緑谷出久の息子の英雄譚   作:鬼龍院クマ吉

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いちごオレより抹茶ラテ派だけれど。
それはそれとして、普通に麦茶が一番好き、みたいな。
そういう日もある。


『鎖と楔、侘と寂:緑谷番花』

 煌宮寺と下駄箱で別れてから、俺は人気の無い路地裏へと足を運んでいた。

 当然こんな場所が通学路な訳もなく、寧ろ雄英高校からは大分離れた所であった。

 

 路地裏。

 そこは古今東西、怪しい奴が怪しい事をするための場所だ。

 いや、勝手な偏見だけども。最近は、路地裏も(ヴィラン)が溜まる場所になるからと埋め立てられている所も少なくない。

 

 俺は路地裏の最奥地――行き止まりがある所まで着いてから、鞄を適当なゴミ箱の上に置く。

 軽く周囲を見渡すと、少し声を張って呟く。

 

「……で、もう出てきてもいいぜ」

 

 静寂を劈く声色は、虚空に響くだけであった。

 反響定位――なんてたいそれたものじゃないが、俺は空間には割と造詣がある方だ。

 耳を澄ますと――少し、呼吸音がした。俺以外に誰かいるということは目に見えて、というか耳に聞こえて明らかだった。

 

「自分語りして悪いが、親が有名人だと幼い頃からこういうのには慣れちゃってね。はッ――テメェ、朝から……つーか三日前から俺を尾けてるだろ――ッ!?」

 

「…………」

 

 俺が瞬きした次の瞬間には、既に居た。

 着地の音すら響かせずに――そいつは立っていた。

 ボロボロになった外套のフードを深々と被っているため表情は良く見えないが、思わず固唾を呑んでしまいそうなほど異質な雰囲気を纏っていた。

 

 分かっていたことではあるが……ただのチンピラ、じゃないな。

 ここ三日、俺を尾行していたのはこいつか。お母さんの居場所がバレないために撒いてから帰宅していたが、流石にもう面倒だ。俺がボロを出して、母さんに迷惑がかかれば――俺が俺を許せない。

 

「おたくが熱心なストーカーならよぉ、警察に突き出して終わりにしてやらぁ。俺をボコろうっていう魂胆なら返り討ちにして終わりにしてやらぁ。……だがな、もしおたくが俺の関係者を傷つけようとしてんなら、そん時は――殺すぜ」

 

「…………」

 

 ボロボロの外套を雑に着こなし、フードを深々と被っている不届き者は、その細身ながらもガッチリとした体格から恐らくは男性であることが読み取れた。

 男は黙りこくり、突っ伏している。

 俺の真意を含んだ脅しの言葉を受けてなお、男には何の変化も見られない。表情の色も、身体の僅かな機微すら、伺えない。

 

「……これでも色々苦労してんだぜ? 物心がつく頃には、既に周りにはプロヒーローが沢山いてさ。活躍すれば、七光りって言われてよ。一度でも失敗すれば、才能がないだの失敗作だの好きに言われんだ。親が教育関係の仕事に就いている以上、俺の出来の良さによって親にまで評価が及ぶのも、中々にキツかったぜ」

 

「―――ッ」

 

 俺が話している途中だというのに、男の姿がゆらり、と消えた。

 消えたと言っても、俺に見つかったから撤退したのではない、寧ろその逆――俺に見つかったから、というより最初から俺を始末する算段であったのだろう。俺から声を掛けたから、その時機が早まっただけだ。

 

「だがな、俺は親を恨んだことなんて一度もねぇ。幸いというべきか、俺には才能があったからよ。才能て言っても、ただの戦闘センスとかそういう話をしたいんじゃねぇぜ。父親譲りの――努力の才能があったからだ」

 

 男は狭い路地裏の壁から壁へ、目にも止まらない程の高速で縦横無尽に跳ね回り、飛び回り続ける。それは、俺に攻撃を仕掛ける機会を見極めているのと同時に、俺の退路を塞ぐ意味を持つ攻守両立する行動であった。

 

 これだけの速度を持つ男が、なぜ構えもしない俺に対して猛攻を仕掛けてこないのは、俺の『個性』を警戒しているからだろう。

 

 男の速度は、風を切る衝撃を生み出し、その少し温い風が俺の頬を撫でる。

 

「そんでもって――」

 

 一切の減速をせず、最高速度を以てして俺の死角に潜り込んだ男は、隠し持っていた短刀をギラリと光らせて、俺へと突貫した。

 その鋭利な刃先は、加速によって更に煌めき、俺の身体を貫くに至る――!

