小さなメガネが詰め寄ってくる。
「──で、バイトを代わってあげたあたしへの貢ぎ物は?」
「こちらになります」
頭を下げて、購買部の菓子パンとジュースを未鳩に捧げるヒラタイ。大学で、彼はカツアゲにあっていた。
「あ、カツアゲだー」
「誰がカツアゲよ! 正当な報酬でしょ。あたし今日もバイトだし、何連勤だと思ってるのよ!」
手をわなわなと震わせながら、未鳩は菓子パンを口に放り込み、ジュースを飲み干す。
「はー、良いことしたし良い事起きないかな〜。は〜っ」
「本当にありがとうございます……」
「ま、貸し四つくらい? また何かあったら気軽に言って良いわよ」
「財布が空になっちゃうよ……!」
「良い事起きないかな〜。具体的には超絶イケメンで金持ってる男にチヤホヤされたい」
「未鳩が居る内はあの話はやめとこっと」
「なんか言った!?」
「なんでもな〜い」
ポーカースマイルでバイトに出かける未鳩を見送る月日。
彼女はヒラタイと共に部室に歩き出し、ソワソワと口を開いた。
「──で、ヒラタイ殿。話に聞く弟子の女の子ってどんな感じな訳ですかな?」
「ブフッ……。そ、その話……未鳩さんの前でしないでくれてありがとうだけども」
彼女に話を聞かれたら、絶対に色々言われる。けれど、この話を月日とするのも玩具にされそうで怖い。
「凄く元気があって、優しい子かな。でも結構音痴」
「弟子なのに音痴……?」
「それがさー、俺……記憶にないんだよね。弟子が居たなんて」
「はーん?」
ヒラタイの発言に口を開けたまま固まる月日。記憶にない弟子、なんて言葉は頭の中で何度思考しても理解が出来なかった。
「弟子なんだよね……?」
「うん。弟子だよ」
ハッキリとそう言って、ヒラタイは部室の扉を開ける。月日は頭を横に傾けながら、その後に続いた。
「あ、太地君来た〜」
「もう怪我は良いのか?」
レジ子とミヒロが二人を迎える。ヒラタイは「心配かけてごめんね〜」と笑いながら手を挙げた。
「ヒラタイも大丈夫そうだし。よし、揃ったな! 良いか? 初めてのライブはまーまー成功だったけどよ! 俺達はこんな所で終わらないぜ! 次を見る!」
一が、テンション高めにそう声を上げる。レジ子は乗って「お〜!」とか言っているが、ミヒロ達はやれやれとそんな二人の顔を見比べていた。
「目指すぜ武道館!」
「お〜!」
「目標が高過ぎるな……」
大学のサークルバンドなんてのは趣味でやる物である。
何か大きな夢に繋がるような事は殆どない。ましてや自分に、そこまでの実力なんてない。それが、ヒラタイの見解だった。
「それじゃ始めよっか」
けれど、誰も一に態々「現実を見ろ」なんて言葉は言わない。
本人が分かっているかどうかはともかく、サークルバンドというのはそういうノリも楽しむ物なのだとヒラタイは思っている。
それに、自分と違って大きな夢を口に出来る一には憧れの感情すら感じた。
「──休憩~。私、飲み物とか取って来るね」
しばらく練習をして、月日が手を上げて部屋を出ていく。
レジ子がパタリと倒れて、それをミヒロが引きずって部屋に置いてあるソファに放り投げた。
「そういや次とか言ってたけど、次があるのか?」
「当たり前だろ! せっかくバンド組んだんだから、沢山ライブやらなきゃ」
「そんな直ぐに箱代出せる程に余裕があるようには見えないぞ。先週のだって、なんかキャンペーンで安くなってたからとか言ってなんとかしただけだろ」
「ウグッ」
ミヒロにツッコミを入れられて、一は苦笑いして固まる。
ライブ会場でライブをするには、会場代を払ったりチケットを捌いて人を呼ばなければならない。
