こんにちは、なんか手が進んだので第二話です。
思ったよりめちゃめちゃ日常回になっちゃいました。
「お兄ちゃん」
「はい…」
「なんで起こされたか、わかってるよね?」
「はい…」
始業式の翌日。今日は入学式だ。
中高一貫の我が校では、中等部と高等部の入学式をそれぞれ別に行う。そのため今日は、学級委員以外の2、3年生は休みだった。
昨日も夜遅くまで起きていたので、昼まで寝てやろうと目覚ましもかけずにいた俺は、朝から妹に叩き起こされる羽目になっていた。
昨日よりもいっそう容赦なく叩き起こされ、何事かと驚いていたが、意識がはっきりしてくるにつれて、ある“重大なこと”を思い出す。
「優花のプリンは!!!」
「すんません忘れてました!!」
二日連続、朝から妹に怒られる情けない兄が、そこにはいたーー
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「♪〜〜」
「………」
それから時は経ち、時刻は10時半すぎ。鼻歌まじりでご機嫌な優花の後ろを、とぼとぼと歩いていた。向かうのは、最寄りの《桐ノ杜駅》近くにあるショッピングモールだ。
この町は人口の割にそれほど大きな建物はないため、学生が買い物に行くときは、たいていこのモールを利用するのが定番だった。
『もうプリンなんかじゃ許さない。優花の欲しいもの買って』
リビングの椅子に座り、腕を組んでそう言い放った優花に対し、昨日から愚行を重ね続けていた俺は、逆らうこともできず頷くしかなかった。
そんなこんなで歩くこと数分、桐ノ杜駅を抜け、モールが見えてきたあたりで俺は尋ねた。
「優花さん優花さん、愚かな私めに質問を許していただけますでしょうか」
「ふむ、許可しよう!」
「一体、何をお買い求めになられるので?」
我が家では、家事は兄妹で分担して行うのがルール。そのため、アルバイトは控えるように言われている。
その代わり、小遣いはやや多めにもらってはいるものの、あまり高価なものをねだられてしまっては困る。
「うむ。我は文房具を所望する!」
「え、そんなんでいいの?」
「いいよー」
どんなものを買わされるのかと不安になりながらの質問だったが、返ってきた答えは拍子抜けするほど普通だった。
いや、学生としては実にまっとうな希望だし、素晴らしいことなんだけどね?
年頃の女の子の買い物だからと構えていた俺には、あまりに意外で、つい口調も素に戻ってしまう。
「よーし着いたー! いくよー!」
「声でけぇよ…」
モールの入り口で声を張る優花に苦言を呈しつつ、先に建物に入っていく彼女の背中を追う。
まあ、何はともあれ機嫌を直してくれてよかった。そう思いながら、俺も中へと足を踏み入れた。
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「ねぇねぇお兄ちゃん!このカーディガンも可愛くない!?」
「おっ、そうだな。優花は白が似合うからな」
「ふふーん、どう?頭良さそうでしょ?」
「おー、そのメガネもよく似合う」
「あはは、このぬいぐるみ悠希みたい!」
「確かに、このちょっと生意気な感じが似ているな…っておい」
ショッピングモールに着き、早くも1時間が経とうとしていた。
「え、なに?」
「なに、じゃねぇよ、文房具買いに来たんじゃねぇのかよ」
俺がついに待ったをかけると、優花はリスのぬいぐるみを手に持ったまま、きょとんとした顔でこちらを見返した。
ショッピングモールに入るなり、気になった店に片っ端から飛び込んでいく妹。それに付き合っていた俺も、いつの間にか目的を忘れて、彼女と一緒に買い物を楽しんでしまっていた。
「いや〜せっかく来たんだから、色々見ないともったいないじゃん!それに…」
「それに?」
「中学生になってもお兄ちゃんと一緒に買い物してあげる妹なんて、優花くらいしかいないよ!もっと感謝するべきだよ!」
なんだそれは…。こちらから誘ったのならともかく、俺は連れて来られているのだが。しかも俺の金だし。
謎に上から目線なのも気になるところだが、実際優花の言う通りではある。世の中学生の女の子が、わざわざ兄と二人で出かけることは珍しいかもしれない。それに俺が少し楽しんでいたのも事実だ。
「でもちょっと疲れたから、おひるにしよ!」
「いや、そこは文房具屋行くところでは」
俺のこぼした声は聞こえなかったのか、はたまた無視されたのか、優花はすでに歩き出していた。どうやら今日は彼女が満足するまで付き合わされそうだ。
「お兄ちゃんなにたべる?」
「うーん、何にしようかな。あ、ラーメンの店なくなったのか。あそこ、結構好きだったんだけどな」
「あーそうだね。去年くらいに変わっちゃったよ」
フードコートに到着した俺たちは、ざっと一通りの店舗を見回す。このモール自体久しぶりに来たので、すっかり自分の記憶と変わっている店構えにやや戸惑う俺だが、結局は某有名ハンバーガーチェーンに落ち着いた。変に冒険して後悔したくないからね。
