第一話:大学のサークルで
お兄ちゃんの声が好きだった。
優しい声だけど、芯のあるブレない声。
褒めてくれる声、叱ってくれる声。
けれど、お兄ちゃんはダイガクっていう場所に行かないといけなくて、遠くの街で一人暮らし。
年に一回しか会えなくて、僕は寂しい。けれど、その声が、約束をしてくれる。
「また来年、この夏祭りの日に帰ってくるよ」
──約束の日が、やって来た。
☆ ☆ ☆
部室に心地良く音が反響する。
ドラム、ベース、ギター。そして歌声。
リズムが揃って一体感を演出するソレらは、所謂大学サークルバンドの演奏という奴だ。
「やべー! 今の超決まってなかった!?」
ギターを持ち上げて、
「一君はいつも超決まってるもんね〜」
「毎回自己評価高いよな」
ベースを持っているのは
そして──
「お前ら音楽性が分かってない。今のはマジで、今世紀最大の『決まってる』だった。
「んー、そうかな? そうかも」
──返事をしたのは、歌を歌っていた一人のふくよかな青年。
その名は
ヒラケンの兄であり、つまりはレジ子の従兄弟だ。
彼等は同じ大学で、軽音サークル活動を行っているメンバーである。
「そこはハッキリしようぜぇ〜」
「一みたいに自己評価高くなれないよ、俺は」
浅黒い顔肌を引き攣らせながら、ヒラタイは一がぶつかってきた衝撃でズレた眼鏡の位置を直した。
一が「いや、お前の声は世界一だから!」と、彼の緑っぽい髪の毛をワシャワシャと揉む。
弾力のある天パは、その色も相まって森やブロッコリーにも見えた。
「やめなさい」
「ごめんごめん」
両手を合わせて謝る一。とにかくこの男がやかましいのはいつもの事だろう。
勿論この軽音サークルを作ったのもこの男だ。
「ミー君ミー君。そういえば今日お祭り行くんだよね。つっきー来たらそのまま行くの?」
「あー、夏祭りな。らしい。そろそろ来るだろ」
「かき氷楽しみだね〜」
「ツチノコ祭りで食ったし俺はいらない」
「そんな……!」
夏休み。
ツチノコを探しに静岡まで行ったりしたが、大学生のソレは長くまだ終わっていない。
そんな訳で、彼等は現在大学のサークル活動に没頭している訳である。
「でもさー、やっぱ
「あー、偶に街で話しかけられるようになったんだよなー。ツチノコ見付けた人ですか、って」
東黒川村の祭りを撮影していた生放送で、ツチノコを見付けた青年が居た──なんて話は結構大きな反響を呼んでいた。
勿論、視聴率取りや話題取りの為の眉唾映像だという見解が多数ではあるが。
しかし一のSNSのフォロワーは万を超えたらしい。しばらくのうちは時の人だろう。
ただ、こういう話題は例によって直ぐに忘れ去られて行く物だが。
「勿論、話しかけられる度にバンドの宣伝してるぜ!」
「やめなよー。今からでもボーカル変わる? 俺、一の知名度を背負える自信ないよ」
「何言ってんだよヒラタイ。俺は、お前のその優しくも強い芯のある声に惚れたんだからな!」
「よく恥ずかしげもなくそんな事言えるね!?」
一の発言に顔を引き攣らせながら、ヒラタイは彼に揉みくちゃにされた髪をゴシゴシと整えた。
レジ子はそんな彼の髪を見て「鳥さん達が羽搏く森……」と呟く。
「誰がブロッコリーじゃい」
「寝言は良いから片付けろよ。そろそろ五月蝿いのが来る」
騒いでいる一達を横目に、ミヒロはレジ子の分まで楽器を片付けながら、教室に立っている時計を指差した。
時刻は十七時五十分過ぎ。この季節ではまだ外は明るいが、大学が閉まる時間も近い。
