緑谷出久の息子の英雄譚   作:鬼龍院クマ吉

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自分がウラチュベ(タジキスタンの都市イスタラウシャンの旧称)なん人のせいにしたらあかんよ(先制攻撃)

……。
(なんかウラチュベって麗日に響きが似てるな……)


『緑谷雫:レプリカ』

 勝負は硬直状態へと突入した。

 ここからは、気を抜いた方が死ぬデスゲームだ。

 俺が重力波を緩めるのが先か――緑谷雫が『疑似OFA』の発動を解くのが先か――!!

 

「勝負はまだ……決まっていない……! お前だって僕を拘束する重力を放出するので、精一杯なんだろう?」

 

「……ああ、そうだな」

 

「この重力を使えなくなった途端、お前の首を斬り裂いてやる……!」

 

「そうか……」

 

 俺は血まみれになりながらも、冷ややかな視線を送る。

 緑谷雫との間に、沈黙の時間が生じる。

 緑谷雫は、睨んでいた眼光を緩めた。

 

「お前の同級生だって、お前を殺した後に殺してやる」

 

「そうか」

 

 緑谷雫は俺を動揺させて隙を作りたいのか、さっきと同じ様な明るい口調で、残酷な盲言を吐き散らかす。

 

「お前の母さん――麗日お茶子だって殺しちゃうよ

 

「……そうか」

 

 俺の眉がピクリと動いたのを見て、奴は好機と捉えたのか、気持ちよく語りだす。

 

「そうだなぁ、あの壊理ちゃんとかいう餓鬼も殺してやろうか。きっとこの顔で接近すれば、油断して楽に殺せるだろう――」

 

 俺の怒りが、もっと奇妙な感情に押し潰され、俺の顔から色が消える。やっぱり、そうだ。疑惑は確信へと変わる。

 

「――壊理“ちゃん”じゃねぇ、壊理“さん”だ」

 

「……は?」

 

「……なぁお前は何なんだ? お前がクローンなのは分かったよ。だがそれを差し置いても、可笑しいんだ。お前の製造元が――『真・(ヴィラン)連合』だってことは、お前の鎖骨辺りのバーコードを見りゃあ一発なんだが」

 

 緑谷雫は重力に押し潰されそうになりながらも、即座に自身の鎖骨を覗き込むが――そこには何も無い。

 緑谷雫は困惑して――俺の質問の真意に気づく。

 

「はッ! ブラフだよ。その反応を見るに、当たらずとも遠からずってとこかな。この様子だと、『籠目の庭』も絡んでるか? ま、何にせよ、自身の身体の状態すら把握せずに俺のブラフに引っかかり、大好きなパパに認めてもらいたいその幼稚さ――つまりお前は、生まれたばかりの個体なんだろう?」

 

 ヒーローは正々堂々が、モットーだが、必要なら嘘だってついてみせよう。

 正義のためにつく嘘は、本質的にはやはり正義だ。

 

「くッ……!」

 

 俺の発言は、どうやら図星の方だった。

 そこで上手くごまかせない所も、実にそうらしい。

 

「はは、すーぐ顔に出る。だがそれに対して、お前の持つ記憶はどうも古いんだよな。ただ、常識知らずってわけじゃない。お前が緑谷出久の細胞から培養されて創られたとしたら――という仮定の話だが、知らないんじゃなくて、“知っているだけ”な気がするぜ」

 

「……はは、兄弟は、何が言いたいんだ?」

 

 極めて冷静に、緑谷雫はそう言い放った。

 しかし冷静とは言っても、沈着とは言いづらい。もし俺が重力を解いたらすぐにコイツは俺を殺すだろうからな。

 

「つまりお前は――第二次決戦時までの緑谷出久の記憶しか保有してない。その記憶を基盤にして、更に自我が追加された存在なんだろう? そうじゃなきゃ、『真・(ヴィラン)連合』の幹部――“戦塵”の官之宮(かんのみや)神誤(しんご)を殺した日本最強……いや、世界最強の女性――壊理さんに向かってそんな口、叩けるわけねぇもんな!」

 

 壊理“さん”ではなく、壊理“ちゃん”である。

 この間、訓練のお礼に隠れた名店へ連れて行った時も、執拗に注意されたぜ。

 

「何だって……?」

 