「お兄ちゃんいつものでいい?」
「ん?ああそのつもりだが」
「じゃあ優花買ってくるから、席とっといてよ」
「お、いいのか?助かるな」
「じゃあよろしく〜」という妹の声を背に、空いてる席を探す。普通なら逆の立場だろうが、優花は食に関してはなかなかこだわる方だ。まだ決めかねているのか、お昼時で少し混み合ってきたコート内を見て、席の確保を優先したのだろう。
少し周りを見て、片側が長いソファで反対に四つ椅子が並んだ、よくあるタイプのテーブルに空きを見つけた。
椅子の方に腰掛け、遠目に見てもまだ悩んでいるとわかる優花を眺めながら、少しだけのんびりとした午後の空気に浸ることにした。
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その後、昼飯を食べ終えた俺たちは、ゲームセンター、電気屋、食料品売り場、雑貨屋と回り、ようやく最後に文房具屋へとたどり着いた。
「おー!初めてきたけどほんとに文房具ばっかりだね!」
「お、おう…そうだな」
どうやら初めてきた店らしく、声を上げる優花は店の前に飾られた商品の数々に目を輝かせている。一方、散々連れ回された俺はすでに限界を迎えていた。時刻は14時、モールに着いたのが11時頃だったので、すでに3時間は経過している。
時間の経過とともに疲労が蓄積していく俺とは対照的に、むしろテンションの上がっている優花。こいつ本当に自分の妹なのだろうか。
少し心配になりながら、その後ろについて店に入るとそこには思いがけない人物がいた。
「あれ?黒瀬くん?」
「ん?おお坂浪か、奇遇だな」
そこいたのは私服姿の坂浪アスカであった。
ダスティブルーのスウェットに、ライトグレーのロングフレアスカートというシンプルな装いだが、彼女の落ち着いた雰囲気によく似合っている。
「ほんとだね、黒瀬くんも文房具買いに来たの?」
「いや、俺じゃなくて…こっちの妹の付き添い」
そう言いながら優花の方を見ると、口を少し開けながら見事に固まっていた。視線の先はもちろん坂浪。もしかしたら昨日の俺たちもこんな間抜けな顔していたのかもしれない。
「おーい、優花ー、大丈夫かー?」
「お、お兄ちゃん。いつのまに芸能人と知り合いになったの?」
「いやただのクラスメイトだよ」
「初めまして、坂浪アスカです。ゆうかちゃん、でいいのかな?」
俺が声をかけるとようやく動き出した優花が、あり得ないと言う顔で質問してきた。まぁ勘違いするのも仕方がない。だがなんだその顔は、俺にだって芸能人の知り合いの一人や二人……いるわけないな。
そんな優花を特に気にする様子もなく、彼女と目線を合わせながら自己紹介をする坂浪。…が。
「お」
「お?」
「お姉ちゃんって!呼んでいいですか!?」
「え、えぇ…?」
次の瞬間、意味不明なことを口走る優花に少し戸惑いの表情を浮かべた。
ーーそう言えばこいつミサキに初めて会った時も似たようなこと言ってたな。リョウスケのことを知ってすぐに言わなくなったが。
しかし我が妹は顔の良い年上の女性なら誰でも良いのだろうか。節操のないやつだな。
「お、お姉ちゃんか…でも、嫌じゃない…かも?」
「え!?ほんと!?」
「いいわけねぇだろ」
突然のことに驚いていたが、少し考えた後に満更でもない表情になった坂浪に即座に待ったをかける。あなたもしかしたら『お姉ちゃん』と言う響きだけで判断したかもしれませんが、もう少しちゃんと考えたほうがいいですよ。
「ちっ!もう少しだったのに」
「おいこら、聞こえてるぞ」
「???」
隠す気もないように舌打ちする優花を嗜めるも、未だによく分かっていなそうな坂浪は首を傾げる。どうやら頭が弱いと言う噂は、あながち間違いはなさそうだ。まぁ理解されて気まずい空気になるよりマシなのだけれど。
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「では、改めまして!こちらの冴えない兄の妹の優花です!よろしくお願いしますね、アスカさん!」
「うん、よろしくね優花ちゃん!…でもあんまりお兄さんのこと悪く言うのはダメだよ?」
「お、おう」
「なにちゃんと怒られてんだよ…」
あの後、商品を見始めた優花は、すぐに気に行ったシャープペンシルが見つかったようで、それを購入し早々に店を後にした。
そして改めて挨拶を始めた優花は、余計な一言を付け足したせいで坂浪に咎められていた。まさか初対面の相手に叱られるとは思わなかったようで、オットセイみたいな情けない声を上げる優花に、俺は呆れるしかなかった。
俺にとっては通常運転なので特に気にも止めていなかったが、坂浪はそれを見逃さなかった。お人よし、とは少し違うのだろうが、そこには彼女なりに譲れないものがある気がした。
「こ、これはこれでアリだね…!」
「お前ずっと何言ってんだよ」
先ほど知り合ったばかりの人間に怒られて、少しは落ち込むかと思ったが、俺が見たのは目を輝かせながら涎を拭く妹の姿だった。なんなのお前、無敵なの?
