緑谷出久の息子の英雄譚 作:鬼龍院クマ吉
血だらけの女たらしは知らん。
多分、死んでんじゃね。もし生きてんなら続きだします。
緑谷番花と別れて、雄英高校からの帰路につく私は、少し胸がざわついていました。
嫌な予感、なのでしょうか。そういった細かい感情は、よく分かりません。
私には昔から人の感情の機敏だったり、そういうのを察する能力が疎いようでした。他人なんてどうでもいいと、思っている節があるのかもしれません。
ただ、番花の顔つきはいつもより険しく見えて、それがどうにも気がかりなのかもしれません。番花は、よく私に隠し事をします。まるでそれが定めであるかのように――それが責任だと告げるかのように、です。
私だけには、そうやって隠し事をするのはやめてほしいなって――思ったりする自分の感情を不思議に思います。
いつの間にか考え込んでしまったようで、私の眼の前には玄関がありました。番花のすぐ近くにある私の家は、大きな一軒家です。大きさはどうでもいいのですが、番花の近くに住処を構えるという事実が、私にはたいそう嬉しく感じられました。鍵を捻ったその先は、静寂でした。お父さんもお母さんも、仕事が忙しいようです。
弟や妹がもしいたら、もっと賑やかなのでしょうか。それとも私に似て、つまらない子供に成長するのでしょうか。
お母さんに訊いた話によると、お父さんは、そもそも子供を作ることに忌避感があったそうです。子供を作るだけでなく、世帯を持つ事に、家族を作ることに消極的だったと言っていました。
家に飾られている仏壇――燈矢さんが原因かもと、邪推します。原因って言い方は、よくなかったかな。とにかく、お父さんは私のことだけをちゃんと見てあげたいと言って、弟や妹は作りませんでした。コンプラ的には、作るっていうのも駄目なのかも。
炎司おじいちゃんは、優しくて好きです。でもお父さんはあまり、積極的には会わせようとしてくれません。こっそり行くと、高いロールケーキを用意してくれているので、私は好きです。昔は気難しかったらしい、です。にわかには信じられないな、なんて思ってしまいました。
服を脱ぎ捨てて、すぐさまパジャマに着替えます。制服でいる時の私は、少し窮屈であると思いました。今日は断られたけど、今週末は番花と遊びに行きたいです。でも番花は人気者で節操なしの馬鹿なので、不安です。いつか、私の事も忘れてしまうのではないかと、そんなつまらない感情で胸が苦しいです。
ベッドに横たわって、眼を少し、瞑ります。さっきから少しって言葉を使いすぎな気がします……少しだけ。
私は、国語が苦手です。番花みたいに思いを言葉にするのも、感情を口に出すことも全く出来ません。登場人物が何を考えているかなんて、しったこっちゃありません。心操ちゃんや、癒梨ちゃんや、番花みたいに、文芸関係に詳しくもなく疎いです。
文章を書くこと自体が、苦手なのかもしれません。とにかく、私は、眼を瞑ったのです。
――昔の私は、嫌な子供だったのではないかと、少し考えることが偶にあります。
今も成人はしていないので子供ですが、それよりも、今の子供の私が、もっと子供だった時期です。
他人に極端に興味がなく、いつもぼんやりとしていて、自身の父親と母親も朧気にしか認識していなかった、本当につまらない子供であった私の話です。
私こと――轟冷火が、彼を認識したのは、確か、まだ小学校にも通ってない程度の頃でしょうか。いいえ、多分そうです。私が私に成った日の事を、忘れるはずがありません。
轟家と緑谷家で合同バーベキューの話が、示しあったかのように自然と挙がり、そしてその当日。両方の母親が急用によって来れなくなったその日のことです。結局、決行はするようで、その時に、私と彼は初めての邂逅を果たしました。
「僕は緑谷番花です。よろしくおねがいしますね、冷火さん!」
