鬼滅の刃 〜星空を舞う蝶〜 作:ありす(旧名:紅茶・ルミエール)
住宅街での任務を終え、夜の闇に三体の鬼が消え去った後も、胡蝶三姉妹はしばらくその場に留まっていた。残る鬼の気配がないことを確認し、ようやく張り詰めていた緊張の糸を緩める。
「カーーーーッ!胡蝶カナエ!胡蝶しのぶ!胡蝶あげは!コチラノ指示ニ従イ、藤ノ花ノ家紋ノ家ヘ向カエ!カーーーーッ!」
あげはの肩に止まっていた鈴蘭が、いつも通り甲高い声で指示を伝えてきた。
「はいはい、分かったわよ、鈴蘭。もう少し声のトーンを落としてくれないかしら?」
しのぶがため息混じりに言うが、鈴蘭は全く気にした様子もなく、再び夜空へと飛び立っていった。
「さて、行きましょうか。私たちも疲れたでしょう?」
カナエが優しく微笑むと、あげはは大きく頷いた。身体のあちこちが軋み、足元もふらつきそうになる。やはり、実戦での疲労は想像以上だった。
鈴蘭が示す方角へ歩くこと数十分、ひっそりとした住宅街の一角に、藤の花の家紋が掲げられた屋敷が見えてきた。門構えは質素だが、手入れの行き届いた庭には、美しい藤の木が植えられている。
門をくぐると、すぐに人の良い老夫婦が深々と頭を下げて出迎えてくれた。
「ようこそ、鬼殺隊の皆様。遠路はるばるご苦労様でございます。ささ、どうぞお上がりください」
その温かい歓迎に、三人はホッと胸を撫で下ろした。案内された部屋は、清潔で広々としており、温かい布団が既に敷かれている。
「まずは、お風呂の用意ができておりますので、どうぞごゆっくりなさってください。その間に、夕食の準備をいたします」
老婦人の言葉に、三人の顔がパッと明るくなった。何日もまともに湯に浸かれていなかったのだ。
「ありがとうございます!」
あげはは満面の笑みで礼を言った。
一番風呂はあげはだった。湯船に浸かった瞬間、体中の筋肉が弛緩し、今日の激しい戦闘の記憶がじんわりと蘇る。日輪刀を振るう腕の震え、鬼の異様な姿、そして姉たちと協力して鬼を討ち果たした達成感。全てが、胸の奥で温かい光となって輝いていた。
(私、ちゃんと鬼殺隊士になれたんだ……!)
湯船から上がると、すぐにカナエとしのぶが入れ替わりで風呂に入った。あげはは用意された浴衣に着替え、縁側で夜風に当たった。空には満月が浮かび、遠くで虫の音が聞こえる。
しばらくして、風呂から上がったカナエとしのぶも、湯上りの心地よい火照りを纏いながら、あげはの隣に座った。
「ふぅ……生きてるって感じがするわね」
カナエがふわりと息を吐き出す。その表情は、先ほどの戦場の顔とは全く違い、穏やかで慈愛に満ちていた。
「ほんと。やっぱりお風呂は最高だね!」
あげはが無邪気に笑う。しのぶは、浴衣の裾を気にしながらも、湯気で少し赤くなった頬で呟いた。「そうね……。最高だったわ。」三人は並んで夜風に当たり、火照った体を冷ます。ふと、しのぶが口を開いて言った。
「あんたの隊服、まさおのやつ、許さないから」
「えー? しのぶの方が動きにくそうだよ、その隊服」
あげはが純粋な疑問を投げかけると、しのぶはピクリと眉を上げた。
「これはこれで機能性を追求しているのよ! あんたみたいに、ただ短いだけのものとは違うわ!」
二人の他愛もないやり取りに、カナエはくすくすと笑い、あげはの頭を優しく撫でた。
「でも、あげは、今日の動き、本当に素晴らしかったわ。初めての実戦とは思えないほどよ」
カナエの言葉に、あげはは照れたように頬を染めた。
