緑谷出久の息子の英雄譚 作:鬼龍院クマ吉
的な。
予約投稿です……ジョースターさん(即死)
「これでHRを終わります。じゃあ、また明日皆さんと学校で会えることを楽しみにしてますね」
チャイムと同時に、本日のカリキュラムが終了し、学校が終わった。
え、いくら何でも急すぎるって? そりゃあ授業の内容を事細やかに話したって面白くないからな。割愛しないと退屈だろ?
まぁ言うとしたら、戦闘訓練に座学に、あと少しに控えたインターン研修の事前指導くらいだ。
自慢じゃないが、これでも引く手数多なもんでね。何処に行こうかは検討中だ。
「番花、今日は私と一緒に――」
両手をわきわきと忙しなく動かして近寄って来た冷火の前へ、俺は手の平を突き出して静止する。
「――悪いね。今日は先約があるんだわ」
「……むぅ、先約。なら仕方ない」
お、今日の冷火は珍しく物分りがいい。
それもそれで、なんか寂しいけど。
「だろ? 明日は絶対に時間作るから、それで許してくれ」
「絶対だよ。じゃあね。番花、また明日」
「おう、明日のモーニングコールはもうちょい優しく頼むぜ」
「うん」
踵を返す冷火の背中を見た瞬間、自然と胸騒ぎがした。
轟冷火は俺なんかよりずっと強い、だがそれでも俺達は幼馴染だ。こういったざわざわとした感情を、気軽に言い合える仲である。
「……おい、冷火」
「……どうしたの? 告白ならもう少しシチュエーションを考えて欲しい」
告白なんてしねぇよ、とは……一応言わないでおこうか。
俺は砕けた態度を改め、真剣な眼差しで冷火の顔を見つめる。
「……帰り、気をつけろよ」
俺の発言を聞いて、訝しげにコテンと首を傾げた轟冷火は、ジト目で俺を凝視した。
「……? 私は常在戦場だよ」
「ならいいんだが。最近どうも物騒でな……」
俺はもう少し言いたいことがあったはずなのに、気軽に物事を言い合える仲のはずなのに何故か口籠り、そのまま俺達は別れた。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
何故か常在戦場の物騒な冷火と別れて、俺は目的地へと進む。
四階に上がって少し右に、そして左に、そして右に進むと見えてくる空き教室は、『資料準備室』だ。以前は、周辺地域などのレポートが纏めて並べられていたのだが、何年も前に職員室に隣接する進路指導室に移動されてから、ここはもぬけの殻だ。
今じゃ此処を知っている生徒も、穴場にしている生徒も、俺とアイツくらいである。
「……よ、待ったか――心操」
ボサボサの紫色の髪に苺のヘアピンを付けて、前髪で顔を覆っている彼女は、俺の事を見つけるとパァッと表情を明るくする。
……ううむ、クラスでもそうしておけばいいのに。そっちのほうが可愛いと思うんだが。
以前そう言ったら全裸で校庭を歩かされそうになったため、口を噤む。結局あの時は、俺の上半身を見た彼女が気絶してしまったんだっけか。懐かしいな。
「ま……待ってない。そ、そんな事より、これ、ほら。借りてた授業ノート返す」
俺と同じA組の――心操
ラノベやソシャゲなんかの話で良く気が合う女生徒である。
シャイで、ノスタルジックで、アメイジングな女の子だ。
……嘘だ。シャイ以外は嘘である。しかし本当はシャイだとも言いたくない。彼女の戦闘スタイルを一目見れば、そのような感情は一瞬にして消え失せるだろう。
人見知りな支配者――それが彼女の異名だ。
支配者が付けるには、随分と可愛らしい苺のヘアピンだけども。
……まぁ、そのヘアピンは俺が誕生日に買ってあげた奴なんだが。
こっちはネタで、本当は高級な……いや、この言い方は下品か――少々値が張るボールペンをプレゼントしたのだが、本人はヘアピンの方を気に入り、こうも毎日大事に使われると歯痒い気分だ。
本人曰く、高級なボールペンは替芯も高いから慎重に使っているらしい。
ボールペンも気兼ねなく使ってほしいが、どう使うかは本人の自由であり、心操に委ねられているのだから俺が口を挟む必要はないだろう。
「ん、ありがとうな」
因みにコイツが俺の誕生日にくれたのは、ラノベの新刊何冊かと、俺と輝元先生の自作BL小説だ。
……意味がわからない。そして何より自身が出てるBL小説を熟読して読破してしまった俺が一番意味が分からない。こいつ、かなり文才があるぞ。主に艶めかしい艶やかな方面でだが。まぁ文才はあるのは認めるが、友達の誕生日に普通そのヒトが出てる官能小説を執筆してくるか?
