Dear…   作:ねむちゃい

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 初めまして。思ったより長くなってしまいましたが第一話です。よろしくお願いします。誤解されてしまっては申し訳ないので、先に書いておくのですが、能力バトルものの作品となっています。


第一話 出会い

 

 この世界には、さまざまな人間がいる。

 

愛を語る者、正義を掲げる者、勇気を与える者、信念を貫く者。

夢に生きる者、美を追い求める者、赦しを与える者。

悪に堕ちる者、怠惰に甘える者、欲に支配される者、復讐に狂う者。

好奇心に従う者、罪を犯す者、死を望む者、そして何もできずにいる者――。

 

そのどれもが、誰かにとっては善であり、誰かにとっては悪だ。

正解は人の数だけ存在し、人生の意味とやらもまた同じ。

あるいは――そんなものは、初めから存在しないのかもしれない。

 

それでも、たとえそうだとしても。

人の想いは確かに存在している。

祈りがあり、願いがある。

誰かに届くと信じて、言葉にできない何かを胸に抱えている。

 

そんな世界で、俺たちは生きている。

迷いながら、苦しみながら――それでも、確かにそこに何かがあると信じて。

希望はないかもしれない。

かといって絶望する必要はない。

 

そして、俺は君と出会った。

君に、救われた。

 

そして――

 

 

#

 

 

真っ暗だった。

前も、後ろも、上下も――すべてが闇に沈んでいる。

 

不安と恐怖が、じわじわと胸に広がりかけたそのとき。

遠くに、一筋の光が差した。

あまりに眩しくて、思わず目を細める。

 

やがて目が慣れてくると、その光の先に“誰か”の姿が見えた。

二人――笑っている。

こっちに向かって、手を伸ばしながら。

 

懐かしい顔のはずなのに、なぜか思い出せない。

けれど、なぜだろう。

 

――あそこへ行けば、大切なものを取り戻せる。

 

そんな気がして、思わず手を伸ばしていた。

足は自然とかけだしていた。

叫んだつもりだったが、声が出ているかはわからない。

 

それでも走る。何度も、何度も手を伸ばす。

「待ってくれ……頼むから」

喉が叫び、胸が軋む。

 

だが、その距離は縮まるどころか、遠ざかっていった。

こちらが走れば走るほど、光は向こうへ、遠くへ、逃げていく。

 

光が大きく膨らみ、まるで世界ごと包み込むように広がっていく。

景色は滲み、揺れ、輪郭を失っていった。

 

「__ちゃーん」

誰かの声が聞こえた。

 

「__きろー」

声はどんどんはっきりしていき、やがて視界は真っ白に塗りつぶされた。

それと同時に、意識が急速に浮かび上がっていくのを感じた。

 

……目を開ける。

 

視界に飛び込んできたのは、一組の男女だった。

 

 

 

というか――

弟と妹だった。

 

#

 

「ほんといつまでねてんのー」

「もうちょっと遅かったら遅刻だよ」

 

弟たちに叩き起こされ、目を覚ますと起きるはずの時間を10分ほど過ぎていた。

 

 急いで身支度を済ませ朝食を食べるためにリビングへ行くと怒った妹ーー優花(ゆうか)と呆れた顔をしている弟ーー悠希(ゆうき)に出迎えられた。

 

「悪かったよ、ありがとう二人とも」

「別にいいけどっ!」

 

 テーブルのいつもの席に着きながら言うと、吐き捨てるように優花が返す。よさそうな気が全くしないのは気のせいだろうか。綺麗に結ばれたポニーテールがぶんぶん揺れている。

 

 こちらはと思いながら、悠希の方をみるが特に興味無さそうに朝食のベーコンエッグを食べていた。怒られるのは嫌だけどそこまで無関心だとお兄ちゃんちょっと寂しいです。反抗期なの?

 

「もう高3なんだからしっかりしてよねー、

せっかくご飯作ったのに冷めちゃったじゃん」

「いや、ほんと、はい、すいませんでした」

 

中3の妹にマジ説教されるヒモ兄の図である。我ながらあまりにも情けなかった。

 

 うちこと黒瀬家は両親共働きであり、二人とも俺たちが起きるよりも早く家を出て、晩飯時を過ぎた頃に帰ってくる。そしてすぐ寝る。まぁ簡単にいえば社畜というやつだ。

 そのため、うちの家事のほとんどを俺たちが分担しているのだが、食事関連(それ以外も結構)は妹に一任している。こちらとしては押し付けている感じがして申し訳ないが、本人は意外と楽しんでいるようだ。

 

 曰くーー

 

『自分が二人の命を握っていると思うと優越感がすごい』

 

 だそうだ。言ってることヤバい。ヤバいけど三歳下の妹に世話してもらってる兄も十分ヤバいからお互い様だね!…むしろ俺の方がヤバいまであった。

 

「帰りにプリンでも買ってくるよ」

「ほんとっ!?」

「じゃあ俺のもー」

 

 機嫌を直すための提案だったが予想以上の食いつきだった。こんなのでいいなら毎日買って帰るのだが。でも悠希くん?さっきまであんな興味なさそうだったよねーあれーおかしいなぁー?

 

 しかしどうやら反抗期ではなさそうだ。よかったよかった。

 密かに胸を撫で下ろしていた俺だったが、そこでふと疑問に思っていたことを投げかけてみた。

 

「というか、なんで悠希がいるんだ?」

「いや、言い方わる…」

「今更すぎるしね…」

 

 普段の朝の食卓にはいないはずの人物に問いかけてみたところ引き気味の声が返ってきた。しかも二つ、ちなみに前者が優花だ。

 

 

「はぁ…今日は始業式だからね。流石に朝練はないよ」

「あーなるほど」

 

 確かに、考えればすぐにわかることだったな、伊達に朝練などと無縁な人生を送ってきてないということか。なにかっこつけてんだ。

 

「もぉ〜お兄ちゃん、優花と二人きりがいいからって悠希のこと無下にしちゃだめだよ?」

「しょうもないこと言ってないで、はやく食わないと置いてくぞ〜」

「あっ、待ってよー」

 

 何か言ってる妹は放っておいて、同じタイミングで朝食を食べ終わった悠希と食器をキッチンに持っていく。

 

 そのまま食器を軽く水で流していたが、ちょっと気になったので隣にいる悠希に伝えておくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、ほんとに二人きりがいいとか思ってないからね?」

「兄ちゃん……きもいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴえん

 

 

 

 

 

#

 

「もぉ〜待っへっへいっはのに〜」

「待ってるじゃん」

「ちゃんと鍵持ったかー、さっさといくぞー?」

 

