音楽というには、不揃いな、ただの音。
狸達の腹太鼓コンクール。
そこに混じる、歌声。
人間社会を勉強した化け狸が、初めて真似た人間の文化。
──楽しいと、そう感じた。
☆ ☆ ☆
けれど、──マツリはそう口を開く。
「けれど、私達も楽しかったんです。人間の皆さんが歌うのを楽しいと思うみたいに、私達も……音楽をするのが、歌うのが楽しかった。続けたかった。……あなたに認めてもらえば、また皆で音楽が出来ると思ったんです!」
前野がライブハウスを買い取って、狸達は集まって音楽をする場所を失った。
初めの内は、前野に突撃して演奏を聴いて欲しいと、音楽を聴かせたりしていたのである。
しかし、当たり前だが前野はそれを無視した。当たり前だが、そんな事されても困るだけだからである。
「無理だろ、狸だぞ。俺にどうしろと?」
あまりにも正論だった。
「だから……私が凄く歌が上手くなったら、また……あの場所で歌わせてもらえるかもって」
「それで、ヒラタイの弟子になろうとした訳だな」
「化け狸君、それは無理な相談だ。冷静に考えてくれ。狸だぞ」
「本当にこの人正論しか言わない!」
「狸に音楽が分かるわけがないだろう。ウチの箱に狸を出して、何の得になる。狸に何が出来る。看板狸にでもなるか」
前野がそう言った瞬間、ミヒロは彼に詰め寄って「今、言ったな?」と問い掛ける。
ミヒロの顔は、悪戯を思いついた少年のような表情をしていた。
「……言ったが」
「俺の友達の弟子だぞ。舐めてると店を乗っ取られるからな」
「ほう。狸がライブハウスを乗っ取ってどうする。妖怪演芸会でもやるのか?」
「音楽をやって客寄せ狸になる。そんで、狸なしじゃあんたの箱は立ち行かなくなる。……つまり、狸に乗っ取られる」
「そんなわけないだろ。狸の音楽だぞ」
「その言葉忘れるなよ」
ミヒロはそう言って前野から離れる。
前野は、首を傾げてから、スマホの時計を見た。
「流石にこんな時間に保健所に電話をするのは迷惑か。俺は帰るとしよう。……一君、週末のライブの話は後でメールする。狸に触った君は、ちゃんと手を洗うように」
そう言って、前野は商店街の奥へ歩いていく。
ミヒロはソレを見送って。
「とりあえず一発」
マツリを殴った。
「キャンッ」
悲鳴を上げて狸になるマツリ。殴ったというよりは寸止めだったが、マツリは目を回してひっくり返る。
「ミヒロ!? ちょっと!?」
「お前、太地の頭殴っただろ……。今のはその分だ」
「……す、すみませんでした」
目を回しながら、マツリは謝った。ヒラタイはそうとは思っていなかったので「え!? そうなの!?」とオーバーに驚く。
「……ライブで師匠の歌を聴いて。この人しか居ないと思ったんです。それで、後をつけて……断られたので、どうしようどうしようと悩み」
「俺の頭を叩いて記憶装置なんだと嘘をついた、と」
「もう少しなんかあったろ」
ともかく。
曰く、彼女は化け狸の一種であるらしい。
その名の通り、伝承に良く出てくる、人を化かす力のある狸だ。その力で人の姿にもなれるし、人間以外の姿にもなれる。
ヒラタイに弟子入りしたのは、歌が上手くなって、前野に認めてもらう為。
認めて貰った所で狸がライブハウスで腹太鼓を出来る訳ではないなんてのは、狸である彼女には分からなかった。
何故なら彼女は二歳である。
「二歳なんだ……」
「まぁ、狸の二歳っていったらそこそこ大人だろ」
「で、ミヒロ……さっきのアレはなんだったんだ?」
一が一番気になっていた事をミヒロに聞いた。
どうも啖呵を切っていたが、狸側に勝利出来る要素が一ミリも感じられない。そもそも前野は正論しか言っていないのである。
