ツチノコ祭りは大盛り上がりを見せていた。
祭りというよりは、ツチノコを追い掛ける人々で活気が溢れていると言った方が良いか。
「皆がツチノコ探してくれてるから……かな? なんだか、気が付いたらここにいたの。ちょっとだけ、元気出てるんだ」
祭りの喧騒の外に出て、姫は少し無理をしたような笑顔を見せる。
「完全じゃない……って、事か」
そもそも土の子と
ツチノコを信じる力によって得られる土の子の力はそこまで強い物でもないのだろう。
「俺たちは……お前を、ちゃんと助けてやれなかった」
「そんな事ないよ!」
俯くミヒロの視界に入って、姫は彼を見上げた。
小さな身体が、一生懸命な顔を見せてくれる。
「皆のおかげで、またこうしてここにいられる。皆と話せる……。ツチノコも、探せる。……私ね、嬉しかったの。皆が、私やツチノコのことを信じてくれて」
「でも俺は、お前の事を忘れようとした。……忘れた」
「でも、思い出してくれたよ」
姫はそう言って、祭りの喧騒に向かって少し歩いてから振り返った。ツチノコみたいなポニーテールが揺れる。
その顔は、いつもの楽しそうにツチノコを探す小さな女の子の顔だ。
「私ね、この村の事が大好き。ツチノコの事も大好き。……皆との楽しい思い出も、大好き」
「姫……」
「だから、また皆にも楽しんで欲しいな。この村の事、お祭りも、最後まで!」
戻ってきて、姫はミヒロの手を引っ張る。一の手も引っ張って、レジ子とヒラケンも引っ張ろうとして、腕が足りなくて笑った。
「私神様なのにね、こんな小さいけど。でもね、だから皆と会えて、皆とツチノコ探せて、この村で遊べた。……私ね、幸せだよ!」
「遊ぼ」
ヒラケンが言う。
「せっかくの祭りだし。遊んで帰ろう」
「だな! ヒラケンの言う通りだ」
「ね、ミー君」
「……そうだな。遊ぶか」
「お祭りだー!」
手を挙げてはしゃぐ姫。
まるでツチノコを探していた時のように、騒がしい時間が帰ってきた。
「金魚掬いだ〜」
「俺は金魚掬いの天才」
「ヒラケン凄い! 私もやるね。……あれ?」
「姫、オセロとか強かったのにクソ下手じゃねーか……」
「まぁ、得意不得意くらいあるだろ」
「お、たこ焼き皆で食おうぜー!」
「一人二個〜? えーと、じゃあ、10個入り10パックくださ〜い」
「いや食い過ぎだろ!?」
「たこ焼きはね、別腹なんだよ一君」
「私3パック食べるー!」
「大きくなれよー」
「ミヒロも止めて!?」
「ツチノコ釣りだってー!」
「なんでもかんでもツチノコだな……」
「釣りなら任せろ」
「その釣りじゃねーけどな。くじ紐みたいなもんだし」
「一回釣りま〜す」
「はいよ、一回五百円ね」
「えーと……景品は。……ツチノコップだ」
「すげー形してる……」
「わ……か、河童侍だ……! サイン……! サイン下さい……!」
「見て見て、ミヒロお兄さん! 河童だよ!」
「いや着ぐるみだろどう──まさか……いるのか? 本物なのか!?」
「ミヒロがツチノコ見付けちまったから混乱してるな……」
「河童もいるでしょ。ツチノコいるし」
「型抜きやるぞ」
「姫ちゃん……ツチノコが」
「ツチノコ割れちゃった……」
「ちょっとエグいな……」
「完璧だ」
「ミヒロ、ゴリラなのにこういう繊細な所あるよな」
「あぁ!? 誰がゴリラだ!!」
「そういう所だけど!?」
もう訪れる事はないと思っていた、楽しい時間。
姫とヒラケンとレジ子がはしゃいでる姿を、一とミヒロは微笑ましそうに後ろから眺める。
「……悪かった」
「何が?」
「諦めて」
「誰も諦めてなかったって。だから、姫がここにいる。……だろ?」
「……ん、分かった」
「花火見て、姫にちゃんとお別れを言って帰ろうぜ。それまでは、楽しく過ごそう。な?」
今後、姫がどうなるかは分からない。
「きっとまた会えるからさ」
ただ、自分達が何もしなければ、またこうやって姫に会う事は出来なかった筈だ。
ちゃんとお別れの挨拶を出来る。それは、きっと永遠の別れじゃない筈だ。
「よ……よぅ、坊主共。上手く行ったようだな」
祭りを楽しんでいると、何故か顔が真っ青になっている寺浦と出会う。
彼の背後にはお化け屋敷があって、そこから宇田川は目を半開きにして「急に走って置いていかないでよ……」と愚痴を溢していた。
どうやらお化け屋敷から逃げてきたらしい。
「オカルトの人なのに……」
「良いか坊主。おばけ──怪異ってのは、怖い物なの」
ヒラケンの言葉に、寺浦は自分の身体を抱きながら答える。その姿はあまりにも情けない。
「……土の子様。……すみませんでした」
そんな寺浦の隣まで歩いて来た宇田川は、姫を見てその場で土下座をし始めた。周りからの視線が痛くて、一は「こんな場所でそういう事しない方が良くないですか!?」とあたふたする。
