遥かなる蒼穹へ 【東方project×ONE PIECE】   作:くーりっしゅ

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プロローグです。

最初は幻想郷側でのお話となります。


前日譚

 お日さまが中天をまたいでしばらくした頃、私こと偉大なる天人、比那名居天子は、なんと漫画を読んでいた。人生初の。つまるところ私は、実に、そう実に充実した時間を過ごしていた!

 

『さすがは…あんたの息子だな……ドラゴン』

 

 くまが海を見渡してつぶやいている。いや、くまっていってもあのけむくじゃらで下界の非力な人間を襲うシャケ食べるんだかハチミツ舐めてんのかわかんないあれじゃないけど、でもくまはくまとしか言いようがないわけで。

 

「ふう……」

 

 本を閉じ手元の要石に置く。背表紙にはエイゴとか言う文字で8文字。下には漢数字で五十。その隣にはカタカナで『ワンピース』

 

背中を倒し、あおむけになる。庭の芝がうなじに触り、ちくちくする。本日は晴天。日差しもまぶしい。上空の風が強いのか、白くふくらむ雲がいつもよりちょっと速く流れていた。

 

「……おもろい」

 

 いや、ほんとにおもしろいわこれ。なんなのもう、人間が天人のこのわたしをさしおいてこれを楽しんでいたなんて世の中おかしいって。この世の悦楽を全て集めたのが天界とか言われてるけど、まさかこの理がいつのまにか覆されていたなんて。この天子の目をもってしても見抜けぬとは。借りたとき、積み上げて居合切りの藁代わりに使わなくてよかった。

 

 横になりながら、首だけを傾ける。私の隣には3列に漫画が積み重なっている。名づけるならばワンピースタワー。20巻ずつ置いてあるから40巻からの塔だけ他のより背丈が低い。ちなみに一番下がそれぞれ1巻、21巻、41巻だ。読んでは積み読んでは積みをくりかえしているから。

 

 ちょっと今は読み進めを小休止。もちろん天人たる私が疲れなど感じるはずもないのだけれど、一巻からぶっとおしでここまで読み進めてきたのだ。少しいままでを噛みしめるような時間も必要だろう。うん。そうじゃないとなんか色々ともったいない気がする。読み終わってしまう恐怖というのもほんのすこし、いやちょっと、大部分あるけれども。

 

 とはいえなあ。カッコいいシーンいろいろあったからなあ。なんか、こう。迷うというか絞れないというか。自然に頭に浮かんでくるものがいろいろありすぎるっていうか。うーんうーんと首をひねる。もっかい、反対側にひねる。何回も、何回も。メトロノームみたいに。

 

 ……そういえば、あの場面よかったなあ(ここでようやく首を止めた)。アラバスタでゾロとMR.1(ダズ・ボーズスだかバージェスだか、名前は忘れたけど)が戦うとこ。今までゾロは三刀流剣技、まれに二刀流剣技しかやってなかったのになんと一刀流、それも決め技でだよ。しかも居合っていう厨二心そそるような! 「俺がお前を倒したとき、俺は鉄でも切れる男になってるってわけだ」とか最初に言って。何度も何度も切っても切れなくて。自分はズバズバ切り裂かれて。でも最後の最後にMR.1を切って! 有言実行、ゾロが本当に鉄切れるようになるわけだ。人間なのに本当よくやったわ。

 

 たしか、こんな。

 

「一刀流、居合」

 

 のそっ、と立ち上がり緋想の剣を構える。そしてそのまま剣をぐるんぐるん。緋想の剣には鞘がないから抜き身のまま、まわしてるけど。

 

「獅子歌歌!」

 

 シシソンソン、ああシシソンソン! もう響きがもうとてつもなくいいよね。そんで刃の方を下にして鞘(もちろん私は持つフリだ)を持つわけだ。そんでそこから芝を踏みしめ緋想の剣を構え……踏み込む! 抜く! 切る!