「疑ってんのか? 俺はさっき、『茶塵流』を完成させるのに百二十回殺されたと言ったが、その相手は壊理さんだぜ。もしも今の壊理さんが昔の第二次決戦に居たら、きっと一瞬で戦争は終結していたに違いねぇ」

 

 記憶の齟齬に――幼い精神。

 そして、世界最強の女性を殺すというあまりの無知。

 俺が思ったより、こいつは哀しい生命体なのかもしれない。

 

「……がふッ!」

 

 俺は吐血し、視界がグラつく。

 接着したとはいえ、動脈を斬られたのと、さっきの腹パンが予想以上に効いていたみたいだ。

 緑谷雫は、ゆっくりとニタつき、眼を細めた。

 

「は……はは! そうだね! 兄弟が言っていたことは認めるよ! でもだから何? これから死ぬ兄弟に、そんなこと気づかれても関係ないよね!」

 

 ……これが俺の演技だったら、どうするつもりだったのだろうか。まったく、馬鹿っていうのは気楽なもんだぜ。

 

「……ばーか。そこでお前は認めずに、無言を貫いてりゃ良かったんだ」

 

お前の負けだッ! 緑谷番花ァ!

 

 弱まる重力波から、徐々に緑谷雫の身体は俺を殺すために動き出す。

 そんな緑谷雫に対して、俺は不敵に笑った。

 

「一つ、お前の兄として話をしてやろう。お前は緑谷出久の記憶をベースにしてるが故に、それが足を引っ張る。理解るか? 父さんがかつて所持していた個性の一つ、お前が何度も使っていた『危機感知』の話だぜ。果たして今のお前の身に危機が迫ってないと、そう言えるのか? 父さんの記憶は、それを“危機”だと判断するのか――!!

 

「黙れッ! 僕の勝ちなんだぁぁぁ!!」

 

 執拗に勝ち負けに拘る所も、実に子供らしい。

 俺の個性の重力が解かれ――奴は俺を切り刻むまいと急速に接近を果たす。

 

 ばーか。

 能力の解除は――あの人への合図だ。

 この近くで、()()()()のイベントをやっていたあの人への、合図だ。

 

「――シュガーナックルッ!

 

「があああッ!???」

 

 緑谷雫を殴り飛ばし、俺の目前に割り込んできた黄色い背中に、俺は絶対的な安心を感じた。

 

 俺は、全てのヒーローを一番に尊敬しているが、その全てのヒーローの中で敢えて序列を決めるのであれば、この人より尊敬しているヒーローはいない。俺のヒーローが、俺のためだけに来てくれた。

 

「悪いな、番花。遅くなっちまった」

 

「はッ――まったく。もう、遅すぎですよ――」

 

 全身を黄色い全身タイツに、年老いてもなお筋骨隆々の肉体。その形相は、覆面レスラーを想起させる。

 その個性は――『シュガードープ』

 

「――力道さん!」

 

 ヒーロー名『シュガードープ』。

 元A組の彼が、今ここに馳せ参じた。

 

「だから悪いって言ってるだろ、本当にゴメンな。てか血だらけだな、番花。大丈夫か? 取り敢えずざっくりとした説明を頼む」

 

「ソイツが――元A組襲撃事件の犯人です!」

 

 嘘は言っていない。 ただ、全てを言う必要もない。本当に俺の説明はざっくりとしていた。

 

 受身を取って、体勢を立て直し、フードを再び深く被り直した緑谷雫は、左手で赤い小瓶を飲み干すと、フードを外した。

 そのフードの素顔は、先ほどとは別人であった。

 

「――おいおいおい、はッ……マジかよ」

 

 変化。

 その見た目は緑谷出久とは全くの女性、つまりは別人であり、俺は驚愕を――いや、待てよ。あの赤い小瓶の中身が血だとすると、奴は血を飲んで姿を変えたのか?

 

 俺の中で、点と点が線になって繋がっていく。

 ――父さんがかつて保有していた個性の中で、姿を変形させるものはない。

 ――父さんには認めて貰いたがってたのに、俺の母さん――麗日お茶子は殺すと言った。

 ――血を接種することで、姿を変える個性。

 

 いやいやいや……! 

 そんな事が……まさか、あるのか!?

