休憩所のテントを、雨が叩いてポツポツと音を鳴らしていた。
「──で、連れて来ちゃった訳か」
ミヒロは急に降って来た雨からレジ子を守る為に傘がわりにした自分のコートの水を払いながら、一達が連れて来た青年に視線を向ける。
「仕方ねーだろぉ。俺達にしか見えてないみたいだし」
一のそんな発言に、ミヒロは「んな訳あるか、と言いたいが……」と言って目を細める。
東黒川村で出会った少女は幽霊でこそなかったが、そういう不思議な存在──むしろ神様──だった訳で。
友人が突然幽霊を連れて来たと言っても、一概に否定する事が出来ない体験をしてしまったのだ。
「自分でもよく分かってないんだけどね。……えーと、とりあえず自己紹介させて下さい。
青年──蓮也は、五人にお辞儀をして挨拶をする。
一見普通の大学生にしか見えないが、彼の近くを人が横切った瞬間──五人は彼が人ではないという事を納得させてしまう。
「すり抜けたんだけど!?」
蓮也の身体を、通りすがりの人がすり抜けて行ったのだ。
まるで立体映像がそこに立っているかのような光景に、ヒラタイは口を開けて固まる。
「……やっぱ気のせいじゃなかった」
彼と最初に会ってから別れた後、彼の背中を視線で追っていたレジ子はその微妙な違和感に気が付いていた。
「自分でも驚いたんだけどね。何せ、一応自分は避けようとしていたし」
彼本人は人を避けようとしていたが、どうしても人混みに入ると何かしら身体がぶつかってしまう物である。
しかし、五人と別れて人混みに入っていく彼本人は人を避けていたつもりでも、人混みを身体がすり抜ける光景をレジ子は見ていたのだった。
「で、お前はなんなんだ? 幽霊か」
「なむあみだぶつ〜」
「やめなさい。なんかね、違うらしいよ」
手を合わせるレジ子の手を解いてから、月日が口を挟む。
「どうもヒラタイが言ってた、去年交通事故にあった大学生なんだって。病院で意識不明の状態だったんだけど、なんか幽体離脱して? ここに居るらしいよ」
「順応早いなお前」
ミヒロはレジ子と一はともかく、ちゃんと驚いているヒラタイを除いて、何故月日はこうも冷静なんだと若干彼女に呆れた。
「なんていうか、生き霊って奴なんじゃないかと……自分では思ってるよ」
困った顔で、蓮也は空を見上げる。
強くはないが弱くもない雨が、テントの屋根を叩き続けていた。
「弟と……陽太と、去年またこの夏祭りで会う約束をしたんだ。関西の大学に行ってて、あまり会えない日が続いてたから」
「その約束の後、事故に遭って……入院してると。陽太君は知らないんですか?」
驚いて固まっていたヒラタイが、彼にそう質問をする。
ヒラタイも
「自分でも今の自分の状況がよく分かってないけど……。ウチの両親の事だから、陽太を安心させる為に本当のことは言ってないと思うよ」
自分の家族を思い浮かべながら、蓮也はそう口にする。
陽太が「お兄ちゃん」と口にした時の両親の複雑そうな顔からも、それは想像出来た。
「正直言って自分でも驚いているんだ。気が付いたら病院のベッドで自分が寝てるのを眺めていて……でも、約束を思い出して焦って祭りの会場まで走って来た。……病院での事は夢で、俺はただ普通に祭りにやって来たとすら思っていた」
そこまで言って、蓮也はため息を漏らす。
「君達に話しかけた後、誰に話しかけても無視されてね……。おかしいなとは思ったんだけど、まさか……病院で見たあの身体がやっぱり自分の本体で、今ここに居る俺は幽霊とかそういう存在だったなんてさ」
「で、どうすんだ? 成仏するのか?」
「おいこらミヒロ」
ミヒロの発言にチョップを入れる一。さらに両手を合わせるレジ子の手を、そのまま弾いた。
「ここで愚痴ってても別に何も解決しないだろ」
「せ、正論……」
しかし、ミヒロの正論を聞いた一が振り下ろそうとした手の行き場はなくなる。
「どうしてか、君達だけ話が出来たから成り行きで聞いてもらったけど……。彼の言う通りだ。どうしたら良いかは分からないけど、解決方法を探ってみるとするよ。なんだか迷惑を掛けたね」
そう言って、蓮也は五人に背中を向けた。
「何か! 手伝える事、ある……?」
そんな彼に、ヒラタイが手を伸ばす。
「え?」
「いや、確かに……俺達は今ここで会っただけの赤の他人だけど。今の所……俺達しか頼れるひと居ないんでしょ?」
ヒラタイは訴えかけるように、四人に視線を向けた。
「だったら、こう……出来る事があるならしたいなという気持ちなんだけど。俺が同じ立場だったら、結構キツい気持ちだと思うんだよね」
「自我、か?」
「自我、だね」
ミヒロはそう答えた太地を見て短く溜息を吐く。
優しい友人の良い所を否定する訳にもいかない。
「でもよー、何かあるか? 俺達に出来る事。俺だって、何か出来るならしてあげたい気持ちがあるから連れて来ちゃった訳だけどよ」
「お坊さんを呼ぶ?」
「霊媒師じゃねーのか?」
「お前ら一旦その方向から離れようぜ」
蓮也が困っているのは確かだ。けれど、別に自分達はその手の専門家でもなんでもない。
何かしてあげれる事があるなら──自分達にしか出来ない事があるなら──してあげたいが、気持ちだけでは行動は難しい。
「よく分からないけど、蓮也君だっけ? 蓮也君は、どうしたいの?」
「俺は……とりあえず、弟に嘘をついた事を謝りたいかな。一緒に花火を見る約束をしたのに……俺は今、病院で寝てるんだから」
「あー、ならさ。その気持ちを伝える事は出来ると思うよ?」
月日のそんな言葉に、蓮也は素っ頓狂な顔になって固まる。
この五人以外には見えてもいないし、声も聞こえていないし、誰にも触る事が出来ない。
それなのに、そんな事が可能なのだろうか。
「だって、ここにいらっしゃるヒラタイ殿は……弟君が間違えるくらい、あなたと声が一緒な訳じゃん? だったら、電話越しなら本人が喋ってると思わせる事は簡単だと思うよ」
「つっきー頭良い〜」
「お前偶にはやるな」
「もっと褒めて良いよー」
幼馴染二人に笑顔を見せる月日。
彼女の言葉を聞いて、ヒラタイと蓮也は拳を強く握った。
「それじゃ、やろうぜ。お兄ちゃんの声を届けよう大作戦!」
「謝ったら成仏出来るかもしれんしな」
「だから別にこの人死んでないって」
「今日謝って、いつかちゃんと起きて……陽太君に謝りに行きましょう! 俺、射的も輪投げも金魚掬いも……何にも出来ないけど! 俺でも出来る事があるなら、やりますから!」
「君達……」
たった今さっき出会ったばかりの、見知らぬ人達。
何が何だか分からなくて、途方に暮れていた目の前に、一筋の光が差し込んだ。
雨が少しずつ、弱まっていく。
花火の準備再開のアナウンスが祭りの会場に流れた。