あなたの隣の怪異譚エモクロア   作:皇我リキ

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第六話:レジ子と未鳩

 いじめられて、髪が汚れちゃった。

 

 嫌な事されるのは、慣れてるし、我慢出来る。

 けど、髪は、いつもミー君に綺麗にしてもらってるから、隠せないし誤魔化せない。

 

「……みー、ちゃん」

「佳……ちゃん? どうしたの、髪」

 どうしたら良いか分からなくて、頭の中もぐちゃぐちゃで。

 

「……どうしよ。ミー君にバレたら……ミー君、怒っちゃう。そしたら、ミー君……学校来れなくなっちゃうかもしれない。ど、どうしよ……どうしよう」

 中学の時、私がいじめられてたせいで、ミー君に迷惑をかけた事があった。

 

 もう迷惑を掛けたくない。それなのに、どうしたら良いか分からなくて。

 

 

「──あたしが切ってあげるわよ、髪。それで、一旦誤魔化してから美容院に連れていってあげる」

「……そっか、切っちゃえば良いんだ」

 みーちゃんがその時、助けてくれたのを今でも覚えてる。

 

「ありがとう、みーちゃん」

「……あぁ、うん。任せなさい」

 本当に困ってたから、本当にありがとうって、思ったんだ。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 声が響く。

 

「佳!」

 ミヒロが伸ばした手は届かず、未鳩の彼氏(化け物)はレジ子の身体を掴んで包み込んだ。

 

 

「あたらシイ、とモダちダぁ」

 化け物はレジ子を身体の中にしまって、ボロ小屋へと向かっていく。

 

 ミヒロが追いかけようとするが、化け物から飛び出してきた小さなスライムのような物がミヒロの行く手を阻んだ。

 

 

「なんだ!? 邪魔!!」

「──ちょ、ぇ……ここどこ? なによ、この化け物! ひぃ!」

 化け物の分身を蹴り飛ばすミヒロの横で、未鳩は先程までの意識がなかったかのように取り乱す。

 

 化け物と手を繋いでニコニコしていたのが嘘かのように、周りに散らばっている化け物の分身を見て泣きながらミヒロに縋り付いた。

 

「た、助けて! 嫌ぁ!」

「お前……っ、邪魔すんな!」

 レジ子を連れ去られて冷静じゃないミヒロは、そんな未鳩を押し飛ばす。未鳩は真っ青な顔で、その場に転げ落ちた。

 

 

「ちょいちょい、ミヒロ!」

「あぁ!? ぁ……いや、今それどころ……じゃ、ごめん。……いや、佳が!」

「分かってるけど一旦落ち着いて!」

 苦虫を噛んだような表情で未鳩に謝ってから、ミヒロは周りの化け物達に視線を向ける。

 

 連れ去られたレジ子を助けないといけないが、月日達を放っておく訳にも行かなかった。

 

 

「ミヒロ兄ちゃん、ユニコーンが」

「あん? あんな役立たずほっとけ!」

「──我を役立たずと言ったか、汚れなき少年よ。我の本当の力を見せてやろう」

 そう言いながら、ユニコーンは走り回って周りの化け物の分身を蹴散らしていく。

 

「これが我の力だぁ! さっきは本気出してなかっただけだもんねぇ!!」

「分かった。月日とヒラケンを頼む」

 最初から本気出しといてくれ、なんてツッコミを入れる気分でもない。ミヒロはユニコーンにこの場を任せて、レジ子を追おうとした。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そっちは化け物が向かった先よ!?」

「お前を助けようとしたせいで佳が連れていかれたんだぞ……帰りたきゃ勝手に帰れ」

「何よその言いか──佳ちゃんが?」

 言われて、やっと未鳩はこれまでに起きた事を理解する。

 

 悪霊の類いに操られていたからだろうか。

 曖昧な感情の中で、自分が皆をここに呼んで、化け物を小屋から連れてきて、レジ子が自分を化け物から引き剥がしてくれた事を思い出した。

 

 

「あたしを……助ける為に」

 疑問が、最初に頭に過ぎる。

 

「なんで……」

「ちょ、未鳩!?」

 走っていくミヒロを、気が付いたら追いかけていた。

 

 

「佳!!」

 ボロボロの小屋に入りながら、ミヒロは叫ぶ。

 

 扉すらない、雨風を防げるのかすら怪しい小屋の真ん中で、化け物がレジ子の身体を弄ろうとしていた。

 

