あなたの隣の怪異譚エモクロア   作:皇我リキ

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第六話:おじさんの蜜

 徒歩で約四時間。

 名勝、白糸の滝、竜返しの滝を通りながら森林を散歩できる信濃路自然歩道に一行はやって来た。

 

 天気は曇り空。

 日の光も弱く、過ごし易い気温の中、緩やかな林道を歩く。

 

 

「風情ねぇ」

 静かな森。小鳥の囀りと、風で木が揺れる音。

 

 心地よい気持ちになっていると、目の前を歩いていた一が突然しゃがみ込んだ。

 

 

「やべぇ!! 格好良い木の枝見付けた!! 剣みたいじゃね!?」

「風情……!!」

「甘いな一。俺が見付けた木の枝の方が格好良い」

「なんだそれミヒロ……斧みたいな木の枝じゃねーかよ!!」

「二人とも、健一が凄い木の枝見付けた!」

「エ○ス……カリバー」

「「何!?」」

「風情……」

 森林浴の楽しみ方は人それぞれである。

 

 

 

「つ、ツチノコ見付けた……!」

「はぁ!?」

 レジ子の突然の声に、ミヒロは口を開いて固まった。

 

 確かにツチノコは存在する。

 だが、そんな短期間に別の場所でポンポン見付かってしまうなら、もっと色々な人が見付けたり捕まえたりしている筈だ。

 

「佳ちゃん、ツチノコなんている訳が──ぎゃぁ!?」

 レジ子の声を聞いて寄って来た未鳩が悲鳴を上げてひっくり返る。

 

 それもその筈で、レジ子が見付けたのはツチノコではなく──自分の頭よりも大きな何かを飲み込んで膨らんだ巨大な蛇だったのだ。

 

「確かにツチノコっぽいよねー。昔の人が、コレ見てツチノコだって思ったのかな?」

「いや月日、ツチノコは居るぜ!」

「そういえば捕まえたんだっけ……。まぁ、ユニコーンも居たしなぁ」

「レジ子、噛まれてないな?」

「遠くで見付けたから大丈夫」

「先にあたしの心配をしなさいよ!!」

 すっ転んだ未玖はキレながらも、蛇の様子を見てなんとなく月日の言う事に納得する。

 

 けれど、一達は本当にツチノコを見つけたらしい。そんな訳がない──とも言えない体験をしたので、なんともいえない気持ちだった。

 

 

 

「白糸の滝、水が細かく分かれて白い糸みたいに流れてくるからそう言われている……だって。あと、日本には同じ名前の滝がいくつか有るんだけど、こういうのって固有の名前じゃなくて見た目で名前を付けてるから日本には同じ地名がいくつかあるんだよ〜」

 歩いていると、横に広い滝が視界に映り込む。信濃路自然歩道の観光名所の一つ白糸の滝だ。

 

 月日の言う通り、細かく分かれた水がまるで白い糸のように流れて落ちている。

 木々に囲まれたそんな光景を見ていると、どこか心が安らぐようだった。

 

「つまりよ、電波塔の事を皆して東京タワーって言ってたのと同じか?」

「ある意味そうかも」

「キャベツとレタスと白菜をレジ子が全部キャベツって言ってたのと同じか」

「それは違うよ。二重の意味で」

「逆に今川焼きとか大判焼きとか、同じなのに名前違う奴もあるよね〜」

「ヒラタイさん、戦争になるからその話はここまでにしましょうね」

「なんで敬語」

「ベイクドモチョチョ」

「「「ベイクドモチョチョ???」」」

 ヒラケンが突然変異放った謎の単語に、全員が固まる。静かになった森林に、滝の音が響いていた。

 

 

 信濃路自然歩道をしばらく歩くと、峰の茶屋という食堂に辿り着く。

 時刻はおやつ時で、一行は休憩も兼ねてお茶をしていく為に店に寄った。

 