 

「おいおい――人の話は最後まで聞けよ

 

 ――ことはなく、俺が手を翳すと男は壁に叩きつけられ、勢いよくめり込んだ。俺の個性を知っていての行動なら、やはり不用心と言わざるを得ない行動だ。なんせ、こいつが今相手している俺は――雄英高校最強とまで呼ばれた男だ。

 

 ……まぁ、それでもフルパワーの冷火よりも強いなんて、そこまで思い上がっちゃいないが。

 名目上は、今は俺が最強である。

 

「流石に俺の個性、有名だから知ってんだろ? 引子婆ちゃんの『引力』と母さんの『無重力(ゼログラビティ)』と愛情と後はちょっとしたスパイスを混ぜたら――びっくり仰天、あら完成!」

 

 俺は周囲の瓦礫や鉄パイプを浮かせて、その上に佇む。

 佇むと言うよりかは、明確に男を見下す。この状況にぴったりな言葉は、高みの見物って奴だろう。

 

「個性、万有引力ならぬ――万有天力(ばんゆうてんりょく)。まあ、覚え辛いだろうから『念動力(テレキネシス)』とでも言ってくれてもいいぜ。全然違うけどね」

 

 重力と引力の操作――それが俺の個性だ。

 その射程範囲は半径三メートルと決して長くはないが、その範囲内であれば、俺は最強でいられる。

 あくまで能力の初動の範囲が三メートルなだけで、一度相手に触れることが出来れば、相手を上空に打ち上げたり出来て割と融通の効く個性だ。

 

 しかし、男がなぜ俺の能力を知っていながら、わざわざ懐に潜り込んできたのは、俺の能力は正面でないと発動しないと思い込んでいたからであろう。

 

 まぁ、冷火が左右関係なく火炎と氷結を発動できる所からインスピレーションを得た初見殺しって奴だ。大衆が注目する公式試合では、敢えて執拗に正面から闘う事により、『緑谷番花の個性は発動条件がある』と先入観を刷り込ませるのだ。

 一見無駄に見えるかもしれないが、こういう時に役に立つ。

 

「ッ!」

 

 男は爆発的な加速により重力から逃れるも、その超人的な速度にはもう目が慣れた。

 俺はすぐさま浮遊する隣の瓦礫に足場を移し、跳躍し続ける男におおよその狙いを定めて、まるで子供の手遊びの様に手指を銃の形へと変えて、片方の眼を細める。気分はレディナガンと言っても過言じゃないほど、上々だった。

 

「おっと、逃がさねぇぜ」

 

 重力を自在に操り、エネルギーを蓄積させて開放し――鉄パイプを矢のように射出していく。

 一本目は避けたものの、二本目から対応を諦めたのか、豪速で飛来する鉄パイプを手ではたき落としていく。……いや、この文章では男の奇妙さは、異常さはこの一文じゃ伝わらないだろう。

 

 男は鉄パイプを()()()してから、その場に()()して叩き落として、再び元の速度を失わずに()()()を始めるのだ。

 奴の行動を目が慣れた今現在よく観察すると、壁と壁を蹴って移動しているのではなく――壁の直前の空気を蹴って移動していた。

 つまるところ奴の行動も、自身の個性を『超人的な身体能力』と誤認させるためのブラフだった。もっとも、俺の猛攻でボロが出たようだが。

 

「はっ! 御大層な個性だことで」

 

 急停止に急加速に超速度――何の個性だ?

 要点だけ抜き出すのであれば、『空中制動(ホバリング)』を行える生物――『蜻蛉』の中でも条件を満たす『オニヤンマ』がそれに該当するが……男の容姿に、揚力や浮力を発生させる翼は見当たらないな。

 いずれにせよ、かなり手強いことは確かだ――俺が個性以外の技術を使うに値する相手であることは、確かだ。

 

「そっちがビュンビュン飛び回るなら――俺から行ってやらぁ!」

 

「ッ!??」

 

 俺は急激に空へと浮かび上がり、上空の男の顎目掛けて飛び膝蹴りを喰らわせる。

 不意を突かれた男はフード越しで目元が隠れていても、その殺気で理解るくらい俺を睥睨していただろう。

 

「―――」

 

「おっと、危ない」

 

 男が体制を崩しながらも、ファイティングポーズを取っている俺の頭上目掛けて踵落としを放ち――それは見事なまでに空振った。

 原理は単純明快にして快刀乱麻。少しだけ空間を歪ませて、ベクトルをずらしたのだ。そこから俺は一瞬で『引力』により男との距離を一気に詰める。

 