……先生にチクるとしても、「俺と貴方のBL小説を心操さんが書いてました!」なんて報告したら、俺も変な薬でもやってるのか、なんて疑われてしまいそうだ。
「な、なんでお前が感謝す、するんだ。お礼を言うのは……わ、私の方だろ」
「頼ってくれてありがとうってことよ。つーか、教室同じなんだからわざわざ呼び出さなくていいだろ」
俺の正論に、心操はたじろぐ。
下を向いて突っ伏し、視線を横へと流す。
こういう言葉が存在するかはさておき、一言で言うならキョロってた。小動物みたいだ。
「よ、陽キャ。めちゃくちゃ怖いから」
「おいおい、そりゃあ無いぜ。俺は陰キャかい?」
「み、緑谷は、なんか、こ、こっちの雰囲気がする。安心。もしかしたら同じ産道通ってるかも」
通ってねぇよ。
その場合、俺はお前の事を姉として呼ばなきゃいけない可能性を絶対に考慮したくないぞ。
お前は絶対に妹枠だ。世界がそう定めている。
「……なんか名字で呼ばれるの新鮮だな。まぁ、俺も幼少期の頃は人見知りだったからなぁ。なんにせよ、俺がお前の同族だって言うなら、そんなに嬉しいことはないぜ。同族同士、嫌悪せずに仲良くやっていこうや」
こうして俺と心操の同族同士の絆が育まれるのであった。
ちゃんちゃん。
「ど、同族、じゃない」
一瞬で同族同士の絆は崩壊した……短い同盟関係だったな……。
心操は頬を赤く染めて、一歩踏み出して、俺へと歩み寄る。
「み、緑谷は凄い……から。成績もトップで、戦闘訓練でも強くて、わ、私みたいな陰キャにも優しい。クラスでも全員に好かれてる人気者だろ」
彼女の発言には、自身に対する不安感のようなものが蓄積されていた。さもありなん。当然というべきか、仕方がない事だろう。
彼女の父親もまた、ビックネームであるのだから。二世ヒーローっていうのは、こういう所が辛いもんだ。
生まれてから偉大な先人の威光に照射され続けた子供は、常に何かしらの劣等感に苛まれている。今朝の冷火だって――いや、よく考えたらアイツ三世ヒーローじゃねぇか。除外だ除外。
しかし彼女が、心操が自分に自信が持てないというのは、俺も大いに自信を無くしそうになる。
彼女の個性が成熟すれば――死柄木弔を超える国家転覆だって、可能かもしれないのに。
さておき、俺は心操の発言に恥ずかしさを覚えた。
本人にそんな意図はないだろうが、なんだか八方美人と言われている気分だ。いつも外面で接してると思われるのは、少し嫌だ。
「……全員には好かれてねぇよ。そこまで言ってくれてありがたいが、俺自身は大層な人間じゃないのよ。だって俺の身体に流れてる血は――」
劣等感――俺だって、それは例外じゃない。
俺は適当な砕けた態度でいるが、その実、かなりの神経質でもある。他人からの評価に縛られて生きていた小学生時代から、変わってなどいないのかもしれない。
俺は心操に、『俺にはあの緑谷出久の血が流れているのだから、当然だ――』と、そう言おうとした時、心操が急いで発言を被せてきた。
「――血統なんて関係ない。み、みど……番花が頑張った結果だろ」
番花。
確かに彼女はそう言った。
血統なんて関係ない。
彼女は確かにそう言ってみせた――はッ、この超個性社会で、個性終末論が唱えられているこの世界で、そんな勇気ある発言を出来る奴がいるとは。
そんな奴――俺は大好きだ。
「……へっ。おたく、中々熱いこと言うじゃないの」
俺は思わず熱くなった胸を悟られないように踵を返し、ヒラヒラと手を振った。
「じゃ、また明日」
「まっ、待てッ!」
俺の足取りを止めるかのように、声が後ろから掛かる。
いや――ように、ではない。俺の足はまったくもってして動かなくなった。
実際に足が錆びついたかの如く、脳が拒否してるかの如く、ピクリとも動かなくなる。
