転生するなら有名漫画が良かったよ… 作:犬うどん
震える幽霊に背を向け、今度こそ俺は帰るために歩きだした。
「ちょっと待ってくださいっ!!」
しかしそこで後ろから勢いよく肩を掴まれ、俺はその場に留まることになった。
振り返って見てみると再び幽霊が俺の肩をつかんでいたのだった。
どうやら意識が戻ったらしいが、まだ恥ずかしさを引きずっているのか顔は赤くなっていた。
「なんだ?俺は今忙しいんだよ。暇潰しの相手を探してるのなら他を当たってく…って力強!痛っ!痛い痛い!!」
俺が話を聞かずに帰る素振りを見せたからか肩を掴む力が強まった気がする。
振りほどこうとしても掴まれてから身動きが取れない。
掴まれている部分から全身が重力を増したかのように重くなっており、俺の身体が動こかなくなっていた。
「おい!何か肩からメリメリいってるけど!?なにこれ俺の身体大丈夫!?肩凹んでない??大丈夫なの!?これ!!」
どうしよう!このまま掴まれている部分が凹んだら肩掛けカバンがかけやすい身体になっちゃう!!
「ああっすみません…、つい。
その…話を聞いていただくだけでも良いので、少しお時間をいただけないでしょうか…?」
そう言って幽霊は俺にかかる力を弱めてくれた。
だが、変わらず俺の肩を掴み続けており、俺は動くことができない。
超重力から解放されたが、もし断ればまたあの力が俺に襲いかかるだろう。
くそっ。
この状況、俺にNoといわせる気ないじゃねぇか。
だがまあ…そうだな。
申し訳なさそうにこちらを見る幽霊を目にしながら少し考えてみる。
不思議なことが起こる漫画の世界とは言え、こいつの存在はジャンルが違う。
この世界には悪魔と天使が出てくるが、幽霊というキャラ設定は存在しなかったし、どの話にも霊がどうとかは出てこなかった。
ということは目の前にいるこいつは、漫画の本筋とは一切関係ない人物だ。
だが、それも漫画の中の話だ。
こうして転生してから生活してる俺にとってはこの世界は現実だし、そこで起きる事象全てにまで作者は関わっていないし想定されていないはず。
そもそも俺の存在が原作の世界からズレてはいるというのもある。
ならもしかしたらだが。
悪魔やら天使やらとは別の不思議な力を使う何かがいても可笑しくはないのかもしれない。
その経験が何かの糧になってくれるかも…。
まあ何の意味もない可能性が高いだろうが。
それでも今まで原作と関わりを持とうと思っても空振り続きなのが現状。
このまま何もない状態で原作に突入してしまうよりは、この未知の存在に協力してみても良いのではないだろうか。
それに現状俺がこいつにしたことと言えば殴って暴言を吐いただけで、流石にこのまま帰るのは少し可哀想かもしれないし。
よし。話だけでも聞いてやるか。
もし仮に何かされたとしても、さっきみたいにこいつを殴れば問題ないだろう。
幽霊とはいえ女性っぽいものを殴るというのは少し気が引けるがそうするしかない。
さっきみたいに殴れば…多分…、きっと…大丈夫だよな?
痛む肩は無視して心を決める。
「仕方ねぇな…少しだけならいいぜ。」
「あ、ありがとうございます!」
俺が頷くと目の前の幽霊女はとても喜び肩から手を離してくれた。
プレッシャーから解放され、身体が羽が生えたように軽くなった気がする。
そうして目の前の幽霊に俺は向き合う。
「ではまず、私の自己紹介をさせていただこうと思うのですが…。
流石にこの姿のままじゃ格好がつきませんから、ちょっと着替えさせていただきます。」
自分の服装を見て、恥ずかしそうに彼女は笑った。
いや当然のように言うが、幽霊が着替えるなんてできるのか?
できたとしても見たところ手ぶらだし、替えの服はどこにあるんだろうか。
そもそもどこでどうやって着替えるんだ?
まさか、流石に俺の目の前で服を脱いで着替えるなんて事はしないよな?
