朝起きたら部屋に河童がいた。
「か、可愛いパジャマよね……。この歳で許されるか分からないけど」
「可愛いでしょ〜。ミー君要らないって言うから貰っちゃったカパ」
「罰ゲームも継続中なのね……」
未鳩は十九歳にもなって変な格好で寝ている友人を見て、苦笑いを溢す。
「そういえば、つっきーは朝からいないけど。何処行ったの?」
「しんりんよく? って場所に行くって言ってたよ。何処か分かんないけど」
「あー、森林浴ね」
未鳩は窓の外を見て「元気ねぇ」と目を細めた。
別荘の近くには森林があって、月日は朝から遊びに行ったらしい。
今日の予定は釣り堀で釣りをして、自然歩道やショッピングプラザに向かうと聞いている。
朝から外に出かける元気は、未鳩にはなかった。
「河童だ、捕獲!」
「うわ〜!」
「廊下を走るな。朝飯を早く食え」
レジ子を追い掛けるヒラケンを取っ捕まえて、朝早くから用意したサンドイッチを二人の口に突っ込むミヒロ。朝食はミヒロ特性レタスとベーコンと卵のスペシャルサンドである。
「あ、そうだミヒロ兄ちゃん、レジ子姉ちゃん。カブトムシの罠」
モゴモゴと、サンドイッチを食べながら、ヒラケンは二人を見上げてそう言った。
レジ子が持ってきたバナナで作ったカブトムシの罠。
発酵させて完成なので、今は別荘の裏手に放置してある。
「お出かけする前に森に持っていく〜?」
「時間あるし、そうするか。なんか準備は?」
「いらない。行こう」
ヒラケンを先頭に、別荘の裏手へ。
近付くと、タッパーに入れた筈なのに凄まじい臭いが漂って来て、レジ子がサンドイッチを戻しそうになった。
「凄い臭いだな……」
「カブトムシが好きな匂いなんだって。レジ子姉ちゃん大丈夫?」
「私はカブトムシじゃなくて河童カパ」
「大丈夫じゃなさそう」
「置いてくか……」
「だ、大丈夫〜!」
立ち上がる河童を連れて、ミヒロとヒラケンは別荘の周りにある森林へ。
ヒラケン曰く、人気の居ない森林の奥にある木に設置するとカブトムシが寄って来やすいらしい。
「ちょっと雨でぬかるんでるから気を付けて」
森の散歩に慣れているのか、ヒラケンは足場の悪い森林の中を簡単そうに歩いて行く。
「探したらツチノコ居そう」
「居ないって言えないのがな……」
ソレなりに森林の奥まで来てしまったので、周りには森しか見えない。ツチノコは存在しているので、見付けてもおかしくないだろう。
「河童もいるし」
「カパ〜」
「この辺で良いかも」
ヒラケンがそう言って、ミヒロが持ってきたタッパーを開く。
「……凄まじいな」
「こんくらい強い方がカブトムシも喜ぶから。河童捕獲」
ヒラケンはミヒロからタッパーを受け取って、代わりに倒れたレジ子をミヒロに渡す。
むせそうになる凄まじい臭いに、鼻がひん曲がりそうになりながら、二人は木の枝に引っ掛ける形で罠を設置した。
「事件性のある臭いがする!!」
と、同時に背後から月日が現れる。
「ビックリした」
「三人とも、こんな所で何してるの?」
「いやこっちの台詞だが」
突然現れた月日に、ヒラケンとミヒロも流石に驚いていた。レジ子は罠の匂いでそれどころではないらしく、萎れている。
「森のお散歩。さっきねー、虹色のカブトムシ見付けたよ」
「え、そんなカブトムシ居るんだ。すごいね〜」
「居る訳ないだろ」
「えー、本当に居たよ。角二本で、虹色のカブトムシ」
「ニジイロクワガタ……?」
月日の発言を聞いて、ヒラケンは首を傾げた。確かに虹色に光る虫は存在するが、それはカブトムシではないし、日本には生息していない。