それは、彼女の個性によるものだ。
「――待ってくれ、緑谷」
人見知りな支配者――その異能。
個性――『
念波を飛ばした相手を操る事が出来る――超強力無比で無法の個性だ。父親と違い、「返答しなければならない」というワンクッションの条件すら挟むことを必要とすらしないというチートっぷりだ。
俺でさえ、雄英体育祭優勝で学園対抗戦優勝の俺でさえ、来ると分かっていなければ対策すら出来ずにこのザマである。これに対して対策できるのは、『波』を直視できるたわみちゃんと電波で相殺できる上鳴ちゃんと、冷火と俺くらいだ。
因みにその上鳴ちゃんは体育祭で心操と当たって普通に完敗していた。心操は父親譲りの捕縛布を利用した体術スタイルもかなりのもので、その実力は上位レベルだ。相澤先生と心操パパの二人の猛攻をしのぎ切るくらいには、彼女は強い。
……なんで、こいつ陰キャやってるんだろう。
周りの奴は全員そう思ってるに違いない。
まぁ、俺は今のは来ると分かっていて敢えて受けたんだが。しかし此処で弁明しても、負け惜しみにしか聞こえないだろうからやめておこう。
「……個性まで使って、どうしたよ。それに、もう番花って呼んでくれないのか?」
「う、うるさい。み、緑谷は最近ずっと不安そうな顔をしているだろ。だ、だからこれは私からのお願いだ」
そう言ってから五秒間ほど、彼女は口をずっとモゴモゴしだした。
なんだかハムスターを見ているようで愉快だったが、いずれ彼女は決心したのか、普段からは想像もつかない大きな声で喉を鳴らす。
「――ケガ、しないでくれ」
俺は心操の発言を聞いて、ポカンとした。
言った本人である心操も、自身の発言の恥ずかしさに気付いたのか、あたふたとしだす。
その様子が、あまりにも可愛らしかったもので俺は思わず笑った。
「…………はッ! 俺のお婆ちゃんと似たような事言いやがって。心操――いや、人魅ちゃん。今度、美味しいパフェでも食べに行こうか」
……俺、そんなに険しい顔してたか?
素の自分の表情は自分じゃあ確認できないっていうのは、誰の言葉だったかな。鏡の前に立ったとして、それは表情を作った自分であると力説したのは、母さんの論文か、父さんの演説か……はて、どちらだったかな?
「ひっ、ひと……はっ!? 馬鹿、死ね!」
「はッ、お前とパフェを食うまでは死ねないぜ」
俺はキザったらしく言い放ち、白い歯を見せた。
さて、本格的に負ける訳にはいかなくなっちゃったな。
ケガはするかもしれんが、せめて死なずには、済まそうか。
『巧言と光源:煌宮司光裏』
心操との別かれ道、俺は下駄箱に足を運んでいた。
今日の用事はたった一つを除き、すべて完了したのだ。自然と、心做しか足も浮き立つというものであろう。俺はスキップ混じりの歩行で下駄箱に到着し、自身のロッカーに手を掛けて――声を掛けられた。
「おや? おやおやおやおやぁ?」
その声色に俺はげんなりとする。
先ほど、心操には「俺はクラスの全員からは好かれていない」的な事を言ったが、コイツはその筆頭格である。
俺を死ぬほど好きが故に――俺を死ぬほど嫌悪する。
そんな女性が、俺にわざわざ声を掛けてきた。
因みに俺はコイツのことは普通に嫌いだ。
「あれぇ、そこに居るのは成績優秀、スポーツ万能、次の一挙手一投足に全世界からの注目が集まっていると言われている緑谷番花くんだよね。帰るの遅くないかな? また女の子誑かしてたのかな? くんずほぐれつの風紀を乱す淫行に及んでたのかな? そんなんで次の生徒会選挙に出馬できるのかなぁ?」
黄金に輝く頭髪とは対照的に、見る人間を全て吸い込んでしまいそうな、一寸のハイライトも入らない漆黒の瞳。
俺を発見すると同時に瞳孔を開いて、ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべながら俺に歩み寄ってくる。