 俺が空を自在に闊歩できる理由は、『引力』と『無重力』の合せ技にある。卓越した空中動作のテクニックは前提として、無重力で俺を上空へと引っ張り、そこから周囲に満遍なく引力を張り巡らせて俺の大体の位置を固定するのだ。

 

 難しいかもしれないが、『なるほど、スパイダーマンが自身の身体に糸を括り付けて周囲の建物に結びつけているのか』という認識で大丈夫だ。

 因みにする時はその均衡をズラせばいいだけだ。簡単に言ってはみせたが、これがかなり難しい。

 俺は出来るけどね。

 

「―――!!!」

 

 男が苦し紛れに放った拳の猛撃を、俺は完璧に受け流してから、相手に隙ができたのを確認して――反撃に移る。

 

「痛かったら声を上げろよ。まぁ、泣いても病んでも――泣き止んででも、止めてやんないがな

 

 空中でありながら、俺は地面を思いっきり踏み抜く。

 格闘術の真髄とは、力場を作ることにある。四千年の歴史を誇る中国拳法だって、踏みしめる地面が無ければその実力の半分だって出せないだろう。つまり、万全な威力を出すには万全な環境であることが前提なのだ。

 

 俺が扱う格闘術は――空中での戦闘を前提とした技だ。

 

四服(しふく)――紅富貴(べにふうき)

 

 拳を握り締めて、空の上に――空気を足場に、俺は立つ。疑念を断ち、男に向かい合い、その拳を振るう。

 

 正拳――裏拳――回し蹴り――ソバット――貫手――膝蹴り――鉤突き――足刀蹴り――スピニングバックフィスト――スコーピオンキック――三日月蹴り――!!!

 

 一瞬にして紡がれる技と技のコンビーネーションの波が、波状攻撃となって男を襲う。刹那の介入すら断固として許さない、それが一つの生き物であるかのように、次々と放たれる。

 さもありなん。『紅富貴(べにふうき)』とは、そういう型である。

 

「おらぁ!」

 

 最後の正中線突きにより、俺は男を大きく殴り飛ばす。

 不幸中の幸いと言うべきか悪運が強いと言うべきか、男が吹き飛んだ先にあったゴミ箱がクッションとして機能したらしい。

 俺は血だらけになった男を見て、溜息をつく。

 そして、傲岸不遜に嗤う。

 

「母さんとレイ子さんとルミリオンに極限まで研鑽してもらい、あの人に()()()()殺されてから完成した、俺だけに最適化された武術――遊影亡霊(ゆうえいぼうれい)式格闘術

 

 雄英ならぬ――遊影であり――まさしく亡霊。

 

 母さんが改良したG.M.A(ガンヘッド・マーシャル・アーツ)の系譜を汲み、陸と空の両方に対応できるという異色の格闘術であり。

 緑谷番花だけがその本質を引き出せる、俺の個性だけに調整された格闘術である。

 

「名付けて――茶塵流(さじんりゅう)だ」

 

 茶塵流――言わずもがな、母親の麗日お茶子からとった名前だ。マザコン気質で悪いが、俺は母親が大好きなんだ。すまんな。

 

 俺は最大限のカッコつけと、自身を鼓舞する意味も含めて、いつもの決め台詞を言ってのける。

 

――さぁ、お点前拝見といきますか

 

 俺が再び構えるのと同時に、男は起き上がり今度は正面からトップスピードで攻めてくる。

 起き上がっておいて悪いが、すぐにさっきの位置へと返してやろう。

 

一服(いっぷく)――駒影(こまかげ)

 

 奴が俺の射程範囲内に入る前に、俺は何もない空間へ向かって拳を三度ほど振るう。

 すると突風が吹き荒れて――正面から男を複数の衝撃が襲い、穿つ。

 『駒影』は、重力波を拳で押し出して、連続で攻撃を畳み掛ける技だ。

 『茶塵流』における、便利で使い勝手のいい飛び道具だと考えてもらっていい。

 

「――――ッ!????」

 

 男は先程のようにゴミ箱へと叩きつけられるが、また起き上がらせてやるほど俺は優しくはない。

 さっきも言った通り、泣いたって許してやらないのだ。

 俺は優雅に構えを解き、目を少しだけ伏せてから、力強く視線を滾らせる。

 

「茶塵流は八つの基本の型と、三つの奥義に分けられるんだぜ。三つの奥義はそれぞれが露柱(ろちゅう)碾柱(てんちゅう)雅柱(がちゅう)という名を有している。これが体育祭で冷火と宮沢を破った――その奥義の一柱だ。覚悟して受けな」

 

