鬼滅の刃 〜星空を舞う蝶〜   作:ありす(旧名:紅茶・ルミエール)

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次の任務です


夜の海に舞う

藤の花の家紋の家で心身を癒した胡蝶三姉妹は、翌朝、清々しい目覚めを迎えた。昨夜の激戦の疲れはすっかり消え失せ、体には新たな活力が満ちている。老夫婦が用意してくれた温かい朝食をとり、深く感謝の念を伝えた後、三人は次の任務へと向かう準備を始めた。

 

「カーーーーッ!胡蝶カナエ!胡蝶しのぶ!胡蝶あげは!次ナル任務ヲ伝エル!カーーーーッ!南ノ方角!漁港ニテ鬼ノ目撃情報!何ヤラ怪シイ術ヲ操ル鬼トノコト!直チニ向カエ!カーーーーッ!」

 

あげはの肩に止まっていた鈴蘭が、前回よりもさらに興奮した様子で、羽をバタバタさせながら告げた。

 

「怪しい術? 血鬼術を使う鬼ってことかしら……」

 

カナエが眉をひそめて呟いた。その声には、未知の敵に対する僅かな警戒と、それ以上の冷静さが滲んでいる。しのぶもまた、警戒するように腰に差した刀に手を伸ばす。その表情は引き締まり、既に戦闘態勢に入っていた。

 

「ふぅん……厄介ね。でも、三人なら大丈夫よ、カナエお姉ちゃん、あげは」

 

しのぶは、珍しく不安げな表情を見せず、むしろ闘志を燃やすような目をしていた。強力な鬼と聞いても、姉たちが一緒ならどんな敵にも立ち向かえると、あげはは胸の奥で確信していた。彼女の心には、恐怖よりも、守るべき人々への思いが強く宿っていた。

 

 

 

漁港へと向かう道中、三人は活気あふれる商店街を通り抜けた。朝早くから店を開き、威勢の良い声で客を呼び込む魚屋からは、新鮮な海の幸の匂いが漂ってくる。色鮮やかな新鮮な野菜が山のように積まれた八百屋からは、土の香りがした。年季の入った看板を掲げた宿屋からは、旅の疲れを癒す人々の賑やかな声が漏れてくる。子供たちが笑い声を上げながら通りを駆け回り、母親たちがその姿を愛おしそうに笑顔で見守っている。

 

(こんなにたくさんの人が、ここで生活しているんだ……)

 

あげはは、無邪気に笑う子供たちや、楽しそうに談笑する大人たちの顔を眺めながら、胸の奥から温かいものが込み上げてくるのを感じた。それは、守りたいという、純粋で揺るぎない感情だった。

 

「ねぇ、カナエお姉ちゃん、しのぶ」

 

あげはは、そっと二人の手を握った。その手には、彼女の決意が込められていた。

 

「私、この人たちの笑顔を守りたい。鬼に、こんな穏やかな生活を壊させたくない」

 

あげはのまっすぐな言葉に、カナエは優しく微笑んだ。彼女の瞳は、どこまでも深く、慈愛に満ちている。

 

「ええ、もちろんよ、あげは。それが私たちの使命だもの。だからこそ、私たちは鬼を倒すの。鬼になってしまった彼らもまた、かつては人間だったけれど……これ以上、悲しい連鎖を繰り返させてはいけない」

 

カナエの瞳には、慈愛の光と共に、人々を守る強い決意が宿っていた。しのぶもまた、静かに頷く。その表情は、普段の笑顔の裏に隠された、鬼に対する激しい感情を滲ませていた。

 

「当然でしょ。鬼なんて、全部いなくなればいいのよ。この人たちの笑顔を奪うやつらは、皆殺しにしてやる。哀れむ価値もないわ」

 

しのぶの言葉は、カナエのそれとは対照的に、鬼に対する激しい憎悪を露わにしていたが、その根底にあるのは、大切な人々の笑顔を守りたいという、姉たちと同じ、いやそれ以上に強い願いだった。

 

三人の心は、この瞬間、改めて一つになった。それぞれの想いは違えども、目指すは同じ、人々が安心して暮らせる世界だ。

 

 

 