 

 トタッ、ズバッ、シャキーン! 抜く姿も切る姿も映ることはない。繰り出した次のページにはもう和銅一門字を納刀しているゾロ。後ろには血を流し倒れこむMR.1。今の私はゾロだ。これ以上ない必殺の居合切りを繰り出した。私には、西の海でその名を轟かせた賞金稼ぎの、倒れる音が聞こえる。緋想の剣は私の腰下に。そう、私は今彼を、鉄を切ったのだ。そして、最後の一言。これははずせまい。

 

「礼を言う」

 

「あら、あなたと私の仲ですもの。お礼なんてよろしいですわ」

 

「俺はまだまにゃあああああああああああああああああああああ!!」

 

「まあ、うるさいこと。いったいどうなさったのかしら」

 

 カッコよくキメる私の前からなんともうさんくさい女性の声。空間にすきまを開け上半身だけを出している。彼女の後ろの空間から、無数の目が、ぎろっと私をみつめていた。

 

「ゆ、ゆ、ゆ」

 

「幽々子なら冥界に」

 

「ちゃうわ! 紫、アンタ、い、い、いつから」

 

「? なにか? 私はついさっきここにスキマを開けてここにきたのですけど」

 

「そ、そうよね。私の真ん前に現れたんだし。なにも見なかったわよね」

 

「ええ、あなたが刀をぐるぐると回してるとこからぐらいしか見てませんわ」

 

「しっかり目撃してんじゃないのちくしょう!!」

 

 うふふ、と紫は笑う。こんなやつなのに、漏らすのは鈴の鳴るような、かわいい声なのが余計に腹が立つ。そういえばこいつは顔を出したときから扇子で口元を隠してやがった。淑女気取りやがって。おまえの実年齢××歳なの知ってるんだぞこっちは。

 

「お気に召してなによりですわ。私の秘蔵のコレクションの一つ、貸した甲斐があったというものです。そこまではまってくださると貸し手冥利に尽きますわ」

 

「もうやめてよ頼むから……でもそうね、感謝してるわ。久々におもしろいもの見れたし。居合の藁代わりにしなくてよかったわほんとに」

 

「そんなことしてたらうついねですわ、うついね」

 

「『うついね』?」

 

「美しく残酷にこの大地から住ね」

 

「よかった! ぶったぎらないで本当によかった!」

 

 訳すれば、なにやってくれてんのこのやろうマジぶっころすわ、だ。妖怪の賢者たる八雲紫にこの台詞を吐かれて、いまだにこうして生きていることは私の数あるうちの自慢の一つだったりする。

 

「賢明な選択だったわね。もしこの漫画がずんばらりんになってあなたの足元に転がっていたのならば、迷わず私はあなたを八つ裂きにしたうえで死神のところに引き渡していたでしょう。いやそれよりもまず永琳の下に赴いて蓬莱の薬を……」

 

「タンマ、タンマ! 発想が物騒すぎるわアンタ!」

 

「あら、そういえば50巻以降がないようだけど、あなたもしかして……」

 

「衣玖! 衣玖が先に読んでるの! だからここにないだけ!」

 

「まあ、苦しい弁解。最後に言い残しておくことは?」

 

「よし、やったろうじゃないの! 言葉でだめなら暴力でって昔から相場は決まってるのよ! スペルカード出しなさい、けちょんけちょんにしてやるわ!」

 

「スペルカード? なにそれおいしいの?」

 

「おい幻想郷の管理者! 自分から率先してルール破ってんじゃないわよ! ちょっと待って扇子こっちに向けないで! まずスペルカード出しなさいって、出しなさいってばぁ!」

 

 どっかーん、ばっこーん、ずっぎゅーん。普段物静かな天界に、しばらく弾幕の雨が降り注いだ。クレーターができたり、電車がぶっささったり。あ、結局スペルカード宣言はちゃんとしました。

 

 ちなみに勝ったのは私こと比那名居天子。天地開闢プレスで頭をかちわってあげた。もっとも紫のほうもものっそい手加減してたけど。

 

「ばたんきゅー」

 

「参ったかこんちくしょう。……で、アンタなんでここに来たの。私と遊びに?」

 

「微妙にちがいますわ。あなたで遊びにきたのです」

 

「うっさい。漫画返しにもらいに来たんだったら、今は返せないわよ。まだ全部読んでないし50巻から先は衣玖が持ってってるから」

 

「別にまだそのつもりはありませんわ。じっくりと堪能なさってくださいませ。確か56巻まで貸したから……ああ、あそこまでですわね、ふっふっふ」

 

 すごく悪い笑みをその顔に浮かべ、扇子で口元を隠す。なんだ、56巻に、その先になにがあるんだ。衣玖、早く帰ってきて。すごい気になる。

 