「玄斎様が、たくさん教えてくれたから。それに、カナエお姉ちゃんと、しのぶがいたからだよ」
「そうね……三人の連携は完璧だったわ。私も、しのぶも、あげはの星の呼吸には驚かされたわよ」
カナエが真剣な表情であげはを見た。
「あの『星の呼吸』は、どうやって編み出したの?」
しのぶも興味津々といった様子で、あげはに問いかけた。あげはは、玄斎の元での修行の日々、岩の呼吸の基礎から始まり、自分の身体に合った動きを模索したこと、そして『星の呼吸』を編み出した瞬間について、熱心に語った。
「最初は、岩の呼吸の踏み込みが全然できなくて、何度も転んで泥だらけになったんだ。でも、玄斎様が『お前の体はバネのようだ』って言ってくれて……それで、一瞬で力を爆発させるイメージが閃いたんだ!」
あげはが身振り手振りで説明する様子を、カナエとしのぶは真剣な眼差しで見つめていた。
「そう……玄斎様の教え、そしてあげはの才能が結びついたのね。本当に素敵な呼吸だわ」
カナエは感動したように呟いた。しのぶも深く頷く。
「あの速度と威力は、私たちにはないものだわ。今後の鬼との戦いで、きっと大きな力になると思う。」
夕食は、老夫婦が心を込めて作ってくれた山菜の天ぷらや煮物、炊き立てのご飯だった。どれも素朴ながら、温かく、疲れた体に染み渡るような優しい味だった。
「美味しい! 美味しいよ、カナエお姉ちゃん、しのぶ!」
あげはは目を輝かせながら、もりもりとご飯を頬張った。しのぶも珍しく箸を進め、カナエは皆の食事の進み具合を見て、満足げに微笑んでいた。
食後、三人は並んで布団に潜り込んだ。部屋の明かりを消すと、外から差し込む月の光が、部屋を淡く照らしている。
「ねぇ、カナエお姉ちゃん、しのぶ」
あげはが静かに問いかけた。
「私たち、これからずっと一緒にいられるかな?」
その言葉に、カナエとしのぶは、しばし黙り込んだ。鬼殺隊士の生活は、常に死と隣り合わせだ。任務で離れ離れになることもあれば、二度と会えなくなることだってあり得る。しかし、彼女たちは、この問いに、嘘偽りのない言葉で答えたかった。
カナエが、あげはの手をそっと握った。
「ええ、もちろんよ。私たちは家族だもの。どんな時でも、心はいつも一緒よ」
しのぶも、あげはのもう片方の手を握り、静かに言った。
「そうよ。……私は、あんたを、もう二度と一人にはしない」
しのぶの言葉には、かつて失った家族の温もりを取り戻そうとする、強い決意が込められていた。
「うん……!」
あげはは、二人の手の温もりを感じながら、涙が溢れるのを必死で堪えた。暗闇の中、三人の手が、しっかりと固く結ばれている。
「私たち、これからもたくさん、鬼を倒して、たくさんの人を助けようね。そして、いつか、鬼のいない世界にしようね!」
あげはの幼いながらもまっすぐな誓いの言葉に、カナエとしのぶは強く頷いた。
「ええ、必ず」
「そうね。……そのためなら、なんだってするわ」
夜は更け、三人の寝息が静かに部屋に満ちていくのだった。藤の花の家紋の家は、過酷な任務の合間に、彼女たちに安らぎと、そして明日への活力を与えてくれる、かけがえのない場所となるだろう。
はい、鬼の討伐先での泊まる場所なら、やっぱり藤の家紋の家ですね。
原作にはあまり出てこなかったですが、書くんだったら藤の家紋の家も入れたいなぁ、と思って書きました。
ちなみに、大正時代では風呂を沸かすのが大変だったので、週に数回程度が一般的だったそうです。
この家のおばあさん、優しいですね。
あと、姉妹(?)愛…、いいですよね。