嘘くさい笑顔に、気味が悪いほど礼儀正しい少年に、私は訝しむ気持ちが強まり、お父さんの脚の後ろに隠れてしまいました。それが、その日見た少年が――幼き日の緑谷番花でありました。
「あっ、冷火。駄目だろ、挨拶は返さなきゃ。わりぃな緑谷、お前のとこの息子はしっかりしてるのに、申し訳ねぇ」
「いいよ轟くん。ごめんね、冷火ちゃん。びっくりさせちゃったかな?」
緑谷のお父さんは私の顔を覗き込むと――何故か号泣しだしました。
「にしても……轟くんに子供かぁ……」
「お、おい……泣くことか?」
「そりゃ感動もするよ――」
それからお父さん達は、談笑しながら、準備を始めました。
私は何も分からないまま、辺りがよく見える草原に、バーベキューにつかうコンロや、炭を並べているお父さんたちを見ながら、私は空を眺めていました。この頃の私は、緑谷番花という存在に興味すら無かったと思います。虚空を見つめて、時間を浪費する私に対して、あの緑谷番花という子供は、相変わらずの気持ち悪い礼儀正しさで、二人の準備を手伝っていました。
その様子に、私は胸がちくりと痛みました。
何故でしょうか。今でも明確な答えは出ません。
推測にはなってしまうのですが、番花のせいです。私のお父さんに好かれて、頭をぐりぐりと撫でられて喜ぶ番花を見ると、胸がムカムカしました。まるで、彼の居場所がそこであるかのように、あるべきかのように――私の居場所が盗られたかのようにも思えたのです。緑谷番花は、彼のお父さんにクーラーボックスにある野菜を取ってくるように命じられ、そこを離れました。
辛うじて認識出来ているお父さんにすら見られていない私は、もはやこの世に存在すらしていないような気がしました。私は感情がない子供でしたが、この時に嫉妬という感情が発露したのでしょうか。
なんにせよ――今しかない、そう思いました。
お父さんに私を見て欲しい、その思いが私を突き動かしたのです。
顔に縫い目がある、ツギハギの白髪の男性が必死に私に呼びかける声がしましたが、敢えて無視しました。というより、見えてすら無かったのかもしれません。
私を見て――。
心臓を炉心として、体内で小さな衝撃を起こし、それを起爆剤として周囲を更地にする技。
今でこそ修得した私ですが、その時の私は子供特有の全能感に突き動かされており、後先考えずに使用してしまいました。自分が他とは違って、愚かではなく、賢い子供だと――優秀な子供であると過信したが故の悲劇でした。お父さんから無闇な個性の使用は禁止されていたにも拘らず――私は只管に、愚かな人間でありました。
「あ――ぁ―――っ――」
ようやく発した第一声は、うめき声でした。
中途半端な不発に終わった爆発は、更に周囲の空気を際限なく吸い込み続けて、私の体内に灯る心臓に酸素を供給し続けました。このままだと、この草原一帯を、焼け野原に変えてしまう――そう確信させるほど、私の中で燃料は投下され続けました。
「ッ! 冷火!」
「冷火ちゃん!?」
私の願い通り、お父さんは肉を焼くのも中断して、こっちを見てくれました。しかしその頃には私の身体は、限界に近づいていました。もうすぐで私の身体が破裂すると同時に――お父さんも、緑谷出久も、緑谷番花も塵となって死ぬでしょう。私はその事実が、非常に恐ろしかったです。
「ッ!」
お父さんの個性では、私の暴走を止めることは出来ないようでした。凍りつかせるにしても、それを超えうる火力であることは明白であったからです。緑谷出久の方は、ヒーローのスーツケースのようなものを簡単に取り出せない位置にあったようです。どちらも、二の足を踏んでいました。
「――――ああ――ぁ――」
もう私が出力を抑えるのにも、限界が来たようで、身体がどんどん膨らんでいくのが分かりました。
それが、私の最期だと考えると――あの大戦の功労者である緑谷出久と、お父さんの死因になると思うと、ゾッとしました。
私の身体は散り散りになって爆発を――
「――かはッ!」