 先に家を出て玄関で待っていると、急いで朝食を詰め込んで来た優花が口を膨らませながら出てきた。

 俺たちの通っている学校は中高一貫校のため用事がない限りは常に登校は一緒だ。小学校も近くにあるおかげで俺の人生で一人での登校はほぼ経験していない。

 陽気でお兄ちゃん大好き(俺調べ)な優花はともかくとして、年頃の男子の悠希が未だに同行してくれるのは意外に思うが、まぁ家庭が家庭だ。親よりも兄弟で過ごす方が多かったため、普段のそっけない態度とは裏腹に兄妹愛は人一倍あるのかもしれない。

 

 

俺の勝手な想像だがそうであれば嬉しくもあり……少し複雑な気持ちにもなる

 

 

「元はと言えばお兄ちゃんが寝坊したからなのに」

「いつまで擦られるんだそれ」

「一生だよ!」

 

 

重ぇよ……

 

 これはプリン買うまでは今日一日ずっと言われるんだろうな。そんな風に考えながら歩いていると前から強い風が吹いてきた。

 

「わぁ」

「今日は風がつよいね」

 

 優花が驚きながら髪とスカートを手で抑え、悠希は鬱陶しそうに呟く。

 家からの通学路は特に高い建物もない住宅街で近くに山や海もないため強風が吹くのは珍しい。

 

「なんか飛んでくるかもしれないから気をつけろょわぶ!?」

「えぇ…」

「自分で言っといて…」

 

 たまにはお兄ちゃんらしいことをしようと思い注意喚起した途端、顔面に一枚の紙がぶつかった。なんでなのん?

 

 兄貴が羞恥心で死にたくなっている間に二人は神妙な面持ちで拾った紙を眺めていた。

 

「なんだったんだそれ」

「あーなんか尋ね人、みたいな感じ?結構カッコいい顔してる」

「家出かなんかで行方不明みたいだね、未だにこんな貼り紙とかしてあるんだ」

 

 ほら、と言いながら出された紙は再び吹いた風により俺の手に渡ることはなかった。

 

「あーあ」

「飛ばされちゃったね」

 

 風に攫われ自分の手から離れていく貼り紙を二、三歩ほど追いかけてから、優花が残念そうに呟く。

 

「……って、こんなことしてる場合じゃなくて急がないと、二人も待たしちゃってるし」

 

「あー!そうだった!お兄ちゃん!早くいくよー!………お兄ちゃん?」

 

「ーーん?あぁ悪い、行こうか」

 

ーー少し考え込んでしまっていたようだ。二人の声で我に帰り、小走りで学校へと向かった。

 

 

 

 しかし、待ち合わせ場所に着くまでの間、飛ばされながらも一瞬見えた、張り紙の男の顔が頭を離れなかった。

 

#

 

 

 家を出てから5分、待ち合わせ場所の公園が見えてくると、入り口に立っている一組の男女の片方がこちらに気づき、手を振りながら呼びかけてきた。

 

「あ!お〜い」

「ミサキちゃ〜ん!おはよー!」

 

 それにいち早く反応した優花が駆け足で近づき、そのままその胸に飛び込んだ。え、羨まs…いや、なんでもない。

 

「わっ!もぉ〜相変わらず元気だね、優花ちゃん」

「ミサキチャンモアイカワラズフワフワダネェ~」

「え?なんか言った?」

「なんでもないよ〜」

 

 おい、あいつ確信犯だぞ。いつからあんなにオヤジくさくなったんだよ。

 

 そんなことを考えていると、いつのまにか隣にいたもう一人の待ち人が話しかけてきた。

 

「よ!カガリ、久しぶりだな!」

「おぉ、なんだリョウスケか、急に隣来るなよ」

 

 あ、どうも自己紹介が遅れました、黒瀬カガリと申します。ついでに紹介するとこいつは風間リョウスケで、もう一人は藤原ミサキといいます。…誰に言ってんだ。

 

 彼らとは中学一年生からの付き合いだ。厳密にはリョウスケは小学校が一緒なのだが、仲良くなったのは中学で転校してきたミサキと同じ時期。特別何かあったわけではないが、なんだかんだ5年もの仲になっていた。

 

「なんだとはなんだよー、相変わらずドライなやつだなぁ」

「朝からお前のテンションについていけるやつなんていねぇよ」

 

 なんてことを言いながら隣にくるにとどまらず、肩まで組んでくるリョウスケを軽くあしらう。

なぜ朝早くからこんなに元気なんだろうか、ちょっと羨ましい。けど鬱陶しいから早く離れてね。

 

「カガリと悠希くんもおはよう」

「おう」

「おはよう、ミサキさん」

 

 一通り優花となんやかんやしていたミサキがこちらにも挨拶してくる。自分で言っといてなんだけど「おう」は挨拶の返事として適切じゃないね!悠希くんえらい!

 

「おはよう!悠希!部活の調子はどうだ?」

「リョウスケくんもおはよう。まぁぼちぼちかな、やっぱりリョウスケくんみたいには行かないけど」

「そんなことないだろ、毎日頑張ってるんだから。俺なんか走って蹴ってるだけだぜ?」

 

 あまりにも世間話な話をするリョウスケと悠希。悠希はサッカー部に所属しており、そこでエースとして活躍している。詳しくは知らないが、大会でもそこそこの成績を残しているチームだそうだ(優花談)。

 

 そんな悠希が敵わないというリョウスケはというと、正直意味がわからない。

 

 小学校の頃から運動能力は抜群であったが、年々その成長は止まることを知らず、今は…ちょっとおかしい。どの分野のスポーツであっても、彼が1ヶ月ほど真剣に取り組めば、プロレベルになってしまうほどだ。多分今の状態でも100m走10秒くらいで走るんじゃないか?…知らんけど。

 

 そんな天性の勘の良さと人外の身体能力を持っているのだが、神は二物を与えないのか、いかんせん頭の出来はあまり良くない。

 考えてプレーするというより、体が勝手に最適解を感じ取るようだ。そのため、彼の頭では本当に「走って蹴っているだけ」でしかないのだろう。しかし、その本能的とも取れるプレーの数々が、側から見れば神業の連発に映ってしまう。

 でもみんながみんな君みたいに出来るわけじゃないからね?そんな簡単なことみたいに言われても困りますよ?ほら悠希くんがなんとも言えない表情になってます。

 

 しかし、本人も自分の能力はある程度理解しているのか、引く手数多にも関わらず高校では部活には入っていない。まぁ我が校はそこそこの進学校なため、シンプルに勉強で手いっぱいという理由も多分にあるだろうが。

 

「あ!そうだ、優花ちゃんこれ!」

「わー!ミサキちゃん、ありがとー!」

 

 男連中の会話を黙って聞いていたミサキが、思い出したかのようにバックからノートを取り出した。

 

「ん?なんだそれ?」

「この間家でミサキちゃんに勉強教えてもらってたでしょ?その時につまづいたところまとめてくれたの!」

 

 ほう、なるほどな、そう言えば春休みの間何度かうちで勉強するとか言っていた。俺は暇すぎて散歩してたけど。

 

