村で一番大きなツチノコがいる場所、との事で。
「ツチノコデッカ」
温泉の看板になっている超巨大ツチノコを見上げながら、ヒラケンはツチノコカレーに燃やされた口で口笛を鳴らした。口笛は、辛さでまだ濁っている。
村のカレー屋さんで、コミュ力お化けの一が聞いた所によれば、ツチノコ温泉なる施設があるらしい。
どうやらその温泉に行けばツチノコに会えるかもしれない。そんな噂まで聞いて、ツチノコを探しに来た彼等が向かわない手はなかった。
そもそも、宿にお風呂があると言っても、温泉があるなら向かうのが旅行だというのが一の持論である。
「ミー君ミー君、見て見て。ツチノコーヒー牛乳だって……!」
「なんでもかんでもツチノコだな」
入り口から入って最初に目についたのは、受付の真横にあるドリンクコーナー。そこには、これまたツチノコのラベルが付いたコーヒー牛乳が置いてあった。
入浴後の一杯には最適だろう。
「その内ツチノコーヒーとかツチノコーンスープとかツチノコッペパンとか見付けられそうだなー」
「ツチノコッペパン……」
レジ子の脳裏に映る、なんとも可愛らしいパン。反面、ミヒロはその隣で目を細め「
「とりあえず行こうぜー。すみませーん、大人三人と、子供一人、お願いしまーす」
受付のお爺さんに一が話を通して、レンタルのタオル等を借りて更衣室の前に向かう四人。
「そんじゃ、ミヒロ兄ちゃん、一兄ちゃん。また後で」
「おいマセガキ。お前はこっちだ」
「チッ」
「また後でね〜」
当たり前のように女子更衣室に向かおうとしたヒラケンをミヒロが引き摺って、男子三人は更衣室へと向かう。
そして年寄りのお爺さんしかいない更衣室にやってきて、ヒラケンは微妙な表情になった。
中学になったばかりのオマセな彼は、女子更衣室の豊満な果実を想像していたのだが──実際に向こう側で見えるだろう景色は今見えている景色と大差ない物だという事に気が付いてしまったのである。
「田舎の温泉とか銭湯なんてこんなもんだろ」
「ミヒロ兄ちゃん……もしかして分かってたのか」
「俺は大人だからな」
「かっけぇ……」
「下世話な話してないで早く行こうぜー」
純粋に温泉を楽しみにしていた一は会話に呆れながら、二人の背中を押した。
勿論、千堂一も男である。これっぽっちも興味がない訳がないが、今はそれよりも温泉だった。
更衣室を出ると、湯煙に乗ってツンとした硫黄の香りが漂ってくる。
関節痛や筋肉痛の緩和、代謝の促進美肌効果等様々な効能があるらしい。
都会育ちの一たちにとっては、日常から離れた感覚を感じるのに十分な場所だった。
「すげー」
「ジジイばっかり」
「お前なー、地元の爺さん達ほどツチノコの事を知ってる筈なんだぜ。今が情報収集を頑張る時よ!」
口を尖らせるヒラケンの頭にチョップを入れて、一は気合いを入れて身体を洗う。
「こんばんはー! 良い湯ですねー!」
そして、態々自分から先に入っていたお爺さんに話しかけに行くコミュ力お化け。ヒラケンとミヒロは、そんなお化けを半目で見ながら自分達はゆっくり過ごそうとのんびり身体を洗い始めた。
「観光客かー、珍しいのぅ!」
ところでどうやら一は当たりを引いたらしい。一が話しかけた老人は、快活に笑いながら返事をしてくれる。
「いやー、俺達ツチノコ捕まえに来たんすよー! な!」
態々少し離れた所にいるミヒロに向けられた「な!」に、ミヒロは話しかけんなオーラだけを返した。
そんなミヒロのオーラは完全に無視され、一が話しかけた老人は一と共にミヒロの元に歩いてくる。
ヒラケンは、そんな二人を横目に田舎の暗くなった空を見ながら露天風呂を満喫していた。