日が傾き、燃えるような夕焼けが地平線を赤く染め上げると、やがて夜の帳が漁港を包み込んだ。昼間の喧騒は嘘のように消え失せ、辺りは潮の匂いと、波が岸壁に打ち寄せる静かな音だけが響くばかりだ。闇が深まるにつれて、鬼の気配が濃くなっていく。重苦しい空気が、三人の肌を粟立たせた。

 

「この辺りね……」

 

カナエが警戒しながら辺りを見回す。その目は、闇の奥に潜む気配を探していた。

 

その時、静かな波打ち際から、ずるり、と黒い影が姿を現した。それは、見る者を凍り付かせるような蛇のような瞳と、まるで龍の胴体のような、長くうねる漆黒の髪を持つ男性の鬼だった。彼の周りには、微かに潮の匂いが漂い、それが彼の異形な存在感を際立たせていた。

 

「ほう……鬼殺隊か。こんな漁港まで、よくぞ来たものだ。この夜の海は、私にとっては庭も同然だというのに」

 

鬼は、人間を見下すような傲慢な笑みを浮かべた。その声は、低い唸り声のようで、全身に不快感を覚える。油断すれば、魂まで凍りつきそうな冷たさがあった。

 

「あんたが、この辺りで人を喰らっている鬼ね。すぐにその醜い命を絶ってやるわ」

 

しのぶが冷たく言い放つ。日輪刀の柄に手をかけ、いつでも抜刀できる構えを取る。

 

「私は龍海(タツミ)。この海の恵みを食らい、より強くなった鬼だ。お前たちのような小娘が、私に敵うとでも思うか? まだ若いだろうに、わざわざ死に急ぎに来るとは……愚かなことだ」

 

龍海は、嘲るように鼻を鳴らした。その言葉には、鬼としての絶大な自信が滲み出ていた。

 

「血鬼術を使う鬼と聞いていたけど……海水を操るのね」

 

カナエが冷静に状況を分析する。その瞳は、鬼の能力を見極めようと、鋭い光を放っていた。彼女の言葉を待つまでもなく、龍海の足元から、海水がぼこぼこと泡立ち始めた。まるで、海底から何かが蠢き上がってくるかのような不気味さだ。

 

「フン……まずは、この程度で遊んでやろう。水の力を知るがいい」

 

龍海が手を振ると、波打ち際から海水が勢いよく噴き上がり、鋭い水弾となって三人に襲いかかってきた。その速度は矢のようで、当たれば骨を砕くほどの威力があるだろう。

 

「危ない!」

 

カナエが叫び、あげはとしのぶを庇うように一歩前に出る。

 

「『花の呼吸』弐ノ型・御影梅!」

 

カナエの刀が、桃色の剣筋を美しい弧を描きながら、水弾を正確に受け止め、すべて弾き飛ばす。その動きはしなやかで、見る者を魅了するような美しさがあった。しかし、水弾の勢いは想像以上に強く、カナエの腕が僅かに震える。

 

「ちっ……」

 

しのぶが舌打ちをする。龍海の血鬼術は、予想以上に強力で、初撃から隊士を圧倒する力を持っていた。

 

「私が行く!」

 

あげはが地面を蹴り、一気に龍海との距離を詰める。その速度は流星の如く、あっという間に鬼の間合いに飛び込もうとする。しかし、龍海は余裕の表情で、再び海水を操る。波がまるで生き物のようにうねり、あげはの行く手を阻んだ。

 

「無駄だ。私には、この海がある限り、お前たちなど触れることもできん。この広大な海こそが、私の領域なのだ」

 

龍海はそう言って、再び指を鳴らした。すると、波打ち際から、人型に形作られた水の塊が、ゆらりと立ち上がった。一つ、また一つと、漆黒の夜の海に溶け込むような、不気味な水の分身が現れる。

 

「これは……水の分身!?」

 

しのぶが驚きの声を上げる。水でできた人形は、まるで本物の人間のように滑らかに動き、それぞれが三人に襲いかかってきた。その数は全部で三体。

 

「厄介だわ!」

 

カナエが叫び、二体の水の分身を相手に刀を振るう。水の刃は斬りつけてもすぐに再生し、実体が掴めない。どれほど斬りつけても、水は形を変えるだけで、確かな手応えがないのだ。しのぶもまた、精密な突きで水の分身の急所を狙うが、水は毒を吸収せず、刃がすり抜けてしまう。

 

「こいつには毒が効かない……!」

 

しのぶが焦りの声を上げる。水の分身は物理攻撃を受け付けず、毒も効かない。これでは、しのぶの戦闘スタイルが全く通用しない。

 

あげはは、焦る姉たちの様子を見て、歯を食いしばる。このままでは、ジリ貧だ。

 

(どうすれば……! 何か、突破口を見つけないと……!)

