あなたの隣の怪異譚エモクロア   作:皇我リキ

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第三話:松坂牛のサーロイン

 蒸し暑かった夏の終わりに感じるには、心地良い熱。

 

「整う〜」

「よくその整うって聞くけど、どういう意味なんだろうな」

 サウナの中で、顔が溶けかけていたヒラタイに一が話掛ける。

 

「え、知らないでサウナ入ってるの?」

「ヒラタイ知ってんの?」

「ふふん。整う……とは、サウナで汗かいてなんかサッパリした後に来るこう……気持ち良い時間! ちなみに語源はとあるサウナ漫画から発症したと言われてるよ」

「流石ヒラタイ、博識」

「へへん」

「そうだ。後でよ、誰が一番長く入ってられるか勝負しようぜ!」

「今ここでサウナの暑さに俺達が慣れてから勝負を挑むなんて……一も実は悪だよねぇ〜」

「くくく、ミヒロをギャフンと言わせるチャンスだからなぁ!」

「俺もミヒロに何かしらで勝ってみたかったんだよねぇ〜」

 二人がサウナの中で汗を流しながらそんな話をしていると、扉を開けてヒラケンが顔を覗かせた。

 

 

「健一? どした?」

「焼肉の準備そろそろするって。あと、サウナって入り続けてるとキンタマがダメージ受けるらしい」

 ヒラケンのそんな一言を受け、二人は顔を見合わせて立ち上がる。そして無言で、外に出た。

 

 

「何事もやり過ぎはよくないよな!」

「うん! そう!」

「兄貴は使う相手居ないから関係なくね?」

「健一ぃぃいいい!!」

 ちなみにサウナに入り続けると〜、の話は長時間ではなく長期間の話である。それにしばらくサウナから離れて生活すれば元に戻るので大丈夫だ──という話をヒラケンに聞き、謎の博識に驚く二人だった。

 

 

 

 そんな訳で夕方。

 

 懸念されていた雨も降っておらず、夕焼け空の下でミヒロが黙々とバーベキューの準備を進めている。

 

 

「あたしもなんか手伝う事ある?」

「玉ねぎ切れ」

「うわ。一番嫌な奴をあたしにやらせようとしてる」

「自分から手を挙げておいて甘ったれるな。レジ子を見ろ」

 ピーマンを切りながら、ミヒロはベランダで月日と何やら作業をしているレジ子に視線を向けた。

 

 

「なんかね、凄い涙が出る。なんで涙が出るんだろう……。タマネギさんの命を奪っている事に、無意識に悲しいんでるのかもしれない」

「レジ子ごめん、ちょっと面白いから黙ってて。お腹痛い」

「佳ちゃんが泣きながら玉ねぎの皮を剥いている……」

「あのレジ子がタマネギの皮剥きしてるんだぞ。お前も何かやるって決めたならソレくらいの覚悟を見せろ」

 そう言いながら、ミヒロはレジ子が剥いてきたタマネギの乗った皿を未鳩に手渡す。

 

「しょ、しょうがないわね。あたしだって、せっかく連れてきてもらったんだから働くわよ」

「よしラッキー」

「おい」

 そんなこんなで野菜を準備して、日も完全に落ちた。

 

 別荘から明かりを取って、コンロに火をつけてバーベキューが始まる。

 

 

「うおぉ! 肉美味ぇ!! しっかし、晴れてよかったよなぁ!」

 晴れというよりは、曇り空。星が綺麗に見えるという事もなく、しかし雨が降っていなければこうして外でバーベキューも出来る訳だ。

 

「天気予報雨だったのにねー。一の悪運か、嵐の前の静けさか」

「こっから雨降るとか勘弁だぜ。日頃の行いって言ってくれよな」

「まぁ、最近変な目に遭い続けてたし……平和ならそっちのが良いだろ。おいレジ子、ピーマンを残すな」

 ミヒロは肉を焼きながら、レジ子がそっとミヒロの皿に乗せたピーマンを突き返す。

 

 

 ツチノコを見付けてから、生き霊やら悪霊やらユニコーンに出会ったりして散々な夏だった。

 だから、嵐の前の静けさなんて言われると不安になる気持ちもある。

 

 

 

「そろそろ、アレを焼こう……ぜぃ!」

 突然立ち上がりながら、月日が保冷バッグから大きな肉を取り出した。

 

 お肉の買い出しはレジ子の父──岡井沖と、レジ子の幼馴染であるミヒロと月日がしてきたので、他のメンバーはどんなお肉があるのか知らない。

 

 

「──嘘、だろ!?」

 ──だから、出てきたお肉を見て一達は絶句する。

 

「松坂牛のサーロインだとぉ!?」

 月日が取り出したのは超高級肉松坂牛のサーロイン。A5ランク。まさしく桁違い、一人前が五桁の超高級肉だ。

 

 

「ば、バーベキューに持ってきて良い肉じゃないわよ……」

「沖さんがせっかくだから、どうしても……ってな」

 ミヒロは苦笑いしながらそう言う。

 

 改めてレジ子の家が金持ちなのを思い知るが、彼女の父親はそれでなくてもお人好しで、皆に旅行を楽しんで欲しいと、制止するミヒロを押し切ってこの肉を買ったらしい。

 

「正直言って、焼くの怖い」

 肉を取り出した月日本人も、真顔でそう言う程の肉だ。肉が光ってすら見える。

 

 

「どうするのこれ……」

「んじゃ、頂きます」

「健一ぃぃいいい!?」

 固まっていたヒラタイの横で、ヒラケンが軽いノリでサーロインステーキを金網に乗せた。油が弾けて、香ばしい匂いが当たりを包み込む。

 

「食べないなら貰うけど」

「「「食べる!!」」」

 堂々としたヒラケンを見て、一とヒラタイと未鳩も急いで松坂牛サーロインを網の上に置いた。

 

 場違いな高級肉の隣で、ミヒロが焼いているナスが汗をかいているようにも見える。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「急いで乗っけちまったけどよ……どれくらい焼けば良いんだ?」

「牛だから、そんなに焼かなくても良いわよね?」

「え、分かんない。どうしよう。もうひっくり返した方が良い!?」

「食べよっと」

 あたふたする三人の前で、ヒラケンは躊躇なくサーロインをひっくり返し、そして皿に乗せ、塩胡椒を撒いてから遠慮なくかぶり付いた。

 

 

「ぇ……うま」

 口の中で溶ける脂身、ほどけるように柔らかいお肉、優しく広がる肉汁と匂い。

 

 大胆にかぶり付いたヒラケンだったが、普段の食事と掛け離れた食材に精神が宇宙へと飛び立って固まってしまう。

 

「うおー! 俺も食べるぜー!」

「あたしも!!」

 続いて、一と未鳩がステーキを口にした。頬が落ちるとはこの事か。

 

「うおー! 牛、デケェ!」

「青い空、広い草原……」

 二人はトリップして、頭の中の牧場で牛と踊り始める。ヒラケンも、気が付けばそこに混じっていた。

 

「なんか変な薬でも入ってる!?」

「太地、焦げるぞ」

「ハッ!! しまったぁ!!」

 二人を見て唖然としていた太地は、ギリギリ焦げる前にステーキを口にして。

 

 

「ここが天国かぁ」

 二人と同じ世界に飛んでいく。

 

 

「おい見ろよミヒロ! あそこに白いフワフワが居るぜ!」

「一、戻ってこい」

「お肉おいちい」

「レジ子ー、お野菜も食べようね〜」

 フワフワとした雲が覆う空の下。炭火の煙が登って、そんな楽しいバーベキューの時間はあっという間に過ぎて行くのであった。

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