鬼滅の刃 〜星空を舞う蝶〜   作:ありす(旧名:紅茶・ルミエール)

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今回はカナヲが登場しますよ〜。
カナヲ視点になります。


もう1匹の蝶

私は、いつからこんな生活を送っていたのだろう。物心ついた頃には、もうこの場所だった。薄暗い、埃っぽい部屋。冷たい床。そして、いつもお腹が空いていた。

 

「お前なんていなければ」

 

そんな言葉を、毎日聞かされていた。私は、何も言わない。何も感じない。そうすれば、痛みが少しだけ和らぐ気がしたから。感情を持つことは、私にとって、ただ苦痛を増やすだけだった。だから、私は、何も考えないようにした。何も感じないようにした。

 

声を出さないようにしていた。殴られるから。殴ったら泣いて、また殴られる。拳の当たりどころが悪くて、朝起きると体が冷たくなっている兄妹が何人もいた。

 

 

ある日、私は、縄で繋がれて連れて行かれた。どこへ行くのかも分からない。ただ、連れて行かれるままに、足を進める。冷たい視線が、私に突き刺さる。罵声が、耳元で響く。

 

「顔だけはいいから、少しは高く売れるだろう」

 

そんな声が聞こえてくる。私は、何も反応しない。感情を殺す。そうすれば、この苦しみも、いつか終わるだろうか。

 

連れて行かれたのは、賑やかな人通りがある場所だった。しかし、私の周りだけは、まるで時間が止まったかのように、冷たい空気に包まれていた。私は、まるで商品のように、人々の前に晒される。

 

「この子、いくらですか?」

 

「いやあ、こんな汚い子、いらないよ」

 

そんな言葉が、頭上を飛び交う。私は、ただ俯き、地面の石ころを見つめていた。早く、この時間が終わってほしい。早く、この苦しみから解放されたい。

 

その時だった。

 

「ちょっと、そこの人たち!」

 

凛とした、しかしどこか優しい声が聞こえた。私は、ゆっくりと顔を上げた。そこにいたのは、三人の女のひとだった。三人とも、見たこともないような美しい羽織を身につけていた。

 

「あなたたち、その子をどうするつもりですか?」

 

真ん中の女の人が、私を指差して言った。彼女の瞳は、優しさに満ちていた。しかし、その奥には、強い意志が宿っているのが見て取れた。

 

「ああ? 何だ、お前ら。関係ねぇだろ」

 

私を連れてきた男が、不機嫌そうな顔で答える。

 

「関係なくありません。その子は、まだ幼い子供でしょう? そんな子を、まるで物のように扱って、一体どういうつもりですか?」

 

女の人の声が、少しだけ厳しくなった。その言葉に、私は、胸の奥が微かに揺れるのを感じた。私を、子供だ、 物ではない、そんなことを言われたのは、初めてだった。

 

「うるせぇな! こいつは、俺のもんだ!金がねぇから売っ払ってんだよ、 どうしようと俺の勝手だろ!そんなに欲しいなら金を払いな!」

 

男が、怒鳴りつける。その時、真ん中の女の人の隣にいた、少し背の低い女の人が、すっと前に出た。彼女の瞳は、鋭く、そして冷たい光を放っていた。

 

「そうなんですか? では、その子を買い取らせていただきましょうか」

 

その女の人は、そう言うと、懐から何かを取り出した。それは、大量の小判だった。彼女は、それを惜しげもなく地面にぶちまけた。

 

「これで、その子の身柄を買い取らせていただきます。さあ、どうぞ」

 

地面に散らばる小判の山に、男の目が釘付けになった。彼は、驚きと欲にまみれた表情で、小判を拾い集め始めた。

 

その隙に、背の高い女の人が、私の手を取った。彼女の手は、驚くほど温かかった。

 

「さあ、行きましょう。もう、大丈夫よ」

 

私は、彼女の言葉に、何も言えなかった。ただ、彼女の温かい手に引かれるまま、歩き出す。男は、小判を拾い集めるのに夢中で、私たちが去っていくことには気づいていないようだった。

 

私たちは、男から離れると、そのまま走り出した。私は、生まれて初めて、誰かに手を引かれて走った。その手は、決して離れることはなく、温かかった。

 

「姉さん、派手に逃げ切ったね!」

 

少し後ろから、もう一人の女性の声が聞こえた。彼女は、私たちを追いかけるように走っていた。彼女の羽織は、夜空のような深い青色で、星のような模様が散りばめられていた。

 

「ええ、あげは。これで、この子はもう大丈夫よ」

 

真ん中の女の人が、後ろを振り返り、私に優しく微笑んだ。その笑顔は、まるで春の陽だまりのように温かく、私の凍り付いた心を、少しだけ溶かしていくようだった。

 

私たちは、しばらく走り続け、やがて、大きな屋敷へとたどり着いた。そこは、今まで私がいた場所とは、まるで違う場所だった。明るくて、清潔で、そして、温かい空気が漂っていた。

 

「さあ、着いたわよ。ここが、あなたの新しい家よ」

 

真ん中の女の人が、私に言った。新しい家? 私に、そんなものが?

 

屋敷の中に入ると、すぐに湯気の立つ風呂場へと連れて行かれた。生まれて初めての風呂だった。温かい湯が、私の汚れた体を包み込む。髪を洗ってもらい、体を拭いてもらう。その全てが、私にとっては初めての経験だった。

 

「気持ちいいでしょう? 綺麗になったら、もっと可愛くなるわよ」

 

背の低い女の人が、私の髪を優しく撫でながら言った。彼女の指先は、とても繊細で、優しかった。

 

風呂から上がると、清潔な着物を用意してくれた。今まで着ていた、ボロボロで汚れた服とは、まるで違う。柔らかくて、温かい。

 

そして、食事が運ばれてきた。温かいご飯と、味噌汁。そして、焼き魚。どれも、今まで食べたことのない、美味しいものばかりだった。私は、ゆっくりと、その食事を口に運んだ。

 

「美味しい?」

 

真ん中の女の人が、私に尋ねた。私は、小さく頷いた。言葉は、まだ出てこなかったけれど、その美味しさは、私の心を温かく満たしていった。

 

「たくさん食べて、大きくなるのよ」

 

背の低い女の人が、私の頭を撫でた。

 

「そうだよ! いっぱい食べて、元気になろうね!」

 

星の羽織の女性が、私の隣に座り、優しく微笑んだ。彼女の笑顔は、まるで夜空に輝く星のように、私を安心させてくれた。

 

私は、三人の女の人に囲まれ、温かい食事を摂っていた。今まで感じたことのない、温かさと安心感。それは、私の心を、ゆっくりと、しかし確実に溶かしていくようだった。

 

まだ、言葉は話せない。感情も、まだはっきりとは分からない。けれど、この温かさは、私にとって、かけがえのないものになるだろう。

 

私の新しい生活が、今、始まった。

 

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