第一話:夏の終わりに
残暑が残る九月末の事
「軽井沢行こうぜ!!」
千堂一のこの軽いフットワークが、彼等がいつも何かをする時の
☆ ☆ ☆
雨が降っている。
「雨じゃん!!」
レンタカーを運転しながら、
「それ何回目? もう諦めなよ」
「だってよぉ! せっかくの軽井沢なんだぜ?」
助手席で呆れ顔を見せるのは
「皆も悲しいだろ!?」
一はバックミラーに一瞬目を向けてから、後ろに座る五人に同意を求めた。
車は七人乗りのワンボックスカー。
二列目の席には
三列目の一番後ろにはレジ子こと
「うーん、確かにせっかくの軽井沢なのにとは思うよね〜」
と、ヒラタイは物悲しい顔で窓の外を見た。
強い雨という訳ではないが、傘を刺さなくても良い弱い雨という訳でもない。
外に出る予定もある為、全く気にならないとは誰も思ってないだろう。
「バーベキューもあるしな」
ボソッとミヒロがそんな言葉を漏らした。
「佳ちゃんの別荘に行くのよね? 庭でバーベキューするって話だけど、屋根とかない訳?」
「ある訳ないだろ。なんだと思ってるんだ」
「普通のお家だよ〜」
「
ミヒロとレジ子の返事に、未鳩は苦笑いを溢す。
この軽井沢旅行は一が提案した物だ。
夏は終わった筈なのに、未だに残る残暑から逃れる為。九月の大型連休を使って二泊三日の軽井沢旅行。
レジ子の父親が丁度軽井沢に別荘があるからと、レンタカーを含めて準備をしてくれたのである。
その話を聞いて、未鳩は「軽井沢にある別荘って現実に存在したのね……」と現実を疑った。
「中でやれば良くない? 肉焼くの」
「健一、お前は分かってない。バーベキューは外でやる物なの!」
「兄ちゃんだる……」
「まぁ、ヒラケンの言う通りか。やれるようにやるしかない。降ってるもんは仕方がないしな」
ヒラケンの言葉を聞いて、ミヒロは車の窓に視線を向ける。雨はどうも止みそうにない。
「そー、降ってるものはしょうがないの。あ、一、そこ右ね」
「うぇ〜」
ツチノコを探しに行った時振りの安全運転で、一の運転する車は軽井沢のとある蕎麦屋さんに到着した。
軽井沢に行くなら、との事でレジ子の父親──
降っている雨が妙に風勢を感じさせる趣のある外観をしている。
車を止めると、合計七人は駐車場から傘を刺して店内に向かった。
「すいません、予約の岡井です」
沖の紹介で来たお店なので、予約はレジ子の名前である。ミヒロが控えめにそう口にすると、若いスタッフがあたふたした顔で「少々お待ちください!」と厨房に小走りで向かった。
「よく来たねぇ、佳ちゃん。大きくなって〜……なんて言われても、ワシの事なんぞ覚えとらんか」
スタッフに呼ばれたのか、老年の大将が顔を見せる。三角巾越しに頭を掻きながら、彼は「どうぞどうぞ、こっちに七人席用意してますからね」とテーブルに案内してくれる。
「注文タッチパネルになってますからね。何かあったら、お呼びください」
どこか場違い感のある、タッチパネルで注文出来てしまうメニュー表。しかし、壁に飾られた絵画や花瓶等は老舗ならではの雰囲気を感じさせた。
「へー、『夏限定爽やかレモンそば』だってー。私これにしようかな」
月日はタッチパネルでメニュー表を見て、一番最初の画面に表示されていた限定メニューに一目惚れする。
「あー、俺もソレで」
横目でメニューを見ていたミヒロがそう答えて「どれどれ?」とヒラケンがメニューを覗き込んだ。
「俺もソレ」
「んじゃ俺も〜」
「んー、それならあたしもソレで」
ヒラケンと一に釣られて、未鳩も夏限定爽やかレモンそばに票を入れる。
「え、皆決めるの早くない!?」
この店には紙のメニュー票も置いてあって、それをゆっくり眺めていたヒラタイは皆が一瞬で決めてしまうので慌てて顔を上げた。
全員が同じ注文をしている。
ここで逆張りをして、違う注文をするのは輪を乱す行為だろうか。しかし、ヒラタイはメニュー表で見つけた天ぷら山盛りそばが気になっている。
「う……うーん、いやー、俺も……それで……!」
だが、この流れに逆らう事はヒラタイには出来なかった。
同調圧力というのは日本人に特に多い心理現象だと彼は理解している。
理解しているからと言って、自分がソレを克服できる訳ではないが。それに、特に困っている訳でもない。
「じゃ〜、私はねぇ、肉うどんにします。大盛りで……!」
「レジ子!?」
しかし、同調圧力にまったく動じない存在が手を上げた。レジ子はあろう事か、そばですらなく、うどんを頼んだのだ。しかも大盛りで。
「夜バーベキューだから普通盛りな」
「あ、そっか。普通で〜」
「一、注文押して」
「はいよ〜」
「ぁ……っ。あっ……」
レジ子の肉うどんが最後に注文され、ヒラタイは「あ」としか言えず、注文は確定される。
「レジ子は凄いよ……」
「どしたの太地君。……あれ?」
突然褒められて首を傾げるレジ子。そんな彼女の視界に、白くてフワフワした物が映った。
「フワフワ……?」
それは、お店の中をフワフワと浮く、白い毛玉に見える。手を伸ばそうとするが、その手が触れる前にフワフワは消えてしまった。
「どうしたレジ子」
「なんかね、白いフワフワが浮いてて」
「フワフワだぁ?」
いつもフワフワしてる奴がフワフワ言っていると思ってしまったが、ミヒロは彼女の視線の先に目を向ける。だが、特に何かが浮いているようには見えない。
「これの事じゃね?」
埃でも浮いていたんだろうか。ミヒロがそう思った矢先、ヒラケンがテーブルの端に置いてあるフワフワを指差した。
メニュー表の横に置いてある、白くてモフモフしただけの、他に言い表す言葉がない、白いモフモフ。
「白い毛玉のぬいぐるみ?」
ヒラケンはソレを手に取り、ひっくり返したりして正体不明のフワフワを眺める。ただ、それはどこからどう見てもただの白いフワフワだ。
「それはねぇ、ケサランパサランっていうんだよ」
店主の老人が、温かいお茶をテーブルに配りながら口を開く。ヒラケンは「ケサランパサランって確か、 UMAじゃん」と言葉を漏らした。
「お、よく知ってるねぇ。その昔、見た者や捕まえた者は幸福になると言われていた伝説の生き物。それが、そのケサランパサランさ」
「ゲームで見た」
「お、それじゃ君は幸福だ。あ、お蕎麦もう少し待っててくださいね。そば湯もあるので、食後に是非飲んで行ってください」
得意気に語るヒラケンを見て、老人はニコニコ語ってから厨房に戻る。そば湯と聞いて、一や月日は喜んでいた。
「ツチノコと同じ……」
そんな傍で、UMAと聞いてミヒロは怪訝そうに目を細める。
夏休みにツチノコを探しに行ってから、生き霊にあったり、化け物に襲われてユニコーンに助けられたり。
未鳩達がどうしようもなくコロッケが食べたくなって台風の中を歩き回ったという話は──どうでも良いが。
とにかく超常現象に巡り合いやすくなっている感覚からして、UMAという言葉を聞くと不安を感じずにはいられなかった。
視界に一瞬、フワフワと白く浮く何かが映る。目を擦ると、それは見えなくなった。