「アイツは、狸を出して何の徳になる、とか言った。……つまり、徳があれば出しても良いって思ってる」
「そんなバカな」
「そもそもアイツはなんかおかしい。考えてみろ、化け狸だぞ。俺達はユニコーンとかツチノコとか神様とか色々見て来たから少しリアクションが少なくても仕方がないが、あのリアクションは変だろ」
「確かに?」
「多分アイツもこっち側だ」
「俺達……自分達の事こっち側とか言っちゃうくらい変なのに巻き込まれてるんだな」
流石の一も気が滅入ってしまうが、ミヒロの言葉には一理あるようにも聞こえた。
少なくとも前野は化け狸を恐ろしい怪物だとは思っていない。自分の利益になるなら、話を聞いてくれる可能性はある。
「で、どうする訳?」
「さっき言っただろ。ライブハウスを狸が乗っ取る」
「そんな事出来ますか!?」
「お前狸のまま喋れるんだな……」
ミヒロの作戦はこうだ。
まずは狸達のバンドを形にする。
前野をアッと言わせる。
すると狸はライブハウスに引っ張り凧。
「勢いが良過ぎてミヒロがバカなの忘れてたわ」
「は? これで行けるだろ」
「小説や漫画じゃないんだぞ〜」
「ミヒロさんは……どうしてそこまで考えてくれるんですか?」
「……お前が太地の歌を好きなのは、嘘じゃないからだ」
ミヒロがそう言うと、ヒラタイは驚いたような顔で彼とマツリの顔を比べた。
「それは……勿論です! そこだけは、嘘じゃありません!」
「そう……なの?」
「じゃなきゃ、そこまでして弟子にならないだろ。お前は見込みがある。だから、味方でいてやるってだけだ」
「でもさー、本当に上手くいくと思う?」
話は戻るが、マツリ達──狸達の目的は、自分達が音楽をする場所を取り戻す事である。対して前野は人間のルール的に一切間違った事をしていない。
マツリ達の音楽がとてつもなく上等な物になったとしても、狸である事実は変わらないのだ。
「買っちゃえば良いんじゃない? お店」
「それだ」
「そんな訳ないでしょ」
唐突に放ったレジ子の爆弾発言に賛同するミヒロと、ツッコミを入れる月日。
確かに買ってしまえば自分達の物だが、いくらレジ子がお金持ちの家の子供でもそれをするのは色々と間違っている。
「確かにアイツが態々ライブハウスを売ってくれる訳がない。なんか、見た目の割に楽しそうに音楽の話するし」
「だからそんな訳ないでしょって」
「だからこそ、だ。だからこそ、マツリ……お前が本気の音楽でアイツの心を動かせば。……お前を従業員として雇ってくれる。上手くいけば店長の座を物にし、狸達の平穏なライブハウスを作り上げる事が出来る!」
「根性論かぁ〜!」
「天才ですミヒロさん!! それで行きましょう!!」
「マツリちゃんもそっち派だったかぁ〜!」
頭を抱える月日。
しかし、月日も
「つまり、ヒラタイがマツリちゃんをしっかり育て上げれば解決って事だな!」
「いや、マツリだけじゃない。この狸達にも音楽を叩き込む」
「マジかよ」
「えらい事になって来たなぁ」
「師匠……」
「頑張ろう、マツリちゃん」
不安げに視線を送るマツリに、ヒラタイは満面の笑みで答える。
「別に嘘でも何でもさ……嬉しかったんだ、俺。誰かに頼られる事って、あんまりなかったから。……それに、本当に俺の歌を好きって言ってくれるなんて思ってなかったし」
「私は……狸なんですよ?」
「関係ない! それに俺、狸好きだし。大切な弟子が困ってる事、目指してる事があるなら……手伝うのが師匠の役割だしね」
親指を立ててそう語るヒラタイ。
隠して、狸達の音楽猛特訓が始まるのであった。