どうやらヒラタイが入院したらしい。
「太地君大丈夫かなー?」
「浮かれポンチが転んで頭打ったんだと。心配して損した」
「言い方が酷ッ」
レジ子とミヒロと一は、ヒラタイからの連絡を見て病院に向かっていた。
曰く大したことはないらしいが、彼は実家を出て一人暮らしをしているので何かと助けが必要かもしれないと言ったのはミヒロである。
「でも、ミー君も今日遅起きさんだったよ〜? なんと、私の方が早く起きました」
「お前が変な事するから……」
「え、何? レジ子なんかしたの?」
「昨日のアレのせいで変な夢見た……」
「あー」
ライブ中に突然レジ子がギャルになった事を思い出し、一も苦笑いを溢す。
そこそこの長さの付き合いだが、レジ子は偶に壊れるのだ。ミヒロは突然の事でトラウマになって、悪夢を見て寝坊したらしい。
そんな話をしながら、ヒラタイの入院している部屋番号を病院の地図から探す。
部屋を見付けて歩こうとすると、廊下からヒラタイが歩いて来た。
「来てくれてありがとう!」
「なんだよぉ〜、元気そうで良かったぜ。てか、部屋で寝てなくて良いのかよ」
手を挙げて歩いて来るヒラタイを見て、一は安堵の声を漏らす。突然入院する事になったなんて聞いたから、よっぽど酷い事になっていると思っていたのだ。
「いやー、あはは。あ、えーと、ちょっとお願いがあるんですけど」
ヒラタイは三人の前まで歩いて来て、目を泳がせながらそう口にする。
突然入院する事になって、色々困る事があるのだろう。
その為にお見舞いに来たと言っても過言ではないのだ。一は「何でも言ってくれ!」と気前良く返事をする。
「部屋に、歌を教えてる弟子が来てましてね」
しかし、ヒラタイの口から漏れたのは全く想像だにしていない言葉だった。
「でし……? でしって、弟子?」
「あ、はい。えーと、皆には内緒にしてたんだけど! 実は昔から弟子が居て。その子が来てるんですよ。ちょっとシャイな子だから、あんまりツッコミを入れないで欲しいなって思いまして」
「へー、そうなんだな。分かったぜ!」
「ありがとうございます。それじゃ、先に部屋に行ってますね……!」
一が親指を立てて返事をすると、ヒラタイはまるで走って逃げる小動物のような俊敏な動きで病室に飛び込んで行く。
その不思議な挙動に、三人は一旦首を傾げた。
「なんだアイツ」
「お弟子さんが居たんだね〜。大地君凄い」
素直に驚きながら、レジ子が歩いて部屋の扉を開ける。
部屋の中にはベッドの上で座っているヒラタイが居て、彼が言っていた弟子なのだろう女の子が椅子の上に座っていた。
「あ、来てくれたんだ。ありがとね〜」
「その子が弟子かー。てか、弟子とかいるなら紹介してくれよぉ!」
「えぇ、なんで知ってるの!?」
「え? ヒラタイが言ったんだろ? あ、初めまして! 俺は千堂一! 気軽に
「ま、マツリ……ですぅ」
挨拶をする一とマツリ。そんな様子を見ながら、ミヒロは話が絶妙に噛み合ってない事に違和感を感じる。
何かがおかしい。
これまで何かおかしな事に巻き込まれ続けて来た結果得た危機察知能力が、何か異変を感じ取っている気がした。
「レジ子も帰って直ぐに態々来てくれてありがとね〜。ていうかさっきはライブの時の服装だったのに、着替えてきたんだね」
「……ふん?」
ヒラタイにお礼を言われて、レジ子は首を傾げる。ソレを見て、再びミヒロも首を傾げた。
「──ぁ、え、えーと! 申し遅れました。私、飯田マツリと言います。その、師匠の弟子をさせてもらっていまして……。えーと、色々事情があって、詳しい事は聞かないでくれると……その、助かります」
目を泳がせながら、マツリはそう言って下を向く。
「おう、よろしくな。ほら二人も自己紹介」
「ミヒロ。こっちはレジ子」