「酔狂だなぁ、お前さんら。最近の若者ってーと、あんまりツチノコだの神様だのを信じとるイメージはないがのぅ!」
「あ、いや……はい」
信じるも何もこの目で見たんだよな、と。ミヒロは苦笑いを溢す。
「ツチノコって何食べるんすかねー? 餌とかで誘き出せたりしないかなって思ってるんすけど」
「おぉ、良い作戦だわい! ツチノコはな、お米とお酒が好物だでな!」
「お米……」
レジ子が仕掛けたおにぎりの罠がミヒロの脳裏に過った。まさかな、と思えるような心境ならどれほど良かったか。
「本当に天才だったかもな」
「どしたミヒロ? のぼせた?」
ミヒロの独り言が気になりつつも、一は「あー」と何かを思い出したように口を開く。
「すみません、もう一個聞いて良いすか?」
「ええぞええぞぉ。熱心な若者は好きじゃけぇ」
「山の反対側って、他に村があるんですか?」
一のそんな質問に、老人は目を細めた。ミヒロは首を傾げる。
「一?」
「ほら、姫ちゃんが山の反対側から来たって言って──」
「少し前までは、あった」
一の言葉を遮って、静かに漏れるそんな言葉。
一は、山を降りる時にスマホでマップアプリを開いた時の事を思い出した。
姫が言っていた村の反対側とは何処なのだろうか。単なる疑問で開いたマップアプリに表示された山の反対側には『旧西野原村』と書かれた何もない山が表示されていたのである。
「少し前、まで」
「なんの話だ?」
山の反対側に、現在村は存在しない。何かの間違いだと、一は思いたかった。だから、聞いた。
「もう三年前だったかのぅ。土砂崩れがあってな、西野原村っちゅう村が全滅したんよ」
「え?」
「は?」
唖然とする一。その隣で、ミヒロは顔を青くして一にくっ付く。
それじゃ、昼間にいた岩永姫という少女は一体何者なんだ。
「その村、もう誰も住んでいないんですか?」
「土砂の下なんじゃよのぅ。だーれも住んどらん筈だよ」
「えぇ……と、じゃあ! 岩永姫って女の子、この村に住んでます?」
「いわなが、ひめ? うーん。どうだったか。小さい村だが、全員の名前まで覚えとらんでなぁ」
「あ、あはは……そうですかぁ。……おいミヒロ、なんかくっ付き過ぎじゃね?」
「気のせいだ」
苦笑いする一と、一にピッタリとくっ付くミヒロ。
「それじゃ、俺はもう出るで。また顔合わせたら挨拶くらいしてくれや。ツチノコ探し、頑張ってのぅ」
風呂を上がって去っていく老人。一は「まぁ、何かの間違いだろ」と、ミヒロから視線を逸らす。
「それもそうか」
考え過ぎだ。ツチノコなんて物見付けてしまったせいで、オカルト方面に敏感になってしまっているのだろう。
その後、露天風呂でヒラケンを回収した二人は脱衣所の外でレジ子と合流した。
レジ子はツチノコラベルのコーヒー牛乳を片手に三人を見付けると、やや興奮気味に走ってくる。
「ツチノコいた……! 温泉に……!」
「何言ってんだお前」
「なんか、温泉入りに来たんだよ。ツチノコが」
「オスだったら覗きだな……」
「本当だ……。でも、おばあちゃん達、気にしてなかったよ。久し振りにツチノコさんを見たね〜、って言ってた」
元々のんびり喋るレジ子のおばあちゃんの真似は、妙に板に付いていた。ツチノコを見ても動じない村の老人達の顔が目に浮かぶ。
「村の人達にとって、ツチノコって存在してるのが前提なのか……?」
そんなおかしい話があるのかと思いながらも、ミヒロはレジ子の飲んでいるツチノココーヒー牛乳の味の方が気になった。
ツチノコの事も、姫の事も、全部直接確かめれば良い。
今はただ──ツチノコーヒー牛乳で現実逃避をしよう。
「……普通のコーヒー牛乳だな」
「美味しいねー」
当たり前の感想が、ミヒロの思考を現実に戻していった。