 俺は右手を後方に構えると、掌から強力な引力が発生し――男のみを此方へ吸い寄せる。

 男は靴を擦り減らし必死に抵抗するも、俺の発生させる引力の方が強いため、あえなく引き寄せられる。しかしそれは男が抵抗を止めた訳ではなく、此方が吸い寄せる力に便乗して攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。

 

 俺からしたら、それはお粗末な行動であるとしか言いようがないが。

 

「はッ――!」

 

 吸い寄せた男が眼前に迫り、俺は大きく拳を振りかぶるが――攻撃はせずに、そっと男の身体に触れる。

 

「――ッ!?」

 

 俺が優しく触れた男の身体は、まもなくして徐々に浮遊する。

 それは、男が先程見せた能力の発露ではなく、俺の『無重力』による効果だ。常人であれば、自身の身体が急に無重力になれば抵抗が出来ないものだろう。

 幼少期から慣れている俺でさえ、数年前までは少しの振動で気持ち悪くなっていたのだから当然だ。

 

 つまり無重力状態になるという事は――急に宇宙空間に放り出されることと同義である。

 相手に、完全にして完璧の無抵抗状態を生み出すのだ。

 

 更にそこに加える――ちょっとしたスパイス。

 お父さんから貰った――気持ちばかりの香辛料。

 

OFA(ワン・フォー・オール)――1%」

 

 俺の全身に翡翠の色をした電撃が奔る。

 溢れんばかりの、はち切れんばかりの、エネルギーに満たされていく。

 拳を今度こそ振り抜き、俺は不敵に笑ってその奥義を放つ。

 

 それは茶道における極意――侘び寂びを代表する日本文化が誇る美意識の一つ。

 

「雅柱――幽玄(ゆうげん)

 

 俺の拳は腹部へとクリーンヒットし、少しの硬直を経てから男は血を吐きながら、あり得ない速度で吹き飛ぶ。コンクリートに深くめり込み、全身から血を噴き出す。

 吸い寄せ――無力化し――全力の一撃を叩き込む。

 それが俺の奥義である。

 

 父さんから遺伝したOFAについては、お父さんもビックリしていた。

 完全に失ったと思っていた英雄達の生きた証は、オールマイトから緑谷出久を通じて、細胞レベルに定着していたのだから。

 

 父さんは「120%を越えたあの時かな……?」といつものようにブツブツ呟いていたが、どのタイミングで定着したのかは俺の知るよしもない。

 

 まぁ、OFAは強力だが、俺は父さんに比べてその真髄の1%しか引き出せていない。もともと消滅した個性の、更に残り香だ。遺伝したのがこれっぽっちだけなのだろう。継続して使用できず、瞬間的な威力の増幅にしか利用できないから、ちょっとしたスパイス程度の扱いだ。

 

「さて……お前に父さんと母さんの能力が合わさったこの技の素晴らしさを一時間でも、二時間でも力説してやりたいが……もう聞こえてねぇか」

 

 終に見せなかった男の素顔を拝見しようとして一歩を踏み出すも――次の瞬間、俺が瞬きした時には、男は既に立ち上がっていた。

 口元を歪ませて、静かに立っていた。

 

「……おいおい、マジか」

 

 冷や汗が背筋を伝う。

 アレを喰らって、まだ立てるのか……。

 

「……ま、だったら何度でも喰らわせるだけ――」

 

 男は口元を歪ませたまま、再び構えた俺の行動などお構いなしに、フードをゆっくりと脱ぎ――俺は絶句した。

 

「…………は?」

 

「分かるさ、兄弟。だって同じ――パパの子供だもんね」

 

 フードを脱いだ男の素顔は――()()()()そのものであった。

 息子である俺以上に似ており、昔の父さんの顔と寸分の狂いもないマトリョシカだ。

 

 その事実に硬直した俺の隙を狙い、緑谷出久にそっくりな男は先程よりもずっと疾く――俺に駆け出した。

 

「ちッ――!」

 

 重力波で地面に叩きつける暇はないので、『駒影』で迎え撃とうとするも、男は俺の拳の位置を見極めてギリギリで急停止し――そして、隙を見計らい座標を変えて急発進する。

 

そうか――『空中制動(ホバリング)』――!!

 俺と男がすれ違い――俺の全身は、各所の動脈は。

 奴の所持していた短刀により――ずたずたに引き裂かれた。




番花くんの茶塵流メモ
『八つの型名はお茶の品種で統一している』
『奥義名はなんとなくで名付けている。出来ればお茶関連で付けたい』
『特訓時のレイ子さんの未亡人オーラがやばかった』

自分が割れ鍋(に綴じ蓋みたいな性格)なん人のせいにしたらあかんよ。
そんな話、かも。
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