あなたの隣の怪異譚エモクロア   作:皇我リキ

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第二十二話:つちのこを忘れた

 診療所に村人二人を送り届けた寺浦は、車の中で窓を開けてタバコに火を付ける。

 

 

「雨、入ってくるわよ」

「吸わないとやってられないんだよ」

「締めて良いって言ってるの」

「そこまで非常識な男でもないぞ、俺は」

「なら吸わないでよ」

「そこまでお利口ちゃんでもないの」

 窓の外に煙を吐きながら、寺浦は妙に広く密度の薄い村を見渡した。

 

「この村はなくなるだろう。悪いな、助けられなくて」

「謝るような事ではないし、結局土の子を見付けられなかったし、その真意も測れなかった。なんなら、私が引き金を引いたようなもの。……なら、責任は私にある」

「それでも、何も出来なかった。……まぁ、悔やんでも仕方がない」

「脱出する?」

 宇田川の言葉に、寺浦は暫く返事をしない。

 

 

 雨の音と、車のエアコンの音だけが聞こえてくる。

 

 

「もし、坊主達が本当にエモクロア(・・・・・)と共鳴していたのなら……あるいは、まだ道はあるのかもしれない」

「土の子が復活する、という事?」

「坊主共次第だがな。……賭けてみる価値、あると思わないか?」

「私達に出来る事がまだあるのなら」

「よし来た」

 車のエンジンが鳴った。泥を踏みながら、車が走る。

 

 

 雨は止んでいた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 宿に辿り着いた一達は、風呂に入って、部屋に集まる。

 

 

「……俺達、何してたんだっけ」

「ツチノコ探してたんだろ。で、雨が降ってきた」

「疲れたー。ヒラケン、ジュース取ってー」

「オレンジジュース、完売。ツチノコーヒー牛乳で良い?」

 旅行も四日目。

 

 ツチノコは結局見付からずだが、川遊びをしたり山を歩くのは楽しかった。

 けれど、夏休みが終わる直前のような、何かし忘れた事があるような気がして、モヤモヤと過ごしている。

 

 それもその筈で、雨が降った三日目以外はツチノコ探しをしていたののに、ツチノコが見付からなかったからだ。

 

 

「まぁ、そもそもツチノコなんて……いたとしてもそう簡単に見付かるなら、俺達が探す前に見付かってるしな」

「でも、ほら、えーと、なんか奇跡的に見付かるかもだし。あ、ヒラケン牛乳ありがと」

「案外温泉入ってる時に突然現れたりしたら面白いよな。ツチノコ、温泉入るんかい! みたいな! てか、ツチノコカレーもう一回食いてー。あの辛さは癖になる」

「一兄ちゃん舌ぶっ壊れてんの?」

 旅行も明日が最後。ツチノコ祭りを楽しんで、東京に戻る。

 

 

 結局ツチノコは見付からなかったが、良い思い出になった筈だ。

 

 

「……いやさぁ、なんか、物足りないんだよな。カレーだけじゃなくてさ。そりゃ、ツチノコ見付けられてないのもそうなんだけど」

 ──その筈なのに、何かが引っ掛かる。

 

 

「明日ツチノコ見付ければね、良いんだよ」

「そういや()ってさー。明日は昼だっけ」

 ヒラケンがそう口にして、言った本人も含めた全員が固まった。

 

 

 忘れていた物が、引っかかっていた物が、瞬時に脳裏を通り過ぎる。

 

 それをなんとか掴んで、消えてしまわないように、強く握りしめた。

 

 

「俺……今さっきまで、姫の事忘れてたのか?」

「俺も」

「私も」

 唖然とする。

 

 これが、寺浦の言っていた事なのだろうか。姫の事どころか、ツチノコを見付けた事すら忘れていた。

 

 

「ダメだ……顔が思い出せない。なんで写真一枚もないんだよ。いや、川で撮ったりしてなかったか? 写真ごと消えてんのか、コレ」

 頭痛がして、頭を抑える。

 

 気を抜いたら、また姫の事を忘れてしまいそうで怖かった。

 

 

「このままだと、私達……本当に姫ちゃんの事忘れちゃいそう」

「……忘れた方が良いんじゃないか?」

「……ミー君?」

「お前、何言ってんだよミヒロ!」

 一は信じられないといったような表情でミヒロに詰め寄る。

 