 このワンピースという漫画、目の前のババアから借り受けた者こそ私だが、一番に読んだのは私ではない。衣玖だ。あの実にうっとおしい従者は、半ば押しつけられるようにして借りたこれを私より先に読みやがった。そのときの私といえば、父親から押しつけられた勉強からとうとう逃げ切れなくなって多量の本を読んだあとだったから、しばらく書物などみたくもない気分だった。活字恐怖症とでもいえばよいだろうか。そんなときに60冊近い本を与えられても、誰が読む気がおきようか。その膨大なページ全てにおいて、字は最小限であり、ほとんどが絵で埋められているなど、この幻想郷に住む者の誰が想像できようか。

 

 そういうわけで私は借り受けたその本の山を、自室の隅に放置していた。それをあの馬鹿は目敏く見つけた。朝、私を起こしに部屋に入ってきたときに、あいつは一巻を手に取った。昼、外出していた私が帰ってきたときには七巻に取りかかっていて、片時も目を離さず読みふけっていた。夕方、天人の歌合わせから帰って来たときもまだ読んでいたので、さすがに声をかけたら「ちょっと黙っててくれませんか総領娘様」とかぬかしやがった。むかついたので緋想の剣で切りかかったら、カウンターで全力の電撃を喰らい意識を手放した。夜、気絶した私が目を覚ましたら、「ちょっと借りてきますね」と一言残して何冊か持って帰って行った。以上の流れは翌日にも行われた。この数百年の生の中で、あのときほど誰かに殺意を覚えたことはない。

 

 ちなみに今はというと、別にそんな怒っていない。というのも一連の行動に似たようなことを、そのあと私もやっちゃったからだ。ワンピースという漫画はとてもおもしろいものですねてへぺろ。

 

「56巻まで読み終わったら言ってください。残りの19冊を貸してあげますわ。続きの巻が発行されたらもちろんそれも」

 

「19冊……まだ読んでないのを合わせて25冊……いま読んでるので全体のちょうど3分の2かぁ……」

 

 残りは3分の1だ。まだけっこうある。私は心のなかで、ぐっとこぶしを握りしめた。楽しみはまだ当分続く。それがわかること自体に心が躍る。楽しくなる。わくわくする。

 

 顔に出ていたのだろうか。紫が私を見て、くすっとほほを緩ませた。気恥ずかしくなって、私は紫から目をそむけた。

 

「ねぇ天子」

 

 紫が呼びかける。私はちょっと不思議に思った。今の言葉の響き、なんというか、言葉に表すのなら、やけに“真摯”だ。紫らしくない。少なくとも、私の知ってる紫とは。

 

「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」

 

「な、なによ。

 

「あなた、この漫画を見てどう思った?」

 

「どうって……おもしろかったけど」

 

「それ以外は?」

 

「それ以外?」

 

 なんだか変なことを聞くなあ。

 

「んー剣技でちょっと参考になる部分があったわね。あと悪魔の実が私たちの能力みたいだなーとか、世界のいろいろなところを探検できるって楽しそうとか」

 

「それよ」

 

 びしっ、と紫は閉じた扇子を私に向ける。そのなんだか有無を言わさない雰囲気に、私はすこし身体をのけぞらせた。

 

「未知への探求、世界の冒険、この物語はそんな要素が詰まった海洋冒険ロマン。確かにこれらは物語を楽しませるスパイスとしての役割を十二分に果たしている。いえ、もはやスパイスではなく食材、つまり根幹とももはや言えるでしょう。普通ならば特段何も問題はない。しかしここは幻想郷。普通ならばなんら支障のないものが、世界を殺す毒となりうることがあるのです」

 

 ここは幻想郷。その言葉に私は確かな重みを感じた。普通ならば取るに足らない、聞き流される言葉だが、ここに生きる者にとっては至言だ。心に刻まなければならない。人であっても、妖怪であっても。

 

「天子、あなたは外界に住んでいたことがあるわよね?」

 

「ええ、名居の一族の功績が認められ天人となるまでは。でも、それがなにか?」

 

「大事なことよ、外界を知っているということは。ねぇ天子、もしこの漫画を、外界を知らず、幻想郷だけで生まれ育った者が読んだとき、まず最初にどんな感想を持つと思う?」