 可愛げのないことに、俺の兄妹はしっかり者で勉強もちゃんとできる。だが優花は数学だけ苦手なようで、直近のテストも平均点を割りそうだったと喚いていた。

 俺としては欠点を取らなければ十分であると思うのだが。なんなら一つくらいとっても進級さえできれば全く問題はない。

 

「そうか、悪いな面倒みてもらって。しかし学年1位の頭脳が家庭教師とは随分と贅沢だな」

「なんか嫌な言い方だなぁ。全然いいよ、私も優花ちゃんと会えるの嬉しいし」

 

 軽く礼を言うと、渋い顔とともに返事が返ってきた。こちらとしては褒めているつもりなのだが…。

 しかし、あまり目立つのが好きではない彼女には、「1位」の称号は喜ばしくはないようだ。

 まぁ友達贔屓を除いても、『才色兼備、文武両道』を地で行く彼女は、どうあがいても目立ってしまうのだがな。しかも面倒見もいいときた、健全な男子高校生は放って置くことはできないだろう。

 

 ーーだがしかし

 

「相変わらずミサキは優しいなぁ!」

「そ、そんなこと……ないよ」

 

 

……

 

………

 

まぁそういうことだ。

 

 無駄に顔も良く、人当たりがいいリョウスケは、それなりに人気もあるらしい。本人にその気があるのかどうかは知らないが、側から見ても二人はお似合いだ。

 

 

「……ねぇ、あの二人はいつになったらくっつくの?」

「……あんなにわかりやすい人もそういないと思うんだけどね」

「……さぁな。バカな鈍感系主人公野郎のことはよくわからん」

 

 声を落として問いかけてくる妹たちに、正直な気持ちを語る。ちなみに中3からずっとあんな感じである。そのため、ミサキの気持ちに気づいていないのは、同級生の中でもおそらくリョウスケだけだろう。なんなら大抵の生徒は彼らは付き合ってる、とさえ思っている。なんなのだ?本当に。

 

「そ、それより早く学校行かないと!」

「お!そうだな!」

「確かに話すぎたね、急ごう」

 

 俺の内なるハムが顔を出し始めてきたところで、照れ隠しなのかミサキが先を急かしだし、リョウスケと悠希がそれに同意する。確かに長く話しすぎたし、人物紹介を一気にやり過ぎた。うん、メタいな。

 

「よーし!しゅっぱつしんこー!」

「「おー」」

 

 意気揚々な優花が先頭を歩き始め、ミサキとリョウスケが続く。あれ?朝から元気なのリョウスケだけじゃなくない?なんでみんなそんなに元気なの?

 

 仲間を求めて悠希の方を見るが、既に黙って彼らの後ろをついて行っていた。仲間はずれかな?多数派に合わせられない俺が悪いですね。はい。

 

 

 

 ふぅ、と内心ため息をつく。まだ少し肌寒い4月の始め。だがしかし、確かに感じる春の暖かさと、久しぶりの友達との空気感を味わいながら、四人の後を追った。

 

 

 

#

 

「ま、まじか…」

「…すごいね」

「お!三人とも同じクラスか!ラッキーだな!」

 

 

 少し急ぎ気味に学校へと向かい、靴箱兼ロッカーで皆んなと別れてから数分。元のクラスで新クラスの発表を聞き、3年2組の教室へ向かうと見慣れた二人(他に親しい友達もいないので、もちろんリョウスケとミサキだ)が待っていた。

 

「5クラスだけとはいえ、よく揃ったね」

「そういえば三人一緒になったのは中1以来だな!」

「二人一緒とかならあったけどな」

 

 

 中高一貫の我が桐ノ杜(きりのもり)学園は中等部では3つ、高等部では外部の受験組を合わせて5つのクラスがある。

 文系と理系でクラス分けされているとはいえ、まさか最後の最後で3人揃うとは思わなかった。

 

 

「あ、そういや聞いたか?どうやらあの坂浪さんも同じクラスらしいぞ!」

「え、サカナミって……あれ?どうしたんだろう?」

 

 俺がまだちょっとした奇跡に浸っている間に、リョウスケが興奮気味に問いかけてくる。それにミサキが答えようとしたところ、教室の前の廊下が少しざわめく音が聞こえた

 

 そして俺たちが廊下に目を向けると同時に、教室のドアが開き一人の女子生徒が入ってくる。

 

 最初の印象は『清楚』だろうか。もしくは『深窓の令嬢』とでも言うべきか。

 

 黒い髪は肩甲骨あたりまで伸び、160cmほどの身長で腰は高く、顔は小さい。膝より下、やや長めのスカートで右肩にスクールバッグを掛けていた。

 

 『坂浪アスカ』

 

 俺たちの学年なら知らぬものはいない存在だ。特に男子生徒には…。

 この学校の近くにある小さな神社の娘らしいが、話題を集めるのはそこでなく、その容姿である。ここまで近くで見るのは初めてであるが、芸能人顔負けのそのルックスは、まるで作り物のような完璧さを誇っていた。

 

 廊下同様、彼女の登場に教室内もすこしざわつくが、当の本人はそれを特に気に止める様子もなく、教卓にある紙で自分の席を確認する。そして顔を上げた彼女と、間の抜けた顔で彼女を眺めている俺たち三人の目があってしまった。

 

「あ、おはよう」

「「「あ、おはよう…ございます」」」

「ふふっなにそれ、仲良いんだね」

 

 気さくに挨拶をしてくる彼女に、なぜか敬語でハモる俺たち三人。

 な、なんだこの圧倒的上位存在感は!?今にも跪いて忠誠を誓ってしまうような神々しさを感じる!あのリョウスケですら怯んでしまっているではないか!

 

 そんな俺たちに笑みをこぼす彼女は、そのまま俺たちのいるリョウスケの席の横を抜け、同じ列の一番後ろに座る。その様を目で追っていたリョウスケが急に振り返った。

 

「おおおおおおい!?坂浪さんと話しちゃったよ!?」

「おおおちおちおち落ち着いてよ!ただの挨拶でしょ!?」

 

 うーん、パニックである。先程まで脳内で新たな教祖が誕生しそうだった俺だが、自分より混乱している人達を見ると落ち着いてきた。

 彼女の人気の理由はその容姿だけでなく、人柄にもある。誰とでも分け隔てなく接し、親切で優しい人間だと。こう聞くと一見完璧人間のようだが、どうやらあまり運動や勉強は得意ではないらしい。それがまたある種の人間味を生むためか、彼女を毛嫌いする生徒は少ないと聞く。出る杭は打たれるのが世の常だが、その辺りはうまくやっていそうだ。

 まぁ俺の横でパニクっている二人も、十分に出る杭なのだが…。

 

「というか、お前らあの人と話したことなかったのか?」

「あ、あるわけないだろ!?」

「でもミサキは同じクラスだったことあるんだろ?」

 

