鬼滅の刃 〜星空を舞う蝶〜 作:ありす(旧名:紅茶・ルミエール)
許さない……っ! 私の姉妹を……! 私たちの場所を……!」
しのぶの細身の体から、信じられないほどの殺気が噴き出した。それは、普段の彼女からは想像もできないほどの、純粋な怒りだった。玄鉄の放った弾丸がカナエを巻き込んだのを目撃した瞬間、彼女の冷静な理性は吹き飛び、瞳の奥に鬼への憎悪が燃え盛る。その視線の先には、玄鉄の姿が映っていた。
「『虫の呼吸』 蜻蛉ノ舞・複眼六角!」
しのぶは、血を吐きながらも、よろめく体を必死に支え、玄鉄へと向かって駆け出した。その動きは、先ほどまでの冷静さを欠き、ただひたすらに玄鉄の頸へと突き進む、無謀な突撃だった。刀身の先端に意識を集中させ、全速力で鬼の懐に飛び込もうとする。
「ほう? 自暴自棄か? その程度で俺を殺れるとでも思ったか、雛鳥が!」
玄鉄は、しのぶの突撃に嘲笑を浮かべた。彼は、その巨体に見合わない素早い動きで、しのぶの攻撃を紙一重でかわす。しのぶの刀が、空を切る。玄鉄は、その細身の体を侮るかのように、巨大な金属製の腕でしのぶを払い除けた。
「ぐっ……!」
しのぶの体は、枯葉のように軽々と宙を舞い、そのまま廃屋の壁に叩きつけられた。壁は大きくひび割れ、土埃が舞い上がる。肺から空気が押し出され、さらに激しい咳き込みが彼女を襲った。怒りに任せた攻撃は、強敵の前では通用しない。その事実が、再び彼女の心に絶望を呼び起こそうとする。
「しのぶ!」
その時、爆煙の中から、カナエの声が響いた。爆発に巻き込まれたカナエだったが、致命傷は避けていた。血を流しながらも、彼女は日輪刀を杖のように使い、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫! しのぶ! 私も、あげはも、まだ戦えるわ!」
カナエの言葉に、あげはもまた、顔を上げた。右脚の痛みで顔を歪ませていたが、その瞳には、諦めないという強い意
志が宿っていた。
「そうだよ、しのぶ! まだ、まだ終わってないよ!」
そして、背後から、重厚な足音が近づいてくる。
「南無阿弥仏……。我ら鬼殺隊は、鬼を屠るまでは…倒れない…!」
悲鳴嶼行冥が、静かに立ち上がった。彼の巨躯は、先ほどの衝撃で僅かに傾いているようにも見えたが、その瞳からは、一切の迷いが消え失せていた。彼の手には、鉄球と斧がしっかりと握られている。
三人の声が、しのぶの耳に届く。その声は、彼女の心の奥底に沈んでいた理性と、鬼殺隊士としての矜持を呼び起こした。そうだ、自分は一人ではない。姉たちが、恩人が、そばにいる。憎しみに囚われてはならない。冷静に、確実に、鬼を仕留める。
しのぶは、荒い息を整え、ゆっくりと日輪刀を構え直した。その瞳から、怒りの色は消え去り、代わりに、氷のように冷たい殺意が宿っていた。
「ごめんなさい、姉さんたち。悲鳴嶼さん。少し、冷静さを欠きました」
彼女の謝罪の言葉に、カナエは優しく微笑み、悲鳴嶼は静かに頷いた。あげはは、しのぶの顔に、いつもの冷静さが戻ったのを見て、安堵の息を漏らした。
「心配いらない。だが、次の攻撃で仕留める。総力戦だ。あげは達、援護を頼む…」
悲鳴嶼の言葉に、三姉妹は強く頷いた。
「「「はい!」」」
玄鉄は、立ち直った鬼殺隊士たちを見て、顔を歪めた。
「何だ……? あの時の爆発で、確実に仕留めたはず……! まだ立つとは、しぶとい鬼狩りどもめ!」
玄鉄は、苛立ちの表情を浮かべながら、再び銃を構えた。だが、その銃口が向けられる前に、悲鳴嶼が地を蹴った。
「『岩の呼吸』 伍ノ型・瓦輪刑部!」
悲鳴嶼の巨体が見合わぬ速度で宙へ飛び上がり、回転する鉄球と斧を伴い、猛烈な勢いで玄鉄に迫る。それは、まるで巨大な車輪が地面を削りながら突き進むかのような、重厚かつ素早い連続攻撃。玄鉄は、銃弾を放とうとするが、悲鳴嶼のあまりの速度と質量に、間に合わない。鉄球と斧が、玄鉄の肉体を容赦なく叩き潰す。
「ぐあああっ!」
玄鉄の断末魔が響き渡る。彼の体は、岩の呼吸の重厚な打撃を受け、原型を留めないほどに砕け散った。だが、下弦の鬼。その生命力は尋常ではない。砕けた肉片が、瞬く間に再生していく。玄鉄は、再生したばかりの身体で、苦悶の表情を浮かべながらも、再び銃を構えようとした。
その再生の隙を、三姉妹は逃さなかった。
「『花の呼吸』 弐ノ型・御影梅!」
カナエは、悲鳴嶼の背後から、流れるような剣技で玄鉄の腕を狙う。その刃が、再生途中の鬼の腕を切り裂く。玄鉄は、腕が再び砕かれた痛みに顔を歪めた。「これしきの傷など…!」
「『虫の呼吸』 蝶ノ舞・戯れ!」