 

 姫をバカにされた時、他人を殴る程に彼女の事を大切にしていたミヒロがなんでそんな事を言うのか。一には分からない。

 

 

「覚えてても苦しいだけなら、忘れた方が良い事もあるだろ。……覚えてたら、姫が帰ってくるのか? また会えるのか?」

「それは……」

 姫は消えてしまった。

 

 

 目の前で、土になって。

 神様を、土の子を、ツチノコを、信じる事によって得られていた力が無くなったから。

 

 

「……でも、俺達が忘れたらよ。姫は本当に消えてちまうんだぞ」

 確証はない。でも、そんな気がする。

 

 自分達が姫の事を忘れたら、この世界に彼女がいた事そのものが消えてしまいそうな気がして。

 

 

「俺はそんなの嫌だ」

「俺だって。でも、どうしろって? どうしたら姫にまた会えるのか、分かるのか?」

「分かんないけど……分かんないけどよ!」

「大体姫って誰だよ。……寝るぞ、レジ子」

「お前、それは嘘だろ。忘れてないの、分かってるからな!」

「寝たら忘れられるんじゃないか? そしたら、祭りを楽しんで、帰れる」

「ミヒロ……」

 ミヒロは一とヒラケンを追い出して部屋の扉を閉めた。

 

 二人きりになって、レジ子はミヒロを見上げる。

 

 

「佳……」

「ミー君。よしよし。……こっちおいで」

 座ったまま、ミヒロを隣に呼び付けて。

 

 レジ子は座り込んだミヒロの頭を撫でて、その大きな身体を抱きしめた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……忘れたくない」

「そうだね。楽しかったもんね。……忘れちゃったら、寂しいもんね」

 ミヒロの本音なんて、分かっている。きっと、一も分かっている筈だ。

 

 

「ずっと寝なかったら、忘れないでいられるか?」

「それはね、凄く難しいと思う。お風呂入って、少し黙ってただけで忘れちゃったし。……だから、今日は姫ちゃんのお話、しよ」

 優しく頭を撫でながら、レジ子は窓の外を見る。

 

 暗い夜。田舎の空は、どうも星が良く見えた。

 

 

「姫ちゃんの事忘れないように。……ツチノコの話を、しよう。二人で、ずっと」

 忘れないように。

 

 

 そうする事しか、出来ない。

 

 

 

「一兄ちゃん……」

「ミヒロって弱ると動けなくなるんだよなぁ……。いや、仕方ないけど」

 友達が目の前で消えてしまったのに、平気な方がどうにかしている。

 

 けれど一は、諦めが悪かった。

 まだ姫と会える可能性があるなら、少しでもその可能性に賭けたいと思う。

 

 

「なぁ、ヒラケン。……また、姫と会いたいか?」

「勿論。まだ昨日のゲームの続きもやってないし、オセロで真の強さを見せつけられてない」

「だよな。ミヒロやレジ子も同じ筈だ」

 寺浦は言っていた。

 

 姫の事を覚えている内は、ギリギリ間に合うと。

 

 

「俺、ツチノコを探してくる」

「俺も」

「ヒラケンはまだ子供だから、深夜徘徊はダメな。それに、ヒラケンには二人のことをお願いしたいからさ」

「えー、ケチ」

「これはお前にしか頼めない重要任務なんだぜ?」

 ヒラケンの頭をグリグリ撫でながら、一はこう続ける。

 

 

「朝が来たら、二人をツチノコ探しに誘ってあげてくれ。きっと、探しに来てくれる。皆でさ、ツチノコを探そうぜ! そしたら、きっと、また姫に会える」

「本当?」

「あぁ! だってよ、姫はツチノコの事大好きだろ。ツチノコ捕まえたらよ、何処にいてもすっ飛んでくるに違いねーよ!」

「確かに!」

「だから、俺はツチノコを探してくる。ヒラケンも、朝になったら二人を連れて、ツチノコを探してくれ」

「分かった!」

「頼んだぜ!」

 そう言って、一は部屋を出た。

 

 

 真夜中。宿を出て、空を見る。雨は止んでいて、雲一つない空気の綺麗な空に沢山の光が並んでいた。

 

 

「ツチノコ! 見付けて、捕まえてやるからな!」

 一が走る。

 

 東黒川自然公園へ。

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