 いや、小学校は違う学校だから別として、中学からはずっと一緒の学校なのだから、『あるわけない』ことはないだろう。

 

 まぁ…かく言う俺も話したのは一度きりだが…

 

 しかし、わざわざそんなことを説明するのも面倒なので放っておいて、ミサキに問いかける。

 

「ふぅ…そうだね、中3の時同じクラスだったけど、家の事情だかであまり学校に来てなかったから、仲良くはないかなぁ…」

「ほーん」

「それに、昔も抜群に可愛かったけど、今はより一層綺麗になってるよ」

 

 一連の流れで落ち着きを取り戻したミサキが、当時の状況を話す。なるほどな。確かに俺が話したのも高1の頃、その時はまじまじと顔を見るような状況ではなかったが、そう言われれば確かにそうかもしれない。

 未だに彼女を見るだけでざわめき出す生徒が多いのはそれが原因か。

 

 

「おーい、出席とるから席座れー」

 

 そんなことを考えているとチャイムの音と共に、新クラスの担任が教室に入り、生徒たちに着席するように促した。

 

 新担任の登場に再び教室内がざわつく中、教室に着くなりリョウスケの席で話し込んでいた俺は、自分の席を確認していないことに気がつく。

 

「…あっ」

 

 彼女に倣い、席を確認したところで思わず声が出た。

 席替え前で五十音順で並べられた自分の名前が示す場所は…

 

 彼女の一つ前の席だった。

 

 

#

 

 朝のバタバタから数時間。始業式や教科書販売、委員会決めなど新学期感満載のイベントが終え、放課後の時間になっていた。

  

 のだが…。

 

「うん、全部ちゃんとありそうだね」

「……そうだな」

 

 何故か俺は今、件の彼女ーー坂浪アスカと二人きりの状況になっていた。何故こんなことになっているかと言うと…。

 

 時は――委員会決めの時間に遡る。

 

 その時間は、まずは学級委員の選出から始まった。男女一名ずつ。最初は「立候補制」という建前だったが、そんな面倒な役を自らやりたがる人間など、そう多くはない。強いて言うなら、とびきり目立ちたがり屋か、やたらと責任感の強いタイプくらいだろう。

 

 案の定、教室には沈黙が流れる。とはいえ、いつまでもそうしているわけにもいかない。得てしてこういう場合、白羽の矢が立つのは存在感のあるものだ。自然と、生徒の間でリョウスケの名前が挙がった。そして、彼と並べる形でミサキも。

 

 担任も早く進めたいのだろう。半ば押し切るような形で頼まれると、二人は少し難色を示したが、最後には頷いた。

 リョウスケは考えなしの脳筋野郎ではあるが、人一倍正義感が強い。そんな彼は自分に出来ることならば、頼まれると引き受けてしまう性分だ。悪い言い方をすれば、今回はそこに付け込まれてしまう形になった。

 

 ミサキに関しては、『リョウスケと一緒なら』と言ったところだろう。彼女の能力を考えれば、高校の委員会の仕事など片手間で事足りる。面倒ごとは勘弁だが、それも一種の青春のスパイスだと考えたのかもしれない。

 

 そんな彼らを見て俺は、人気者も大変だなぁなどと悠長に考えていた。しかし事件は美化委員の立候補の際に起きる。

 

 「はい」

 

 担任が美化委員の立候補がないか問いかけたところ、一人の女子生徒が声を上げた。

 

 そう、このクラスのもう一人の人気者である『坂浪アスカ』その人である。

 

声に反応して一斉に集まる視線。

  

少し驚く彼女。

 

__刹那。

 

クラスの男たちに緊張が走る。

 

 そしてそこからはもうはちゃめちゃだった。元々男女各一人を決める予定だったので、教室は男女で分かれ塊になっていた。それをいいことに、顔を突き合わせた男達の戦争は始まった。

 

「俺がやる!」「いや俺がやる!」「ふざけんな僕だ!」「いやここは公平にジャンケンだろ」「は?お前みたいな下心しかない奴が彼女と組めると思うなよ」「それてめぇな?」「お?おいツラかせ」「あ?やってやんよ、かかってこいよ!」「てめぇらうるせぇよ」「話聞けって」「後で後悔してもおせぇぞ!」「血祭りにあげてやる」

 

 うん。もうすごい。流血沙汰通り越して殺人事件にまで発展しそうな勢いである。

 

 そんな光景を他所に、教室の隅の方にいた俺は春休みの昼夜逆転生活と、久しぶりの学校の疲れが溜まっていたのか、少しうとうとしていた。我ながらなかなか図太い神経をしている。正直自分には関係のないことだと思っていた。

 

 が、しかし…

 

 数分の眠りから目が覚めた俺が目にしたのは、

 

 

 

 ー美化委員:『黒瀬カガリ』『坂浪アスカ』

 

 

 

 黒板にデカデカと書かれたそれを理解するには、目覚めたての頭では数秒の時間が必要だった。

 

 (ん?黒瀬…カガリ?誰だそれ?…あ、俺か。で、俺が??美化委員???

 

 

 …なんで????)

 

 

 

 

ーーそして時間は放課後に戻る。

 

 その後、事の経緯をリョウスケに聞いたところ、このままでは場が収まらないと踏んだリョウスケが、一つの提案をしたらしい。

 

 要約すると。このまま決まらないのであれば学級委員の自分が指名しなければならない。しかし勿論それで納得はできないだろう。それは他の誰かが坂浪アスカと親しくなるのが、許せないからだ。であるならば、その可能性が限りなく低い者に美化委員を任せればいいではないか。

 彼女に興味を持たず、冴えない奴であれば皆安心できるだろう。例えばあそこで寝ているやつとか…。

  

 それを聞いた男達は一斉にカガリの方を見た。

 しかし、まだ納得しきれていない男子達に彼は続けてこう言ったという。

 

 わざわざ委員会に入らずとも、1年間同じクラスなのだから、十分に仲良くなるチャンスはある。それに委員の仕事など大した量ではない、他の生徒と差が出るほどではないだろう。にも関わらず、わざわざ他の男子のヘイトを集めかねないことをしなくてもいいのではないか…と。

 

 そこまで聞いた男子達は少しの逡巡のあと、このままでは埒が開かないと気づいたのだろう。もう一度寝ているカガリの方を見ながら内心こう呟いた。

 

 (((((まぁ…こいつならいいか)))))

 

 

………いや、お前のせいじゃねぇか!

 

 なんで普段は何も考えてなさそうなのに、こんなところでは弁が立つのだろうか。それに男達!さっきはあんなに血気盛んだっただろうが!もっと頑張れよ!

