第一話:弟子にしてください
音が鳴る。
文字にすると、音が楽しい──音楽──という言葉とは違うのかもしれない。
人間さんの言葉で言うなら、不協和音。
ただ音を鳴らす。物体がぶつかり合った時の、空気の振動。
その音が楽しいだけの事を、音楽と呼んではいけないのかもしれない。
「──残念ながら、君達の音楽は
──けれど、それでも。
私は、この歌を。
☆
☆
本番のステージでの音は、自分達が想像していた物を遥かに超えていた。
骨が震えて、魂にまで響く。
そう言い表すのが正しく感じる程の、熱。
音楽を『音楽』と書く理由を、生まれて初めて真に理解した。そんな感情に、心が震える。
「今日は聞いてくれてありがとー! また来てくれー!」
ボーカル、
「うおー! 次も絶対やるから! 来てくれよなー!」
ギター、
「ひとまず成功か」
ドラム、
「いぇーい! マジサイコー! 皆、マジ楽しかった! マジいぇーい!」
「レジ子!?」
「え、なんだ!?」
「急にどうしたの!?」
「マジマジ〜。ついでにメンバー紹介もやっちゃうよー! 幼馴染のミー君と! 高校の同級生の一君と! 従兄弟の太地君! 超絶仲良しグループでーす!」
ベース、
これは、何処にでも居る大学生の、何処にでもあるサークルバンドの、何処にでもある──ちょっと不思議なお話。
「──バンドやってる女の人の動画をMeTubeで見たら、こんな感じだったからね。こういうのが普通なのかなって」
とあるライブハウスに出演し、ライブを終えた
いつもフワフワしていて、抑揚のないゆっくりとした話し方しかしない彼女が、突然ギャルみたいな早口で話し始める物だから全員で困惑して問い詰めてみたらこの返答。
一とヒラタイは安堵して溜め息を吐くが、ミヒロは疲れ果てた表情でレジ子を見てゆっくりと口を開く。
「二度とやらないでくれ……怖い」
「ぇ……なんかごめんなさい」
レジ子も悪気があった訳ではないが、珍しくミヒロが借りてきた犬みたいな顔をしていたので、そこそこの罪悪感に苛まれた。
「そうだよレジ子。急にキャラチェンしたらビックリするんだから。……んで、ほら皆撤収準備済ませて〜」
バンドのマネージャーを務める月日が両手を叩いて話を終わらせる。
レジ子のバグみたいな挙動で混乱があったが、彼女達は無事に初めてのライブハウスでのライブを終えた所だった。
夏も終わり、音楽の秋。
大学生になって、一が集めたメンバーでサークルバンドを作って半年。遂にライブハウスでのライブを経験する事が決まったのはつい数週間前のことである。
きっかけは一が見付けた一枚のチラシ。
大学近くの商店街に出来る事になった、新しいライブハウス──
半年の練習成果を遂に見せる時。
一がそう決めたら、後はトントン拍子である。ライブハウスのオーナーとも連絡を付けて、色々勝手に進め、必要な手続きなんかも全て終わらせて。
新しいライブハウスでの初めてのイベントであるという理由もあったが──結果としては、素人のアマチュアが初めて経験したライブとしては成功と呼べる盛り上がりを見せたのであった。
ちなみにバンド名は
「いやー、でもな! 大成功だったよな。どうしよう、このまま俺達メジャーデビューとかしちゃったら」
「調子に乗るな〜、勘違いするな〜」
月日が調子に乗っている一を見て呆れていると、扉をコンコンと叩く音が部屋に響く。
「スカウトか!」
「はいはーい。開けてどうぞ〜」
舞い上がっている一を尻目に、月日は扉の反対側にそう返事をした。
「Cryptid、お疲れさん」
「オーナーさん!」
扉を開いた人物を見て、一は慌てて背筋を伸ばす。
「そう改まらなくて良い。……とりあえず、ライブお疲れ様。楽しかった」