「──こらー、いつまでやってんの。夏祭り行く約束でしょ」
部室の扉が開いて、一人の少女が両手を腰に置きながら部屋の中の面子を半目で流し見る。
小さなお団子の付いた黒髪の少女は「
「ギクゥッ……。ち、違うぜ月日! いや、マネージャー様! 俺は無駄話をしてた訳じゃなくてよー、バンドの未来について語ってたんだ! な!」
ミヒロ達に同意を求める一はどこからどう見ても挙動不審である。
「俺は見ての通り片付けをしていた。レジ子はヒラタイの頭を見て森を妄想してた。ヒラタイは一と話をしていた」
「裏切ったなミヒロ!!」
「お前の仲間になった記憶はない」
「一緒にツチノコを探した仲間だろ!?」
「知らん」
無慈悲に一をスルーしながら、ミヒロはレジ子の手を引いて部室の出口へ向かった。
そんなミヒロに、月日と呼ばれた少女は「正直者には飴ちゃんをあげよう」とポーチから飴を取り出す。
「いらん。レジ子」
「……ハッ、シュワシュワの飴ちゃん」
「よーしレジ子、あーん」
「つっきーありがとー。シュワシュワ〜」
レジ子の口の中に月日から丸くてシュワシュワする飴が放り込まれた。羨ましそうにソレを見る一とヒラタイに、彼女は「嘘吐きにはあげませーん」と舌を出す。
大きくて、丸くて、口の中に入れるとシュワシュワするちょっと高い飴だ。レジ子は満面の笑みを見せる。
「幼馴染ズばっかり狡いぞー! 俺も飴ちゃん!」
「俺、何も言ってないのに嘘つきにされてない?」
「良いからとっとと片付けなさい」
月日がそう言うと、一は渋々ギターを片付け始めた。ヒラタイはボーカルなので、荷物を持つだけで準備が終わる。
彼女──
そして、ミヒロとレジ子とは幼い頃からの幼馴染でもある。レジ子との付き合いはミヒロよりも長いらしい。
「はい! 片付けた! 片付けたから、俺もシュワシュワの飴くれ!」
「ガキか」
必死になって片付けをした一の顔は、ツチノコを探していた時と同じ顔だった。何事にも本気なのだろう。
しかし、そんな彼の顔を見て月日は含みのある笑みを見せた。彼女の横顔を見て、ミヒロは溜め息を吐く。
「
「オッケー、安いもんだぜ!」
早速購買でジュースを買ってこようとする一だが、丁度『学校から出ていけ』のチャイムが鳴って彼の顔は苦虫を噛んだように萎んだ。
学校の購買のジュースならともかく、外で買うジュースとなると、いくらシュワシュワする飴とはいっても値段が釣り合わない。
「はい、あーん」
そうして損得を考えていた一の口に、シュワシュワする飴が無理矢理捩じ込まれる。口の中に、炭酸が広がった。
「くそー、シュワシュワ〜。仕方がない、シュワシュワには変えられねーや」
等価交換とはならないが、口に入れられてしまった物は仕方がない。
「太地君も居る? シュワシュワ。今なら
「等価じゃないかもしれないけど、俺も貰っとこうかな。シュワシュワ好きだし」
「毎度ありぃ」
学校を出ながらそんな会話をして、一と太地は近くの自販機を見付けて財布を取り出す。
「違うよ」
しかし、そんな二人の手を月日は抑えた。一と太地は目を見合わせる。
「
満面の笑みで自動販売機を通り過ぎて行く月日。
「つっきー、でも売店閉まっちゃってるよ?」
「今から祭り行くんだろ」
「あ、なら売店あるね」
「コイツは初めからそのつもりで言ってたんだ。祭りの売店に売ってる、何故か普通より高いジュースを買ってもらう為にな」
レジ子とミヒロがそう話しているのを聞いて、一と太地は二人して「や、やられたーーー!」と、夕焼けに向かって叫ぶのだった。