お察しの通り、俺がそう脚色しているだけで、周囲の人が見たら美少女が歩いているとしか思わないだろう。そう脳内で変換されるくらいには、俺はコイツが嫌い……というか苦手だった。
「はぁ……能書きが長げぇ。しかも俺は生徒会には入らねぇし。生徒会長云々は、相澤先輩が勝手に指名してきてるだけだぜ。そんなことより
「ん〜? 名字で呼ぶとは感心しないな。光裏っていう可愛らしい名前があるんだからそう呼んでよ」
二年A組における超問題児である。といっても素行不良という訳でも無く、目立っているわけでも無く、とにかくやる気がないのだ。彼女は学業以外の汎ゆる事柄に対して、手を抜く女性であった。去年も同じクラスだったが、その頃は優等生であったのに、今では別人かのように無気力になっている。
……俺が絡む事以外は、だが。
思い上がりなどではなく、彼女は俺に対して偏執なまでの執着を見せるのだ。体育祭でも、俺をもはや殺すつもりでやっていただろう。今年の学園対抗戦の選抜でも、わざわざ俺に対して決闘戦を仕掛けてきたり……とにかく彼女は、俺に関する事はやる気をだす女性でもあった。
その個性は――『光』。
あらゆる事象を光の速度――光速のスケールで熟せるという単純にして、超強力な個性だが……どうにも俺には光裏の個性が『光』だとは思えなかった。彼女の個性を一言で、『光』と言い表すには、不可解な点が多々あるのだ。まぁ、今は関係ないことなので割愛しよう。
体育祭くらいの本気で普段から取り組めれば、推薦だって沢山来るだろうに、と思う。
俺や冷火は無理でも、頑張れば心操にだって勝てそうだが。……そうなったら、心操が個性を発動したら、『波』を見れない光裏は負けるだろうから、どっちが先に動くかの対決だな。
「ん〜?」
彼女は考え事をしていた俺の視線に映り込むように少し腰を曲げて、上目遣いで映り込む。
……はぁ、理由を聞けって事か。
女の子の気持ちを察するのは難しいが、俺の事が嫌いな奴の心中なんざ、知りたくも無いんだが。無視したら更に面倒臭そうだし、訊いておくか。
「へいへい、じゃあ光裏ちゃん。俺の次に成績優秀なおたくが、なんでまだ学校に居るんだい? もう夕暮れだぜ?」
光裏はヒーロー関係のカリキュラムに対してやる気はないが、学業方面には力を入れている。
推薦とか狙っているのだろうか。こと雄英高校においては、学力だけでの大学への指定校推薦はキツそうだが。
因みに、冷火は割と頭が良くない。というか悪い。
父親が元トップヒーローだからか、ヒーロー学に対しては出来る方だが、それ以外が致命的だ。
この間の国語の現代文のテスト、冷火が五点であったのを俺は忘れない。クールビューティーに見える冷火は、実際ポンコツである。
「そうだねぇ」
光裏は俺の発言に少し考え込み、ニタリとした気味の悪い笑顔で言い放つ。
「雄英の設備に細工をしてたんだよ。来たるべきの日の為に、ね。その時は大混乱が起きるだろうなぁ」
「……おいおい、あんま滅多なこと言うもんじゃねぇぞ。仮にお前の発言が真実だったとして、去年の焔先輩の愚行から、雄英高校の設備は更に堅牢になったんだ。ただの学生が介入するのは無理だね」
光裏は暫く、無言の時間を意図的に作ってから再びニコリと笑った。
彼女の鈍く光る漆黒の瞳が、更に黒みを増したような気がした。
「無理、かぁ。そうやって私には無理だって決めつけるんだ? あーあ、いいよね番花は。自分はそう言いながらも、その気になれば何でも出来ちゃうくせにね。父親と母親に恵まれたから……人よりいい環境で過ごしてきたから、人の機敏に鈍感なんでしょ? 羨ましいなぁ――家族に恵まれるっていうのは、さ」
