レジ子特製スペシャルジュースは意外と美味しかった。
「当たりだったか」
「なんか……トロピカルでした!」
「それはそれとして虹色に光ってるのはおかしいよ」
そんなこんなでカラオケでの修行を進める一行。
ヒラタイは他の人が歌っている時も、カラオケ採点の合理性と、それとは別に点数だけが全てではない事を伝える。
偶には音程が外れても、そっちの方が気持ちいい事があったりするという事だ。それでも、やっぱり点数が高い歌い方は、一般的に聞いても上手に聞きやすく感じる。
要するに採点の点数は基本だ。
その事を教えてから、ヒラタイは94点を叩き出した。日曜の朝にやっている戦隊モノのオープンニングテーマ。上がりテンポの曲調は、曲を知らなくても場を盛り上げられる。
本人が言っていた音程バーも綺麗に重なっていた。
時折サビの部分で外れる場所があっても、その部分すら気持ち良く歌っているように聞こえて気にならない。
「あぁ……やっぱ師匠の歌は、素敵です」
聞き惚れるとはこの事を言うのだろう。全く知らない曲なのに、体が勝手に動いて、楽しくて。
でもそれはやっぱり、基本が出来ているからだ。
ヒラタイが歌い終わって、マツリは気を引き締める。
ミヒロとレジ子が歌って次は自分の番。
皆が歌っている間、ヒラタイが基本について簡単に教えてくれた。
だから教えられた通りに。音程とリズムをよく見て歌う。
音程がズレたら、光るバーもそれだけズレた。
自分の出している音が高いのか低いのかが、視覚的に分かりやすい。
音域とリズムが整っていくのが自分でも分かる。
「楽しい……かも」
「お、72点」
点数が僅かながらに上がった。結果が見えると、やる気も上がりやすい。
だから、ヒラタイはカラオケが好きである。
一人で行く時なんかは、練習して高得点を出すのを目的にするくらいには、採点が好きだ。
勿論、採点がなくても友達もワイワイ歌うのも好きである。カラオケには沢山の楽しみ方があるのだ。
「よっしゃお前ら! 今日はフリータイムで歌い尽くすぜぇ!!」
「コイツ一生元気だなぁ」
一の音頭で部屋は更に盛り上がる。マツリはそんな彼等に混じって夜遅くまでカラオケを楽しむのであった。
☆ ☆ ☆
時刻は夜の23時。
はしゃぎ過ぎて、夜の商店街で補導を受ける始末。
19歳なのでセーフだが、マツリが身分証明書を持っていない事が発覚して大騒ぎになりかけたのでる。
一のパーフェクトコミュニケーションで事なきを得たが、帰りが遅くなったのは一がカラオケを延長した為なので褒めるに褒められない。
「実際、マツリちゃんって何歳なんだ?」
「に──じゅうになる、手前とか? その辺り……です」
よそ見をしながら歯切れの悪い言葉を並べるマツリを見てミヒロが目を細めるが、一は「同い年くらいなんだな! もうちょっと歳下かと思ってヒヤヒヤしたぜ!」と何にも気にしていない返事をしながら商店街にあるラーメン屋に入って行った。
ドラキュラーメン城島という、夜中でもやってるラーメン屋。
血のように赤い台湾ラーメンが特徴的で大学生になって夜更かしをしまくるようになった一達が偶に通っている場所である。
店長がいつも顔色が悪くてドラキュラなのではという噂があるが、そんな訳がない。
「台湾ラーメン六つお願いしまーす」
麺と挽肉とスープだけの簡単なラーメンが直ぐに出て来た。
夜遊びを覚えた大学生はこのようにシンプルなラーメンでも夜を楽しめるのである。
「ごめんねー、マツリちゃん。このバカがはしゃぎ過ぎるから。ラーメン代は一が払うからねー」
「マジか」
「いえいえ……。私がその……身分を証明出来ないばかりに」
ヒラタイが聞いていない以上、他の誰かが口を挟むのもおかしな話かもしれない。
そう思って月日達も事情を聞くのは控えているが、彼女には妙な点が少し多い気がした。
それでも、悪い子ではない。そんな漠然とした感覚だけで、詰め寄るまではしていない
「いらっしゃい」
店長のそんな声が聞こえて、一は無意識に振り向く。
そこで、彼は意外な人物と目が合った。
「オーナーさん!?」
「お……君達は確か、
一達のバンド名を口にしたのは、彼らが初ライブをする事になったライブハウスのオーナー
「バンド仲間で仲良く深夜徘徊か。若者は過激だな」
「ひぇ!? いや、これは、その、違うくてぇ〜」
「いや責めてるつもりはない。隣失礼。……店長、台湾ラーメン一つ」
静かな態度で、前野は自然と一の隣に座って注文をした。一は珍しく緊張しているような素振りで動きが硬くなる。
それと同時に、何故かマツリの動きも硬くなっている気がした。隣に座っていたヒラタイと月日が、固まってしまったマツリの顔を心配そうに覗き込む。
「……そういえば、丁度良い話があるんだ」
前野のそんな言葉を聞いて、一は背筋を伸ばした。
(まさか、俺達の演奏に感動して出演オファーを!!)
