緑谷出久の息子の英雄譚 作:鬼龍院クマ吉
A『めっちゃ頑張れば、なんとか』
へー。訊いてないけど。
コイツ運よく生きてやがりましたので、投稿します。
「ぐッ――!!」
全身を斬り裂かれ、思わず俺は膝を地面に着き、各所から噴き出る血を手で抑える。
それを見た男は、先ほどの無表情とは打って変わってケラケラと笑い、俺を見下ろした。
「てめぇ……一体何者だ? 父さんそっくりの見た目しやがって。そういう個性か?」
「いやだなぁ、そんなこと言うなよ兄弟。見た目は自前だよ。まぁ、俺達は創られた存在――クローンだから、自前って言っていいのか怪しいけどね!」
「……クローン、だと?」
男が零したセリフは、なんとも合点がいく回答であった。
そっくりの見た目も、あの使用した個性も、緑谷出久のクローンであると言うなら、科学技術が超発展したこの世界であるなら、不思議と納得がいく。
しかし、理解出来ない不可解な部分もあった。
「……俺
「あはは」と男は笑うと、気持ちよさげに語りだした。先ほどとは違い、えらく饒舌に。
恐らくは、もう俺の事を仕留めたと勘違いしているのだろう。めでたいやつだ。
「他の奴もいるっちゃいるけど、一緒にされるのは少しいただけないな。アイツら五人は失敗作で――僕は完成体なんだから」
……成程、こいつ以外にもクローンは五人居て、そしてソイツらはコイツを産むまでの失敗作であると。
そう言っているのか。……まったく、つくづく人類を舐めた奴らだぜ。
奴は俺を見下して、慢心している――手負いの獣が、最も恐ろしいことを知らないが故に。
「なぁ兄弟。ここ何日か兄弟を追跡して思ったんだ。兄弟のその飄々として飄逸とした砕けた態度、少し気に食わないんだよね。結局のところ、その軽薄な態度は――周囲の絶望の裏返しで、いつ失望されてもいいようにしているだけだろう? 兄弟は周囲の人に期待するのも期待されるのも、心の底では諦めてしまっているんだよ」
「……あー、長げぇよ。俺は二行以上は読めねぇんだ。つまり何が言いてぇ?」
「そうだね、つまり――君は緑谷出久の息子に相応しくないってことさ」
俺はその発言を聞きながら、ふらつきながらも立ち上がり、睨みつける――事はなく、大胆不敵に一笑に付してみせた。
滝のように流れ続ける血液が漏れぬよう、引力で皮膚と皮膚を接着する。
「はッ――まぁ、良かったぜ」
「ん? 良かったって、何が?」
クローンであるならば、安心だ。
これで余裕を持って、容赦なく殺れる。
「あんだけ母さんに対して一途な父さんが、浮気してなくて良かったって意味だよ!」
良かった。
俺にまだ父親を愛させてくれて、尊敬させてくれて、良かった。
「……まだやる気なの? 兄弟の能力の発動条件はもう見切ったよ――『手を翳すこと』だろう? 仕組みが分かっちゃえば、怖くなんてないさ。それに兄弟の個性は、使った後に少しのタイムラグが生じる。ハッキリ言って今の満身創痍の兄弟に負ける要素はないよ」
奴の長々とした話は元より聞くつもりはない。
俺が一番、訊かなきゃいけないのはもっと別にある。
「ああ、そうか。一つ聞きたいんだが――元A組襲撃事件、犯人はお前か?」