一瞬、急激に息が苦しくなり、私はその場に倒れ込みます。
あれだけ暴走していた心臓も、今は乱れつつも淡々と脈を打つだけです。何が、あったのでしょうか。
すぐ隣をみると、野菜を取りに行ったはずの幼い緑谷番花が溜息をついて、私に手を翳していました。
「はぁ……まったく、何やってるんですか。真空状態にしてから、重力の膜を重ねて酸素を遮断しました。恐らくは、その技は永続的な酸素の供給がないと成り立たない技でしょう」
無限に続き――いつか爆発するかと思われた私の身体が、急激に収まったのは、彼の言う通りらしいです。
「一の酸素を基に、十の火力を創り出す。十の火力を強めるために、二十の酸素を必要とする、そして――……まぁ、そんな技でしょう? 弱点としては、一度でも酸素の補給の邪魔をされれば、それまで培ってきた火力も纏めてご破算になってしまう、ってとこですかね。それで、何故ここで自爆技を? ……あ、何かの特訓でした?」
頭をポリポリと掻き、少年は、緑谷番花はそう面倒臭そうに告げました。
それを見たお父さん達はポカンとして、両者は顔を見合わせて――それぞれの子供に抱きつきました。
「冷火! お前何やってるんだ!」
お父さんの剣幕は鋭く、その声を聞いて初めて私に罪悪感が芽生えました。もしくはこの時が、意識の覚醒だったのかもしれません。
「お前に何かあったら……俺は……」
叱られるかと思えば、そう漏らしながらお父さんは私に強く抱きつきました。私のか細い肉体を、力強く抱きしめました。
「……ぁ、ご……ごめんなさ、い」
焦げ付いた喉のせいで上手く喋れない私を、お父さんは更に強く抱きしめて、それからのお父さんはもう怒りませんでした。
「番花! よく頑張った! すごいよ!」
「あ、もしかして僕、偉いことしましたか?」
「うん、番花はやっぱり凄いなぁ」
「えへへ、当たり前ですよ。僕はあの緑谷出久の息子なんですから!」
そう番花が言うと、緑谷出久は少し悲しそうな顔をしました。私は、自分が親であることを息子に誇られて、悲しむ親などいないと思っていたので、衝撃でした。やっぱり、人間の心は分かりません。
「……ねぇ、番花」
「はい! なんです、お父様?」
この頃の彼は、自身の父親の事をお父様と呼んでいました。
今でもその事でイジると、少し愉快な反応をします。
「番花は確かに僕の大切な息子だよ」
「……? はい! 僕はお父様の大切な息子で、将来的にはお父様のような偉大な英雄に――」
番花の発言を遮るように、緑谷出久が発言する。
番花の小さな肉体を抱きしめながら、囁く。
「でもそれ以前に――番花は番花っていう人間なんだよ。僕の息子以前に、番花は番花なんだ」
「……はい? 承知していますが……?」
偉大な教育者として名を馳せた父親の発言は、まだ幼い子供相手には、真の意味で伝わっていないようであった。
それからはバーベキューを全員で楽しみ、夜が更けてきた頃、私達はお父さんのお兄ちゃんの実家にお邪魔する予定なので、その草原で分かれる事になりました。
「今日は貴重な経験ありがとうございました! 焦凍さんの貴重な意見を聞けて、今後に活かそうと思いました!」
拙いながらも、小学生に上る前の子供の語彙力を総動員して、番花は深々と頭を下げた。
「ああ、また冷火とも遊んでやってくれ。じゃあ緑谷も、元気でな」
お父さんが別れの言葉を切り出して、解散の雰囲気がどことなく漂い始めたその時、私は決心しました。
私は、車に乗り込む前に、緑谷番花の袖を思いっきり引っ張ったのです。
「おい、冷火。俺達はもう兄貴の方に――」
静止するお父さんを無視して、番花の方をじっと見つめる私。
今思い直しても、我ながら不気味でした。
「えっ……な、なんですか?」
引きつる番花に対して、私は慎重に言葉を選ぶ。
「――私は君の事が好き……なの?」
「……はい? なんで疑問形なんですか?」
困惑する緑谷番花の後ろで、その父親は、