 

「死ね化け物!!」

 それを、ミヒロは殴り飛ばす。

 

「なんで化け物殴ってんのあんた!? てか触れるものなの!? 触って良いものなの!?」

「あ? 触れたから触って良いんだろ。お前は何しに──退け、邪魔!」

 振り向いてミヒロは悪態を吐き──

 

 

「え、ちょ!?」

 ──未鳩の頭上に向けて回し蹴りを繰り出した。彼女の横から襲い掛かろうとしていた化け物が、ボロボロの床を転がって行く。

 

「び、ビックリした……」

 助けてくれたのだと分かり、未鳩は胸を撫で下ろした。

 

 

「佳……。寝てるだけか」

 ミヒロはレジ子を抱いて、小屋の裏口へ向かう。未鳩もそれに続いた。

 

 

「追いかけて来るけど!」

「そらそうだろ」

 化け物は蹴飛ばされて形が崩れていたが、ゆっくりと元に戻ってミヒロ達を追いかけてくる。

 

 小屋を出て未鳩がそこら辺の石ころを投げ付けるが、化け物は意に介さずに沢山ある腕を伸ばしてきた。

 

 

「ひぃ!?」

「本当に何しに来たんだよ!」

「だ、だって! あたしのせいなんでしょ!?」

 未鳩の脳裏に、個室の中で震える自分の姿が過ぎる。

 

 

 あたしは関係ない。あたしは悪くない。

 

 

 イジメられていたのを知っていたのに。あたしは彼女に何もしてあげなかった。

 それなのに、なんで──

 

 

「──なんであたしなんて助けて、あんな化け物相手に……」

「知るか……!」

 小屋の裏から回って、月日達と合流──そう考えていたミヒロの前に小屋を破壊して化け物が出て来る。

 

 

「かエセ、ぼクノ……とモダチ」

「……っ。テメェのじゃねぇ、コレは俺のだ」

 ミヒロは姿勢を低くして背後に視線を向けた。伸びてきているのか、何本かの腕が背後からも迫ってくる。

 

 

 目の前の化け物も、手を伸ばしてきた。

 

 

「くっそ……!」

「に、逃げて!」

「な!?」

 ミヒロの前に、未鳩が飛び出す。

 

 目一杯手を広げた小さな身体は、小刻みに、産まれたばかりの子鹿のように震えていた。

 

 

「佳ちゃんを連れて! 早く! あたしのせいなんでしょ!」

「お前──」

「我が来たぞぉぉおおお!!」

 驚いた顔で固まっていたミヒロの視界に突然映る純白の白馬。その神々しい一本の角が、化け物を小屋ごと吹き飛ばす。

 

 

「ミヒロ、馬車に乗って!」

 その背中には、華麗にユニコーンを乗りこなす月日の姿があった。

 

 そして何故か、ユニコーンは小さな馬車を引いている。

 

 

「……ぇ、何」

「俺が見付けたー」

 馬車からひょっこり顔を覗かせたのはヒラケンだった。どうやら小屋の近くに馬車が置いてあったらしい。

 

 

「ほら駄馬、方向転換!」

「我は駄馬ではないぞ汚れた少じ──い、痛い。叩かないで、なんか、ゾクゾクするのだ」

「ツッコミが追いつかないんですけど!!」

 未鳩はメガネを曇らせながら悲鳴のような声のツッコミを漏らす。

 

 

 まず、未鳩は先程まで化け物に呪われていたのでユニコーンをちゃんと知覚していなかった。

 そして、ユニコーンが居るのは一万歩譲ってもそれを月日が白馬の王子のように乗りこなして助けに来てくれるというのはどう言う話なのか。

 あと、月日がなんか汚れたとかユニコーンに言われていた気がするのはツッコミを入れて良いのだろうか。

 

 思考がごちゃごちゃになって目が回ってきた所で、未鳩はミヒロに抱え上げられた衝撃で正気に戻る。

 正気に戻ったところで化け物もユニコーンも目の前に存在している訳だが。

 

 

「月日! 出せ!」

「分かった! 走れ駄馬ぁ!」

「ヒヒーンッ」

 ユニコーンが雄叫びを上げ、馬車を引いて地面を掛けた。

 

 

「──ぼクノ、ともだチ……」

 しかし、化け物は粉々になった身体を集めて再び追いかけて来る。

 

 化け物はゆっくりと、それでも着実に、大きくなりながらユニコーンを追いかけ始めた。

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