なんて、思い上がったあり得ない妄想が一の脳裏を駆け巡る。
「──来週の日曜日、空いてたらウチの箱でライブしてくれないかな」
──しかし、ありえない妄想が的中した。
「はい喜んで!!」
「おい一。勝手に決めるな」
「しまった!! つい!! 皆は!?」
「なんとバイトを入れていない」
ヒラタイが予定をチェックして、ミヒロもレジ子と予定を調べて「空いてるといえば空いてるが……」と返事をする。
けれど、話があまりにも急だ。
「──話が急過ぎる、と言われても仕方がないが。まさかオーケーが出るとは」
「何か理由でも?」
「あぁ……そこは正直に話そうか。実は合同ライブに出演予定だったバンドの一組が狸に襲われて怪我をしてしまってね」
唐突な話に、一達は一瞬困惑する。
曰く、ライブハウスで練習をしていたバンドのメンバーが、突然乱入してきた狸に襲われて怪我をしてしまったらしい。
狸は逃亡。保健所に連絡をしているが、狸は捕まっていないという話だった。
以前ライブハウスで話していた狸問題はどうやら解決していないらしい。
「おい。それ、俺達も狸に襲われる可能性あるんじゃないか?」
「完全否定は出来ないな。それに対して俺が責任を取れるとも言えない。……勿論、業者を使って狸を捕まえようとはしてるが」
「捕まえようとしてる!?」
唐突に、マツリが立ち上がって声を上げる。前野は特に驚いた様子もなく、ただそんな彼女に視線を向けた。
「そういえば、以前は見なかった顔だが……君は?」
「あ、お、俺の弟子で──」
「狸を捕まえてどうするんですか……!」
食い気味に、マツリが前野に向かって問い掛ける。ヒラタイと一が、あわあわと彼女の後ろで止めるべきかどうかを悩んでいた。
「保健所に引き渡して、処分だろう。可哀想だが仕方がない」
「そんな……」
「マツリちゃん……?」
「まぁ、気持ちは分かる。……ただ、これは以前も言ったかもしれないが俺にも事情があるんだ」
「マツリちゃん、一旦落ち着こうぜ。な?」
一旦マツリをヒラタイに預けるようにして、一が二人の間に入る。前野は困ったようにして出てきた台湾ラーメンを前に割り箸を割った。
「で、どうだろう。……出演してくれるかな?」
「ミヒロ……」
「俺に振るな。お前がやりたいならやれば良いだろ。狸が来たら……俺が殴る」
「ミー君、狸殴ったら可哀想だよ」
「じゃあとっ捕まえる」
「了承してくれた……ということで良いかな?」
ラーメンを何度か口に運んでから、前野は一旦箸を置いて一に問い掛ける。一は緊張しているのか、無言で首を縦に振った。
「それじゃ、詳しい事はまたこの前の連絡先に送るとしよう。君達もラーメンが冷める前に食べた方がいい」
大人の余裕なのだろうか。
前野は突然のオファーや狸の件でそわそわしている一達を他所に黙々とラーメンを完食する。一達は、少し静かに、気不味い雰囲気でラーメンを食べるのであった。