 

「どんな感想?」

 

 またよくわからない質問をする。正直なにをどう答えればいいのかさっぱりだが、一応考えてみる。なにより、こいつにわからないと言うのは癪だ。

 

 少し考えて、ぴん、と閃いた。

 

「――海ってこういうとこなのか」

 

「――そうよ」

 

 紫は神妙な面持ちで頷いた。

 

「幻想郷には外界のだいたいの環境がある。平野があれば森もある。山もあれば川もある。梅雨も来れば雪も降る。ただし――海だけはない」

 

 幻想郷では海の魚も塩も流通されてはいるが、その全てが妖怪経由、そして大部分がこいつの手によるものだと聞く。どこまでが与太なのかは目の前のこいつの他ごく一部にしかわからないが、幻想郷の住人が海に接せず、その恩恵だけを享受していることは確かだ。もちろん、天子も知らない。

 

「幻想郷の住人は、海を知らない。砂漠を知らない。街を知らない。国を知らない。知らない、知らない、知らない――いま私たちを取り囲んでいる『世界』のことをなにも知ることはない。そんな者たちがもし、外界の環境を、情報を詳細に知ってしまったら、あまつさえその知る手段が旅行案内の子冊子のような、人々の興味関心を惹起させるようなつくりをしていたとしたならば――どうなると思う?」

 

 ここまできて、ようやく紫の言いたいことが呑み込めた。そして、いつになく真剣になっている理由も。絶対に、いまわかったなど、なるほどなどという言葉など漏らさないが。

 

「――そこに、行ってみたくなる」

 

 最初からあなたの言いたいことなんてわかっていますよ、というような態度をよそおい、言う。つまるところ、吐き捨てるように、興味なさげに言った。

 

「――正解」

 

 ふふっ、と声に出して紫は微笑んだ。ちくしょう、かわいい。

 

「行ってみたくなる、つまりは幻想郷を飛び出そうと考えることになる。一人一人がそう考えるようになって実行するのは勝手だけど、みんながそう思うようになるのは勘弁願いたいわ。そういう意味で、この漫画は幻想郷全体に影響を及ぼす。聖書みたいなものね。読んだ者を外界に導くためのバイブル。私としては悪徳宗教に誘うための有害冊子といった感じですけど。――ああ、もちろんこの漫画を貶とすわけではないわよ。あくまで幻想郷に広めたときの側面を考えれば、です。物語としてはすばらしい作品ですわ」

 

「言いたいことはわかったけど、いや最初からわかってたけど。じゃあなんで私に見せたの。あんたの危惧が現実のものになるなら、これは誰にも見せちゃいけないものなんじゃないの?」

 

「そうね、色々理由はあるけれど」

 

 紫はここで言葉をためた。

 

「一番の理由はあなたが幻想郷一の暇人だと考えたからですわ」

 

 ぶっとばすぞてめえ。

 

「そういきりたたないでよ、割とまっとうな理由なのよ? まず暇人であるってことはそれだけ刺激を求めて、探究心に満ち溢れているわけでしょ。私の危惧が現実のものになるかどうかの判断においては、格好の素材だと思わない?」

 

 そう言われると、確かに。こいつは言った。『一人一人がそう考えるようになって実行するのは勝手だけど』と。天子がもしこの漫画に感化され、外界に出るのを望むようになってもそれはそれで、ということなのだろう。幻想郷的には、なんの問題もない。

 

「もちろん暇人は霊夢をはじめとして他にもいろいろいらっしゃいますけれど、霊夢は出て行かれたら困るし、力の強い妖怪が抜けられると調整がいろいろ面倒ですし。幻想郷にあまり影響力がなく、かつ、暇人、という条件ならばあなたがうってつけだったのですわ」

 

 こいつ、わざわざ暇人の部分をわざわざ強調しやがった。やっぱぶっとばす――って、あ。

 

 私は振り上げた拳を下ろした。

 

「もしかして紫……衣玖に読ませたのってまずかった?」

 

 いま説明された理屈で考えると、この漫画を読む人間は最小限に留めて置きたいはずだ。そして理由はどうあれ、紫はこの漫画を「私に」貸してくれたのだ。衣玖にではない。貸りたときに何も言われなかったとはいえ、こいつにとってみれば、衣玖に読ませたことは又貸しにも似たようなことだ。こちらに少しばかり、信義にもとるようなことがあるだろう。だから、うん、ちょっと、殴るのは気が引ける。