 

その時、龍海の不気味な笑い声が響いた。まるで、自分たちの苦境を嘲笑うかのように、漁港全体に響き渡る。

 

「どうした、鬼殺隊。その程度の腕で、私を倒せると思うたか? この血鬼術は、お前たちでは防ぎようがないぞ。海の力は、お前たちの想像をはるかに超えるのだ!」

 

龍海はさらに強力な水弾を放ち、あげはたちを追い詰める。波のように押し寄せる攻撃を避けながら、三人はどうにか反撃の糸口を探していた。体力の消耗も激しく、このままではいつか限界が来るだろう。

 

 

「このままじゃ埒が明かないわ! 本体を叩かないと!」

 

しのぶが叫んだ。水の分身は次々と再生し、本体である龍海への攻撃が届かない。鬼の本体がどこにいるのか、血鬼術の性質から、はっきりと見えないのだ。

 

「何か、弱点があるはずよ……!」

 

カナエも必死に思考を巡らせる。彼女の瞳は、どんな時も鬼の悲しみに寄り添おうとするが、この状況では、倒すことだけを考えていた。人々の笑顔を守るため、鬼を滅するという、隊士としての使命が彼女を突き動かす。

 

あげはは、次々と押し寄せる水弾を避けながら、龍海の動きを注視していた。彼は、常に海と繋がっているような動きをしている。そして、水の分身を操る時、その視線は一瞬、海に向けられる。彼の動き、視線の先、そして海との繋がり……。

 

(海……そうだ! 海と繋がっているなら……! 海の力を利用しているなら、その繋がりを断てば……!)

 

あげはの脳裏に、玄斎の言葉が蘇った。『星の呼吸』は、静から動への爆発力。そして、大地に根ざし、全ての力を一点に凝縮する。地面を強く踏み締め、天に向かって跳躍する。重力さえも味方につける、彼女にしかできない型。

 

「『星の呼吸』参ノ型・天降!」

 

あげはは、あえて水弾の攻撃を受けながらも、一瞬の隙を突いて鬼の頭上へと一気に跳躍する。その動きは予測不能で、まるで夜空に打ち上げられた流星のようだった。

 

「なっ!?」

 

龍海が驚きの声を上げた。彼の血鬼術は、水平方向への攻撃には長けていても、垂直方向への動きには対応が遅れる。あげはの動きは、彼の想像を遥かに超えていた。

 

あげはは、空中で刀を構える。眼下には、自らを嘲笑っていた龍海がいる。そして、その足元には、彼が血鬼術の源としている海水が広がっている。彼の長くうねる髪、それが彼の本体であり、海との繋がりを強める役割を果たしていることに、あげはは直感的に気づいた。龍の胴体のような、その長く伸びた髪の先――それは、まるで尻尾のように見えた。

 

「させない!」

 

龍海は慌てて巨大な水柱を生成し、あげはを迎え撃とうとする。しかし、あげはの動きは、水柱の生成よりも速かった。彼女の全身に、『星の呼吸』の力が凝縮されていく。

 

重力すらも味方につけたかのような落下突きが、隕石のごとき勢いで龍海の頭部に迫る。その狙いは、頸ではなく、彼が海に繋がるその長く伸びた尻尾、つまり彼の髪の毛だった。

 

ドゴォォォン!!

 

あげはの一撃は、龍海の長く伸びた髪の毛を切り裂いた。漁港の地面が大きく抉られ、コンクリートが砕け散るほどの衝撃が走る。

 

「ぐっ……!? 小癪な……!」

 

龍海が苦悶の声を上げ、鋭い爪であげはに反撃する。あげははその攻撃をかわそうとしたが、『天降』の隙は大きく、右腕に傷を負ってしまう。しかし、あげはの一撃は、直接的なダメージを与えたわけではない。しかし、尻尾に見えた彼の髪の毛――それが切断されたことで、龍海と彼が操る海水の繋がりを一時的に断ち切ったのだ。海から生み出されていた水の分身が、一瞬にして形を失い、海へと還っていく。龍海の血鬼術が、完全に破られた瞬間だった。