「お姉、じゃなかったアスカさんはこれからどこにいく予定なんですか?」
「うーんと、ちょっとだけ楽器屋さん寄ってから帰ろうかなと思ってたけど」
「え!?アスカさん楽器できるの!?」
「ギターをちょっとだけね。ただの趣味だから全然上手くないんだけど」
えーすごーい!と感心する妹をよそに俺は、そういえば彼女のプライベートについてはあまり話を聞かないなと思うと同時に、どちらかと言うと和装の似合いそうな彼女にギターはアンマッチだな、などと考えていた。
そんなどうでもいいことを考えていると、どうやら彼女と一緒に楽器屋に行くことになったらしい。ようやく帰れると思っていたのだが、まだまだお出かけは続くようだ。
「いやぁ〜、まさかお兄ちゃんがあのアスカさんと知り合いだったとはねぇ」
「と言っても、ちゃんと話したのは昨日が初めてだけどな」
「あ、あはは、ちょっと恥ずかしいなぁ」
後々確認したところ、どうやら中等部でも坂浪のことは噂になっているようだ。
曰くーー『高等部に芸能人並みの容姿を持った女子生徒がいる』と
しかし流石に表立って写真等は出回っていないようで、優花も名前を聞くまではまさかその噂の人とは思わなかったらしい。
その事実を聞いて坂浪も恥ずかしそうな様子だったが、彼女自身自分の容姿が優れていることは自覚しているようだ。ま、この見た目でそこに謙虚でいられるのは嫌味にしかならないのでいいことだろう。もちろんそれを鼻にかけるようなことはしない。
「お兄ちゃんに友達が増えてよかったよ〜。あれ?」
「ん?どうした?」
ねぇあの子、と優花が指を刺す。その先にいたのはおもちゃ屋の前で一人蹲っている小さな女の子。今にも泣き出しそうな顔で辺りを見回す女の子は十中八九迷子だろう。周りに親のような姿は見えない。
「わ、大変。ちょっと行ってくるから待ってて」
「え、ちょっ!……わぉ判断が早い」
「……だな」
そんな女の子を見て、一も二もなく坂浪は駆け出していた。俺のような人間は、見捨てることはしないまでも少し二の足を踏んでしまう場面だが、彼女にはそんな躊躇いは微塵もなかったようだ。
彼女の早すぎる対応にタイミングを逃した優花は、某天狗の面をした老人のようなことをいいながら呆気に取られていた。
(……まるで、リョウスケみたいだな)
人を助けることにまるで躊躇のないその姿に、俺は彼の姿を重ねる。
出会った頃よりは落ち着いたが、あいつも誰彼構わず困っている人に手を貸していた。
中学の頃など『正義の味方』と称して、近所をパトロールしていたほどだ。今でもその精神は変わっていないのだろうが、流石に当時の話を持ち出すと「ガキすぎた」と言って珍しく羞恥心を露わにした。
しかし、今のようにミサキと仲良くなったのもその正義感ゆえだ。転校してきたはいいものの、今では考えられないほど内向的だったミサキはクラスで少し浮いていた。当時、左程クラスに馴染んでいなかった俺は気づかなかったが、軽いいじめの様なもの(ミサキが語ったものなので実際の程度は知らないが)もあったらしい。
そこに割って入ったのがリョウスケだった。
女の子を怯えさせまいと、そっと隣に腰を下ろし微笑みかける坂浪の姿が目に映る。
困っている人がいれば手を差し伸べ、泣いている人がいれば隣に寄り添う。
そんな当たり前のように思えることを、何の躊躇いもなくやってのける人たちを見るたびに、俺は思ってしまう。
それも一つの才能なんじゃないかと…。いや、言い訳かもな。
誰かを想うこと。それはきっと難しいことではない。しかし、そう簡単なことでもない。
羨ましい……とは、思わない。それはきっと彼女達の尊厳への冒涜だ。
しかしどうしてもーー俺の目には、彼女等のその在り方が眩しく映って仕方がなかった。
お読みいただきありがとうございます。ちょっと長くなりそうだったので一旦区切りますね。
次回はもうすこしイデアについて深掘りするつもりです。
流石に次の投稿は遅くなりそうですね。ではまた。