ミヒロの身長は百八十を超えている。
そんな彼が身体の軽いレジ子を背負ってしまえば、人混みの上から人を探すのも容易だった。
「ミー君ミー君、右〜」
「右なー。居たのか?」
「次は真っ直ぐ〜」
「真っ直ぐな。なんか見つけたのか?」
「左〜」
「お前遊んでるな?」
「ソンナコトナイヨ。……ぁ、ミー君ミー君」
「真面目に探しなさい」
「居た、UMA Hunterの帽子の男の子」
「マジか」
レジ子が指差す先。祭りの会場の外に、少年──陽太──の姿を見付ける。
「こちらミヒロ。ターゲットを捉えた」
『ヒットマンか。こちら一、了解。ターゲットの位置をどうぞ』
ミヒロは一に電話で少年の位置を教えた。
どうやら人混みの少ない場所に居るようである。レジ子曰く、近くに両親と思われる人は居ない。
「ミヒロ達が見付けたってよ! 場所は商店街入り口のベンチだって」
「それじゃ、作戦開始でありますよ〜」
そうであるなら都合が良い。一に陽太の居場所を聞いた月日は太地達にアイコンタクトを送ってから、ターゲットの場所へと、持って来ていた折りたたみ傘を開いて歩いた。
「陽太君〜」
「……あれ? さっきのお姉ちゃん」
陽太は月日の声で振り向いて、少し赤くなった顔を上げる。
泣いていたのだろうか。
「ちょっと今、良いかな。実は、私……陽太君のお兄さんの大学のお友達なの」
そんな陽太に、月日は優しい笑みでまったくの嘘を吐いた。こんな純粋な顔で嘘を言えるのは彼女の良いところなのかもしれない。
「そ、そうだったの!?」
「うん。そうなの。それで、今さっきお兄さん……蓮也君の事と、弟の君の事を思い出して。言わなきゃいけない事があって、陽太君の事探してたんだ」
「言わなきゃいけない事……?」
陽太は少し不安そうな顔で月日の顔を覗き込む。
一年間会えなかった兄。
約束の日に、まだ会えていない兄。
まだ小学低学年でも、不安を感じる要素は多い。
「実はね……お兄さん、足を怪我してお祭り来れなくなっちゃったの」
そんな少年に、月日は優しい嘘をついた。
「え? そうなの」
「うん。それで、陽太君を見付けたら電話をして話をさせてくれって言われてて」
そう言いながら、月日は自分のスマホでヒラタイのスマホに電話を掛ける。
勿論、ヒラタイの着信ネームは『蓮也君』に変更されていた。
その文字の下に『通話中』という文字が表示されて、陽太は目を輝かせる。
「陽太」
月日の傘の下で、スマホから声が響いた。
それは、陽太には兄の声に聞こえる。機械越しというのもあるだろうか。
勿論その声の主は太地だ。その隣で、蓮也が口を開く。
『ごめんな、陽太。足を怪我しちゃって……今日は行けそうにないんだ』
「ごめんな、陽太。足を怪我しちゃって……今日は行けそうにないんだ」
この作戦の前に実験をしたのだが、どうやら蓮也の声は電話でも聞こえないらしい。
だから、彼が話した言葉をそのまま大地が話した。
大地の声が、蓮也の声として月日のスマホから陽太に届けられる。
「そ、そうだったんだ……。お母さんが、お兄ちゃんは忙しく来れないって言ってたけど。約束したのにって……思ってて」
『ごめんごめん。約束は覚えてるよ。だから、友達に伝言を頼んだんだ』
「ごめんごめん。約束は覚えてるよ。だから、友達に伝言を頼んだんだ」
「なら、仕方がないよね……」
兄の声を聞いて、初めは喜んでいた陽太。
しかし、事情を説明して、謝って、祭りに来れない事を話してしまうと──陽太は俯いて黙り込んでしまった。
『……陽太?』
「……陽太?」
「……いつになったら会えるの? もう会えないの?」
『……っ』