 

 しかし、もう決まってしまったものは仕方がない。クラスの男子が納得したのなら、無駄にヘイトを産むこともないだろう。

 

 そんなこんなで俺たちは、教室にある掃除用具の確認をしている。まさか初日から仕事があるとは思わなかった。しかもこんなすぐに終わる仕事、わざわざ生徒にやらせる必要もない。

 まぁチュートリアルみたいなものだろうか、委員同士の交流を促すためのものでもあるかもしれない。

 リョウスケとミサキも明日の入学式に出席しなければならないため、その説明を受けに行っていた。

 

 …何故か満面の笑みでサムズアップしながら教室を出て行ったが。

 

「あとはこの紙を埋めるだけだな。坂浪さんこれ頼んでもいいか?」

「うん大丈夫。あと同級生なんだし呼び捨てでいいよ」

「…あー、そうか。じゃあ坂浪…俺はそこのゴミ気になるから掃いてるわ」

 

 掃除用具の確認が終わり、担任に提出するよう言われた記録用紙を坂浪に頼む。自分で書いてもよかったのだが、教室の隅の汚れが妙に気になっていたので、ついでに掃除することにした。

 しかし、紙を渡し先ほど確認したロッカーから箒とちりとりを取り出したところで、彼女が動かずにこちらを見ていることに気づいた。

 

「えっ…と、なん…でしょう…か?」

「…あっ、ごめんなんでもない。結構真面目なんだなぁと思って。黒瀬くん、だよね?」

「あ、あぁ。黒瀬であってる。黒瀬…カガリ」

 

 家族でも友達でもない人間にじっと見られることに慣れていない俺は、あまりにもぎこちなく疑問を投げかけた。

 そして返ってきたのは…なんだろうか。もしかして馬鹿にされているのでしょうか?俺をどんな人間だと思っていらっしゃる?

 …などと考えていたのが顔に出ていたのか、彼女はこう続けた。

 

「いや、だって委員決める時寝てたから…」

「………確かに」

 

 うん。それを言われたら不真面目だと思われても仕方ない。あまりにも納得しすぎて何も反論が浮かばなかった。なんだ「確かに」って、会話にすらなっているのか怪しいぞ。

 

 というか気づかれていたんだな。寝てたのも一瞬だったし、俺としてはあの男達の戦争が飛び火しないように、出来るだけ息を潜めていたつもりだったのだが。

 

 

「……ごめん、勝手に決めつけちゃってた」

「え、いや。全然気にしなくていいぞ」

「………」

「………」

 

 え〜〜、黙っちゃったよぉ〜、どうしよぉ〜、俺怒ってるように見えたかなぁ〜?

 

 どうやら思っていたより繊細なタイプらしい。日頃どうしても注目を浴びてしまう存在だろうから、些細なことは気にならない人間だと思っていた。憶測で人を悪く思っていたことを、相当気にしているようだ。

 

 しかし、別に俺は彼女の思う通り真面目でもなんでもない。掃除についても、手持ち無沙汰で気になったから、というだけだ。たかがそれだけのことで、評価を改められても困る。ん?良い方に向いたのだから問題ないのか?

 

「…あー、そういやなんで坂浪は美化委員に立候補したんだ?」

「…え?いや特に理由はないんだけど…」

 

 落ち込む女子を励ます術など持たない俺は、無理やり別の話題を振ることにした。

 女の子の扱いに慣れている自分など想像したくもないが。

 

「もう高校生活も最後だから、出来ることはやってみようかなって。私、家の事情であまり学校来れてなかったから」

「…それで、美化委員?」

「うん、ほらこの学校の中庭に花壇あるでしょ?そこのベンチに座って花を見るの好きなんだ。だからせっかく委員やるなら美化委員にしようかなって思ったの」

 

 彼女は話しながら、ペンを取り出し作業を始めた。俺も掃除をしながらそれを聞く。

 確かにこの学園の中庭には大きな花壇がある。よく手入れされているようで、渡り廊下を歩く際に目を引く程度には綺麗だ。しかし、校舎の一階には教室はなく中庭にはベンチが二つしかないため、わざわざ近くまで足を運ぶ生徒は少ない。

 そこでふと、気になったことを聞いてみた。

 

「坂浪って……友達いないのか?」

 

 自分でも思うが、デリカシーのない質問だった。

 案の定、彼女はぴくりと肩を震わせてから、手を止めて反論した。

 

「そ、そんなことないよ!……そんなことないけど、少しだけ壁があるようには……感じるかも」

 

 なかなかの声量だった。少しだけ強がったような、でもどこか納得してしまっているような――そんな声だ。

 

 よくよく思い出してみたところ、たまに校内ですれ違う彼女は、一人でいることが多かったように思える。

 

 理由はなんとなく見当がつく。男女問わず誰もが羨むようなその容姿が、かえって周囲を一歩遠ざけてしまっているのだろう。声をかける側にも気後れが生まれ、近づき過ぎることをためらってしまう。まるで、壊れ物を扱うように。

 きっと、彼女の言う『壁』は、無意識のうちに皆が築いてしまった距離感そのものだ。

 

 中高一貫校というのも、悪さをしているのかもしれないな。早くに出来てしまった共通認識を解くには、時間が経ちすぎた。

 彼女自身にはなんの問題もないため、噂通り『嫌われている』と言うほどでは決してないが、他の生徒達も彼女との距離感を測りかねているのだろう。

 

 一通りの思案と掃除を終え、掃除用具を片付けた後自分の席に座る。

 

「ま、気にするな、俺も友達と呼べるやつはあの二人くらいだから」

「…べつに、気にしてなんかない…」

 

 気にしてそうだなぁ…。

 

 しかしこればっかりは彼女が解決出来るものでもない。俺に出来ることならどうにかしてやりたい気持ちもあるが、それも無理な話だろう。彼女の話を聞く限り、仲良い人間も少なからずいるはずだ。なのでどうしても、と言うほどではないのだろう。

 

 この学校で、彼女と心からの友人関係を作れる人間がいるとしたら、変なしがらみに縛られない、良い意味で『鈍感』な人間か、もしくは彼女を取り巻く状況を全て理解した上で、上手く立ち回ることのできる『頭脳』と『器用さ』を持ったやつくらいか…。そんな都合のいい人間が近くにいるわけもな……。

 

 

「おーい!カガリ!説明会終わったぞー!帰ろうぜー!」

「思ったより長くなっちゃった、もうちょっと効率よく出来ないのかなぁ?」

 

 

 

 

 

………いたわ。

 

 

 

 

#

 

 

 

「いや〜まさかあのアスカちゃんと一緒に帰る日が来るとはなぁ!な!ミサキ?」

「…う、うんそうだね…」

「あんまりはしゃぎすぎると引かれるぞ」

「え!?マジ!?」

 

 その後、説明会から帰ってきた二人と共に、書き終わった用紙を職員室の担任に渡し帰路についた。半ば無理やり連れてきた坂浪を加えた四人で…。

 

 あれ、ちょっとした親切心のつもりだったけど余計なことしたかな?

