! 淫靡警報発令中! ピーポーピーポー!」
えっなんだこいつら!?
俺達の一般ファン生徒かと思ったら異常者だった。関わらないほうが良さそうだな……。
淫靡警報を発令したサイレン頭の女子高生が鳴らす音は、正に迫真である。特にピーポーピーポーの部分が迫力満点過ぎてハチャメチャに怖かった。
けれどその生徒はスタイルもハチャメチャに良かった。爆乳のサイレン頭……マニアに受けそうだ。そんな事を考えていると、冷火に肘で小突かれた。どうやら教室に着くまで爆乳サイレンについて考え込んでしまったらしい。実に有意義な時間だった。
「おうっ! 番花、今日も別嬪さんと仲良く登校かいな? カァッ〜羨ましいのう!」
「うるせーよ宮沢。俺達はそんなんじゃなくて只の幼馴染だぜ。つか、お前は何時も早いな」
俺の一個前の席に座っているコイツは宮沢。いつも通り、髪の毛ツンツンボーイだ。隣のB組の切島烈二郎とは犬猿の仲……というよりはライバル関係にあるらしい。
なんでも一子相伝の古武術の使い手らしく、それが宮沢の『個性』と相まって強力で手が付けられない強さになっている。さっきの冷火との会話では「マジ楽勝!」ってな感じで言いはしたがその実、体育祭の時は宮沢と冷火との連戦で楽勝というよりかは辛勝だった。
「ああ、ワシは早く登校してきて学校の備品でボディ・トレーニングをしとんねん」
「そりゃあご苦労なこった。俺としては、お前にこれ以上強くなってもらったら少し困るんだがな」
「何を言っとるねん、番花だって十分頑張っとるやろ。その筋肉のつき方は鍛錬を怠ってない証拠やで!」
「中々いい眼をしてんじゃねぇか、この鍛錬マニアが」
「――何のお話かしら?」
男同士の筋肉トークに花を咲かせて……なんかキモいな。花は枯らすとして、俺と宮沢が普通に談笑している所にキリッと良く通る声がジメッと割り込んだ。
キリッ、ジメッ。対照的な擬音語の二つだが、彼女を表すのならこれは正確だ。実際、彼女の周りは少し湿度が高くて、俺は好きだ、
だが、こんなに近くまで接近されるまで気づけなかったというのは流石、このクラスの副委員長といったところだな。
「あら、委員長。おはよう」
爬虫類というより両生類チックな大きくつぶらな瞳をパチパチとさせ、俺の少し後ろから少しずつ歩み寄ってくる女性に対して、俺は軽く手を降って会釈をした。
「おはよう、時雨。ああいや、お前が委員長呼びなら副委員長って言った方がいいか?」
俺が時雨と呼んだ女性は、「けろ」と相槌を打つ。
「貴方の好きな様に呼んで頂戴。でも、時雨ちゃんっていうのが一番しっくりくるわね」
ハキハキとした声に対して、彼女の歩みは何処か覚束ないと言うか、フラフラとした感じだったがそれは彼女の独特な歩法に起因する。結論から言ってしまえば、彼女には足音がなかった。
足音がないということは、気配を悟らせないということ。そのため闘うフィールドが悪天候下であればあればあるほど、彼女は強い。恐らく、その時の彼女はこの学校でもトップ5に入る猛者と化す。
その個性は――『蛙』。
「前もそんなん言ってなかったか? なぁ、時雨ちゃん」
「……やっぱり恥ずかしいからその呼び方はやめて頂戴」
「はッ、母さんのマネか?」
「……もう、からかわないで頂戴」
「おー、今の仕草キュートだな。どうだ、一枚ツーショットでも――」
恥ずかしがるその様子が可愛らしくて、悪戯してみたくなった俺は徐ろに、スマホをこれ見よがしに取り出すと――そのスマホに巻き付いた『
空色にも等しい水色の長髪を、豪快なツインドリルにしている彼女は、空中にまるでハンモックに背を預けてるが如くプカプカと浮きながら漂い、俺に近づいてくる。
「おはよー番花クン。今日のスマホの裏に挟んであるヒーローウエハースカードは……『シュガーマン』ー? 随分とマイナーヒーローな所いくねぇー。不可思議!」
……不可思議?