しのぶは、玄鉄の視線がカナエに向いている隙を突き、死角から高速で接近する。その細身の刀が、再生しきっていない玄鉄の肉体を何度も突き刺し、猛毒を注入していく。
「貴様ぁあああああ!」
玄鉄は、毒の痛みにのたうち回る。彼の再生能力が、毒によって阻害されているのが見て取れた。しかし、彼はまだ諦めない。残された左腕で、銃を構えようとする。
その最後の行動を、あげはが許さなかった。
「『星の呼吸』 陸ノ型・螢星鳳凰!」
あげはは、左腕の痛みにも耐え、力強く刀を振り上げた。刀身が星の輝きを宿し、鳳凰が天に舞い上がるかのような壮麗な斬り上げが、玄鉄の残された腕を、根本から切り裂いた。玄鉄の銃が、無残にも地面に落ちる。
「くそっ……! この私が……!」
玄鉄は、もはや反撃の手段を失った。彼の身体は、悲鳴嶼の攻撃としのぶの毒、そして三姉妹の連携によって、満身創痍となっていた。
「南無阿弥陀仏……。慈悲を与え給え」
悲鳴嶼は、再び地を蹴った。
「『岩の呼吸』 肆ノ型・流紋岩・速征!」
その巨体からは想像もできないほどの速度で玄鉄に肉薄し、斧が、鉄の暴風となって玄鉄の頸を狙う。
「させるかぁああああああ!!!」
玄鉄は、最後の力を振り絞り、砕け散った肉体から、無数の金属片を生成し、周囲に散らばらせる。それは、まるで地雷のように、着弾すると同時に爆発する。
しかし、悲鳴嶼は、その金属片の嵐をものともしない。鉄球と斧を巧みに操り、爆発する金属片を叩き落とし、道を切り開く。
そして、その背後から、三姉妹が悲鳴嶼の突破を援護する。
「『花の呼吸』 陸ノ型・渦桃!」
カナエは、高速で回転しながら刀を振るい、渦巻く桃色の斬撃で、悲鳴嶼に迫る金属片を次々と打ち払う。
「『虫の呼吸』 蜻蛉ノ舞・複眼六角!」
しのぶは、爆発する金属片の間を縫うように、正確無比な突きで玄鉄の再生をさらに阻害する。
「『星の呼吸』漆ノ型・星羅雲武! 」
あげはは、風圧を伴う回転斬りで、玄鉄の首を狙ながらも周囲の金属片を弾き飛ばし、悲鳴嶼の最後の一撃を確実にアシストする。
「南無阿弥陀…!」
悲鳴嶼の斧が、玄鉄の頸に深く食い込んだ。玄鉄の頸は、凄まじい音を立てて弾け飛び、彼の身体は、日の光を浴びた鬼のように、瞬く間に塵となって消滅していった。
静寂が、廃村を包み込んだ。残されたのは、荒れ果てた家々と、鬼が消え去った後の冷たい空気だけだった。
「終わった……」
あげはが、安堵と疲労に満ちた声で呟いた。彼女は、その場に崩れ落ちそうになる体を、辛うじて日輪刀で支える。左腕と右脚の傷が、ズキズキと痛んだ。
カナエは、しのぶとあげはの元へ駆け寄った。
「しのぶ! あげは! 大丈夫!?」
カナエの問いに、しのぶはかすかに頷いた。
「ええ……なんとか。カナエ姉さんも……」
しのぶは、立ち上がろうとしたが、全身の痛みに顔を歪め、再び膝をついた。玄鉄の血鬼術による爆風は、予想以上に体に深いダメージを与えていた。
「私も、大丈夫よ。かすり傷だわ」
カナエは、そう言いながら、しのぶとあげはの傷口を確認した。すぐに蝶屋敷で治療する必要がある。
悲鳴嶼が、ゆっくりと三人の元へ近づいてくる。彼の巨体は、疲労の影を見せていたが、その表情には、安堵と、そして弟子たちの成長に対する喜びが浮かんでいた。
「南無阿弥陀仏……。よくぞ、持ちこたえた。そして、よくぞ、最後まで連携した」
悲鳴嶼の言葉は、普段よりも少しだけ、感情が込められているように聞こえた。彼は、三人の頭に、それぞれ優しい手で触れた。その温かさが、三人の疲労困憊の体に染み渡る。
「お前たちは、本当に強くなった。特に、しのぶ。あの時の怒りは、私にも感じられた。だが、最終的に理性を保ち、的確な判断を下したこと、評価する」
悲鳴嶼の言葉に、しのぶは俯いた。自分の未熟さを痛感すると同時に、師に認められたことに、わずかな誇りを感じていた。
「あげはも、星の呼吸で、私を何度も援護してくれた。あの防御は、あの玄鉄の血鬼術をも防ぐとは、見事だった」
あげはは、悲鳴嶼の言葉に、嬉しそうに顔を上げた。左腕の痛みが、少しだけ和らいだような気がした。
「カナエも、常に冷静に状況を判断し、的確な行動を取っていた。お前たちの連携は、まさに柱に相応しいものだった」
悲鳴嶼の言葉は、三姉妹の胸に深く刻まれた。師である悲鳴嶼からの、直接の賛辞。それは、何よりも彼女たちの自信となった。
「さあ、この場は危険だ。すぐに蝶屋敷に戻り、傷の手当を」
悲鳴嶼の言葉に、三人は頷いた。夜空には、厚い雲が去り、満月が静かに輝き始めている。その光が、傷ついた彼女たちを優しく照らしていた。
今回の戦いで、三姉妹は鬼の強さと、柱としての重責を改めて肌で感じた。しかし、それ以上に、師との共闘、そして姉妹の絆の強さを再認識した。