ミヒロがそう返事をして、マツリは「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「で、ヒラタイ。なんか俺達に出来る事とかあるか? 急に入院とか言われて大変だろ。荷物持って来たりとかさ」
病室の外でヒラタイが言っていた事もあるし、あまり深く話を聞くつもりもない。一は話を切り替える。
「あ、それなら私が! 師匠の家、よく行くので!」
「マジか」
ミヒロはそんなマツリの言葉を聞いて驚いた。
ヒラタイは普段から自虐的というか、自分はモテないとか、そういう事ばかり言っていたのに。女の子が家に良く来るらしい。
「なら、大丈夫そうだな!」
一は何も気にしていないらしい。彼はバカなのである。
「……というか、転んで頭を打ったとか言ってたな。気を付けろよ。なんでそうなる」
「なはは……それが、全く覚えてなくて。面目無い」
ミヒロに言われて、ヒラタイは謝る事しか出来ずに苦笑いを溢した。
普段からの運動不足が原因だろうか。
あまり、言い訳をすると、ミヒロにこっ酷く叱られそうで口が自然と閉じる。
「でも、大怪我じゃなくて良かったね〜」
「本当にな」
「心配させてごめん」
「何もなかったんだから良いだろ! じゃ、顔見て安心したし。俺達は帰ろうぜ」
一がそう言って、ミヒロ達は挨拶を済ませて病院を後にした。ミヒロは首を傾げたままだったが、考えるのに疲れて思考を投棄する。
マツリは、少しホッとした顔でため息を吐いた。
「えーと、マツリちゃん。さっき言ってた……」
「あ、はい! 師匠の家にはよく行っていたので! 着替えとか、取ってきましょうか?」
「なるほど……。それじゃ、お願いしようかな。えーと、スマホと財布はカバンの中にあったから、後は……着替えか──」
そこまで言って、ヒラタイの脳裏に自分の
「──いや、ダメじゃない?」
「着替えですね! 任せて下さい! 持ってきます!」
「ぇ」
部屋を飛び出していくマツリ。伸ばした手は空を掴み、ヒラタイの頭は一瞬フリーズする。
「……いやダメじゃない!?」
「平良さーん、病院ではお静かにねー」
マツリが部屋から消えて数秒後、遅れて出てきた大きな声のツッコミを聞かれて、ヒラタイは病院の看護師さんに怒られるのであった。
☆ ☆ ☆
商店街のファミレスで、月日が頬を膨らませてケーキにフォークを突き刺す。
「──で、可愛い女の子の弟子が居たと。……嘘だぁ」
「本当だぜ。二人も見たもんな?」
「まぁ、居たな。女が」
「女がて」
「ヒラタイにぃ?」
「嘘なんて言ってどうするんだよぉ」
月日と合流した三人は、病院での事を話しながらお茶をしていた。
これまで知らなかったのだが、ヒラタイには歌の弟子が居たらしいという話である。しかも女の子の。
「レジ子、本当?」
「本当に居たよ。なんかねー、でも、太地君変だった気がする」
「レジ子が言うなら居るか〜。……変?」
「おい、俺達よりレジ子の方が信用出来るとはどういう話だ。流石におかしいだろ」
「流石におかしい……!?」
発言に驚くレジ子は無視して、ミヒロは「ただ──」と言葉を続けた。
「──ただ、変だってのは確かにそうだ。なんか会話がズレてるっていうか……変だった」
何処がどう変だと具体的に説明してするのは難しいが、会話が噛み合ってないような、どこかズレているような、そんな気がしたのである。
ただ、それを上手く説明出来ない。
「……ふーん。まぁ、今度それとなく聞いてみようかな。とりあえず、大事じゃないならそれで良いし」
月日はそう言って、残りのケーキを平らげた。
そこそこな付き合いだが、知らない事もあるだろう。友人の新しい一面に驚きながらも、彼らの平凡な日々はいつも通り過ぎていくのだった。