そう言いながら控え室に入って来たのはライブハウスResonanceのオーナー、
灰色がかった少し長い髪と、ワイシャツに白衣というなんとも胡散臭い格好をした長身の男性。
静かな雰囲気のまま、彼は控え室をぐるりと見渡した。
「オーナーさん?」
「いや、控え室も問題なさそうなら良いと思って」
「広いし使いやすいっすよ! な、皆!」
「そうですね〜。いやでも、俺達がこんな良い場所でライブして良かったのかな〜とか、思っちゃったり」
ヒラタイは頭を掻きながら、そんな返事をする。
「いや、良い歌だった。心に響いた」
前野は表情を変えずにそう言って、もう一度部屋を見渡した。その姿は何かを探しているような、そんな様子にも見える。
「問題なさそうで良かった。……いや、どうやら狸が出るようでね、この辺り」
「狸……?」
狸という前野の言葉に、ヒラタイは首を傾げた。下町といえど東京にも住んでいるのだと、意外に思う。
「この場所は俺が買うより前、店を閉めて空き家になったライブハウスだった。そこに狸が住み着いてて、追い払ったんだが……ちまちま戻ってくるのがいるらしくてな」
「狸可哀想……」
「レジ子……! あ、いや、えーと!」
レジ子が漏らした言葉に、一は焦って両手を上げた。
彼女の感性は正しいというか、一も同じように思いはしたのである。
ただ、住み着いてしまった狸を放っておくと人々の生活に影響が出るのも確かで、棲み分けが大切というか、人の住む地で野生動物は生きにくいのだ。
「気持ちは分かるがな。俺も別に狸そのものに恨みがある訳でもない。……が、立場上放っておく訳にもいかない」
そう言って、前野は溜め息を吐く。経営側故の悩みというのもあるらしい。
「ともかく、初イベントに出てくれてありがとう。お疲れ様。良いライブだった。特にボーカル、歌声が良いな」
手を挙げて、前野は控え室を去った。
彼の「良いライブだった」という言葉に、一は盛り上がって声を上げる。
「ヒラタイ! 聞いたか!」
「え、今俺が褒められた!? うひょー!!」
「はいはい帰るよ〜」
「……眠い」
「お疲れ、佳。帰るぞ」
荷物をまとめて。
「……あの人しかいない」
「ん? 今誰か喋った?」
ふと、声が聞こえた気がして、ヒラタイは振り向いた。しかし、背後には誰もいない。気のせいかと、先に進んだ四人を追いかける。
ライブハウスを後に、五人はそれぞれの帰路に向かって歩いた。
日が沈むのが早くなって来たなんて関係がないくらいの良い時間。都会といえど、暗い道。
「歌声が良い、かぁ」
ただ歌うのが好き。一人でカラオケに行ったりするくらい、ただ、それだけ。
一に声を掛けられて、突然バンドをやろうなんて言われた時には驚いたけれど、今日やっと、バンドを始めて良かったと思う事が出来たかもしれない。
一人でそんな事を思いながら帰路を歩いていると、突然背後からガサゴソと音がする。
暗い夜道という事で、ヒラタイはそれだけで驚いて跳ね上がって、恐る恐る背後を振り向いた。
「……あ、あの!!」
「え?」
女の子がいた。
明るく短い茶髪の、シャツとショートパンツに薄い緑の上着。少し田舎っぽさを感じる、見た目は高校生くらいの女の子。
薄いシャツのせいもあって、凹凸のハッキリした女性らしいラインが目に映る。ただ、顔は丸っこくて、可愛い系だ。
それでも、ヒラタイはあまり女性経験がなく、一見年下のその少女ですら、なんで自分が今話しかけられたのか、何か良くない事をしてしまったのか、もしかして痴漢とか言われたりするのだろうか──なんて、嫌な想像が膨らんでいく。
「私を……弟子にしてください!!」
「……はぃ?」
ただ、開かれた口から発せられたのは、そんな──想像だにしていない言葉だった。