返事が出来ない。
蓮也は、気が付いたら、ここに居たのである。
一年前に事故に遭って、それからずっと眠いっていた。
何が何だか分からなかったけど、今日が約束の日だという事だけは分かっていて。
だからここに来て、どうにかして陽太に会いたかったのだろう。
その気持ちが、蓮也と話す事が出来る太地達を引き寄せたのかもしれない。
けれど、所謂生き霊という奴だ。
自分の身体がどうなっているのかも分からない。その質問に、返事が出来ない。
「いつかは分からないけど、怪我が治ったら直ぐに会いに行くよ!」
『え!?』
太地は、蓮也が黙っている中、勝手に口を開く。
「直ぐに会いに行く! だから、少しだけ待っててくれ」
「お兄ちゃん……!」
陽太の声が明るくなった。
けれど、蓮也はそんな事を言っていない。
『ちょ、ちょっと待ってくれ』
「だから、待っててくれるな?」
「うん!」
陽太の嬉しそうな声を聞いて、太地は一旦マイクを切る。
そして、蓮也に振り向いてから真剣な顔付きで口を開いた。
「弟が待ってるんだから、早く起きてあげようよ」
「そ、そんな事言ったって……!」
蓮也は自分がなぜこんな状態になっているのかすら分からない。むしろ太地だって、一達と違ってこんな不思議な体験をするのは初めてである。
けれど、だからこそ、大地は思った。
「何の意味もなく、ここに居る訳じゃ無いと思うんだよ」
「どういう意味だい?」
「だってさ、幽体離脱とか生き霊とか……そんな不思議な事がさ、約束の日に偶然起きる訳ないじゃん」
この世界での一般常識的に、幽霊は存在しない。
けれど、そんな不思議な存在が目の前にいる。
何の意味もなく、ただそこにいる訳ではない筈だ。
「きっと、約束をちゃんと覚えていて……それでもまだ事故の後遺症が治ってなかったから、こうしてその……幽霊? みたいになってでも陽太君と話がしたかったんでしょ? だったらさ、後は起きるだけじゃん」
「ヒラタイ君……」
何の説得力もない話である。
ただ、真の通った強い意志の籠った言葉だった。そこにあるのは、彼の優しさなのだろう。
雨が上がった。花火が上がる。
「弟と話させて欲しい」
「うん」
『陽太、花火見てるか』
「お兄ちゃん……! うん、見てるよ! 綺麗だね」
同じ空を見ていた。
『そうだな。……俺、絶対に直ぐに会いに行くから』
「うん! 待ってる!」
折りたたみ傘を仕舞って、月日も空を見上げる。
「本当に……綺麗だねぇ」
通り雨で透き通った空と雨で出てきた小さな水溜りに、色取り取りの花火が咲き誇っていた。
☆ ☆ ☆
バンド練習の休憩時間。
ヒラタイは、スマホでSNSを眺めながらポテチをバリバリと口に放り込む。
「おい太るぞ」
「もう太ってるんだよね」
「これ以上は許容出来ない」
「許容って何!?」
「なら私が貰っちゃいまーす」
「レジ子もダメだよ〜」
「んじゃ俺が貰うな〜」
「オイコラハジメェ!!」
「うぉ! ヒラタイが怒ったー!」
「私も食べちゃお〜」
「月日ぃ〜!!」
「うぉ〜、ヒラタイ殿が怒ったぞ〜」
スマホを放り投げて一と月日を追い掛けるヒラタイ。
ドタドタと、床が揺れる部室に転がっているヒラタイのスマホ。
「……そーっと」
「コラ。……ん」
バカ共を呆れた顔で見ながら、ミヒロはそっとポテチに手を伸ばすレジ子の手をビンタした。
ついでに、ヒラタイのスマホを拾ってやると、画面に何処かで聞いた事がある名前が映っている。
『交通事故から約一年、昏睡状態だった男性が奇跡の目覚め』
「まぁ、ハッピーエンドなら良いか」
そんな見出しが、SNSのニュースになっていた。