 

 紫は一瞬目を見開き、そして、ふふっと口元を扇子で隠し微笑った。

 

「わたし、あなたのそういうところ好きですわ」

 

 気づけば紫のどてっ腹に、今日最速のグーパンを叩きこんでいた。自分でもこの反応の速さにびっくりだ。行動のあとに、思考が追いついていた。つまるところ反射的に、というわけだ。

 

 紫がけほけほとせき込む。うつむいて腹をおさえてはいるが、口元がこれ以上なく歪んでいるので大丈夫だろう。そんなことより、自分だ。やばい。顔が熱い。血がたぎって集まっている。いますぐここから逃げ出したい。それでもこの場に留まっているのは、紫への慙愧の念のためだ。大丈夫だとわかっていても、それでもだ。

 

「――謝らないわよ!」

 

 腕を組み、脚を開き、仁王立ちの態勢で、それでも顔は紫を見れずに、ぷいと明日の方向を向いた。そうだ、私は悪くない。急にあんなこと言うほうが悪いのだ。

 

「――そうね、私が悪かった。悪うござんした。……そういうことにしといてあげるわ」

 

 横目でちらりと、紫のほうをみると片方の手で腹をおさえぷるぷると震えながら、もう片方の手で扇子を持ち、口元を押さえていた。あの扇子の裏には見るにも堪えないような邪笑が浮かべられているのだろう。まったく本当に性格の悪いババアですこと。

 

 結局、私と紫ともに平素の状態に戻るには、5分の時間を要した。その間、私は一生分の深呼吸をしたと思う。ええい、顔色が変わるなんて現象、なければいいのに。

 

「それで、ええっと、どこまで話しましたっけ」

 

「私も忘れちゃったわ……ああ、そうそう、衣玖に読ませて良かったかという話よ」

 

「そうでした。それについては、問題ないといえるわ。元よりあなたに貸した時点でいつも付き添っている彼女に読まれることは想定の範囲内よ。彼女が他の者に広める可能性もなくはなかったけれど、見てたところ彼女はあなたの部屋でずっと読んでいたし、持ちだした本も途中からのだったでしょう。彼女はそういうところ、気を遣える方ですわ」

 

「絶対そんなふうに考えてなんかなかったと思うけど……」

 

 ただハマってただけだあれは、絶対。私が声をかけたときのあの剣幕といったら、それは萃香も裸足で逃げ出す勢いだった――って

 

「紫、あんた『見てたところ』って」

 

「はてさて。わたくしなんのことかさっぱりですわ」

 

 そう言って紫はかわいらしく小首をかしげた。おい、このスキマババア、年を考えろ年を。

 

「あんたののぞき見疑惑については後ほど追及していくとして、それでアンタとしては、この漫画をできるだけ広めてほしくないわけね?」

 

「いえ、別に」

 

「え?」

 

「いま説明したことはあくまで最悪のケース、恐らく心配しすぎな部類にはいるでしょう。近代化社会の産物がある程度流れているのはいままででもあったこと。そんなことで幻想郷が崩壊するならとっくにもう崩壊していますわ」

 

「そ、そう……」

 

 じゃあなんで深刻な問題ぶって話したんだ。真面目に付き合った自分が馬鹿みたいだ。でも腹はたっていない。むしろそれよりひどい。どん引きしている。

 

「茶目っ気いっぱいなゆかりんをゆるしてくださいな。まぁ一応、この話をした意味は、私なりにはあるのだけれど」

 

「なによ」

 

「あなたは、この漫画のような冒険がしたい?」

 

 紫はいつになく神妙そうに聞いた。顔色を窺うような、紫に似つかわしくない聞き方だった。私はというと、一瞬面くらったが、

 

「んーいや……いいかな」

 

 自然と、そう言葉を発していた。あまりにも自然に出てきて、私がびっくりしたぐらいだった。

 

「どうして? 幻想郷一の暇人さん?」

 

「暇人言うな。別にいいでしょそんなこと。ただ、普通にそう思っただけよ」

 

 言葉ではそう返したが、頭の中はまるでもやがかかったかのようにすっきりとしなかった。

 

 なんでだろうか。なんか、私らしくない。

 

