馬車の上で、レジ子の身体を揺らす。彼女は目を覚まして、こう口を開いた。
「……ぅ、うーん。わさびなす、わさび抜き」
「……大丈夫そうだな」
「本当に? これ大丈夫な感じの言葉?」
「……レジ子の寝起きなんてこんなもんだ。おい、ほら、朝だぞレジ子」
「……ハッ、角煮チャーシュー!」
「晩飯はそれだな」
「どういう会話よ……」
呆れながらも、未鳩は安堵してため息を吐く。
「あのヤバい奴、めっちゃ追いかけてきてるけど」
しかし、危機は去っていなかった。
ヒラケンが指差す先。近くの木を薙ぎ倒しながら、こころなしか大きくなった化け物が馬車に迫ってくる。
「月日! もっと駄馬を走らせろ!」
「ほら駄馬、もっと頑張って!」
「さっきから駄馬駄馬駄馬駄馬と! 我はユニコーン、聖なる一角獣であるぞ!?」
「良いから黙って走れ駄馬! 馬は喋らない!」
「我ユニコーン!」
「走れぃ!」
月日がユニコーンのお尻を叩くと、ユニコーンは悲鳴を上げながらも加速した。
「まッテ、ぼくノトモダち……!!」
しかし、化け物は巨大化しながらも速度を上げて、次第に馬車に追い付いついてくる。
「アレヤバ過ぎ」
「な、何アレ……」
追いかけて来る化け物を見て、ヒラケンとレジ子は空いた口が塞がらなかった。
ソレはまるで風船のように膨らみながら、ゆっくりと近付いてくる。
初めは未鳩よりも小さかったソレが、今はユニコーンと馬車よりも大きくなりつつあった。
「このままでは追い付かれる。汚れなき少年少女達よ、我のお尻を叩くのだ」
「こんな時になんで突然変な事言ってんのこの馬……」
「変な事ではない! 我はユニコーンである前に馬形の生き物、お尻を叩かれる事でスピードが上がるのだ!」
「その道理はおかしい」
月日はツッコミを入れつつも、先程と同じようにお尻を叩く。しかし、特にスピードが上がったりはしなかった。
「嘘じゃん!」
「汚れた少女ではダメなのだ。我はユニコーンだから、純潔を好むのだ」
「だから汚れたとか言うなぁ!」
「あぁ……まぁ、お前は前でも見ててくれ。俺達がユニコーンの尻をしばくから」
「ミヒロがちょっと気を使ってるじゃん! 本当にやめて!」
「あんたらこの状況で本当に元気ね……」
「レジ子、この馬の尻を一緒に叩くぞ。純粋さでお前に勝てる奴は居ない」
「お馬さんのお尻……叩いたら痛くない?」
「そういう所。良いからやるぞ」
レジ子がユニコーンのお尻をペチペチ叩くと、ユニコーンは確かに加速する。ミヒロと月日はかなり複雑な表情をするが、命には変えられなかった。
「アレ、あのまま一生追いかけて来るんじゃない?」
背後を観察していたヒラケンは、それでも距離が離れない化け物を指差してそう言う。
ソレは既に一軒家みたいな大きさになっており、何をどうして前進しているのか分からないが、何本も生えている腕をいくつも伸ばしていた。
アレに捕まったら間違いなく死ぬ。中学生のヒラケンでも、それは分かった。
「悪霊如きがこの我にこうもしつこくついて来るとは……。仕方がない、倒すしかないようだな」
「アレを……?」
月日は振り向いて、化け物を見る。
冷静に考えて、コレが街に降りるのはまずい。
しかし、どう考えても倒せる存在には見えなかった。
「我はユニコーン。聖なる獣だ。悪霊を倒すなんて、簡単な話」
「なら最初からやれよ」
「だがソレには、汚れなき少年少女の協力が不可欠。我の力に触れ、人ならざる存在へと逸脱する可能性がある……。その確認を取る時間が、我は欲しかった。ここに居る汚れなき少年少女全ての力があれば、アレを倒す事は可能だ」