「うん、そうだよ。パパに俺の存在を認めてほしくてね。でも僕のことはお前じゃなくて、緑谷
あっさりと肯定するクローン――緑谷雫に、俺は全身に力が漲るのがよく分かった。良かったこと尽くしだぜ、また一つ頑張る理由が、増えたのだから。
「そうか、なら尚更――頑張るしかねぇな。あの人らには、随分と俺も世話になったんだ」
「……ねぇ、兄弟。その出血量じゃ立ってるのもやっとでしょ? 諦めて降参してよ、兄弟の遺体は適当に活用するしさ。そもそも兄弟はパパの子供として相応しく――」
ここからは、どんな戦術を取ってでも、どんな一手を打ってでも勝つ。俺はそう決心した。
「はッ、あのよ、一つ疑問だったんだが」
「……何さ?」
俺の言葉に怪訝そうな表情を浮かべ、緑谷雫は訝しむ。
そして、俺は冷火を真似て首を傾げ、問う。
「俺は当然として、なんでお前は父さんの息子面してるんだ?」
「…………は? だって僕はパパの遺伝子を――」
クローンであっても、自我がある以上、付け入る隙はある。
この一言だけで、緑谷雫は酷く慌てた。『パパに認めて欲しい』、コイツはさっきああ言った。
……ということはそうか。
それがコイツの――
傷口を見つけたのなら、後は塩を塗り込むだけだ。
「はぁ……よく聞け、蛆虫。テメェは父さんの息子なんかじゃねぇ、つーか人でもねぇ、ただの哀れな生命体だ」
俺の煽りを多く含んだ発言に、緑谷雫は青筋を立てる。
瞳孔は大きく開き、額に浮かぶ血管がよく見えた。
「……お前、マジで死にたいのか?」
「黙れよクズ、俺ぁかなりドタマにキテるんだぜ」
俺は静かに言ってのける。
静かに一息吸い込んで、最大限に緑谷雫を見下し、侮蔑し愚弄する。
まるで道端の犬のフンを見るかのような、穢らわしいものを見る視線で緑谷雫を凝視した。
「その力を大衆の為でなく悪行の為に振るう蝿以下のカスが、自分を見て欲しいというしょうもない承認欲求で父さんの学友を襲撃するような
俺から口々と放たれる口撃は、光裏の暴言を参考にして即興で編み出したものだ。流石に光裏はもっと上品に厭味ったらしく言うが、コイツのレベルだとストレートな悪口の方が精神にくるだろう。
「……ッ! ふざけるなっ! 僕だってパパの息子だ!」
思惑通り乗ってきた緑谷雫は、自身の持てる最高の理性と自尊心を利用し反論してくるも、その反論の内容もお粗末であり、もっと相手に付け入る弱点を教えているようなものだった。
そこで躱せないから、やはりクローンはクローン止まりである。
「間違って生まれた、生まれるべきじゃなかった生命。誰からも歓迎されず、誰からも愛されない哀れな生命。それがお前だよ。しょうがねぇから、今回は俺が後始末をしてやるけどな」
俺の発言を機に、もう怒りを抑えきれないのか、腕をボキボキと鳴らして緑谷雫は攻撃の体勢に移行する。
「お前……! もうただの殺し方じゃ済まさないぞ……! 地獄以上に後悔させてやる……!」
……あと一押しか。
これが……最後のダメ押しだ!
「はッ! 拙ねぇ語彙だなぁおい! テメェの大好きなパパも言うぜ――『こんなのは僕の息子じゃない』ってね!」
「嘘を言うなぁぁぁァァァァ!!!!!!!」
激昂した緑谷雫は、その全身に宿る六つの個性のベールを解く――!!