「流石に疲れたわね……」

「えー、そうかな? 体力ないなぁ」

「つっきーと違ってこっちは足が短いんですぅ。ていうか佳ちゃんなんて、途中からミヒロがおんぶしてたじゃない! あたしも運びなさいよ!」

「レジ子は良いの。疲れて転んだら危ないから」

「過保護……」

 彼女の幼馴染二人にとって岡井佳はなんなのだろうかと、たまに思ったりする。

 

「なーレジ子ー、この後どうするんだっけ?」

「なんとですね、ここに旅のしおりがあります」

 ミヒロに椅子に座らされたレジ子は、いつものネッシーカバンからノートを取り出した。どうやら今回の旅のしおりをまとめているらしい。

 

 

「この後は、近くにある小瀬温泉って場所に行きます。それで〜、お土産屋さんに寄ってから、お家に戻って〜、一回カブトムシの罠を──」

「そこのお客さん!!」

 レジ子がしおりを読んでいると、突然近くの席に座っていた男性が声を掛けてくる。

 

「今、カブトムシと言いませんでしたかな?」

 男性はアロハシャツにグラサンという、どうにも胡散臭い格好で、わざとらしく両手を広げて近寄って来た。

 

 

「え? 誰だ……?」

「ぇ、ぁ、ぃ……ごめんなさい」

 一は突然現れた男性に首を傾げ、レジ子は人見知りが発動してミヒロの背後に逃げる。ミヒロは男性を睨んだ。

 

「おっと、これは失礼。私はカブトムシおじさん。カブトムシが大好きなおじさんだ」

「「「カブトムシおじさん???」」」

 全員が首を傾げる。レジ子は頭を抱えて丸くなった。

 

 

「カブトムシが好きな若者に、私特性の『蜜』……『おじさんの蜜』をプレゼントして回っているのだよ」

 そう言いながら、男性──不審者(カブトムシおじさん)──は懐から何やら蜜が入った瓶をテーブルの上に置く。

 

「何コレ……?」

「ノンノン。今開けるのは不味い。凄い匂いがするからね。木に塗って、カブトムシを誘き寄せるのさ」

「怖」

「それでは、私は失礼するよ。フフフフフ。いいかい? コレは、おじさんの蜜……だからね! おじさんの! 蜜! だからね!」

 不審者(カブトムシおじさん)はそう言って瓶を不法投棄して立ち去った。謎の瓶だけが、テーブルの上に鎮座している。

 

 

「いや、なんだったのよ!! 怖い!!」

 最近変な目にあったばかりなので、異様な恐ろしさを感じる未鳩なのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 峰の茶屋からバスで小瀬温泉へ。

 歩き回って疲れた身体に染み渡る温泉に浸かり、未鳩は「ふぇ〜ぃ」と大きなため息を吐く。

 

 

「おっさんじゃん」

「うるさいわね。出るものは出るのよ。それが風情ってもんでしょ」

「ふぇ〜」

「レジ子疲れたね〜、よしよーし」

「おい……。と、いうか──」

 温泉で溶けるレジ子を撫で回す月日を見ながら、未鳩はメガネがなくてあまりよく見えない眼を擦った。

 

「──佳ちゃんも意外と、出るもの出てるわね」

「おっさん、セクハラだよ」

「誰がおっさんよ! 誰が胸がないって!? ムキー!」

「うわ、なんか突然キレた! きゃー! セクハラー! てか、本当に辞め──どこ触ってんだこら!!」

「みーちゃん……怖」

「ムカつくわー!!」

 悲鳴と奇声が上がる女湯。

 

 そこから少し離れたところで、ヒラタイが「あっちは賑やかだねぇ」と苦笑いを溢す。

 

「風情ってもんがないな」

「ミヒロが難しい言葉使ってるぜ」

「今バカにしたか?」

「褒めたんだよ」

「あぁ、そうだよなぁ?」

「ちょ、ギブギブギブ。死ぬ死ぬ」

 ミヒロに技を掛けられる一。どっちも賑やかだな、とヒラタイは笑うのだった。

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