一の言葉を聞いて、寺浦は目を細める。
「幽霊っていると思いますか?」
「宇田川、お前どこまで話した?」
寺浦がそう聞くと、彼女は両手を上げて「名刺を渡しただけよ」と表情を変えずに答えた。
一は首を傾げる。
宇田川に貰った名刺には、二人はオカルト番組の関係者だと書いてあった。
番組すら眉唾物かもしれないが、今は藁にもすがるような気持ちでいる。
「良い質問だな」
ただ、寺浦の反応は少なくともオカルトを馬鹿にしている者のそれではなかった。
「まず先に質問の返事をするが、俺は幽霊の存在を肯定するが……証明する事は出来ない。ただし、幽霊がいないことを証明する事は誰にもできない。悪魔の証明ってのは知ってるか?」
「何でしたっけ。存在しない証拠は存在しないから、それを証明出来ない……みたいな」
「そういう事。だから、坊主の言う幽霊がいるかいないかの質問にはハッキリと答えてやる事は出来ない。ただ……多分だが、お前が欲しかった答えは証拠証明云々じゃなく、俺が幽霊を信じているか信じていないか。……つまり、その辺りについての知識を持っているか、あるいはこれから坊主が話す内容を真剣に聞いてくれるかどうか、だ。違うか?」
寺浦の解答を聞いて、一は目を丸くする。この人は人の心を読んでいるんじゃないだろうか。そう思わずにはいられなかった。
「……おっしゃる通りっすね」
「これでそっちが安心出来るかどうか分からないが。宇田川が渡した名刺は本職のじゃない。俺は……俺達は
「寺浦君……!」
寺浦の言葉を遮るように少し大きな声を出す宇田川だが、彼は片手を上げて彼女を静止する。
「ツチノコ探しに来たって、嘘だったんすか?」
「嘘じゃないぞ。俺達は
「違う?」
寺浦の言葉に、一は脳裏にツチノコという文字を思い浮かべた。しかし、あのツチノコ以外にツチノコという存在は思い浮かばない。
「その昔、この村で神様として崇められていた存在。その名は
「土の……子」
ふと、脳裏に一人の少女の姿が過ぎる。
「ちなみに、お前達が探してるツチノコは金槌の槌に子供の子で槌の子な」
「……でも、神様って。確か……この村、お寺さんがないんすよね?」
一はつちのこ館で見た東黒川村の歴史という資料を思い出した。
資料によれば、明治の辺りに何かがあって、この村のお寺が壊されて。日本で唯一お寺がない村になったという。
「お、よく知ってるな」
「つちのこ館って所で見たんすよね。お土産買う時に」
「なら話が早い。その昔にお寺を失ったこの村……と、いうかこの山の神。土の子を俺達は探してるって訳だ」
「ツチノコじゃなくて、土の子を」
「そういう事。だから、嘘は付いてない」
「探して、どうするつもりなんですか……?」
一には土の子という存在に思い当たる節があった。
姫がそうなのではないだろうか。
もしそうだった場合、寺浦達の目的次第では、力を借りる事は出来ないかもしれない。
「それはな──」
「寺浦君」
「──っと、これ以上はそう簡単に話すと怒られるらしい」
一番気になる所をはぐらかされる。しかし、ここで食い下がって姫の事がバレた時に最悪な状態になる事だけは避けたい。
一は慎重に言葉を選んで、会話を続けようとした。
「お仕事? の、事ですもんねー! いや、ちょっと気になっちゃって! すみません!」
「まぁ、ツチノコを探しにくるような坊主だもんな。けど悪いが、こっちもあんまり話す訳にはいかないらしい。勿論、そっちから面白い話が聞けたら……つい口が滑っちまうかもしれないが」
寺浦は不敵な笑みでそう口にする。
面白い話、がこちらにとって面白い話になるかは分からない。
少なくとも、宇田川は話を止めた。
それは大なり小なり他人には言えない話があるという事である。
もし二人がペテンのオカルト好きだったりするなら、こういう事はペラペラ話す筈だ。
だから、二人は何かしら
「いやー、実は昨日の夕方、山の方でツチノコ探してたら……なんかお化けみたいなの見ちゃって! でも良く考えたら、何かの見間違いかなって!」
「へぇ、なにそれ面白そうな話じゃないか。詳しく聞かせてくれ」
「いや! 本当! ちょっと木が人影に見えた、みたいな。そんな話なんで」
「なるほど。でも、そういう思い込みが怪異ってのを作るんだよ。だから、あんまり強く思い込むなよ」
寺浦の意味深な言葉に、一は話を誤魔化すのも忘れて首を傾げた。
「ツチノコも土の子も、人間がいると思えばいるって事だ。ツチノコ探し頑張れよ、坊主。……あと、何か
「うす。それじゃ、なんか失礼しましたー! 話、面白かったっす!」
一はそう言って、そそくさと部屋を後にする。
「宇田川、どう思う?」
「何が?」
「いや。……面白い話、持って来そうじゃないか?」
「まさか」
宇田川は昼間の事を思い出しながら、溜め息を吐いた。そんな訳がない。ただの若者にしか見えない。
「くっそぉ……」
階段を登りながら、一は溜め息を吐く。
大当たりだ。
寺浦と宇田川は、眉唾物のオカルト番組のスタッフという訳ではない。多分、姫のような──自分達普通の人間には理解の及ばない超常に精通している人達なのだろう。
「どっちか分からねぇ……」
でも、だからこそ、それが姫にとって敵なのか味方なのか分からない。
姫が幽霊だとしても、寺浦の言っていた土の子という神だったとしても。寺浦達がその超常に対してどのような対応をするか。それが分からない。
踏み出そうとして、寺浦の言う
「幽霊がいたら二人はどうするか、とか。そういう事を聞けば良いのか。あー、くそ。頭回んなかった。今から戻るのも変だし、なんか適当なタイミングで──」
そう言いながら、一は部屋の扉を開けた。次の瞬間、視界の外、真下で誰かが一の足首を掴む。
「ひぃ!? 何!?」
「一……君、逃げ…………ガクッ」
そこには、倒れたレジ子がいた。
「レジ子ーーー!? 本当に何!?」
視界を上げる一。飛んでくる枕が、腹部に直撃する。
「グハッ!」
「一兄ちゃんお帰りー。今枕投げしてんの」
「枕……? 今のが?」
飛んできたのは野球ボールか何かだと思う程の衝撃を感じた一は、部屋の真ん中で枕を投げ合うミヒロと姫に視線を向ける。
超高速で投げられる枕達。それは、時折枕同士でぶつかって反射し──ヒラケンの首を直撃して意識を飛ばした。
「カハッ」
「ヒラケーーーン!!」
可哀想に、流れ弾でレジ子とヒラケンは戦死してしまっている。どうしてこんな事に。本当にどうしてこんな事に。
「やるな、姫……!!」
「ミヒロお兄さんも強いね……!!」
本気で枕投げを行う二人。体格の良いミヒロを引きずっていくような女の子が姫だ。枕もありえない速度で飛んでいる。どこにそんな力が。
「や、辞めろー! 姫! ミヒロ! お前達が戦う事なん──ぐふぇぁっ」
顔面に直撃する枕。
あぁ、なんて楽しい旅行だろうか。枕投げなんて、本当に久し振りだ。
こんな風に楽しい時間を続けたいだけなのに。
どうしたら良いんだろう。
分からないまま、枕投げに参加して、気が付いたら、寝落ちしていた。
明日はツチノコを探して、それから──