ミヒロは、ツチノコを探しに行った村で出会った男性の言葉を思い出す。
──あんまり怪異に深入りし過ぎると、癖が付いてまた変な事に巻き込まれるぞ──
「……そういう事か」
お祭りで出会った生き霊といい、今回の化け物とユニコーンといい。ミヒロ達はもう、
であるなら、
「俺とレジ子とヒラケンは問題ない。姫を助ける為に、そういう決断はした。……けど、お前は?」
「え、あたし……?」
「お前が一人で逃げても、多分誰も責めない。ソレでもこの馬に力を貸すなら、お前はまた何かに巻き込まれるかもしれない」
ミヒロの言葉を聞いて、未鳩は表情を引き攣らせる。
背後から迫って来る化け物は、あまりにも恐ろしい存在だ。視線を背けたくなる。純粋に、恐怖を感じる。
けれど──
──みーちゃんを……返して!!──
──いつも見捨てていたあの子が、自分を助ける為に危ない事をした。高校の頃何もしてあげられなかったのに。こんな自分を、助けてくれた。
これで自分がこの子をまた見捨てたら、あまりにも格好悪いじゃないか。
「……いいわ。乗って上げる!」
「我のお尻を叩くのだぁ!」
走りながら、ユニコーンは馬車を振り上げ、凄まじい角度で身を翻す。化け物を正面に捉え、汚れなき少年少女達にお尻を向けた。
「我のお尻を汚れなき少年少女が叩けば叩くほど、我の力は増幅される」
「言ってる事キモいな」
「さぁ、我のお尻を叩くのだ!」
あまりにも真剣な表情で振り向きながらそう叫ぶユニコーン。
レジ子とミヒロとヒラケンと未鳩は、お互いの目を見合わせて、ユニコーンのお尻を何度も叩く。
「純潔パワーが溜まってきたぁ!!」
「私は何を見せられてるの? 純潔パワーってなに? なんでお尻叩かないとダメなの?」
そして月日は、それを傍観していた。
ユニコーンが何故か発光し始める。
迫り来る化け物に視線を向け、彼(?)はその両足で地面を蹴った。その気高き角が虚空を貫き、化け物に弾かれる。
「グハッ」
「ダメなんかい!」
吹き飛ばされて地面を転がって来るユニコーンを支えながら、月日はツッコミを抑えきれなかった。今のは倒す流れじゃないのか、と。
化け物は多少のダメージは受けているのか、仰け反りはして一旦足(?)を止めたが、再び迫ってくる。
「俺達のケツシバキが足りなかったか。お前ら、もっとコイツのケツを叩け!」
「お尻ぺんぺん!」
「分かったわ!」
「なんか野郎(?)の尻叩くの嫌だけど……」
四人は再びユニコーンのお尻を叩きまくった。ユニコーンは涙を流しながら「ちょ、痛い! お尻がヒリヒリしてきた!」と悲鳴を上げる。
「ちょ、絵面酷い……」
「うぉぉおおお!! 純潔パワー!!」
再びユニコーンは発光しながら突進した。先程よりも威力を増し、化け物を後退させる程の力の突進。
しかし、化け物はユニコーンを受け止め、五人の前に放り飛ばす。
ボロボロになりながら地面を転がってきたユニコーンを見て、ミヒロは冷や汗を流した。
「死ぬぞコレ……」
ユニコーンのせいでノリが軽かったが、目の前の化け物は明らかに関わってはいけないタイプの怪異である。
これを退けられなかったのなら、未鳩みたいに操られるか、そのまま食べられてもおかしくはない。
「こら、駄馬! 起きろ!」
ミヒロ達を尻目に、ボロボロのユニコーンに駆け寄る月日。ユニコーンは薄く目を開けながら「汚れたしょ──」と言って月日に平手打ちされた。
「──なんかゾクゾクする」
「……キモ」
しかし、その直後──ユニコーンが虹色に光り出す。
その光は、強く、優しく、世界を包み込むような光だった。