 

「今よ、カナエお姉ちゃん! しのぶ!」

 

あげはが叫ぶ。龍海の血鬼術が破られた、まさにその瞬間だった。

 

「『花の呼吸』伍ノ型・徒の芍薬!」

 

カナエが、満開の花々が咲き乱れるような華麗な動きで、無数の斬撃を龍海へと浴びせる。血鬼術を失い、無防備になった龍海は、カナエの猛攻に為す術もない。彼の身体に、桃色の剣筋が次々と刻まれていく。

 

「『蟲の呼吸』蝶ノ舞・戯れ!」

 

しのぶが高速で龍海に肉薄し、毒を打ち込む。蝶が舞うようにひらりひらりと動き、龍海の視界を撹乱しながら、その体に刀を突き刺していく。多量の毒が瞬く間に龍海の体内へと流れ込み、彼の身体を内側から蝕んでいく。龍海の強靭な肉体も、しのぶの毒には耐えられず、その体が少しずつ溶けていくのが見て取れる。

 

「がぁああああああっ!!」

 

龍海は苦痛に顔を歪ませ、その身体が大きく痙攣する。毒によって身体は麻痺し、もはや動くことすらできない。彼の蛇のような瞳には、恐怖と絶望の色が浮かんでいた。

 

「『星の呼吸』伍ノ型・星落!」

 

あげはは、再び地面を強く踏み締め、大上段に構えた日輪刀を渾身の力で振り下ろす。その一撃は、重く、鋭く、夜空から落ちる流星の如く、龍海の頸へと吸い込まれていった。

 

ザシュッ!

 

という乾いた音と共に、龍海の頸が宙を舞う。彼の瞳から、ゆっくりと光が失われていく。身体は、静かに塵となって、夜の海風に運ばれていった。

 

 

 

夜の漁港に、再び静寂が戻った。三人は、息を整えながら、倒した鬼の消滅を見守っていた。血の匂いは消え去り、潮の香りが辺りに満ちていた。まるで、何もなかったかのように、夜の海は静かに広がる。

 

「やった……!」

 

あげはが安堵の息を漏らす。全身は汗と潮水でびっしょりで、腕には鬼の爪による生々しい傷を負ってしまった。しかし、その表情は達成感と、鬼を倒し切ったことへの誇りに満ちていた。

 

「ええ、よく頑張ったわ、あげは」

 

カナエは、優しくあげはの頭を撫でた。その手には、先ほどの激戦で負ったであろうかすり傷がいくつか見えたが、彼女は全く気にする様子がない。その瞳には、鬼を憐れみながらも、人々を守り抜いた満足感が宿っていた。

 

「まさか、あんな血鬼術を使う鬼がいるなんてね。厄介だったわ」

 

しのぶが疲れたように呟いた。彼女の表情にも、安堵と、かすかな苛立ちが混じっている。鬼への憎しみは、決して消えることはない。

 

「でも、あげはの『天降』のおかげよ。血鬼術を一時的に止められるなんて、すごいわね」

 

カナエが、あげはの機転を称賛した。あげはは照れくさそうに笑う。

 

「でも、二人のおかげだよ。カナエお姉ちゃんが隙を作ってくれたし、しのぶは鬼を弱らせてくれたから」

 

三人は、互いの功績を称え合った。それぞれが異なる呼吸と剣技を持ちながらも、互いを補い、高め合う。それが、胡蝶三姉妹の強さだった。互いへの信頼と、揺るぎない絆が、彼女たちの力を最大限に引き出している。

 

夜空には、まだ星々が瞬いている。東の空が、微かに白み始めていた。やがて太陽が昇れば、この漁港は再び活気を取り戻すだろう。

 

「さあ、帰りましょうか」

 

カナエの声に、三人は小さく頷いた。漁港を後にする三人の背中には、夜風が優しく吹き付けていた。その姿は、夜の闇に浮かび上がる三つの光のようだった。

 




オリジナル鬼の龍海(タツミ)が今回の鬼ですね。初の血鬼術を使う鬼………。
これから戦闘描写がより複雑になりそうですねぇ。

あと、しのぶとカナエとあげはは、親戚といえどもはや姉妹のように仲が良いんで、胡蝶三姉妹と表記したんですけど、おかしくはない…、ですよね…?
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