見たところ若い女性だし、幽霊といえども目の前でそんなことをされたらこっちが恥ずかしいんだが。
そんな疑問で溢れた俺を余所に、彼女は指をパチンと鳴らした。
すると途端に彼女の身体が光につつまれていき、姿格好がみるみるうちに変わっていった。
顔が見えないほど長くボサボサな髪は艶やかなロングヘアに変わり、隠れていた彼女の容貌が現れる。
ぱっちりとした目にスラッとした鼻筋。
造形だけで言えばかなり整っており、パッと見若くて美しい女性にしか見えない。
しかし瞳の色が人外だとわかるほどに赤く吸い込まれるような光を発しており、何より頭に生えた角と後ろに見える尻尾が彼女が人ではないことを教えてくれている。
変化はそれだけに収まらず、頭についていた白い頭巾は無くなり、変わりに赤い花のかんざしを着けており、不気味で何処か安物のようだった白装束は、華やかで艶やかな花柄の和服へと変化した。
不思議な力を使い、雰囲気が一変した彼女に俺はとても驚き呆けていた。
その驚き様は、間抜けにも顎が外れるくらいに口が空いているほどだった。
転生したときに次ぐくらいには人生の中で驚いた事象だったのではないだろうか。
だがその驚愕は彼女から続けて放たれた言葉によって更新されることになった。
「では改めて。最上位悪魔7戒が1人、ツバキと申します。あなたにはこれから訪れるであろうこの世界の危機、それに立ち向かうための力となっていただきたく、お声がけをさせていただきました。」
「えっ…?はっ…?はあっ!??」
悪魔?今悪魔って言ったのか?
なんかよくわかんない階級がつけられてるけど悪魔って言ったよな?
目の前のこの女、悪魔だったのかよ!!
さっき幽霊がなんだとか原作要素がとか色々とカッコつけて考えてたのが馬鹿みたいで恥ずかしいじゃねェか!!
っていうか悪魔ならなんであんな誤解を生む格好をしてたんだよ!
「ああ…申し訳ございません。いきなり悪魔だとか世界の危機だとか言われても、何が何やらですよね…。
まずは私たち悪魔という存在について説明させていただきますね。」
突然、もたらされた情報に俺は困惑やら羞恥やらで頭ン中がパンクしそうで固まってしまっている。
しかし彼女はそれを別の意味で捉えたようで、悪魔について俺に説明をし始めた。
悪魔の存在を知らないであろう俺への配慮なのか、どこからか取り出したスケッチブックを使いながら。
わざわざ絵を交えて(何でそんなものが用意してあるんだ?)俺に説明してくれるが、呆けている俺の耳には話が入ってこない。
「…という風に私たちは古来より人間と密接に関わってきたのです。そして私があなたとの接触を図った理由になるのですが…って大丈夫ですか?」
説明を終え2個目のスケッチブックを取り出した所で、俺が固まっていることに気づいたのだろう。
ツバキは心配そうな表情を浮かべ、こちらを伺ってくる。
俺は言葉を返すこともできないほどに、頭の中が混乱していた。
そうしてじっと顔を見てくるツバキを見ていると
やっべぇ近くで見るとめちゃくちゃ美人だわこいつ…。
何かいい匂いもする気がする…。
冷静になってくると俺はとんでもないことをしたという焦りが沸いてきていた。
やべェ…やべェよ…。俺が求めてやまなかった悪魔が目の前にいる彼女だった…!!
原作を生き抜くためにも悪魔の協力は不可欠。
是が非でも俺に力を貸してほしいと思っていた。
それなのに。それなのに!!
俺はいきなり殴るわ、暴言を吐くわ、その後も横柄な態度は取るわでとんでもなく失礼なことをしてしまった!!
というか人間ではないとは言えいきなり殴りかかるのも十分ヤバいけども!!
いやそんなことよりも今どうするか!!
それは彼女に!!
全身全霊で誠意を見せるしかない!!
俺は地面に膝をつき、正座の姿勢をとる。
「えっ?」
いきなり座りだした俺に悪魔…ツバキは戸惑いを見せる。
俺はそれに構わず、両手を地面につけ、そして頭を勢いよく地面に叩きつけた。
「すっ…」
「えっ?まさかっ!」
「すみませんでしたァ!!」
そう。俺が繰り出したのは日本古来より伝わる秘技、土下座。
この技は言葉では取り返せないほど失態をしてしまった人間が使う最終兵器である。
俺は何度も地面に頭を叩きつけながら謝る。
「ちょっ!ちょっと!いきなりどうしたんですか!?」
「申し訳ございません!なめた態度とって申し訳ございません!!お詫びに靴でも舐めます!むしろ舐めさせてください!」
舐めた態度のお詫びになるかはわからないが靴を舐めようとするが、彼女は草履のようなものを履いており舐められなそうだった。
くっ…。俺は謝罪すらろくにできないのか…!
謝罪における究極の技、靴舐めを封じられ、その状況に俺の目の前が真っ暗になりそうになる…。
だが技で足りないなら体!そして心で補うのだ!!オレ!!!
俺は頭を叩きつける速度を上げる。
既に血で前が見えねぇが構わねぇ!
今持てる俺の心と体の力!!
その全てを!
ここで絞り出し、この謝罪に込める!!
うおおおおおおおおおお!!!
