前野優馬がオーナーとして所有するライブハウスである。
土曜日の昼間。その個室で、三匹の狸と一匹の化け狸が立っていた。
「凄まじい光景だな」
「てか良く了承得られたよね……」
「前野さんがさ──」
狸を追い払いたい前野のライブハウスに、狸を連れて来て練習をしているのはおかしな話である。
しかし──
「狸達の特訓がしたいんですが……冷静に考えて狸が練習して良い場所なんてないんで、前野さんの箱でやらせてもらえないでしょうか!!」
「いいぞ」
「良いんだ!?」
──前野はかなり気前が良かった。
「──って」
「あの人やっぱ普通に良い人だよね……」
とはいえ、勿論いくつか条件がある。
他のお客さんに迷惑をかけない。
糞を残していかない。
ちゃんと掃除をして帰る事。
ライブまで個室を一つ無料で貸し出すのでそこ以外使わない事。
「普通に良い人じゃん!!」
「余計に金取られるかと思ったぜ……」
「そもそも君達に無理にライブに出て欲しいと頼んだ手前、練習場を貸すのは普通だろう」
「突然現れた!?」
少し呆れた顔で、前野は並んだ狸達とマツリを見比べた。それでため息を吐いて「弁えているなら、何も言わない。頑張りたまえ」と言って部屋を出ていく。
「良い人じゃん……っ!!」
月日は頭を抱えた。
「弁えてってどういう事だ?」
「私達の一部というか……狸の他の仲間が、前野さんにちょっかいを掛けたり迷惑を掛けていたようで。……イクゾウさんが説得して、辞めるように言ったんです」
「へー。でもよ、それならもう平和で良いんじゃね?」
「一時的な説得なので……。この作戦が失敗したら……皆さん前野さんを襲うって」
「それはやべーな……」
前野の心配もそうだが、彼の身のこなしからして狸達の事も心配になる。
どうにかして穏便に済ませたいが、それこそこの作戦と言えるか分からない作戦を成功させるしかないのだ。
「えーと、まずは紹介をさせてください」
そう言って、マツリは狸に手を向ける。
「こちら吉田イクゾウさん。ギターを嗜んでます。真面目な方で、狸達のリーダーでもあります」
「タヌ」
「今タヌとか言ったぞ。狸はタヌとか言わないだろ」
ミヒロのツッコミはスルーして、マツリは次の狸に手を向けた。
「こちら原田クロさん。ベースを嗜んでいます」
「タヌ」
「いやそもそもなんで狸がベースとかギターを嗜んでるんだよ」
さらにミヒロのツッコミはスルーして、マツリは最後の狸に手を向ける。
「こちらドラムの山田コモリちゃん。楽器は特に何も嗜んでいません」
「キュ」
「なんでドラムを嗜んでないし突然狸みたいに鳴くんだよ……!! お前は狸か!?」
「ミー君落ち着いて。その子は狸だよ」
「でも殆どスリーピース揃ってるし、この子がドラム叩いたら完璧じゃね!?」
「お前はもう少し狸が楽器やってる事にツッコミを入れろよ!!」
息を上げるミヒロ。しかし、一の言っている事はまごう事なき真実だ。
「で、どうするの? どうするもこうも、一旦演奏をやってもらわないと私達は何をしたら良いのかすら分からないんだけども」
「それじゃマツリちゃん。一曲やってみてくれない? いつもどんな感じなのか、教えて欲しい」
太地にそう言われ、マツリは不安そうな顔で狸達と顔を見合わせ、向き直る。
そして、マツリが口を開いた。
「──♩」
個室に音が響く。続いてベースの音、ギターの音、嗜んでいないのにあまりにも上手いドラムの音。
歌詞のない、リズムだけの音と音と音と音。
それは混じり合う事なく、ただただ、音が四つ響いていた。
「こりゃダメだ……」
月日は頭を抱える。それは確かに、到底音楽と呼べる物ではなかった。
個の音は決して酷い物ではない。