 

「まさか……! まさかお前の“母親”はッ!?」

 

「理解るな、兄弟! これは僕とお前の問題だ! 上に情報が漏れでもしたら、まずは病室に居る元A組の奴らを殺す!」

 

 俺の質問から逃げるように。

 誰とも分からない甲高い女性の声で緑谷雫はそう告げると、『煙幕』が広がっていき、その姿は見えなくなる。俺はすぐさま『駒影』で煙幕を晴らすが、もう緑谷雫の姿は見えなくなっていた。

 

「……ふぅ」

 

「お……おい、番花。大丈夫か?」

 

 俺は貧血及び、緊張の糸が切れて、力道さんの大胸筋へと倒れ込む。

 スイーツのイベントを行った後だからか、少し甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。

 

「あ、はい。なんとか。……めちゃくちゃ嬉しかったですよ、力道さんが駆けつけに来てくれて。やっぱシュガーマンが最高のヒーローですね!」

 

「……お前が紙飛行機を飛ばしてきた時はびっくりしたけどな。紙飛行機ってあんなピンポイントで飛ぶものなのか? まぁとにかく、間に合って良かったよ」

 

 実は、俺は鉄パイプを射出する時に乗じて紙飛行機を飛ばしていたのだ。

 ……随分あっさりと言ったが、重力波で紙飛行機を折るのは、3mの助走距離内で重力波を用いて狙った位置に紙飛行機を飛ばすより遥かに難しかった。

 

「ですね〜。てゆーか、さっきの『シュガーナックル』凄かったです! 威力はあの時よりも洗練がかってます! あ、見てください。俺のスマホの後ろに入ってるこれ! 俺、シュガーマンのカード当てたんですよ! もうURレアより出なくて出なくて……」

 

「うわ、本当だ。つか、これ五年前に撮ったやつじゃん。なんで事務所は俺の許可なしに載せちゃうかなぁ……」

 

 抱え込む力道さんに対して、俺は笑い掛ける。

 そういう所も、彼らしい。

 

「あはは、あのシュガーマンともなれば当然ですよ!」

 

 力道さんは、恐る恐る俺の方を見つめた。

 まるで、怒られるのを怖がる子犬のような視線で、まじまじと。

 

「……なぁ番花。なんで番花は俺なんかを慕ってくれてるんだ? 自分で言うのもなんだが、お前の周りにはいつも凄いプロヒーローがいただろ? 何でよりにもよって俺なんかを……」

 

 自信なさげに言う力道さんの唇の少し手前に、俺は人差し指を置いて、片方だけ目を細める。

 

「……やめてください。俺が尊敬したシュガーマンを、“なんか”なんて言わないでください」

 

「お、おう……」

 

 俺に諌められた力道さんは、少したじろいだ。

 まったく、本当にお茶目な人だ。

 笑えるくらいに。

 泣けるほどに。

 自身の魅力に気づいてないのだから、仕方がない人だ。

 

「俺が力道さんを尊敬する理由……ですか」

 

 少しだけ――過去を振り返る。

 自身に掛かる、ヒーローとしての、緑谷出久の息子としてのプレッシャー。

 それが不安で仕方なくて、皆が俺の誕生日に集まってくれたのに逃げ出した幼いあの日。

 

『番花くん、ケーキを焼いてみたんだけど……』

 

 緑谷出久の息子ではなく、緑谷番花という人間として、それは初めて見られたような気がした。勿論、プロヒーローの方々は俺の事を『緑谷出久の息子』なんていう色眼鏡で見てないことは分かってた。けれど、その時初めて、俺という等身大の人間に寄り添ってくれたのが、貴方だった。何でも相談に乗ってくれたし、自身の苦い経験談も語ってくれた。

 

 なのに、この人は、俺がシュガーマンを尊敬する理由が分からないというのか。

 バカバカしい気がしてきた。ばーか、って言ってやりたいぜ。

 

 俺はぴょこっと前に跳ねて、首だけ後ろに振り向く。

 

「教えてあげませーん!」

 

 ウィンクして、俺は力道さんにそう告げた。

 力道さんは困ったように俺に微笑みかけ、歩幅を合わせた。

 

「あ、そうだスイパラにでも行きませんか――ッ!??

 

 俺は言いかけて、その場に崩れ落ちて、地面へと這いつくばる。

 今日は身体に無茶をさせすぎたか……。

 

「おい、番花!? 番花ッ!?」

 

 力道さんが覆いかぶさるようにして、俺を心配し――俺の意識はそこで途切れた。




緑谷雫くんとその母親に関しては一話分つかってじっくりやろうと思ってます。
あ、そうだ。
次回で最終回です。
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