襲いかかってくる二対の『黒鞭』を両手を翳して地面へと叩き落とすも、緑谷雫は『発剄』と『変速』の合せ技により、視認すら不可能な速度で迫ってくる。重力を使った刹那のタイムラグに、緑谷雫は勝負を決めに来た。
超速度――だがそれにはデメリットが有る。視認不可能な速度で動いている本人も、一々深く熟考は出来ない点だ。
速度型の個性を持つ奴は決まって二つ。型に嵌まった攻撃か――考えなしに猛攻を仕掛けるかの二つに分類される。……いや、オクロックはそんなことないけど、一般論としてはそうである。
緑谷雫は――後者だ。
ならば重力を使用できない今の俺でも、対処のしようはある。
「
緑谷雫の一発一発に殺意が籠もった拳を、俺も拳を振りかぶり、全て真正面から相殺する。
やはり、緑谷雫は怒りによって攻撃が単調になっている。それに、なぜ重力を使えない俺と拮抗されているのか、手負いの俺に抵抗されているのか、分かっていない表情だ。
手を翳して発動するのは、『重力』『無重力』だけだ。今の俺でも『引力』は使えるし――そしてもう『重力』のタイムラグは回復している。というかタイムラグというのも、重力の使用を止めてから一秒程度の短い間だけだ。それをコイツは明確に把握してなかった。
その重力が使えない間は、自身の拳と相手の拳を『引力』によって引き寄せて相殺していたに過ぎない。無論、速度の乗った緑谷雫の拳は、そのまま受ければ即死レベルなので、局所局所でOFAを使うのも忘れずに発動しなければならない。
……しかしなんだ、宮沢と肉弾戦に持ち込んだ時の一歩ミスったら死ぬような緊張感はコイツからは全く感じられない。速度は勝っていても、思考能力が伴わないならそれは明確に機械に劣るとしか言いようがない。
……ああ、コイツはクローンなんだから機械よりの生命体か。じゃあ仕方ないのかもな。
「クソッ! 何故だ! 何故当たらない!?」
奴の攻撃が明確に骨に響いたのは最初の数発であり、俺が拳での相殺ではなく、掌を拡げて受け流す方針にしてから、後に放たれる拳は一ミリも俺にダメージが通らなくなる。当然だ、『重力』の個性は――“手を翳す事”によって発動するのだから。
もう緑谷雫には俺の五つ目の型――『
ところで、医者からは俺の個性の正式名称は『重引力』と告げられているが、俺は自身の個性の名を――『万有天力』と名付けているのには理由がある。
天力。
生憎とこの世にそんな言葉は存在しないが、天が定めた力――相互作用や力学的相互作用の事を指す言葉として、俺が造った単語だ。
まぁ、なんだ。
俺からしたら『重力』と『引力』の応用で擬似的に他の力――電磁気力も再現できるし、超擬似的にだが、強い力と弱い力も再現できるってこった。ぶっ倒れるからあんまやんないけど。
今回は、その内の一つだ。
下方向に働く力――『重力』を、『引力』で反対方向に引っ張って釣り合わせ、擬似的な反発する力――簡易的な『磁力』を生み出す。磁石が反発するように、俺の掌も、奴の拳も、一切が当たらなくなる。
相手を傷つけないように制圧する、慈悲の技――それが『
しかし、俺がアイツを傷つけたくないかのように捉えられるのも癪なので、少し大胆に行こうか。
反発し合っていた緑谷雫が――突如として吸い寄せられる。引力によって、俺の方向へ引き寄せたのだ。
俺は動揺した緑谷雫を、重力によって強化した拳で殴り飛ばし――再び引き寄せる。
「がッ!?」
「もいっぱあああああつッ!!」
またもや殴り――吸い寄せ。
殴って、吸い寄せ。
殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ殴り吸い寄せ―――!!
「がッ、あぁああ!??」
一方的にダメージを与えてから、引力によって吸い寄せて、また一方的にタコ殴りにする技。レイ子さん直伝の必殺技――!!
「
先程の攻防から一転、俺の攻撃のみが奴に当たり続ける。
数百回以上殴ったにも拘らず、奴の眼の戦意は衰えていなかった。それはまるで、まだ勝機があるかのようで――!!
俺は失念していた。緑谷出久のクローンであるならば、使用できて然るべきだ――と結論付けておくべきだったのだ。
自身ができて――クローンの緑谷雫がそれを使えないという通りはない。
「がはッ! ぎ、『
一瞬のチャンスを虎視眈々と狙い、俺の引力から爆発的な加速で逃れた緑谷雫は、俺の死角へと潜り込む。そうか、最初の壁にめり込ませた重力から逃れたのも、
しかし緑谷雫というクローンは実践経験は少ないのだろう。始めの攻防を参考に、隙を突く為に相手の死角に入り込むというのは一貫していて、実に短絡的だ。死角に入ると分かっていれば、対処は容易い――ッ!