彼女の琴線に触れたのはどのタイミングであったのか分からないが、彼女は口々に皮肉を言いだした。
人よりいい環境に過ごしたのも、最高の父親と母親に恵まれたのも否定はしないが、人の機敏に鈍感というのはあまりにも心外だ。
「……おい」
流石に俺が呼び止めても、彼女は止まらない。
「いいないいなー。私も個性ガチャ当たりだったらなぁ。君みたいに努力せずに楽勝なのになぁ。家族に恵まれてたらなぁ、君を羨む事もなく平穏に生きていただろうになぁ」
その時の発言を轟冷火が聞いていたら、『……不愉快』とだけ呟いてそのまま交戦に入っていただろう。
どんなに蓋世不抜の才覚を有していようとも、本人の頑張り無しには腐るのみである。
それは雄英高校の受験をした者――各学校のエリート達は、一番良くそれを分かっている。
俗に言う二世ヒーローが強力な個性を有して生まれてくることは事実だ――だが、それは決して努力しない事とイコールではない。
特に、周囲の期待に晒され続けてきた緑谷番花――俺にとっても、それは例外じゃない。
「……ふぅ、なんか家庭環境に問題でもあるのか? 俺で良かったら相談相手になるぜ?」
「あれ、怒んないの?」
光裏は意外そうな表情でケロリと俺に言う。
俺は諦めたように笑って、光裏に対して目を細めた。
「怒らせようとしてくる相手に怒ったって、そりゃあ思う壺だろ」
「……へぇ」
光裏は感心したように、頷く。
依然として髪色に対して真っ黒の瞳が、少しだけ光度が上がった気がした。この際だから、前々からの疑問をを訊いておこう。
「……なぁ、お前って何でわざと俺を苛つかせるような言葉を発するんだ? 割と疑問なんだよな。お前とは入学当初から同じクラスだったが、最初の半年はそんな態度取らなかっただろ?」
「ん〜、だって番花の近くにはいっつも女の子が居るんだもん」
俺の質問に対する回答とは思えない程、それは要領を得なかった。
「……で、それがどうしたんだ?」
「……番花はねー、全員に優しいんだよ。哀しいほどの悪平等なんだよ。私がキャピキャピして番花の周りに集る雌と同じになっても、やっぱり番花はみんなに平等に優しいだけなんだ」
優しいことの、何が駄目なのだろうか。
彼女が狂った原因は、俺の優しさにあるとでも言うのだろうか?
だとしたら……優しくしただけで嫌われるなら、この世界の価値観が一変する事態である。
「おい、同級生を雌とか言うな。……その結果が、俺に対しての嫌味か?」
「うん。押して駄目なら引いてみろってね。番花がこの世で私だけを嫌いになってくれるのなら、それでもいいよ。妥協してあげる」
一番愛されるのではなく、一番嫌われる。
それを選ぶほど、彼女は一番席という特等席に拘っていた。
その拘りの原因を、俺は未だに分からずにいるというのに。
不気味な光裏と同じ場にいるのは健全ではないと判断し、その場を退こうとするも、『個性』の応用か、既に光裏は俺の目前にいた。
「……私はね、番花の特別になりたい。私にだけ優しくして欲しい。その眼も、その唇も、全部欲しい。皆には見せない番花の素の顔を見たい」
彼女は俺の手を掴むと――自身の胸にそっと押し当てた。
人より大きなその胸に、俺の手指が静かに沈みこむ。
光裏はクスクスと笑うと、再び上目遣いをして小悪魔的な表情と共に、俺を見つめる。
「あーあ、指紋、ついちゃったね。どう? 私の胸は? 番花、いま私が叫んだら学校生活もヒーロー生活も詰みだよ?」
そういう彼女の顔は、やはり俺の侮蔑の表情を求めているようであった。
俺を好きが故に嫌悪する彼女の喉は、いつでも叫ぶ準備は出来ていそうだ。
なんとなく察していた俺は、平然と片目を細める。
「どうって……女子の胸ってこんなに柔らかかったんだな。同級生の胸を触ったのなんて初めてだから、俺はドギマギしちゃうぜ」