「お姉さんは私の事、信じてくれた。……ありがとう」
そんな宇田川の頭を、姫は優しく撫でた。宇田川は調子が狂って、笑みを溢す。
こんな姿だが、姫はこの村の神様なのだ。
「実際、どうなんすか?」
「ツチノコブーム次第だな。そもそも、お寺さんを失ってるから、土の子の力はかなり弱い。……だから後は、この後に村でツチノコがどうなるかだ」
祭りの会場では、未だにツチノコを追い掛ける人々をチラホラ見掛ける。
それを見て寺浦は「期待は出来そうじゃないか?」と笑みを溢した。
「だから、坊主共はまたここに来ると良い。ツチノコを探しにな……」
「うす」
「そんじゃ、俺達は後処理もあるからこれで。宇田川、行くぞ」
「ちょっと、花火くらい……。まぁ、そうね。皆は祭り、楽しんで」
「ありがとう、お姉さん!」
笑顔で手を振る姫を見て、宇田川は一瞬考えてから、こう口を開く。
「土の子様……いえ、姫ちゃんも。ずっとこの村を守ってくれて、ありがとう。……これからも、よろしくお願いします」
そう言って、宇田川は寺浦の後を着いて行った。
花火が上がる。
「私ね、見晴らしが良い所知ってるよ! 皆で行こ!」
「うお、花火見るぞ花火」
姫について、祭りの会場から離れるように歩いた。
向かう先は、東黒川自然公園の入り口。
姫と初めて会った場所。
花火が上がる。
祭りの喧騒が遠くて、花火の音が大きく聞こえた。
音が弾ける。光が空に広がって、その形がツチノコになった。
姫が歓声を上げる。
「ツチノコだよ! 見て見て!」
「うお、ツチノコ!」
「すごーい」
「確かに穴場だな」
「絶景だぜこりゃ」
幾つもの花火が、色々な色で夏の夜空を飾っていった。
その中で何度か光がツチノコになって、その度に姫がはしゃいで笑顔を見せる。
岩永姫は確かに山の神、土の子だった。
けれど、彼女は小さな友達の、ツチノコが大好きな女の子の姫なのだとも思う。
花火が消えた。
夏の終わりを感じるような涼しさが、寂しさが、そこにはある。
「時間みたい」
ゆっくりと振り向いた姫の身体は、透けて見えた。
祭りの喧騒は聞こえなくなって、静かな時間が過ぎて行く。
ツチノコを探す人々の声も聞こえなくなっていた。
「また会える?」
「どうだろ。……皆が、ツチノコ探しに来てくれたら、また会えるかも」
ヒラケンの質問に、姫は少し寂しそうに返事をする。
「会いに来る」
そう言って、ヒラケンが小指を出した。
「約束だ」
「ヒラケン……」
「俺も、また来るぜ。そん時こそ! ツチノコ捕まえような!」
「うん! 一お兄さん!」
「ほら、ミー君も」
「……次は、もっと、色々して遊ぶぞ」
「レジ子お姉さん、ミヒロお兄さん。ありがとう」
全員で、小指を出す。
「約束だよ。……指切りげんまん」
姫は、両手を使って、ミヒロとレジ子の小指を絡めた。
「嘘付いたら針千本、飲ーます」
続けて、ヒラケンと一の指を取る。
「指切った」
姫の姿は見えなくなっていた。
まるで夢でも見ていたかのように。けれど、姫の顔を思い出せる。姫の声も、仕草も、忘れなかった。
音がして振り向く。そこには、山に向かうツチノコの姿があった。
「……っ、うお! ツチノコ! 次こそ捕まえてやるからな! また来るぜ! な、皆!」
「次こそツチノコ食べる」
「ま、姫と約束したしな」
「また来ようね〜」
五日間の東黒川村の旅行が終わる。
村を出る車。夏風が、四人を見送っていた。
☆ ☆ ☆
いつかの未来。
あれから暫くか、もしくは近しい未来。
東黒川村には本当にツチノコがいる。
そんな噂が広まって、村はツチノコを探しに来た観光客で賑わっていた。
ある年のツチノコ祭りを移した生中継で、一人の青年がツチノコを披露したのである。
当時は会場どころか、村中、日本中で騒ぎになっていたらしい。
今も、東黒川村ではツチノコの目撃情報が後を絶たない。
そんな東黒川村へ向かう車が一台。
「姫ちゃん、会えるかな」
「約束したんだから、会えるだろ」
「ツチノコ食うぞ」
「まだ言って──うぉぉおおお!?」
運転手の青年が、車の前を横切る何かを見て急ブレーキを掛けた。
「何してんだバカ! 危ねぇだろうが!」
「ち、ち、ちげーんだよ! アレ見ろアレ!!」
運転手の青年が指差す先、そこには──
「あ、ツチノコだ」
──ツチノコがいる。
「あ、そこの車の人ー!」
急ブレーキで止まった車の前に、道路の脇にある森から出てきた女の子が走ってきた。
土色の髪を、ツチノコみたいなポニーテールにした、小さな女の子。
四人の友達。
「見て見て、あそこにツチノコいるよ! ツチノコ、見付けた!!」
またそうやって、きっと、会えるから。