「……そうですか」

 

 そう漏らすと、紫は扇子を広げ振った。空間に裂け目が走りその中から多数の眼が天子をみつめていた。

 

「勝手ながら私はこれでおいとまさせていただきますわ。今度来るときには、ワンピースの残りを持ってきますわ。では」

 

「明日」

 

 私は言った。

 

「明日持ってきなさい。持ってきたら、お茶ぐらいは出してあげるわ」

 

 私がそう言うと、紫はすこし間を置いて「ええ」と答えてスキマの奥に消え、そしてスキマ自体も消えていった。

 

 そうして、私は一人になる。やわらかな風がほおをなで、髪をゆらす。空気は澄み、どこかの部屋から漏れ出ているのか香のかおりがする。空には少しばかりの雲が泳ぐも、その太陽はおおわれることなく心地よい日差しが降り注いでいる。誰かの元におもむけば、歌を詠み、酒を交わすこともできるだろう。それが天界。この世の極楽。いつもの天子の住む世界。

 

「……なんでだろう」

 

 比那名居天子は退屈を嫌う。マンネリを嫌う。ときにはそれを払拭するために、異変さえ起こしたこともある。退屈は神をも殺すのだ。天人などいわずもがな。

 

「外に出れば、退屈なんてしないのにな」

 

 自然と、断りの言葉がでたことが、自分でもよくわからなかった。ムジュンしている。退屈なんて、なくなればいいと思っているのに。

 

 ただ、不思議と心は澄みきっていた。なんの後悔もない。百回同じことを聞かれても、百回同じ答えを返す。不思議で奇妙な、けれど私の奥底にずっと居座って動かない、確信がそこにあった。

 

「総領娘さまー」

 

 しばらくぼうっとしていると、衣玖が飛んできた。赤と白のフリルをはためかせている。その腕には、ワンピース6冊分が抱えられている。

 

「どうしたのですか。ぼうっとして。総領娘様らしくないですね」

 

「……そうね、私らしくないわ」

 

「? ますますらしくないですね」

 

 私は衣玖に、先ほどのことを説明した。紫の説明のこと、外に出たいかと聞かれたこと、それに私が断ったこと。最初のうちは真剣に聞いていた衣玖だったが、しだいに口元が緩んでいき、最後にはニヤニヤといった表現しかできないものにまでなっていた。

 

「なによ、そんな顔して。ぶんなぐるわよ」

 

「それはご勘弁を。でも、そうですねぇ。これは、私の口からはとてもいえませんねぇ。こういうのは、自分でわからないと」

 

 そう言った衣玖はとてもイイ笑顔をしていた。とりあえず一発殴っといた。かなり手加減して、頭をごつんといったかんじで。

 

 衣玖はいったぁ~と頭をさすった。まあそんな強くしてないので、過剰にやっているだけだろう。……そうだよね?

 

「私から言えることは……そうですね、総領娘様が幻想郷の方々に接することで、培われてきたものの所産としか」

 

「なによ、それ?」

 

「紫さんがどうして、ワンピースを全巻一気に貸さなかったか、わかります?」

 

「さあね」

 

「もっと総領娘様に会いに行きたいからですよ」

 

「……」

 

「おもてになられるのですね。総領娘様」

 

 そう言うと衣玖は、用事があるので、と私の元を去って行った。51巻から56巻までの、計6冊を置いて。私は、自身で積み上げた、漫画の塔を見る。衣玖のものと合わせて56冊、いま75巻まで出ているので、残りは紫が19冊。

 

「……続き読も」

 

 50巻を手に取り、開く。いまはまだ昼。今日中にはいまあるものすべて、読み終わっているだろう。明日はまた紫が来る。残りの19冊を届けに。いまから楽しみだ。この漫画の感想戦だってやったっていい。お茶もしっかり出そう。飲むまで帰さないととりあえず言って。なくなりそうになったら勝手にそそいで。

 

 こんなに、明日が楽しみなときがあっただろうか。そしてそれそのものを、こんなにも楽しんだことがいまだかつてあっただろうか。

 

 やはり、いま、わたしは。充実した時間を過ごしている。

 




場面転換なしで10000字近いとは……。

次回からONE PIECEが舞台となります。しばらくオリ設定が続きますがご了承ください。

ストックがないので、次回更新はしばらく先になるかと思われます。

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