 

 思っていたよりもテンションが上がっているリョウスケと、そんな彼に微妙に引き攣った笑顔を向けるミサキを見て、少し後悔が出始めていた。

 ちなみに名前の呼び方はさっき決まった。陽の者の距離の詰めかたにはいつも驚かされる。

 

「引いたりなんかしないよ。風間くん有名人だし。話したことはないけど、ちょっとは知ってるよ」

「え!?アスカちゃん俺のこと知ってたの!?」

「うん、少し騒がしいけどすごい人だって皆んなが言ってた」

「…それ、褒められてるのか?」

 

 大丈夫だ、ちゃんと褒められてるぞ。お前の騒がしさは少しどころの騒ぎじゃないからな。すごいざわざわした文章だ。

 

「よ、よかったじゃん、アスカちゃんに知っててもらえて」

「藤原さんもちゃんと覚えてるよ?可愛いし、運動神経抜群だし。中3の時の体育祭は大活躍だったよね」

「そ、そうだったかなぁ…えへへ」

 

 …これが即オチというやつだろうか。先程まで恋敵を見るような目で警戒心MAXの様子だったミサキが、一瞬にして緩み切った笑顔を晒していた。実際ミサキも坂浪に負けず劣らずの整った顔と人気をもっている。

 どうやら要らぬ心配だったみたいだ。早くも二人と打ち解けている坂浪を見て、密かに胸を撫で下ろす。

 やはりと言うかなんと言うか、彼女のコミュニケーション能力にはなんの問題もないようだ。そもそも俺みたいな奴とまともに会話できている時点で、基本的に大抵の人間と話せる力はあるはずである。自分で言ってて悲しくなってきた。

 

 その後は他愛のない会話を続けながら、住宅街を歩いた。坂浪が聴きたがったので、俺たち3人の思い出話が大半を占めた。

 

 中1の夏休み前にミサキが転校してきたこと。その後の夏休みにリョウスケの両親に連れられ、3人で海に行ったこと。中2で一人だけクラスが別になって、ミサキが泣いていたこと。中3の修学旅行でリョウスケがお土産に木剣を買っていたこと。毎日のように放課後3人で遊んだこと。

 

 それと…

 

 俺が高1の夏休みから学校に来ていなかったこと…。

 

 

#

 

 

それほど深い理由などなかった。ただ漠然と自分の中に、『なにか』が足りないんじゃないかと思うようになっていた。自分の中にぽっかりと穴が空いているような、そんな感覚がした。

 

 生きる意味、と言うと少し大袈裟だろうが、この先の長い人生を考えた時、この穴はいつか致命的なものになってしまうのではないか、という危機感を覚えた。それに突き動かされるように家を出た…。

 

 まさに『自分探しの旅』であった。まさかそんな冗談みたいな理由で家を出るとは思いもしなかった。幸いにも、桐ノ杜学園はそこそこ新めの学校で、出席せずとも定期試験の点数さえ良ければ進級させてもらえた。ただその代わり全教科8割以上の点を取らなければならないため、わざわざそんな暴挙に出る生徒は年に一人もいない。

 

 

 そしてこれまた幸いであったが、俺が求めていた『なにか』は意外にもすぐに見つかった。俺はこのために生きているのだと、このために生きていくのだと…。

 

 ーーあの夜。月夜に照らされた路地裏で…。

 

 そんな確信が生まれたのは、家を出てから2ヶ月ほどたった頃だった。その後は一度家に帰った。警察に届けられても大変なので、逐一連絡は送っていたのだが、何も言わず家を出たことは当たり前のように家族に怒られた。

 

 両親はもちろん、俺の分の家事を押し付ける形になった兄妹達にも謝罪をし、今後のことを話した。俺はもっと外の世界を知る必要があった。だからまた家を出ないといけないと…。

 

 詳しい話はしなかったが、要約するとそのようなことを両親に話した。基本的に放任主義の親だが、流石に未成年の高校生にそれを許すのは難しかったのだろう、少し考えると言い二人は寝室に向かった。

 しかし、次の日には渋々といった表情で許可を出してくれた。日に一度連絡すること、それと月に一度は家に帰ることを条件として。

 

 そして俺は今度はちゃんとした用意をして、兄妹に見送られながら家を出た。

 その生活は結局1年半にも及んだ。俺が家での生活に戻ったのは高2の終わり、ちょうど春休みに入ったところだった。

 

 

#

 

「そうだったんだ…だから私黒瀬くんのこと全然知らないんだね」

「ほんと、俺らにも何も言わずいなくなったんだぜ?信じられねぇよな!?」

「だから何回も謝っただろ?」

「何回謝っても足りないよ。優花ちゃん達が教えに来てくれたからよかったけど…心配したんだから」

 

 諸々の話を聞き、合点が言ったような坂浪に大仰に話すリョウスケ。それに返す俺だったが、怒り半分悲しみ半分のような顔でミサキに叱られた。

 

 彼らがどれほど心配していてくれたかは、久しぶりに顔を見た時に痛いほど分かった。

 

 自分自身それほど心配してもらえるとは思っていなかったので、申し訳なく思うと同時に、内心少し嬉しかったのを覚えている。

 

 今でもこの事はよく話に出るが、彼らはなぜ家を出たのかについては、ついぞ聞いてきたことはなかった。俺が昔からあまり自分の話をしなかったからというのもあるだろうが、高校生という多感な時期での事だ、大人達よりも同じ歳の彼らの方が共感しやすかったのかもしれない。まぁ絶賛高校生中なのだが…。

 

「あれ?高1の夏休み…」

「ん?何か言ったか?」

「あっ、いやなんでもない!」

 

 何やらつぶやいた坂浪に問いかけるが、反射的にはぐらかされた。思わず口から漏れたかのような声だったので、わざわざ聞くのは野暮だったかもしれない。

 

「あ、じゃあ私あっちだから」

「お、そうか、アスカちゃん東から来てるのか」

「うん、今日はありがとう。いっぱい話聞けて楽しかった!」

「こちらこそだよ、じゃあまた学校でね!」

 

 それから数分経ち、駅の前の広場になっている場所についた頃、坂浪が口を開いた。

 俺たちの住む桐ノ杜町は大まかに東と西に分けられている。小学校も東西に一つずつあり、桐ノ杜学園はそのちょうど真ん中あたりにある。そのためほとんどの町の子供はこの学園に通う事になる。俺たちの家は西側に位置するが、彼女の家の神社は東側にある。

 

「じゃあな」

「うん、バイバイ」

 

 軽い別れの言葉を口にして、みんなで手を振り合った。しかし彼女が背を向け数歩歩いた後、なにやら考え込むような仕草をし、意を決したように振り返った。

 

「ごめん、黒瀬くん、ちょっといいかな?」

「え?…あぁ別にいいけど」

 

 何やら神妙な顔をして、手招きをする彼女を不審に思いながらも頷く。彼女の元に行く前にリョウスケとミサキの方を見たが、彼らも不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 