レジ子はともかく、一般の大学生である一や太地達にはそう簡単にホイホイと支払える額でもないのだ。
つい数日前のライブハウスResonanceでのライブは、商店街に出来たばかりのライブハウスのオープンイベント。
そこで、商店街近くにある大学のサークルからという名目まで受けてかなり格安でステージに立つ事が出来たのである。
「俺……入院費でお金が」
「お金ならあるよ〜」
「「それはダメなの」」
ソファーの上からレジ子が手を挙げるが、一とヒラタイは口を揃えてその手を降ろさせた。
ミヒロはそんな二人を見て、少し嬉しくなる。お金目当てでないレジ子の友達が居る事が嬉しいのだ。
だからこそ、自分達の話でもやはりレジ子や
「くそー、コツコツ貯金かぁ」
「だね〜」
「ミー君、なんでダメなの?」
「友達だから、だろ」
「飲み物買ってきたよ──」
休憩時間をそうやって過ごしていると、部室の扉が開いて月日が帰ってくる。
「──あと、ヒラタイの弟子捕まえて来た」
「ひぇ〜」
──マツリの首根っこを掴んで。
「マツリちゃん!?」
ヒラタイは飛び上がり、口を開けて固まった。
「あ、病院にいたヒラタイの弟子だ」
「本当だ〜」
「おい待て月日。お前は顔、知らない筈だろ。なんで分かるんだ?」
「部室棟で先生に職質されてたから、話を聞いたら師匠を探してるって。多分ヒラタイの事でしょ?」
月日がマツリを解放すると、彼女は「師匠〜」とヒラタイに泣きついて来る。
「学校まで着いて来ちゃったのか〜。今日は家で待っててって言ったのに──ハッ」
自分の発言に気が付き、太地は一瞬フリーズしてから顔を上げて月日達に視線を向けた。
レジ子はいつも通り何も考えていないような顔をしていて、ミヒロは首を傾げているが、一と月日はヒラタイを見て各々驚いたり驚愕の表情をしたりしている。
「同棲してるのぉ!? 付き合ってるのぉ!?」
月日が目を輝かせて、詰め寄ってきた。
「マジかヒラタイ……。彼女居たのかよ……。なんかいつも遊びに誘ってごめん」
「一が珍しく落ち込んでる……! 違う! 待って、順を追って話をさせて! 付き合ってはないから! 俺だよ!?」
「話が飛躍し過ぎだろお前ら」
「そうだけど、それはそれとして|ミヒロ《付き合ってないらしい異性のレジ子と同棲してる人》が居るから話がややこしくなるんだよ!! 一旦本当に順を追って話をさせて!! 冷静に!!」
ヒラタイは両手を上げて、月日達に落ち着くように懇願する。
ただ、記憶喪失云々とかの話はマツリにとって今はされたくない話にも思えた。
学校にも行かず、家にも帰れない。家族との連絡も取っていないとなると、余程の事情があるのだろう。で、あれば──
「実は──遠い親戚の子で。今ちょっと両親とか家庭のゴタゴタで、家に預かってるんだよ……うん」
──で、あれば、多少嘘を付いても良いだろう。
「家庭のゴタゴタ? 両親? 師匠、私の両親は今どこに居るかも正直分からないので──」
「ちょっと今は話を合わせてねぇ……!」
マツリの口を押さえて、なんとか笑顔で誤魔化そうと振り向くヒラタイ。
「何処に居るか分からない両親……」
「家庭のゴタゴタ……」
しかし背後では、一と月日が社会の闇を見るような険しい顔で戦慄していた。どうやら大袈裟に曲解されているが、事情は酌んでくれそうである。
「まぁ、そんな事もあるだろ」
「逆にそんな事とか言えるミヒロの事情が気になるよ……?」
「……」
「黙らないで……!?」
一旦は大事になりそうだったが、ミヒロの意味深な発言が引っかかるヒラタイなのであった。