今日は妙に母親リスペクトが多い一日だな。不思議じゃなくて、不可思議、か。
中々にいい口癖なんじゃないか、と思う。個性――『螺旋』の彼女にとって、この世に見えない波はないのだから、不可思議のほうが不思議よりも衒学的だろう。
「おいおい、たわみちゃん。そりゃあないぜ。シュガーマンは俺がこの世で一番尊敬してるヒーローなんだぜ?」
たわみちゃん、彼女は皆に愛称としてそう呼ばれていた。
彼女は雄英ミスコン優勝者の実績を持つ美貌で、全男子と全女子の憧れの的である。
間延びした喋り方が特徴的な、おっとり女子だ。
因みにこんな見た目に反して、攻撃に使うのは『鉄球』である。
回転の力を利用して相手を葬り去るのだが、その攻撃方法は彼女が考えたのではなく、どうやら親戚の妹の夫にアドバイスを貰ったらしい。
……それってほぼ他人じゃあないか? と思っても口にしてはいけない。
彼女にとってはその『鉄球』は親戚の妹の夫*2から受け継いだ『鉄球』*3であり、それが流儀なのである。
「それ昨日も別のヒーローに言ってたよー?」
「そうだっけ、まぁ俺は全てのヒーローを平等に一番尊敬してるんだよ」
……まぁ、力道さんを一番尊敬してるっていうのは、強ち間違ってはいないんだが。これでも一応、出てる番組は全部録画してるし、現にウエハースだって昨日小遣いを節約してやっと当てた一枚だ。今日だって新作スイーツの広告イベントがあるしな。……残念な事に、そっちには行けそうにないが。
「ふーん、それってお父さんもー?」
「……いや、あの人の本業は教職だぜ。今は休職中だけどね」
「求職中ー?」
「あ、休むの方の休職ね。ニートになっちゃってるからそれ」
今度こそ会話に花を咲かせる俺とたわみちゃんであったが、残念ながら今回咲いた花も凍ってしまった。つまりそれは、周囲の温度が急激に低下したことの比喩である。この教室で温度操作が出来る人間なんて……ああ、違うな。温度操作が出来る『ヒト』なんて、一人しかいない。
「……むぅ。番花の周りには何時も人がいる気がする」
じゃじゃ馬娘――轟冷火である。
彼女は不機嫌そうに、口を尖らせて俺を睨んでくる。
……ん、なんだ? 時雨とたわみちゃんと宮沢が俺に視線を送ってきている? あ、分かったぞ。気の利いたこと言えってことだろ?
さすがの俺でもその程度の配慮は楽勝だ。俺を少し姿勢を正して、冷火の方を見た。
「そうかぁ? まぁ、そうかもな。人気者ってのは辛いぜ」
……あれ、三人とも肩をガックシと落としてるぞ?
俺、選択肢ミスったか? まいったなぁ、飄々と受け流す方が女子ウケがいいと思ってたのに、それはゲームの中だけなのか?
俺を見かねた――というより、見限った女子二人が、氷点下に達しそうな冷火に近づく。副委員長は個性が蛙だからか、ただでさえ覚束ない足取りが、極度の寒さによって冬眠状態に入りそうになり更にフラついている。
……今、その副委員長に睨まれた。お前のせいだと言わんばかりの眼光で。まじでごめんなさい。
「……私のほうが番花といる時間は長いのに」
「…冷火ちゃん。昨日、私クッキー焼いたから後で食べない?」
「そうだよー冷火ちゃん。私も今日の朝、チョコマゼール買ってきたからー、時雨ちゃんのクッキーにつけて食べよーよー!」
「いいわね、そうしましょう」
「……うん。食べる」
俺は背もたれに深く背を預けて、女子の談笑を見守る。
役立たずの委員長は、お役御免である。
予鈴が鳴り、全員が団欒していた女子も含めて、全員が己の席へと着く。
俺は前の席の宮沢に向かって、呟いた。
「はえー。女子っつーのは仲睦まじいねぇ。嫉妬しちゃうぜ」
「……のう、番花」
「なんじゃあ、宮沢」
宮沢が声を抑えて話しかけて来たので、俺もすかさず関西弁で返してみる。
宮沢は少し首を傾げてから、意図に気付いてから目を細めた。
「…真似すなっ!」
「いーじゃん。俺、関西弁っつーの憧れてたんだよね」
「ワシのは関西弁ちゅうより神戸弁……ってそないなことはどうでもええねん!」
「おお、ええのか」
ええらしい。世の中全部こんな感じで決まったらいいのにな。
……いや、流石に嫌か。
「番花……お前、女子にモテ過ぎちゃうか? このままだといつか刺されるで?」
刺される、か。
このクラスにいる奴は全員個性があるというのに、わざわざ包丁かなんかで刺すやつなんているかね?
宮沢の忠告に対して、俺は耳が痛い。今朝も母さんにそんなこと言われたばっかだ。
だが――
「おー、そりゃ勘弁だな。けどなぁ、宮沢だってB組の上鳴ちゃんといい雰囲気って聞いたぜ?」
「なッ! ば、番花……」
――宮沢も、俺にあれだけ言っておいていい雰囲気の女性がいるのだ。ちゃっかり自分だけ彼女を作ろうとしている宮沢にふざけるな、とも思う。
確かお相手は、上鳴響ちゃんだっけ。
個性――『電波』の持ち主だ。かなり凶悪な個性だったため、憶えている。宮沢が彼女にグイグイとアプローチされている事も、もはや周知の事実だ。
「まっ、惚れた腫れたもええけどよ。もうすぐ授業なんだから切り替えろや」
俺が関西弁混じりにそう言うと、扉を引いて先生が這入ってくる。
目の下に大きな隈を作った、少し弱腰で頼りない印象を受ける大人である。だが、見た目とは裏腹に、雄英高校の生徒で彼を侮れる者は一人として居ない。
新人教師ながらも一年間におけるクラス担任を任されて、ヒーローチャート七位という順位という離れ業を完璧に両立できるのは、彼の優れた実力にあるからなのだ。
曰く雄英教師陣において――最強。
「はーい、朝のHRを始めますよ。ごめんね、ちょっと遅刻しちゃったかな?」
このヒトは、俺達の尺度じゃ図りきれない。
なにせあの相澤消太が――イレイザーヘッドが――完全な合理性とまで評した人物だ。
ヒーロチャート七位、ファントムダークネスこと――“照元光輝”先生。
その個性は言葉通り――『闇』に包まれていた。
レインボーマイト……オーロラマイト……
はい。
自分がスケベなん人のせいにしたらアカンよ。
みたいな話でした(大嘘)。