しかし、まるでもってその音は重なっていない。まるで別の曲を四曲同時に聞いているかのような不快感すら覚える。
個別に、ただ好き勝手音を立てているだけ。それが、狸達の音楽を初めて聞いて得た感想だった。
「皆、リズム合ってない」
レジ子があまりにも簡潔に、狸達のダメなところをストレートに口にする。聞いていた全員が、同じ感想を得ていた。
「なあよぉ。お前ら……もしかして、仲悪いのか?」
「そ、そんな事はないですよ!? ねぇ!?」
一旦歌うのをやめて、振り向くマツリ。しかし、三匹の狸は彼女の言葉を気にする素振りもせずに好き勝手に楽器を鳴らしている。
「一旦辞めろ畜生共!!」
そしてミヒロがキレた。狸達を放り投げ、無理矢理演奏を止める。狸達は泣いた。
「こらミヒロー。狸虐めるなー」
「耳障りだ」
「口悪」
「おいマツリ」
「ヒィッ」
一度暴力を振るったので恐れられているのか、ミヒロに呼ばれてマツリは悲鳴を上げて太地に飛び付く。
太地はそんな彼女の頭を撫でてから「優しくしてあげて〜」とミヒロに向けて両手を上げた。
「音楽は一人でやるもんじゃないぞ」
「それは……」
「少なくとも人間の音楽はそうだ。お前達にはそれが足りない」
「ミヒロは口が悪いけど、俺が言いたいのも同じ事かな。……確かに口は悪いけど、ミヒロも真剣にマツリちゃん達の音楽を聴いてくれてるんだよ。ちゃんと足りない物を指摘してくれてるし。口が悪いけど」
「なんで口が悪いって三回言った?」
レジ子やミヒロの言う通り。狸達のソレは単体では音やリズムであっても集まって音楽となるには至っていない。
「でも……私達はそれがちゃんと分かっていなくて。どうしたら良いんですか?」
「うーん、とにかくリズムがバラバラなんだよね。だから──」
そう言って、ヒラタイはレジ子とミヒロに視線を向ける。二人はその視線に応えるように頷いて、ベース担当のクロとドラム担当のコモリを指差した。
「「リズム隊修行!!」」
息ぴったしに、二人は狸達にそう告げる。あまりにも息が合っていたので月日は感動して拍手をした。
「リズム隊……ですか?」
「音楽のテンポを支える仕事って感じかな。基本はドラムとベース」
「まずここの息が合ってないと、リズムがしっかり取れないんだよ〜。その点、ウチは超絶仲良し幼馴染二人が担ってるから最強って事」
自慢げに話す月日の背後から、ミヒロは「無駄話してないでそっちはそっちで進めろ」と頭に手刀を入れる。
「音楽は音を皆んなで楽しむから音楽なんだぜ! それじゃ、ギターはギターで俺とちょっと練習だな」
「タヌ!」
「返事した! 可愛いな!」
「うんうん。えーと、じゃぁ、とりあえず今日のメインはリズム隊の調教──じゃなくて仲良し大作戦として。ヒラタイ先生はマツリちゃんに
月日は二人に手を振って、ミヒロ達のサポートをする為にスマホを開いた。一は一で、狸のイクゾウにギターを教えている。
「なんで皆さん……ここまでしてくれるんでしょうか? 自分で言うのもなんですが……私達、狸なんですよ? 師匠を騙していたし……」
「人間の言葉にね、『なんとか』を好きな奴に悪い奴は居ないって言葉があるんだよ。……今回はそうだな、音楽を好きな奴に、かな」
「悪い奴は居ない……?」
「自分が好きな事を、同じく好きな人を、好意的に見てしまう本能が人間にはあるんだよね。難しく言っちゃったけど、趣味が同じ仲間が困ってるから、力になれるなら力になりたいって事かな」
「なるほど……。なんだか、これだけ頼もしい皆さんとならやれる気がしてきました!」
「よし、それじゃ俺達も歌の練習頑張るよ!」
「はい!」
手を挙げて気合を入れるマツリ。
「何を見せられているんだか……」
そんな狸とバンドサークル一行の姿を、前野は唖然としながら扉の向こうで眺めているのだった。