「いやいやいや!辞めてくださいよ!!」
「俺なんてカスです!暴力で解決しようとする人間以下の生物です!ほんと申し訳ございません!無礼をお許しください!!!」
俺の魂の叫びが路地裏に響いていた。
「これでよし…と。」
あまりにも頭を叩きつけすぎて額からおびただしいほどの血を流し、危うく2度目の死を迎えるところだった。
そんな俺をツバキは止め、取り出した謎の道具で手当てまでしてくれた。
くぅぅ…!彼女の優しさに頭が上がらねぇ…!!
「まあ確かに悪魔という存在に恐れおののくのは普通の人間なら当然ですが…。それにしても変わり身が早すぎませんか?」
目の前にいる悪魔が苦笑しながらそう言ってくる。
「いえ、ちょっと勘違いをしていたので。まさか、貴方が偉大なる悪魔様だとは思わず…。先程は本当に失礼しました。無礼をお許しください。」
「もう良いですよ。最初は驚きましたが、私も私で悪かったですし。あんな風に声をかけられたら驚いちゃいますよね。」
無礼を働いた俺に対し、自分にも否があると言い、俺を許してくれる。
なんて優しい悪魔なんだろうか…。
微笑みながらこちらを赦す彼女が女神のように見えてきて俺の目から涙が溢れ落ちた。
あまりの慈悲深さに俺は再び頭を地につけていた。
謝罪の土下座…ではなく忠誠や尊敬を示すための叩頭である。
「ありがとう…ありがとうございます!神様仏様ツバキ様!!!」
本来は何度も頭を地に着ける必要はないが、彼女の寛大さに触れ感極まっていた俺は、気づくと何度も頭を下げていた。
勢いよく頭を下げていたために、何度も地面に叩きつけることになってしまったがしょうがない。
俺ごとき矮小でちっぽけな脳味噌の人間が彼女への敬意を表すには言葉では足りない!
感謝の熱が燃え上がるように!
俺は頭を下げ続けるッ!!
「えぇ…ちょっと!!もう!!辞めてくださいってば!!頭を上げてください!!!というか地面に叩きつけないで!!!」
「ふぅ…。では先ほどの話の続きをしてもよろしいでしょうか?」
崇め讃える俺を止めた彼女は少し疲れた表情をしていた。
先ほどのように手当てもバッチリしてくれている。
くぅぅぅ…!彼女の優しさに頭が上がらねぇ…!!
彼女は先程、中断した説明をしてくれようとしているが、俺の答えは決まっている。
それに俺にだって原作知識はあるから彼女にこの先の話をしてもらう必要はない。
この世界にくる危機というものは俺も知っているからな。
そしてそれに抗うための覚悟はもうしているのだ。
「いや…もう大丈夫だ。みなまで言わずとも俺がすることは決まっている。」
俺は覚悟を決め、彼女に向かって手を差し出す。
「俺と契約してくれ!!いやしてください!」
契約。
目の前の彼女にとって大きな意味を持つ言葉だ。
契約により、悪魔は人に力を与え、その代償を人間が払いそれによって彼女たちは悪魔の力を増すことができる。
対価に差し出すものがなんなのかは、原作で契約履行の描写が無かったからわからない。
しかし原作を見るになんやかんやで悪魔は人間の味方というスタンスをとってくれる物が多い。
もちろんただの味方ですという風でもないが、目の前の彼女はこの少しの交流でも優しさが溢れているし、酷い悪魔ではないだろう。
それでも悪魔と契約するのは怖いが。
そんな考えを持ちつつも、意を決して差し出した俺の手は宙に浮いたままだった。
何にも触れずかといって音も聞こえず、頭を上げて目の前を見てみると彼女はポカンとした表情を浮かべていた。
いやなんだその顔は?
彼女の説明をすっ飛ばして、いきなり契約しようとか言い出したのは可笑しかったのか?
でも悪魔から考えて悪い話じゃないはずだ。
何の交渉も無しに契約を結ぶことができるわけだし。
こんなにも乗り気なのは悪魔としてはかなり都合の良いことのはずだろう。
第一彼女は力になって貰うみたいなことを言ってた訳で、契約するつもりだったんじゃないのか?
なのにこの表情はなんなんだ?
「えっ…!あっあの…その…。」
そうこう考えていると彼女は顔を真っ赤にしてひどく取り乱し始めた。
なんだ?なんなんだ?その反応?
思っていたのと違う反応の連続で俺も困惑する。
するとボソボソと先ほどまでとはうって変わって小さな声で彼女は言う。
「急にその…。契約するのは…。まずは友人からでお願いします…。」
そして彼女は顔を赤らめながら恥ずかしそうにしていた。
え!?なに!?なんで断られるんだ!?
というか友達からって!
なんで俺がフラれたみたいになってるんだよ!!!
アォン!