「……もっと、私を睨まないの? 憎悪の感情を向けたりしないの? 番花の人生、終わっちゃうかもしれないんだよ? ああ、でもそれもいいかも。この事を既成事実に、番花を私だけのものに――」
そう言いかけて彼女は、更に口元を歪ませて――
「――お前みたいな美人の胸を触ったんだ。覚悟なら出来てるぜ」
――俺の発言で冷水を掛けられたが如く、光裏は鎮まる。
それから彼女は「……いつまで揉んでるの?」という言葉と共に俺の手を離した。
それから俺の事をジッと見つめて、緩く笑う。
「……馬鹿だね。番花は」
「倒置法罵倒やめろ……さっきも、馬鹿って言われたな。そんなに俺って間抜け面か?」
「うん、馬鹿だけど……そこが良い所かなー」
「なんじゃそりゃ」
手をくるくると弄っていた彼女は、俺に視線を合わせて、スカートの裾を弱く握った。
「同級生で私が初めてなんだよね?」
「おう、こんな体験したことねぇよ」
「……ふふ。ならいいや。今日の所は見逃してあげる」
「……ありがとうございます?」
俺は見逃してもらったことと、胸を揉ませてくれた両方のことに対して感謝を述べて、靴を取り出して逃げるようにしてその場を後にした。
帰り道、俺は学校の校門を潜って、暴れていた心臓を落ち着かせた。
……………………あっぶねぇぇぇ!!!!???
な、何だあれ……。キザっぽい台詞でなんとか乗り切ったはいいものの、危うく退学の危機だった。
俺が嫌いだからって、普通あそこまでするか?
思惑があったとは言え、じょ、女子の胸にも触ってしまったしな。手に残る感触を、グーパーして確認する。
雄英高校生活で一番危うく――一番幸福な時間であった。
俺は心の底からそう思った。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
緑谷番花が居なくなった下駄箱から光裏は場所を移して、誰も居ない教室で通話をしていた。
「もしもし、お姉ちゃん?」
「『なんや、光裏。急に電話してきて』」
電話の相手は、拙い関西弁を喋る女性であった。
光裏は何故か自身の姉が関西弁になっている事に疑問を感じつつも、通話を続ける。
「……何で関西弁? まあいいや。雄英高校のセキュリティ破壊工作は終わったよ」
「『すまんな。私、兵庫の方に出張中やねん。ああ、そっちも終わったんか。光裏の個性なら当然やが……雄英高校はこれでもう時機を見てお仕舞いやな!』」
「あ、あとこの間ね、話したじゃん。好きな子が出来たって」
「『おお! 言ったとったな! いやー、ついに光裏にも春が来たってお祝いしたもんや!』」
「あのね、おっぱい触らせたけど駄目だった」
淡々とした光裏の口上に、電話先の女性は呆気にとられた。
電話先の女性は、事態を理解すると怒りを爆発させる前に、一呼吸溜め込んだ。
「『……なぁにぃぃぃぃ!????? ウチの光裏に胸まで触らせといて、なんなんじゃそのクソボケはッ〜!』」
「でもね、面白くて、強くて、賢くていい人なんだ。ねぇお姉ちゃん。もし私があの人を堕とせたら、別荘が一軒欲しいな」
「『……うぅん。生まれた時から物欲が一切無い光裏のお願いならしゃあないな。その代わり、光裏が好きになったちゅう男、絶対に落とすんやで』」
妹思いの良い姉である。
姉思いの良い妹である。
両者が共に――雄英高校の崩壊を狙っていなければ、の話だが。
「はい、お姉ちゃん。全ては家族の為に」
「『おう。全ては家族の為に』」
家族に恵まれていれば――その煽り文句を、彼女が番花に対して言い放ったのは、何故なのだろうか。
それは事態が起きるまで、誰にも理解できなかった。
自分がラノベ(みたいな主人公)なん人のせいにしたらアカンよ。
みたいな話でした(真理)。