「どうしたんだ?」

「ちょっと聞きたいことがあって、さっきのことなんだけど…」

 

 広場の端、比較的人通りの少ない場所に二人で向かってから彼女が口を開いた。さっきのこととはどれのことだろうか、そう考えながら次の言葉を待つ。

 

「私のお姉ちゃんのこと…知ってたりしないかな?」

「お姉ちゃん?」

 

 あまりに唐突な問いに対して、オウム返しのような返事をしたところ、彼女は次のような話を始めた。

 曰くーー彼女には二つ年上のお姉さんがいる。しかし血が繋がっているわけではなく、彼女の神社の分家にあたる一家の娘さんらしい。子供の頃からよく遊んでいたようで、本当の姉妹のような関係だったと言う。

 だが、件の彼女は現在行方不明となっているらしい、それも俺が家を出た時期と同じ、一年半前からとのことだ。

 彼女の名前はーー湊ナナミ。同じ桐ノ杜学園の生徒だった。

 

「湊…ナナミか」

「うん。偶然だと思うんだけど、ちょっと気になっちゃって」

 

 同じ時期に二人の生徒が行方をくらませた。そう聞くとそれらに関連があると考えるのは当然のことだろう。それに学校全体でもっと大きな事件となってもおかしくはなかった。

 しかし俺は家族を通して学校には連絡を送っていたし、彼女に至っては行方をくらませた数ヶ月後に退学届を出していたようだ。

 そのためこの件に関しては、生徒の間では周知されていないのであろう。

 

「…いや、悪いが知らないな」

「そう…だよね。ううん、こっちこそ時間取らせてごめんね」

 

 じゃあ、またね。そう言いながら少し落ち込んだような表情で彼女は帰って行った。

 

 日の入りが遅くなり始め、夕方というにはまだ早い時間。雲ひとつない空から太陽が街を照らす。その光を浴びながら、遠くなっていく決して大きくない背中を…見えなくなるまで眺めていた。

 

その背に重くのしかかる、途方もないほどの運命を想像しながら……

 

 

 

#

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ」

 

 日が完全に落ち、さらに数時間が経った町。それほど大きくないこの町は、夜になるとほとんどが黒に染まっていた。

 時刻は23時37分。深夜というには早いが、町の明かりがポツポツと消え、辺りは静まり返っていた。そんな町の一角の比較的建物の多い駅周辺、暗闇が広がる路地裏を男は息を切らして走っていた。

 

(なぜだ!簡単な任務のはずだったのに!こんなことになるとはっ!)

 

 男の名前は森野数也。彼はとある組織の構成員だった。任務の内容は単純明快、『ある女子高生の監視と情報収集』である。元々は探偵を生業にしていた数也にとって、この任務は決して難しいものではなかった。実際、当時の仕事でもターゲットに気づかれた事は一度もない。

 ただ一つだけ懸念があったとすれば、この任務を自分一人だけで行うよう命令された事だ。

 

(くそっ!やはりボスに掛け合って『数』を増やしてもらうべきだった!)

 

 心の中で後悔しながらも、走る事はやめない。自分を確実に追ってくる気配がどんどん近くなっていた。

 

 数也にとって『数』は絶対であった。

 

 人の『数』、物資の『数』、月日の『数』。様々な『数』を計算して、万全な準備を終えてから行動に移る。己の名前にも入っていたためか、それは彼の人生において全ての指標でもあった。

 だからこそ今回の命令は数也の信条に反していた。もちろん任務の内容を聞いて、慢心がなかったかと言うと嘘になる。しかし、どちらかと言うと命令に背く事を恐れた結果だ。

 

(くっ、このままではマズイ!こうなったら!)

 

 走り続けた先、三方に分かれた道に差し掛かった時に彼は意を決する。

 

 そして、数也が聞き手である右手を胸に置いた時、不思議な現象が起きた。

 彼の右手は淡く発光を始め、その光は彼の全身を覆い出す。そして光が完全に体を覆い尽くした時、彼の体の輪郭がブレた。

 

 すると次の瞬間、数也の前に現れたのは、まさに彼自身であった。

 

 分身ーー数也の能力の一部であるそれは、都合二体分の完璧に模された体を生み出した。

 

「お前は右、お前は左に行け!」

 

 数也は自分の分身に左右の道を行かせ、自分は真ん中の道を進んだ。わざわざ声をかけずとも動かす事は可能であるが、その方が『イメージ』しやすいため、彼はいつも声による命令で分身を動かしていた。

 

 

 

 そして進む事数分、追っ手の気配を感じなくなったところで膝に手をついた。滝のような汗を拭い、辺りを見回す。暗い路地裏の横幅は2mほどだが、月の光によりなんとか回りの景色は見えていた。

 

「はぁ、はぁ、ここまで来れば…」

「『安心』…か?」

「なっ!?」

 

 息を整えながら、一人呟いた言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 

 気配もなく頭上から落とされた声に、数也は反射的に振り仰いだ。

 そこにいたのは一人の男。人のいる気配のない、廃墟のような建物の屋上に男は立っていた。背後に見える満月のせいか、その姿は黒に染まっている。

 

「な、なぜここに!?いやなぜ騙されなかった!?」

「別に特別なことはしていないさ、お前が組織の人間なら『イデア』発現者である可能性は高かった。だから追いつけないふりをして、少し様子を見ていただけだ」

 

 そう言いながら建物から飛び降りた男は、ゆっくりと数也に近いてくる。暗にわざと泳がされていたことを告げられた数也は、内心舌打ちをしながら身構える。

 しかし、状況はすこぶる悪い。『イデア』のことを知っていると言う事は、十中八九相手も能力者だ。しかも先ほど使った分身は『オーラ』の消費量が多い。ギリギリまで使用を控えていたのはそのためだった。

 それに加えて、こちらの手の内だけ一方的に知られている状態だ。勝算は極めて低いと言わざるを得ない。

 

「しかし…分身か、初めて見たが自分を増やすのはどんな感覚なんだろうな」

 

 独り言のように話しながら男が距離を詰める。そして、彼我の距離が5mほどになった時その足は止まった。やつの間合いなのか、はたまた数也の攻撃を警戒したのかはわからないが、こちらが動き出すのを待っているようだ。数也が進もうとしていた道を塞ぐ形に立つ男は、この距離になってもその顔ははっきりと見えない。

 

 引き返そうかとも考えたが、男の言動からして全力で逃げたとしても捕まる事は必至だ。

 

「大人しく投降すれば、生かしてくれるか?」

「それは無理な願いだな。能力者を完全に捕縛するのは難しい。悪いが…ここで始末させてもらう」

 

 一縷の望みにかけて投降の意思を示してみたが、効果はなかった。男の言う通り能力者はたとえ手足をもがれようとも、能力を発動できる者が多い。相手の力を完全に封じ込めるような能力がなければ、捕縛は不可能だと言っていい。

 

 こうなれば決死の思いで抵抗するしかない。倒せはせずとも手傷を負わせれば、逃げる時間を稼げるかもしれない。

 

(ヤツのイデアは分からんが、この強気な姿勢と俺に軽々と追いつく速度…戦闘系の能力であるのは間違いない…。残りのオーラ量でどれだけ喰らいつけるか)

 

 改めて彼我の戦力差を考えるが、絶体絶命な状況は変わらない。しかし未だ動く気配が感じられないのは、カウンターを狙ってのことか…。

 

(応援が来ないとは限らない、さらに状況が悪くなる前に動くしか…ないっ!)