「はッ!???」
という素っ頓狂な声を上げており、私のお父さんは蝋燭のように固まっていました。
「……好き、なの?」
「えっと……僕の事が好きなんですか? 好意を持ってくれていると?」
訊き返す番花に、私は困惑した。
「……わかんない」
自分でも、なんでこんな事を言ったのか分からなかったです。
初めて明確に興味を持った人間に対して、私はどう接するべきなのか分からなかったのです。
多分、それは今もなのです。
「……いいんじゃないか、俺は緑谷のとこの息子なら大歓迎だ」
ようやくフリーズ状態から解けたお父さんは、ほそぼそとした声ながらそう言った。
「えっ!? と、轟くん何言ってるの!? まだ番花達にそういうのは早いんじゃ……」
「……恋愛は自由だろ。それを制限する必要はねぇ。個性婚なんかじゃくて、自分が好きな相手と添い遂げるのが一番だ」
轟焦凍の発言には、説得力があった。
というか、ありすぎた。
「……だ、だとしても……」
その後も、この話は盛り上がりを見せて、熱烈な口論が行われた。
耐えきれなくなった番花が、時機を見計らって、
「焦凍さん! もうお兄さんの家に行く時間では?」
と切り出して、この話題は不完全燃焼のまま話が終わった。
彼は最後に私にウィンクをして、静かに告げた。
「また会いましょう――冷火ちゃん!」
さんから――ちゃんへ。
進歩と捉えてよかったのだろう。
私は微笑んで、彼に慣れない笑顔を初めて、頑張って作った。
「うん、ばいばい――番花」
それからも、私達は家が近い事もあって、とても濃い時間を過ごした。雄英高校の入試だって入学式だって、一緒に行った。
入試は……番花は通学途中で、
女たらしは、嫌われるぞと言ってやりかった。でも、そんなヒーローの番花が私は一番好きだから、特別に許した。
番花との思い出はたくさんある。
人は皆、それぞれが感情を持って行動する事を教えてくれたのも番花だった。
私にも立派な感情があると、言ってくれたのも番花だった。
それからは番花の他にも交友関係を築けるようになった。
でも。
この時が、思えば私の原点であり、私という人生が始まったオリジンなのだと、思う。
――もし。
番花を傷つける奴がいたら、私はどうするであろうか。
恐らくは、殺しても――何の感情も湧かないのだろう。妙な確信が、私にはあった。
あれから私は成長しましたが、結局、性根はそこまで変わっていないのかもしれません。
友達と、番花以外は、死のうとも――殺そうとも、なんとも思わないのでしょう。
それを聞いたら、番花は悲しむでしょうか。
でも、仕方がないことなのです。
私にとってのオリジンは番花で。
番花にとってのオリジンは――何なのでしょうか。
それが私だなんて、そうは思えないことは確かでした。
彼は強い人間です。……あ、いや、強いヒトです。
入試こそ私がスコアで勝ったものの、体育祭では場外負けしました。ステージがなくても、負けていたでしょう。
直前に行った宮沢くんとの試合では、何故か番花は個性を最低限しか使わず肉弾戦をしていて――その前の試合も――その前も――番花は相手の得意なフィールドで闘うことに専念していました。
そんな番花が、最後の私との試合ではなりふり構わず全力で勝ちに来たという事実は、私に仄暗い喜びを覚えさせるものでした。
彼はずっと昔から強かったです。番花に負けた時、私も強くならなきゃ番花の隣にいる資格がないと思い、今も必死にトレーニングは欠かさず行っています。
いつか番花が、心の全てを、私に晒してくれる日が来たら――。
そう思いながら、私は眠りました。
今日のトレーニングは、どうやらお休みです。
では、お休みなさい。
夜ご飯が出来たら、起こしてください。
拙い話を、聞いてくれてありがとうございました。
自分が徒比べ(男女がお互いに浮気だと言い合うこと)なん人のせいにしたらあかんよ。
マジでアカンよ。
そういう感じです。