突如として、俺の身体がガクリと倒れ込む。
クソッ、出血多量か。引力で抑え込んでいたつもりだったが、傷が開いたか。
少しの隙を見逃さないように、緑谷雫は俺に殴られた蓄積したエネルギーと変速を利用して――音速を超えるスピードに至る。
「ぐッ!?」
奴の拳を腕で受けようとして、部分的なOFAを使ったにも拘らず――骨が嫌な音を鳴らして滑り込み、すかさず俺の腹部に重い拳がめり込む。
本物の1%と偽物の110%であれば、勝つのは贋作の方か。
「
俺は先程の緑谷雫のように、コンクリートにめり込むとまでは行かずとも、廃墟に深く全身を叩きつけられる。
……あー、腕、折れてるかもな。こりゃあ。
「言っただろ……ただでは殺さないって……!」
うなだれて身体すら起こせない俺に対して、奴は地面を踵で軽く擦り、俺を射抜かんばかりの殺気で睨む。
奴は再び、『発剄』と『変速』の合せ技により、俺を肉片へと変えるつもりなのだろう。
ご丁寧に助走までつけて、ご苦労なこった。
「死ねッ――緑谷番花ッァ!!!!」
10m――9m――8m――7m。
視認すら出来ない速度で、廃墟の壁に身体を預けた俺に対して、緑谷雫は勢いよく殺戮を始めた。
6m――5m――4m。
と徐々に接近し、奴の突き出した右手が俺の心臓部に目掛けて襲ってくる。
そして――
俺の重力の射程圏内に、奴は這入った。
俺は首をグルリと、緑谷雫に目線を合わせて口元を歪ませる。
ああ、そうだ――待ってたぜ、この瞬間を。
『罠だ! 行くな雫!』
奴の首付近から、女性の声が鳴り響いた。
それを聞いてからすぐに、緑谷雫は脊髄反射で『
「仲間もいるのか――でもちょっと早くて、ちょっと遅いな」
奴は俺の領域に踏み込んだ。
すぐに引き返したとは言え、死の間合いに踏み込んだ代償は高くつくぜ。
侵入者には愛を以て、奥義の一柱を土産に帰ってもらおう。
……もっとも、帰るのは――還るのは、土かもしれないけどな!!
「
奴は身体を急激に後方へ戻してたので、右手は以前として突き出したままで後退することになる。
未だ領域内の緑谷雫の突き出した右手――それが粉々になって原型を留めなくなる。骨が肉を突き破り、その骨も骨粉へと変形する。
『玉露』は自身を中心とした、複雑なベクトルの超強力な重力波の膜を、何重にも張って、相手の侵襲を防ぐ――最強の防御技だ。
もし射程範囲内に這入ったのなら――緑谷雫の右手のように、粉々になってもらうしかない。
「うああああぁぁ!!??」
「はッ――喚くなよ!」
俺は、今にも倒れそうな身体を持ち直し、覚束ない視界を拭って、更に相手との距離を一歩詰める。
指を軽快に鳴らし――肩を鳴らして、振り上げた右腕を振り下ろして翳す。折れてても、この際お構いなしだ。緑谷雫を再び射程圏内に捉えて、重力波が緑谷雫に零れ落ちる。
「がッ!?」
立っているのもやっとなのか、緑谷雫は『疑似OFA』を使い、両足で地面を踏みしめて俺を血走った眼で睨む。
勝負は硬直状態へと突入した。
さて、俺が限界がきて重力波を緩めるのが先か。
それとも緑谷雫が辛うじて立っていられる『疑似OFA』の発動を辞めるのが先か。
我慢比べ、といくか。
もっとも――相対性理論よりも疾く決着を着けてやるがな。
偽物には負けられない。
俺の人生は――“最高のヒーローを超えるための物語”だ。
俺は心の中で不敵に言ってみせた。
自分が圧力鍋なん人のせいにしたらあかんよ(意味不明)。
そんな話でした。
あれ、そんな話かな?