 

 そう考えるや否や、彼は腰のポーチから小型のナイフを取り出し、男に向け投擲する。そのナイフは手を離れる直前に込めたオーラにより、空中で五本に分裂し面となって男に襲いかかった。道幅を埋め尽くす攻撃を無傷で避けるのは至難なはずだ。

 

 しかし、突如として男の影は消え去り、やがて勢いを失った五本のナイフは、音を立てて地面に落ちた。一瞬見失ったが、静かに着地した男の姿を見るに、飛んで避けたのだろう。常人ではありえない跳躍力と瞬発力だ。

 

(くそ!早い!…だがこれで時間は稼げた!)

 

 少しでもダメージを与えればと放った攻撃であったが、掠りもしなかった事実に驚く数也。だが男が回避する数瞬の間に数也は二体の分身を作り出すことに成功する。

 

「いけ!」

 

 細かく指示する余裕はなかったため、分身達に狭い道を真っ直ぐ突撃させる。そしてその分身の陰に隠れる形で、二本目のナイフを取り出し男へ向かう。二体の分身を囮に一撃入れる作戦だった。

 

 

 

「貫け」

 

 

 

 しかし、その作戦も男の声とともに鳴り響く乾いた発砲音により、無意味に終わった。

 

「がっ!?」

「良い作戦だったが、残念ながら相性が悪かったな」

 

 突然脇腹に生じた激痛に呻く数也の目に映ったのは、いつの間にか男の手に握られた一丁の拳銃だった。

 

(なっ!?銃だと!?だが、それにしてはあの音は…)

 

 一列に並んだ二体の分身とともに、完全に貫通している自らの脇腹の傷を抑えながら、地面に倒れた数也は疑問を浮かべる。

 男の持つ銃から鳴った音は、実銃にしては余りにも小さいものだった。そしてその音は数也にも聞き覚えがある。それは子供の頃の記憶、友達とふざけて撃ち合ったーーそう、まるでエアガンのような音だ。

 

 だが、その銃から放たれた一撃は音に反して脅威の貫通力を誇っていた。数也の生み出す分身は、その耐久力も数也本体と同じだ。つまり、ヤツの一撃は人間の体三体分を貫いたことになる。そんなことはたとえ実銃であっても可能なのだろうか…。

 

「苦しませるつもりはない、早めに送ってやる」

 

 しかしそんな疑問も、脇腹の痛みと迫る死の恐怖によりすぐに消え去った。

 

「…くっ……そ…」

「お前に恨みはないが…彼女に近づいたのが運の尽きだったな」

 

 徐々に体の感覚が薄くなっていく数也が最後に見たものは、自分に向けられた銃口と月光に照らされた無表情な男の顔だった。

 

 

#

 

 

「こちらT4、一人始末した。回収頼む」

『T1了解。ご苦労様、すぐに持ち場に戻って』

「はいよ」

 

 一仕事終え、虚空に向け報告を済ますと、頭の中に直接声が響く。それに対し適当に返事をした後、先ほど始末した男の死体を見る。  

 

(一撃で仕留めきれなかったか、まだまだだな)

 

 そう思いながらカガリは、右手に収まるエアガンに目を落とす。

 

『イデア』ーーいつからかこの世界に存在する、奇跡を可能にする力である。その存在を知るものは世界でもごくわずかであり、世間に知られれば大混乱は確定だろう。

 イデアの発現要素は三つ。一つは『イデアの理解』、次に『イデア発現者との直接的接触』。そして最後の一番重要な要素は、己の中に『その人を形作る核』が存在することだ。

 生き様ーーと言い換えてもいいだろうか。その変化することのない確固たる精神が、イデア発現の鍵となる。そしてそれはそのまま発現者の能力として現れる。

 

 先ほどの男は、物の数を増やす能力を使っていた。そこから想像するにヤツの核となるのは『増やす』若しくは『数』あたりか…。

 

 今回は被害を出さずに始末できたが、まさかこんなに早くから奴らが動き出すとは思わなかった。念の為警戒を始めていて正解だ。

 

 イデアの能力を使うにはエネルギーが必要だ。そのエネルギーのことをシンプルに『オーラ』と呼んでいる。

 各人のオーラの総量は先天的に決まっているが、産まれてから徐々に増えていき、18を迎える年に最大量となる。奴らが今まで行動を始めなかったのはそのためだ。

 

 

 奴らの狙いはこの町の神社にある。世襲で神主を担っているその神社は、イデアと深く関係しており、数百年に一度莫大な力を持った女の子が産まれる、という言い伝えがあった。

 

 

 

 その神社の名前はーー『坂浪神社』

 

 

 

 そう、その神社の娘であり、世界を変えうるほどのオーラ量をもって産まれたーー『坂浪アスカ』、彼女が奴らの標的だ。

 

 

(まだだ…まだ足りない。もっと力が必要だ)

 

 

 あの夜と同じ、美しくもどこか儚さを感じる満月を見上げながら改めて誓う。

 

 

 絶対に彼女を守り抜く。何が起きても、何を犠牲にしても、彼女だけは…必ず。

 

 

 

『その意思を貫く』ことが俺の生きる意味だ。

 

 

 

 




 
 改めまして、作者です。ここまでお読みいただきありがとうございます。お話を作るのは初めてのことなので至らない点、わかりづらい点等あると思いますが、もしよろしければ感想でご指摘いただけると幸いです。
 あと本作は色々な既存の言葉(イデアとか)や適当に考えた名前(学校の名前とか)とかあるんですけど、一応ちょっと調べて問題なさそうだったので、そのまま使ってるんですが、もし問題あるんじゃないかと指摘されましたら、適当に変えます。

 本作は能力バトルものなのですが、せっかく読んでいただけるのなら面白い作品にしたいなと思い、ネタっぽい部分を入れてみたのですが、読み返してみてちょっとはっちゃけすぎたなって思いました。次の話からはもしかしたらもう少し大人しい地の文になるかもしれません。 

思ったよりもヒロインであるアスカのキャラが分かりずらいなと思ったので、もうちょいがんばります。

 なんか反省会みたいになってしまいすみません。趣味で書いてるので更新頻度は遅いと思います。なのでいるかは分かりませんが、更新を楽しみにしていただける方がいましたら、長い目で見ていただけると助かります。ではまた。
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