「コイツは適当言ってるだけだからな」
「でも、居たら凄いよね〜。虹色のカブトムシ」
「本当にいたのに〜」
「まだ言うか」
「はよ戻ろ。釣り行くんでしょ」
虹色のカブトムシの話題にはもう飽きたのか、ヒラケンはそそくさと別荘に戻る道を歩き始めた。
三人もソレに続いて、一行は一の運転する車で軽井沢の旅行地を回る旅に出る。
☆ ☆ ☆
天気は雨。小雨が降り始めていた。
「うわー、雨だぜ……」
「絶好の釣り日和さ、ふふ」
ヒラタイは朝からサウナで整っていて、雨でどんよりしている一の横で髪の毛を整えている。
「雨だって言ってるのによ……」
「このくらいの雨の方が、魚は釣れる。雨で水面が波立って魚の警戒心が薄れるし」
「マジか」
ヒラケンの豆知識を聞いて、一は元気を取り戻して、傘を刺しながら釣竿を振る。
軽井沢にあるとある釣り堀。
予約していたその場所に辿り着いた一行は、小雨が降る中でそれぞれレンタルの釣り竿を借りて、釣りに挑戦していた。
「あたし釣りなんて初めてだけど。何が釣れる訳?」
「ニジマスだよ、ニジマス。虹色の、マス! 虹色のお魚!」
「そう……虹色の、マス!」
「二人とも揶揄ってるの丸分かりよ……。そんな魚いるわけ無いじゃない」
「あ、釣れた」
そうこう話している女子の真ん中で、月日が一匹目のニジマスを釣り上げる。
ニジマスは、虹色の魚と言っても過言ではない体色を持つ魚だ。
月日が釣り上げた瞬間、釣り未経験で魚の事もあまり知らない未鳩は己の目を疑う。
「本当に虹色なの!?」
「まー、そこそこ虹色」
釣れたニジマスを慣れた手付きで網に掬いながら、月日はニジマスを未鳩に見せ付けた。
小雨が降っているので少し薄暗い空の下、ニジマスの身体が柔らかい光を反射して綺麗に光る。
「本当だ……。いや、虹色って虹色ではないけど。綺麗なもんねぇ」
「そしてコレを〜!」
「今から美味しく食べま〜す!」
「ふ、風情がないわね……」
女友達二人が釣りを楽しんでいるのを見て、未鳩は苦笑いを溢すのであった。
釣った魚は釣り堀に併設された食堂で食べる事が出来る。
釣りを楽しんだ一行は、そのまま昼食としてニジマスを頂く事にした。
「沢山釣れたね〜」
「ま、余裕」
「釣りって運だけじゃないのねぇ」
ドヤ顔のヒラケン。未鳩は結局釣れなかった訳だが、一人で何匹も釣ったヒラケンのおかげでニジマスにありつける。
釣りなんて餌に食いつくかどうかの運だと思っていたが、釣りが趣味と言っていたヒラケンが沢山釣っているところを見ると、なにやらコツとかがあるようにも見えた。
「てかよー、この後確か散歩行くんだよな? 雨がよ──あれ? 晴れてね?」
「本当ね」
釣りは小雨だといい、なんて話で一は雨の事を気にしていなかったが、思い出したようにお店の窓から外を見る。
しかし、先程まで降っていた雨はピタリと止んでいた。相変わらずの曇り空だが、どうやら運が良いらしい。
「お待たせしました、ニジマス定食です。……お客さん、ケサランパサランにでも会ったのかい? 運が良いねぇ。今日は天気予報じゃ、結構降るって話なのに」
「ケサランパサラン……?」
お店の大将の言葉に、一と未鳩は首を傾げる。何処かで聞いた事のある字面だ。
「幸せを運んでくれるっていうUMAだよ。ほらあそこに──」
そう言って、窓の外を指差す店主。
ツチノコも居るのだから、そういう存在も居たっておかしくない。
そう思って窓の外に視線を向ける。目に入るのは曇り空。
「──なんてね」
店主はそう言って笑う。
けれど、白いフワフワが、窓の外に浮いていた気がした。