買い物かごに放り込まれるポテトチップスを見て、ミヒロは眉間に皺を寄せた。
「お菓子を買いに来たんじゃないぞ」
ポテトチップスの他にもクッキーやチョコレート、そしてプリンにジュース。
お酒は二十歳からなので入っていないが、まるで晩酌の買い物である。
「どうせ後三日もあるしよー、このくらい食べるだろ!」
「全部ツチノコの餌にしてやる」
「ドーナッツも入れちゃいます」
「おいレジ子」
歯止めが効かない買い物かごへの放流。
鮎を一旦宿に置いてきてから、一達は近所のスーパーに買い出しに来ていた。
せっかく釣った鮎なので、他のおかずと一緒に食べようという事である。
「これ以上は禁止」
「そんなー」
「着いてきてよかった……」
本当ならミヒロは宿に残って下拵えを済ませておきたかったのだが、一に任せていたらお菓子だけ買って帰ってきかねない。
お味噌汁用の味噌を手に取って、お惣菜コーナーに向かいながらミヒロは妙に重い買い物かごに視線を落とした。たった今炭酸ジュースがかごに入った所である。
「お菓子が潰れるでしょうが……!」
「はは、ミヒロオカンみた──痛」
余計な事を言う一を殴ってから、ミヒロはお菓子を避けて炭酸ジュースのペットボトルをかごの下に敷いた。
普段からレジ子の家の家事で慣れているので、オカン染みているのは仕方がない。
「明日以降はまた考えれば良いか」
一がツチノコカレー屋さんにまた行きたいと言っていたのを思い出しながら、朝食兼昼飯のサンドイッチ用のパンや卵ベーコンをかごに入れるミヒロ。
何故か五日もある旅行もそろそろ半分である。不摂生には遺憾だが、浮かれる気分が分からない訳ではない。
「チョコアイス〜」
「良い加減にしなさい」
レジ子の頭にチョップを入れて、雑草のようなアホ毛を潰した。しかし、手を退けるとそれは元気に生えてくる。
「でもよ、夏だしアイスは要るだろ!」
「なら普通のチョコを戻してこい」
「ミヒロ兄ちゃん……チョコのない宴なんて、宴じゃないよ」
「もう好きにしろ……」
魑魅魍魎と化したかごの中身に溜め息を吐きながら、旅行から帰った後の健康生活を考え始めるミヒロ。
レジ子が泣いても鬼になる決意を、彼はひっそりと心の中でしていた。一のことは知らん。
お惣菜コーナーでサラダを買って、豆腐を追加してレジを通す。
宴前特有のありえない値段に白目を剥きながら、ミヒロはエコバッグ二つを持ってスーパーの出口へ向かった。
「おいミヒロ! アレ見ろアレ!」
「あん?」
「あんて。ほらアレ」
一が指差す先に視線を向けると、そこには洋服屋がある。
大きなスーパーなら服屋が併設されていても特に違和感はない。
何がそんなに一の目を引いたのか。
「お客さんお客さん! あんたら観光客だろ! 見てコレ見てコレ、ツチノコTシャツ!! 可愛いでしょ!!」
その正体は、ツチノコTシャツだった。
なんというか胡散臭い笑みで笑いながら、お店の店員であるアロハシャツの男性が、ファンシーなツチノコがプリントされたTシャツを広げて見せてくる。そして、ゆっくりと近付いてくる。
「こっち来んな」
「そう言わずにそう言わずに。ほら触ってみて下さい、ウチのTシャツは良い生地使ってるんですよー!」
少し屈んで下からグイグイくる店員。ミヒロは両手が塞がっているので、抵抗が出来なかった。
「うわー! ツチノコTシャツだー! 可愛い……!!」
「レジ子、騙されるな……!! これは旅行先で良くある罠だ!! 無駄に高いTシャツだ!!」
観光地に良くある、それっぽいプリントがされた、やけに高いTシャツ。三千円とかしたりする。
「お嬢ちゃん、良い目をしているね。勿論サイズもカラーも沢山あるよ!!」
「俺も欲しいかもー」
「俺も買うかー! せっかくだしな!」
「ヒラケン……! 一……!」
ミヒロは両手が塞がっていて止められない。己の力不足に、手が震えた。バカ共への怒りで。
「俺Lサイズでー! いくらっすか?」
「よんきゅっぱ、4980円でーす! 全サイズこの値段!」
「たっか」
「Lサイズ、赤で下さい!」
「俺Mサイズ。青で」
「一……! ヒラケン……!」
「私Mサイズ二つ下さーい。白でー」
「レジ子ぉぉおおお!!!」
バカ達は四着のツチノコTシャツを購入する。合計で約二万円。
「まいどありー! またのご来店をお待ちしておりまーす!」
その内、幸福になる壺とか買ってくるんじゃないだろうか。ミヒロはそんな心配をするのだった。
☆ ☆ ☆
ツチノコTシャツはかなり肌触りが良い。
さっそく着ているヒラケンは、車の助手席から全員に「触ってみ、触ってみ」とツチノコTシャツを自慢する。
約五千円もする肌触りは、妙に納得出来てしまう品質だった。
「これは普段着でも使えるよ……! ミー君……!」
「なんともいえん」
胸周りのファンシーなツチノコがファッション的にどうなのかは、少し検討がつかない。
「てかなんで二つ買った?」
「姫ちゃんにプレゼントしようかなと思ってー」
「……凄く喜ぶだろうな」
一人でツチノコを探し続けていたような女の子である。ツチノコのTシャツなんて喜ぶに違いない。
「喜んで貰えると良いなー。明日はね、皆でツチノコTシャツ着て行こ。……あ、ミー君のがない!」
「いや、俺は良い」
そもそもミヒロはこの夏でも黒コートなので、着たとしてもコートの中に隠れてしまうのだ。それはともかく、全員でツチノコのTシャツを着た集団が山の中でツチノコを探す光景はツチノコを信じていても笑える。
「姫にあげるならMサイズだと少し大きくないか?」
「でもほら、姫ちゃん成長期だろうし。今日も昨日より少し大きかったし」
「そんな一日で分かるくらい大きくなる訳ないだろ」
「つーかよー、逆に着てないのが不思議なくらいだよなー」
運転席からヒラケンやバックミラーに映るレジ子が持つツチノコTシャツをチラ見しながら、一は姫の姿を思い浮かべた。
「似合いそう」
レジ子の持っている白いツチノコTシャツとその姿を頭の中で重ねる。
「……なんでだ」
もしかしたら持っているかもしれないが、その時はその時だ。それでも、喜んでくれる姿が目に浮かぶ。
そういえば昨日今日と同じ格好だった気がした。ふと、山の反対側の村の事を思い出す。
「一君?」
「……いや、なんでもない」
おかしな事はあっても、姫は一緒にツチノコを探す大切な友達だ。
ツチノコ探しだけじゃない。釣りや川遊びもして、一緒に鮎を食べて。
だから、姫がどんな存在であれ、一にとって──皆にとって彼女は友達だと。一は自分に言い聞かせる。
それに、ツチノコはともかく、なくなった筈の村からくる幽霊なんて話はあまりにも非科学的だ。ツチノコはともかく、だが。
「一君」
「ん? なんだー、レジ子」
「さっきの道、右だよ」
「うおしまった!!」
「おい、急ブレーキやめろ」
「うわぁ!?」
東黒川村の田舎道で、一台のレンタカーが大きく揺れるのだった。